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デフォルトモードネットワークとは?
デフォルトモードネットワークというのは、一言でいえば人間の「こころ」に関わるネットワークである。とはいえ、「こころ」の定義が広すぎるので、これもあまり良い説明ではない。夏目漱石の小説に『こころ』があるが、人間のこころは、小説の中の「先生」のこころのように、傍から見てはっきりとわかるものではない。はっきりとは見えないのだけれども、人の有り様の根本にあって、人を突き動かし、人生を作り上げていくもの、それがこころである。自分自身がここにあるという感覚、私は私であるという感覚、昨日を反省し、明日をよく生きようとする思い、そういった諸々を司るのがデフォルトモードネットワークである。今回の記事では、このデフォルトモードネットワークの仕組みと機能について整理したい。
デフォルトモードネットワークはどこにあるのか?
デフォルトモードネットワークの在り処はどうも謎めいている。というのも脳の内側、奥深く、表面からは見えない場所に位置しているからだ。
具体的には上の図にあるように前頭前野の内側と頭頂葉の内側が主な部分になる。人間の脳は右脳と左脳で出来ているが、そのそれぞれは握りこぶし一個分くらいである。もしよければ今あなたの両手で握りこぶしを作って欲しい。そしてその拳と拳をすり合わせてほしい。その擦り合わさっている2つの面が脳の内側であり、デフォルトモードネットワークを構成する部分である。専門用語で言えば、内側前頭前野、後帯状皮質、楔前部と呼ばれる部分がデフォルトモードネットワークの主要領域である。これらの領域が互いに繋がりあってあなたのこころを作り上げている。
デフォルトモードネットワークは何をしているのか?
ではこのデフォルトモードネットワークは一体何をしているのだろうか。分かっている機能をいくつか並べると以下のものがある。
自己認識
自己認識というのは、自分が何者なのか、何を感じているのか、どんなふうに動いているのか、という感覚である。自分が何者なのかという感覚は、膨大な過去の記憶で出来ているが、こういった記憶は自伝的記憶と呼ばれる。ちなみに認知症の患者さんは、昔の出来事は比較的よく覚えているが、これはデフォルトモードネットワークが認知症末期まで比較的障害されにくいからではないかと考えられている。何を感じているか、どんなふうに動いているかは、自己主体感という言葉で説明される。メンタルが大分シビアな状態になると、人によっては離人症といって自分の体が自分のものでないような感覚を覚えることがあるが、これもデフォルトモードネットワークがうまく働いていないものとして考えることができる。
心の理解
辛そうな人を見るとこころが痛くなることがあるが、これもデフォルトモードネットワークの働きによるものである。私達の脳は相手の気持をシミュレーションすることができる。相手が泣いている様子を見ると、無意識のうちに自分の脳で泣いている様子を仮想的に立ち上げる。それを受けて様々な感情が立ち上がり、相手の心を感じ取ることができる。ただ問題は人によって脳がそれぞれ違うことである。気持ちが優しすぎる人であれば、相手の様子を見て過剰に苦しみを感じてしまうかもしれないが、メンタルがタフすぎるような人であれば、相手の様子を見ても、タフな脳でシミュレーションするため、相手の苦しみを全く感じられないということもありうる。私達は相手の心を脳内でシミュレーションすることができるが、そのシミュレーションは各自それぞれバイアスがかかるので、ほんとうの意味で相手の心を理解することは難しいかもしれない。
回想・計画
人間は回想する生き物である。昨日のあれは美味しかった、小さい頃は幸せだったなど様々ことを思い出すが、この時働いているのもデフォルトモードネットワークである。デフォルトモードネットワークは脳の中から様々な記憶の欠片を集めてきて、新たな記憶を編集する。記憶が曖昧であったり、思い出すたび記憶が変わることもあるが、これはデフォルトモードネットワークがその都度、記憶を編集しなおすためである。また何かを計画するというのも同様のプロセスで行われる。例えば今日の晩ごはんで何を作ろうかと考えるときのことを考えてみよう。冷蔵庫に何が入っていたか、料理に対する家族のリアクションはどうだったかを思い出し晩御飯の計画を立てるはずだ。あるいは海へ遊びに行こうと計画するときには、同じように海で遊んだ記憶を引っ張り出して、それを動画編集のようにつなぎ合わせて計画を作り上げる。このように過去を思い出すことも未来に思いを馳せることも、基本的にはデフォルトモードネットワークを通じて同じ仕組みで行われている。
意思決定
人生とは選択である。しかし私達の脳はどうやって意思決定を行っているのだろうか。端的に言えば、感情と理性の折り合いをつけることで意思決定を行っていると考えられている。デフォルトモードネットワークには、理性と感情が落ち合う場所があり、そこで様々な重み付けがされて意思決定が行われていると考えられている。そのためデフォルトモードネットワークを構成する内側前頭前野が障害されると、適切な意思決定が出来ず、リスクを無視した判断をすることが報告されている。
創造
ゼロイチという言葉のあるが、実際ゼロから何かを産み出すことは出来ない。何かを創造するためには既存の情報が必要である。創造とは、実質的には手元にある情報を組み合わせ、適切に編集し直す作業である。今まで述べてきたように、デフォルトモードネットワークは情報編集の場である。脳の中にある様々な情報をかき集めて、記憶や計画、他人のこころなどを作り上げるが、創造も同じプロセスで行われる。脳の中に蓄えられた様々な情報を検索してまとめ上げ、編集することで新たな情報が創造される。近年、ジェネレーティブAIが話題であるが、脳も同じような仕組みで記憶情報をもとにして新たな情報を創造していると考えられている。
まとめ
このようにデフォルトモードネットワークの機能は様々だが、その根本にあるのは脳内の情報収集と編集である。この情報収集と編集は外部の情報を必要としない。目を閉じていても椅子に座ったままでも、わたしたちは未来や宇宙に思いを馳せることが出来る。その意味でデフォルトモードネットワークはオフラインでの情報処理に例えられるかもしれない。オフラインだからといって馬鹿には出来ない。私達の脳は広い。ある詩人は「The Brain- is wider than the Sky (脳は空より広い)」との言葉の残しているくらいである。ボンヤリしたり夢想したりのデフォルトモードネットワークだが、過去を反省し、未来を想像し、まだ見ぬものを創りあげてきたのは、このデフォルトモードネットワークでもある。ボンヤリした時間や人間にも、もうちょっと敬意を示してもいいんじゃないだろうかと思うがどうだろうか。
【参考文献】
ジェラルド M. エーデルマン著、 冬樹 純子 訳、豊嶋 良一監修 脳は空より広いか―「私」という現象を考える 草思社 2006年