【特集】神経美学:あなたの脳と美しさ 世界の研究13本
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はじめに:神経美学とはなにか?

私達人間は明確な自意識を持つ不思議な生き物です。

意識は様々な感覚をもたらしますが、その中でも興味深いものに「美しい」という感覚があります。

大きな夕焼けを見たとき、超絶技巧の旋律を耳にしたとき、歴史を超えてきた建築や絵画を目の前にしたとき、

私達のココロは美しさに塞がれてしまいますが、このとき脳の中ではどのようなことが起こっているのでしょうか。

こういった美的感覚と関連する神経活動は神経美学と呼ばれる学問領域で研究されているのですが、この記事では神経美学に関わる代表的な研究を13本取り上げ紹介します。

神経美学:総説

「美的選好に関わる神経活動に関する研究の枠組みへむけて」

美術品のマーケットというのは規模が大きく、時に資産運用の対象になるほどのものだそうですが、「美」の値段というのは果たしてどんなふうに付けられるのでしょうか。

この論文は「美」を判断するときの脳活動について調べた研究のレビューになります。

Towards a framework for the study of the neural correlates of aesthetic preference.

この論文では過去になされた代表的な研究3本を取り上げ考察を行っているのですが、それぞれの結論を比べただけだとまるで共通点がないのですが、それをある神経学的モデルに沿って時間軸に当てはめて考えると、点と点がつながり、互いに矛盾することではないことが述べられています。

少し具体的な説明をすると、何かを美しいと判断するときには

①まず驚きに類似した心の震えに関わる脳領域が活動し

②知性の座とも言われる前頭前野の中でも情動系とリンクした部分がその心の震えをキャッチし

③さらにそれを前頭前野の中でも理性的判断に関わる領域がキャッチして

④「美しい」と判断するような仕組みがあるのではないかということが述べられています。

美しさの脳科学:なぜあなたはそれを美しいと感じるのか?

何が美しいか,何か素晴らしいかは4歳の我が子もいくらか分かるようで,信州の山道を車で流していて,日暮れ時,夕陽が遠く山並と雲海を染めるような景色を見ると,たどたどしい言葉で「すばらしいね」などということもありますが,

はたして,進化論的に考えた時,なぜ私たちは美しさを感じることができるのでしょうか,また脳科学的にはこの美しさというのはどのようなものと捉えることができるのでしょうか.

この研究は審美的な感覚(美しさを感じている時の感覚)と脳活動についてなされた過去の研究を総まとめにして,脳のどこが美しさの感受に関わっているかについて調べたものです.

Naturalizing aesthetics: brain areas for aesthetic appraisal across sensory modalities.

研究では美意識に関わる4つの感覚(視覚・聴覚・味覚・嗅覚)についての神経画像研究93本を対象に,全ての感覚に共通する「美しさ」感受領域を探っているのですが

もっとも共通する領域として右の前部島皮質が示されています.

また美しさを感じるということは,身体に湧き上がるような内部感覚(ゾクゾクする感じなど)と身体に入ってくる外部感覚の統合が必要ということで

   外部感覚
      ↓
前頭眼窩野(前頭前野の情動中枢)
↓           ↓
腹側大脳基底核    吻側帯状皮質
↑           ↑
    前部島皮質
      ↑
    内部感覚

というような形で統合されているのではないかということが仮説的に提示されています.

またなぜ私達が美しいものを美しいと感じるのかというのは,魅力的な異性を選んだり,良い食べ物を選んだりするために,つまり生存確率を上げるために発達してきたもので

それが後に美術作品の感受に援用されたのではないかということが述べられています.

進化の過程で美しさが獲得されたとしたら,進化アルゴリズムが搭載されたコンピュータプログラムも訓練次第で美意識を獲得できるということもあるのかなと思いました.

「神経美学:来るべき時代について」

「きわどい」という言葉があります。

「際どい」と書いて「きわどい」と読むのですが、人の心に響くものは絵画であれ、音楽であれ、舞踏であれ、何かしら「際どさ」がある。

そこから一歩外れたらすべてがご破産になりそうなぎりぎりのところ、ものの際(きわ)にあって人の心を大きく揺さぶる、そんなことはよくあることだと思うのですが、果たしてこの際どさを得るにはどうすればよいのでしょうか。

この論文は神経美学についての総論的なものになります。

Neuroaesthetics: a coming of age story.

神経美学というのは美しさを感じる脳、美しさを作る脳について調べる学問領域のようなのですが、この論文によると凡庸な芸術家が脳卒中を経験することで「きわどさ」を得て偉大な芸術家に変化する例が数多く挙られています。

左脳の障害でイメージがより自由でカラフルになったアーティストや、左半側空間無視(視野の左側を認識できなくなる脳卒中の代表的な症状)を経て、独特の空間構成のスタイルを得た画家、強迫性障害を得て独特の細密画のスタイルを獲得した画家がいることが紹介されています。

「ヒトの視覚的な美の感受における前頭前野の活動」

「美」の感覚というのはどうやら地球上の生物の中ではヒトしか持っていないもののようですが、果たしてこれはヒト特有の脳の仕組みによるものなのでしょうか。

ヒトの脳が他の霊長類と比べて大きく違う点として前頭前野が広く拡大していることが挙られます。

この論文は美を判定する課題を行っている時の脳活動を調べたものですが、この前頭前野のある部分が美の判定に際して活動の変化を示しており、美の感受にはやはりこの前頭前野が大事なのではないかということが述べられています。

Activation of the prefrontal cortex in the human visual aesthetic perception.

絵画芸術の神経美学

「絵画に対する美的選好の神経解剖学的相関」

「甘美」なという言葉がありますが、ヒトはなぜ美しさを表現するのに「甘さ」という言葉を使うのでしょうか。

この論文は美しさを感じている時の脳活動について調べたものです。

Neuroanatomical correlates of aesthetic preference for paintings.

ヒトの脳には報酬系と呼ばれるシステムが有り、これは甘いモノや素敵な小物を見た時に強く活動して、その対象にフォーカスするようなシステムがあるのですが、

美しい絵を見るとこのシステムが駆動し、美しくない絵ではこのシステムが駆動しないことが示されています。

つまり美しい絵を見ている時にはあたかも素敵なデザートや素敵な小物を見ている時のような脳活動が起こるということであり、美しさはそのまま報酬として脳に認識されるということで

甘美というのは確かにそのとおりだなあと思いました。

「絵画構成における対象の曖昧さに関する神経相関」

真善美というものが一体何を指すのかは一体未だに分かりませんが、動物になくて人にあるものにやはり真や善や美を感じる能力というものがあるのではないかと思います。

しかしながらこの中でも「美」というのは一体どのような知覚なのでしょうか?

脳はいろんな情報を処理しますが「美」を認識して処理するようなシステムというのはあるのでしょうか。

脳科学の諸分野の中でもこういった問題を扱う領域は神経美学と呼ばれるそうですが、この論文はいろんなタイプの絵画を鑑賞している時の脳活動について調べたものです。

Neural correlates of object indeterminacy in art compositions.

実験では添付の図のように具象画や抽象画、対象が曖昧に描かれたものなどを見ている時の脳活動について調べていますが

結論を述べると絵画を見ている時には脳の中のある部分が視覚情報と高次の認識・知覚機能、情動機能を接続して全脳的な活動が引き起こされることが示されています。

「美に関する神経相関」

そうそうあることではありませんが、美しいものを見ると心が震え、続々して体毛が逆立つような気分になることがありますが、そこまでいかなくてもヒトが美しいものを見ている時というのは脳は一体どんなふうに活動しているのでしょうか。

この取り上げる論文は「美」を感受している時の脳活動について調べたものです。

Neural correlates of beauty.

実験では風景画や肖像画、抽象画や静物画などあらゆる種類の絵画を被験者に見せ、その各々を「美しい」「普通」「醜い」に分類してもらい、その時の脳活動について調べています。

結果を述べると「美しい」絵画と「醜い」絵画を見ているときは、知性を司る前頭前野の中でも感情システムと強くつながっている部位の活動に変化が見られること、 さらにどういうわけか「美しい」もしくは「醜い」と感じている時には脳の中の運動システムの活動が変化することが示されています。

麗子像でもないのですが、美醜というのは脳活動で見る限り、心の震えという言葉でくくれる一つの感情的動態なのかなあと思いました。

舞台芸術の神経美学

「舞台芸術における感覚運動的審美感へ向けて」

古今東西、ヒトの住むところどこにいってもあるものに「踊り」というものがあります。

これはニューヨークのダンススタジオから中東の砂漠の民、アマゾンの原住民から京都の舞妓さんまで広く人類に共有された文化だと思うのですが、なぜヒトはこのように踊りを好むのでしょうか。

この論文は踊りの美しさを感じる脳の働きについて調べたものです。

Towards a sensorimotor aesthetics of performing art.

美しさを感じる脳の働きについて調べる学問領域は神経美学と呼ばれているようですが、この論文はその中でも踊りに特化して研究したものです。

実験では踊りの素人に様々な踊りを見せその時の脳活動を測定するのですが

結論を述べると

①美しい踊りを見ているときは視覚システムとミラーニューロンシステムの活動が変化する

②この美しさに対する反応というのは全身的な動きでより強くなり、とりわけジャンプを伴う動きで顕著である

ということが述べられています。

ミラーニューロンシステムというのは目で見た情報を自分の動きに変換するようなシステムで、これは例えばボクシングの試合を見ていて自分の体が無意識にピクピクしてしまうようなそんな働きがあるものなのですが、

美しい踊りを見ていると自分の体が引き込まれるように反応してしまうこと、そしてその動きがダイナミックであればあるほど心が揺さぶられるということなのかなと思いました。

フィギュアスケートでジャンプが評価項目として重要なのも、ダイナミックな動きに脳が反応しやすいというような背景が絡んでいるのかなあと思いました。

「神経美学とその先にあるもの:舞踏芸術を脳科学に適応する試みの新しい夜明け」

地球上にはアマゾンの奥地からパリやニューヨークといった大都会まで様々なコミュニティがありますが、どの地域、どの民族でも必ず持っているものに「踊り」というものがあります。

この踊りというのはおそらく言葉の歴史と同じくらい古いものではないかと思うのですが、この踊りというのは脳科学的に見るとどのような捉え方ができるのでしょうか。

この論文は踊りの脳科学研究についての総説になります。

Phenomenology and the Cognitive Sciences

この分野の研究は主に運動学習、心の理解、美的体験という分野の脳科学的研究がなされていること、この分野の発展が科学界、芸術界ともに利益のあるものであることが述べられています。

美と倫理の神経学的関係

「審美的判断と脳活動の相関」

真善美という言葉があります。

認識においては正しくあり、その行いや思いは善であり、その在り様は美しいというのが人として望ましいということだと思うのですが、はたしてこの真善美と言うのは脳科学的に見るとどういったものなのでしょうか。

この論文は審美的判断にかかる脳活動について調べたものです。

Brain correlates of aesthetic judgment of beauty.

実験では様々な図形を見せそれが美しいかどうかを判断させその時の脳活動を判断させています。

結論を述べると驚いたことに美しいと判断する脳領域は多くの部分で倫理的判断にかかる社会脳と呼ばれる領域と重複しており、これらのことから審美的判断と倫理的判断は部分的に重複した脳領域で処理されるのではないかということが述べられています。

宗教芸術の美しさとは善を形にするための必然だったのかなと思いました。

あなたの行いは美しいか?善と美をめぐる神経科学

人工知能は人間の行うことの大部分ができるようになってきているようですが,それでも難攻不落の人間が持つ能力の一つとして道徳感情というものがあります.

人間社会というのは複雑怪奇であって,時に割り切れないものまで,どうにか割り切らなければいけません.

ハンドルを右に切れば老夫婦,左に切れば子供を轢いてしまいそうなとき,どちらを選ぶべきか

村に兵士が侵入してきて,皆で隠れている時に,泣きそうな自分の赤ん坊の口を抑えて窒息させるべきか否か

などなどいろいろですが,私たちは道徳的難題に対してどのように判断しているのでしょうか.

様々な基準があるとは思うのですが,一つはその選択が美しいかどうかと言うものがあるかと思います.

この美しさの判断と道徳的感情というのは果たしてどのような関係にあるのでしょうか.

この論文は,道徳判断と脳活動の関係について調べたものです.

Neural correlates of human virtue judgment.

実験では上に上げたような様々なシチュエーションの文章を提示し,それが道徳的に美しいか,あるいは道徳的にやましいかという判断を行い,その時の脳活動について調べているのですが,

道徳的な美しさの判断というのは,美的経験と関係する前頭眼窩野の活動を伴うのに対し

道徳的なやましさがあると判断するときには後上側頭溝の活動を伴うことが示されています.

これらのことから道徳的な美しさの判断とやましさの判断というのは,同じ道徳判断であっても異なるシステムで処理されるのではないか,

また道徳的な美しさと美的感覚は,古くから哲学者によって指摘されてきたように何らかの共通点があるのではないかという
ことが述べられています.

はたして道徳ってなんなのかなと思いました.

言語機能と真善美

何が正しくて何が正しくないかという判断は非常に難しいものですが,何が美しくて何が醜いかという判断は比較的容易なのではないかと思います.

真善美というのは昔からよく言われており,これらは本質的には同一ものだともいわれますが,これは脳活動にはどのように反映されるのでしょうか.

この論文は,美しい図形を認知している時の脳活動について調べたものです.

Brain correlates of aesthetic judgment of beauty.

実験では被験者に様々な複雑な幾何学的な図形を見せ,それが美しいか美しくないかという判断を行う課題と,それがシンメトリー(対称的)的な図形かどうかという判断を行う課題の二つを行わせ,その時の脳活動を機能的MRIを使って調べています.

結果を述べると

提示された図形を美しいと判断する時には内側前頭前野に加えて言語領域であるブローカ野の活動が増加していた.

・提示された図形を美しいと判断する時とシンメトリーと判断する時には一部重複する領域の活動が増加していた.

ということであり,

また先行研究からはこの言語領域の活動は道徳的判断や認知的評価にも関わる領域のようで,活動パターンとしては類似していることなども述べられています.

真善美という感覚は人間特有のものだと思うのですが,これは人間が言葉を使えることと関係があるのかなと思ったり,

あるいはブローカ野の働きというのは単に言葉を使うということだけでなく,与えられた対象を建物を組み立てるがごとく構造化して,一見バラバラに見える何らかの対象の中に意味を与えることなのかなと思いました.

神経美学:その他

なぜ美人は脳科学的に得なのか?

美人が得というのは,古今東西様々なところで言われていることだと思うのですが,なぜ脳科学的に見ると,なぜ美人というのは何かと特をすることが多いのでしょうか.

この論文は若い男が美人を見て評価しているとき,脳の中で何が起こっているのかについて詳しく調べたものです.

Beautiful faces have variable reward value: fMRI and behavioral evidence.

実験では若い異性愛者の男性に,美しい女性,まあまあの女性,美しい男性,まあまあの男性を見せ,美しさを評価するのですが,

男女問わず美しさはどれくらいかという審美的な評価とは別に,

実際の脳活動を図ってみたところ,美しい女性を見ているときに欲望中枢の一つである側坐核の活動に変化が見られたことが示されています.

側坐核というのは脳の中のやる気スイッチ的なものであり

人を欲望達成に向かって走らせるような働きがあります.

単に美しいことと欲望がくすぐられることはどうやら少し違うようで

このような違いは心理学でいう評価上のLiking(好ましい,好きだ)とWanting(欲しい,手に入れたい)の違いなのではないかということが述べられており

ヒトというのはなかなかややこしいなと思いました.

神経美学:終わりに

なぜ私達の脳が美しさを感じるかとの問には進化論的には、そういった感覚があったほうが生存確率が上がるからという身も蓋もない答えもあるのですが、

美的感情の起源がどのようなものであれ、何かを美しく感じられるというのは人として生まれてきたご褒美なのかと思います(チーズケーキ以上の)

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