カクテルパーティー効果と自閉症児の聞き取り能力
私達が生きている世界というのはある意味すべてフェイクです。
世界をありのままに捉えるというのは人間の機能を考えても無理であり、私達が感じている世界というのは多分に脳内で編集加工されたものです。
これは会議の様子を録音したものを聞いた事がある人であれば想像がつくと思うのですが、レコーダーから流れてくる音は様々な機械音や咳払い、雑音が混じっており、リアルタイムで聞いていたような音声は聞き取りづらくなっています。
これは私達の脳が重要と思われる音声に注目して、その音声を強調しそれ以外の音響情報を抑えることから生じているのですが、このような現象は騒々しいカクテルパーティー(宴会の場)でも相手の声を聞き取ることができる経験的事実からカクテルパーティー効果と呼ばれています。
また音声というのは耳だけで聞き取るだけでなく、口元に目を向けることで無意識のうちに音声認識もクリアになります。つまり音声情報の処理では聴覚情報と視覚情報が統合されており、こういった機能は騒々しい宴会の席で隣に人の言っていることに耳を傾ける際に非常に役に立ったりします。
しかしながら自閉症者では上記のように視覚情報と聴覚情報をつなげてまとめる機能が弱いことから聞き取り能力が低くなること、またそれゆえ授業の内容把握でも場合によっては困難になることが報告されていますが、
こういった聞き取り能力の低下というのは年齢を追っていくとどのような変化があるのでしょうか。
自閉症児の聞き取り能力の変化
今日取り上げる論文は、高機能自閉症スペクトラム障害児を対象に音声聞き取り能力の発達について調べたものです。
実験では高機能自閉症スペクトラム障害児84名と定型発達児142名を対象に、バックグラウンドノイズを加えた発話動画を見せ聞き取り能力の調査を行い、視線の向きや聞き取り能力が年齢によってどのように変化していくかを幅広い年齢(5-17歳)を対象に調査しています。
結果を述べると幼少期のうちは高機能自閉症スペクトラム障害児は、やはり聞き取り能力が低くその傾向はバックグラウンドノイズが強くなるに連れて顕著になるのですが、思春期をすぎる頃になると定型発達児にキャッチアップし、ノイズが強くても遜色なく聞き取れるようになることが示されています。
こういった現象は音声処理に必要な脳内の神経経路の発達が文字通り定型的でないことによるのではないか、
また幼少期はやはり聞き取り能力が低いため、授業の理解の遅れが出ないように何らかの介入をする意義はあるのではないかということが述べられています。
近代になって成立した学校という仕組みは、定型的な労働者を効率的に生産させるための装置だと思うのですが、果たして非定型的な脳を持つ個人を定形性をよしとする場所に置くこと自体がどこか無理があるんじゃないかなと思ったり、
あるいは人間は基本的に平等であることを好む性癖がありますが、この平等性というのは平等にあつかってほしかったら良くも悪くも人と同じようにしなさいという等質性の強要をそこはかと含んでおり、
人間社会というのは本質的にマイノリティに優しくなりえないんじゃないのかなと思ったりしました。
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