
一人親方なので始終忙しい。
忙しさにかまけていると人生が風のように抜けていくので、朝は大事なことから時間を割くようにしている。
朝一番の仕事は哲学書を読むことだ。しかし、これがまったく「意味わかんない」。
クライミングさながら、壁面にしがみつくように字を追うが、なかなか理解が追いつかない。
しかし、私たちはなぜ「意味わかんない」のだろうか。
脳の働きを考えれば、意味の中枢は側頭葉だと考えられる。
側頭葉には意味に関わるいろんな働きがある。
一つは記憶、もう一つが言語や概念、更に一つが情報の集約だ。
情報の集約というと分かりにくいが、例えば象を認識することを考えよう。
この場合、象の鼻や尻尾、足などをバラバラに認識してもこれが「象」だということはわからない。
象の大きさ、パーツ、色合いなどすべての情報を集約することで私たちは、それを「象」として認識できる。側頭葉はこの情報の集約に関わっている。
さて、では私は哲学書の意味がわからないのだろうか。おそらくは、その本の中で使われている「ことば」がわからないのかもしれない。
その「ことば」の背景にある身体性や匂いがわからないことが「意味わかんない」の根っこにあるような気がする。
そうであれば原語たるドイツ語やフランス語をしっかり学部生のように勉強するところから始めなければいけないのかもしれない。
人生は短い。短い人生の間に、なんとか人生の意味を掴み取りたい。
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