目次
はじめに
先日、あるイベントで初めてマニキュアというものを塗ってみた。なんてことはない透明なそれである。生まれて初めてマニキュアを塗ってすべすべしたその指を見た時、今まで経験したことのない不思議な感情が沸き起こるのを自覚した。ふと、これが女性が化粧で感じるとかいう「ときめき」なのかと思った。しかし、「ときめき」とはいったいどのようなものなのだろうか。今回の記事では心理学的エビデンスについて整理してみたい。
ときめきの定義と心理学的因子
広辞苑で「ときめく」と調べると「喜びや期待のために胸がどきどきすること。」とある。また日本国語大辞典では「期待、心配、喜び、恥じらいなどの強い感情で、胸がどきどきすること。」とされている。これらの定義だけを見ると、不確定な状況に置かれたときの比較的ポジティブな情動が「ときめき」と定義されているようである。
また「ときめき」は平安時代から使われていた歴史の古い言葉である。昔教科書で習った枕草子でも「こころときめきするもの」があったので、いかに原文と現代語訳を記す。
(原文)
心ときめきするもの 雀の子飼ひ。ちご遊ばする所の前わたる。
よき薫き物たきて一人臥したる。唐鏡の少し暗き見たる。よき男の車とどめて案内し、問はせたる。
頭洗ひ、化粧じて、かうばしうしみたる衣など着たる。ことに見る人なき所にても、心のうちは、なほいとをかし。
待つ人などのある夜、雨の音、風の吹きゆるがすも、ふとおどろかる。
(現代語訳)
胸がどきどきするもの。スズメの子を飼う。赤ちゃんを遊ばせているところの前を通る。
良いお香を焚いて一人で寝ている時。唐の鏡で、少し暗いのを見た時。貴公子が牛車を止めて、何かを尋ねている。
髪を洗い化粧をして、良い香りを染み込ませた着物を着る。特に見る人がいなくても、とても良い気持ち。
人を待っている夜。雨の音や風が吹き荒ぶのも、驚いてしまう。
このように見てみると、枕草子の時代から「ときめき」の勘所はあまり変わってないように思える。しかし英語圏でこれを探すと該当する言葉がなく、概念的には日本特有のもののようである。
ちなみにこのときめきについては21世紀の現在、いくつかの化粧品メーカーによって様々な研究が行われている。メナード化粧品によって行われた研究では「ときめき」は「不満」、「平穏」、「動揺」、「幸福」、「強気」の5つの感情で説明できることが示されている。この研究では、20代から50代の女性を対象に、憧れの化粧品を手に入れたときと憧れの男性と出会った時のときめきについて評価した。結果としては、ときめきが高い人は低い人と比べて、「動揺」、「幸福」、「強気」の変化が大きいことが示されている(浅井ら, 2019年)
また化粧品に対するときめきと、異性に対するときめきを比較した場合、異性へのときめきでは、動揺因子が大きく強気因子が小さいことが示されている。
さらに性格別でみた場合、アイカラーを選ばせる場面では、呑気な人ほど、ときめきが弱く、神経質な人ほどときめきが強くなることも報告されている(久世ら, 2019年)。
ときめきと表情の変化
恋する人は美しいなどとも言われるが、実際ときめきによって表情が変わってくる。ある研究では、女性にときめき誘発動画(男性芸能人のショートクリップ)を見せ、ときめきでどの程度表情が変化するかについて調べている。その変化については、一般男女50人(女性25名、男性25名、平均年齢22.2歳)によって評価させた。
すると強いときめきを感じた場面では、以下の図に示すように大きく表情の評定値が良い方に触れていることが示された(設楽ら, 2010年)。
確かに結果を見ると、表情が明るくなり、目が輝き、いきいきとする一方、クールで近寄りがたいといったような印象は減っている。その意味では確かにときめきは人を美しくするのかもしれない。
ときめきによる消費傾向の変化
マーケティングに関連する分野では、ときめきは消費傾向を変化させることも分かっている。まだ恋が成就していない片思いの段階で生じるが、片思いでは消費の仕方が変わるというのだ。
ある研究では片思いの大学生とそうでない大学生を対象に、食べ物や音楽などの商品を提示し、どのようなものを選ぶかについて調べている。結果としては、片思いの学生はより強度の強い商品(味の濃い食べ物、大音量の音楽)を選びやすくなることが示されている(Huang & Dong, 2018)。
また別の研究では、片思いの気分になっている時には、いつもは買わないような商品を選びやすくなることも報告されている。興味深いことに片思いの気分から両思いになった場面を想像させると、この傾向は消失する。つまり恋愛全般で生じる行動変化ではなく、片思い限定の行動変化ということになる。このような変化の理由として、片思いではコントロール感が低下するため、それを埋め合わせるように商品選択の幅が広くなったのではないかと論じられている(Huang et al., 2018)。
まとめ
このようにときめきは、心を変え、顔を変え、行動まで変えてしまうようである。ときめきを誘発するものは平安の昔から、ペット、赤子、化粧、お洒落、恋心など様々のようである。人生を華やかせるためにも、ときめきを大事にしたい。
【参考文献】
Huang, I. X., Dong, P., & Zhang, M. (2018). Crush on you: Romantic crushes increase consumers’ preferences for strong sensory stimuli.https://doi.org/10.1093/jcr/ucy053
Huang, X., & Dong, P. (2019). Romantic crushes promote variety‐seeking behavior. Journal of Consumer Psychology, 29(2), 226-242. https://doi.org/10.1002/jcpy.1070
浅井雛代ほか . (2019). 女性の [ときめき] 尺度の作成. 日本福祉大学健康科学論集, 22, 9-17. https://nfu.repo.nii.ac.jp/records/3209
久世淳子ほか. (2019). 女性の 「ときめき」 に関する研究 2―アイカラー使用による心理・生体指標の変化―. 日本健康心理学会大会発表論文集 32 (p. 134). 一般社団法人 日本健康心理学会.https://www.jstage.jst.go.jp/article/jahpp/32/0/32_134/_article/-char/ja/
設楽茉梨絵, 河島三幸, 阿部恒之. (2010年). ときめきは表情にあらわれるか. 日本心理学会大会発表論文集 日本心理学会第 74 回大会 (pp. 3EV104-3EV104). 公益社団法人 日本心理学会. https://www.jstage.jst.go.jp/article/pacjpa/74/0/74_3EV104/_article/-char/ja/