視覚認知のメカニズムと半側空間無視
半側空間無視では視力には問題がないにもかかわらず視界の半分、多くの場合は左半分の視界の情報を拾いにくくなるという症状が起こります。
しかしながら半側空間無視で問題になるのは、視覚情報処理の入り口にあたる後頭葉の損傷ではなく、多くの場合頭頂葉や前頭葉と行った領域の損傷によるものですが、
なぜ後頭葉の損傷ではなく、他の領域の損傷で視覚情報の処理に問題が生じるのでしょうか。
視覚情報というのはこの図のように基本的には後頭葉から側頭葉(腹側経路:意味情報処理)、もしくは頭頂葉を抜けて(背側経路:空間情報処理)前頭葉に向かう経路で処理されますが
しかし実際にはもっと複雑で後頭葉から前頭葉へ向かう経路(ボトムアップ経路)とは別に
前頭葉から側頭葉や頭頂葉、後頭葉に向かう経路(トップダウン経路)があり、
個体が置かれた状況や必要性に応じてトップダウン経路を通じてどの領域をどの程度活発に活動させるのかが調整します。
今日取り上げる論文は、視覚誘発電位を用いて半側空間無視患者で視覚情報処理に関わる脳活動がどのようなものかについて調べています。
実験では被験者に4区画に分けられた平面画像上にいずれか一つの視覚刺激を提示し、左右の視覚刺激で脳の反応がどのように違うかについて脳波を測定して調べています。
このときの脳波について事象関連電位で微細な時間経過による脳波の変化とそれに関連する脳活動の変化について調べているのですが、
結果を述べると視覚刺激提示後の初期の段階(P1:低次の視覚処理)では半側空間無視患者と健常者の間に脳活動の大きな違いは認められず、後期の段階(N1,P2)では頭頂間溝や線条領域および線条外領域の活動が低下しており、これらの活動はトップダウン経路の障害によるものではないかということが述べられています。
視覚処理システムというのは複合的なものなのだなと思いました。
【要旨】
一過性視覚誘発電位(VEP)が、右脳損傷および空間無視を有する11人の患者において記録された。高解像度EEGは、4つの視覚的象限に位置する焦点刺激を用いて記録された。左の刺激に対するVEP、すなわち無視された側に位置するものを右の刺激に対するVEPと比較した。無視されたヘミフィールドに位置する視覚刺激のボトムアップ処理は、刺激開始から約130 msまで無傷であることが結果により示された。半球差は、線条領域および線条外領域の活性を表すC1またはP1成分のどちらについても有意ではなかった。対照的に、上頭頂葉に隣接するより背側の領域における視覚処理は、正常から変化した。 130〜160msの時間範囲で予想される左視野刺激についてN1a成分を記録することはできなかった。さらに、N1p(140〜180ms)およびP2(180〜220)成分は、無視された側に位置する刺激に対して振幅が遅延および/または減少した。 N1aの起源は、以前は後頭皮質の頭頂溝内に局在していた。 N1pは、トップダウンフィードバックによる、V1を含む後部視覚領域の領域V3AおよびP2の再活性化を表すことができる。左脳損傷(LBD)を有し、そして無視をしない6人の患者および21人の健康な被験体もまた、無視を有する患者に使用されたのと同じ実験条件において試験された。 LBD患者では、対症刺激によって誘発されたすべての成分は、同側性成分と同等であった。全体として、これらのデータによって、無視症状患者に特異的な処理上の欠陥を時空間で局在化することが可能となった。まず最初に解剖学的に無傷の背側頭頂部のレベルでのボトムアップ処理が約130ミリ秒で発生する。 次に、より高次の視覚領域からのフィードバック接続を介して、線条体および線条体外領域に再活性化が起こる。 この2つ目の活動における機能障害は左フィールド刺激に限られていた。
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