不安と信念の心理学:なにが私達の信念を駆動するのか?
私達人間は何かに頼らずには生きていけない生き物です。
それは国家だったり、宗教だったり、お金だったりしますが、多かれ少なかれなにかに依存して生きています。
また中には独立独歩の頼れるものは自分だけという人もいるかも知れません。
いずれの場合にしても、何かに頼るときには何かを「信じる」という気持ちがついてきますが、
この「信じる」とはどのようなものなのでしょうか。
今回取り上げる論文は、どのような状態で、何を「信じる」のかについて調べた研究を取りまとめた総説論文になります。
Religious belief as compensatory control (代償的コントロールとしての宗教的信念)
信念の基本的な形
「人智を尽くして天命を待つ」という言葉がありますが、私達は概ね自分を信じるか、もしくは自分を超えた大きな主体を信じるかの二つに一つに傾きがちです。
この論文は以下の4つのテーマについて、それを裏付ける論文を紹介しています。
それらは
(a)個人的なコントロール感覚が低下すると、代償的に外部コントロール主体への心理的依存が高まる。
(b)外部のコントロール主体への信頼が低下すると、代償的に個人のコントロール能力への期待が高まる。
(c)ある外部のコントロール主体が頼りにならないと感じると、他の外部のコントロール主体への信頼が高まる。
(d)個人のコントロール能力が脅かされると、代償的に個人の宗教的自己信念が強化される。
というものになります。
これらについて検証した論文の内容に触れながら、一つずつ説明してきたいと思います。
(a)個人的なコントロール感覚が低下すると、外部コントロール主体への心理的依存が高まる
これは平たく言うと、世界は自分でコントロールできないと感じるような状況に置かれれば、神や国家など、自分を超えた何かを信じたくなるような心の動きになります。これを具体的に検証した研究としては、
1)偶然起こった好ましい出来事を思い出した後では、神の存在をより強く信じるようになり、政策的には保守的になる。(Kay et al., 2008)。
2)知覚を変化させるサプリメント(実際は偽薬)を飲まされた後では、神の存在をより強く信じるようになる (Kay et al., 2010)。
3)不確定で混乱した状況を思い出した後では、他人の援助をより高く見積もるようになる(Laurin, McGregor, and Kay,2009) 。
4)人生の不確実性を意識した後では、自分のパートナーをより強く理想化するようになる(Mikulincer, Florian, & Hirschberger, 2003)。
というものがあります。
これらの実験は不安感を伴っていたり(1,2,3)、伴っていなかったりしますが、いずれにしても身に降りかかることは自分ではコントロールできないと感じることで、神様や仲間、パートナーなど自分以外の主体の力を強く信じるようになります。
(b)外部のコントロール主体への信頼が低下すると、代償的に個人のコントロール能力への期待が高まる
これは自分を支えてくれるような大きな仕組みが当てにならないと感じると、自然と自分の力を信じるようになることを指します。
具体的には、
1)政府が提供する医療システムが効果がないことを示すビデオを見せられたあとでは、自分のコントロール感覚が高まる(ランダムに提示されるデータも自分がコントロールしていると信じるようになる)(Kay et al., 2008)。
2)自国の政府のコントロール能力への信頼が高い国では、個人のコントロール能力への信頼は低くなり、自国の政府のコントロール能力への信頼が低い国では、個人のコントロール能力への信頼は高くなる(Kay et al., 2008)。
のような研究がなされています。
部下の力を引き出すために、時に無力を装う上司もいますが、こういった行動は上記のメカニズムを考えると理にかなっているのかもしれません。
(c)ある外部のコントロール主体が頼りにならないと感じると、他の外部のコントロール主体への信頼が高まる
私達を支えてくれる仕組みは政府や業界団体など様々なものがありますが、何かが当てにならないと感じると別の何かに心理的に傾く仕組みがあるようです。
これを示した研究としては、
1)企業犯罪に対して、自国の法制度が無力である記事を読まされた被験者は、資本主義をより強く支持するようになる(McGregor, Nail, Marigold, & Kang, 2005)。
2)物理学者が神のような存在がありうると述べる記事を読んだ後では、被検者は自国の政府への支持が低くなる。それと反対に、物理学者が神のような存在はありえないと述べる記事を読んだ後では、自国の政府への支持が高くなる(Kay, Shepherd, Blatz, Chua, & Galinsky, 2009)。
3)政府の政策が不透明である記事を読まされた被検者は、神の存在をより強く信じるようになる(Kay et al., 2009)。
のようなものになります。
端的に言うのなら、政府と神様が当てにならないと感じればお金を信じ、政府もお金も当てにならないと感じれば神様を信じ、お金も神様も当てにならない状況では政府を信じるという仕組みになるのかと思います。
(d)個人のコントロール能力が脅かされると、代償的に個人の宗教的自己信念が強化される。
内面化という言葉があります。
これは政治にしても宗教にしても、もともと他人から説明されたり教育されたものが、自分の心の中に根付くことを指すのですが、
私達の価値観は多かれ少なかれ、他人の価値観が内面化されたもので占められています。
こういった内面化された価値観は、個人で対処しきれない大変な状況に置かれると、より強化されるそうなのですが、それらを検証したものが以下の研究になります。
1)解決不可能な難問に取り組まされた後では、宗教的信念に従って生きると回答する傾向が高まる(McGregor, Haji, Nash, & Teper, 2008)。
2)人生の不明瞭さや不確定さをイメージさせられた後では、自分の政治的意見こそ多数の人に支持される正しいものだと主張するようになる(McGregor et al., 2001)。
つまり、不安定な状況に置かれると自分の思想が熱狂化、盲信化するということになります。
不安定な時代には、世の中の意見が極論に傾き論争も激しくなりますが、こういったことが起こる背景として上記のメカニズムがあるのかなと思いました。
まとめ
これらをまとめると
・自分の無力を感じると自分以外の力を信じるようになり、
・自分以外の力が当てにならないと感じると、自分の力を信じるようになり、
・自分以外の力が当てにならないと感じれば、別の自分以外の力を信じるようになり、
・自分の無力を感じると、内面化された自分以外の力を信じるようになる
ということになります。
政治経済的には、所得がある一定のレベルを超えると独裁政権が倒れて民主化が進みやすくなったり、
あるいは国力が低下すると世論が保守化に傾きやすくなったり、
先行きが見えない時代には宗教的なものが隆盛するのは、上記のメカニズムが関係しているのかなと思いました。
興味深いです。
【参考文献】
Kay, A. C., Gaucher, D., Napier, J. L., Callan, M. J., & Laurin, K. (2008). God and the government: Testing a compensatory control mechanism for the support of external systems. Journal of Personality and Social Psychology, 95(1), 18–35. https://doi.org/10.1037/0022-3514.95.1.18
Kay, A. C., Whitson, J. A., Gaucher, D., & Galinsky, A. D. (2009). Compensatory control: Achieving order through the mind, our institutions, and the heavens. Current Directions in Psychological Science, 18(5), 264–268. https://doi.org/10.1111/j.1467-8721.2009.01649.x
Kay, A. C., Gaucher, D., Peach, J. M., Laurin, K., Friesen, J., Zanna, M. P., & Spencer, S. J. (2009). Inequality, discrimination, and the power of the status quo: Direct evidence for a motivation to see the way things are as the way they should be. Journal of Personality and Social Psychology, 97(3), 421–434. https://doi.org/10.1037/a0015997
Kay, A. C., Gaucher, D., McGregor, I., & Nash, K. (2010). Religious belief as compensatory control. Personality and social psychology review : an official journal of the Society for Personality and Social Psychology, Inc, 14(1), 37–48. https://doi.org/10.1177/1088868309353750
Kay, A. C., Moscovitch, D. A., & Laurin, K. (2010). Randomness, attributions of arousal, and belief in god. Psychological science, 21(2), 216–218. https://doi.org/10.1177/0956797609357750
McGregor, I., Zanna, M. P., Holmes, J. G., & Spencer, S. J. (2001). Compensatory conviction in the face of personal uncertainty: Going to extremes and being oneself. Journal of Personality and Social Psychology, 80(3), 472–488. https://doi.org/10.1037/0022-3514.80.3.472
McGregor, I., Haji, R., Nash, K. A., & Teper, R. (2008). Religious zeal and the uncertain self. Basic and Applied Social Psychology, 30(2), 183–188. https://doi.org/10.1080/01973530802209251
Mikulincer, M., Florian, V., & Hirschberger, G. (2003). The existential function of close relationships: introducing death into the science of love. Personality and social psychology review : an official journal of the Society for Personality and Social Psychology, Inc, 7(1), 20–40. https://doi.org/10.1207/S15327957PSPR0701_2