バーチャルリアリティと主体感
バーチャルリアリティと言われて思い出すのは、数十年前に体験したディズニーランドのスター・ツアーズなのですが
バーチャルリアリティはこのようなアトラクションだけでなく近年の技術の進歩に寄って身近なものになってきています。
このバーチャルリアリティの肝は、どれだけ自分がそこにいるかを感じさせるか、
言葉を変えれば、自己主体感、自己存在感をバーチャルに感じさせることだと思うのですが、これにはどのような神経基盤が関わっているのでしょうか。
この記事では予測的符号化理論も交えて、バーチャルリアリティでの自己主体感、自己存在感を増強する方法について以下の論文をもとに説明していきたいと思います。
「わたし」の感覚;主体感・存在感とは?
「わたしがわたし」という感覚は当たり前過ぎて普段は意識に上ることはありませんが、こういった感覚は具体的にはどのようなものなのでしょうか。
「わたしがわたし」という感覚は一般的には
・運動主体感(自分で自分の体を動かしている)
・自己主体感(わたしがここにある、いる)
・一人称的視点(わたしのこの眼から世界を見ている)
という3つの感覚から成り立っていると言われています。
またこれらの感覚は、外から入ってくるそのままの情報からできているのではなく、
過去の経験や現在置かれた状況をもとに脳が一瞬先の世界を予想し、それを現実のの情報と照らし合わせることで、様々な主体感が生じます。逆に言えば、予測と現実の乖離が大きいと自分の体が自分のものとして感じにくくなるということです。
例えば車の運転を覚え始めた頃やスキーやスケートを習い始めた頃は、ぎこちなくて自分の体が自分のものでないように感じたり、
あるいは長時間正座した後に足がしびれてまるで自分の足でないように感じたりすることを考えれば、想像しやすいかと思います。
つまり脳は一瞬先の世界を予測して、それが予測通りの結果であるときは自分が自分であるという確かな感覚が得られるのですが、もしそうでなければ自分が自分という感覚が得られません。
統合失調症やうつ病ではこの予測と現実の乖離が大きくなり、ときに自分が自分でない感覚が引きおこされると言われています。
予想と現実を比べて主体感が生じるシステムについては、以下の図を参考にしてもらえればと思うのですが、
(※詳細はこちらの記事を参考にしてください)
運動主体感というのは、脳が一瞬先の感覚(外受容感覚:体の外側の感覚;見る、聞こえる、触れるなど)を予想していて、これが実際の感覚とあっていれば、運動主体感が成り立ち、
自己主体感というのは、脳が一瞬先の感覚(内受容感覚:内臓感覚;息苦しい、胸が重い、胃がよじれる)を予測し、それが実際の結果とあっていることで自己主体感が生じるのですが、
これが予測と現実の乖離が大きいと自分が自分でないような感覚に襲われることもあります。
(ドキドキする場面でちっともドキドキしない、あるいは悲しい場面でちっとも悲しくなれないという状況では、なにかおかしいなという感覚が生じますよね)、
上の図で抑えてもらいたいのは、運動主体感に関わる予測(見える、聞こえる、触れるなど)は、自己主体感にも影響を与えているということです。
つまりこう動くから(走り出す、逃げ出す、襲いかかる)、身体はこうなるだろう(心拍数が上がる、呼吸が荒くなる)という予測を作っているということです。端的に言えば、動こうとするその意図の中で自分が存在するという感覚が立ち上がってくるということです。
バーチャルリアリティにおける覚醒度と自己主体感の関係
動こうとするその意図の中で自分が存在するという感覚が立ち上がってくるという話でしたが、
私達が動こうとするのはどのようなときでしょうか?
おそらくやることがなくて、ぼんやりしているときは動こうとする意図も少ないかとは思います。
これとは反対に、熊に襲われたときや何かを追いかける時、台所のお鍋が沸騰して蓋がグラグラしているときなどは「動かなきゃ」という感覚が立ち上がるはずです。
つまりテンションが高くなるような時、覚醒度が高くなる時には「動かなきゃ」という感覚が立ち上がりやすい。
バーチャルリアリティを用いた実験では不安や恐怖を感じるシナリオでは、自己主体感が強く感じられることが報告されており、
自己主体感というのは覚醒度に大きく影響されるのではないかということが述べられています。
では覚醒度が高い感情というのはどのようなものなのでしょうか。
感情がどのようなものかというのは様々な議論があるのですが、これをうまく説明した理論として感情は覚醒度と感情価の組み合わせで決まるというものがあります。
覚醒度というのはテンションが高い、低いといった次元であり、
感情価というのは快か不快かといった次元になります。
引用元:世古 純基. 記憶想起および内発的動機付けを促すための記憶ネットワークのモデル化. 先進的学習科学と工学研究会 77, 39-42, 2016-07-16
上の図のように覚醒度と感情価の二次元マトリックスで様々な感情を当てはめることが可能なのですが、全般的に覚醒度が高いシナリオに置かれた被験者ほど、バーチャルリアリティでは主体感を感じやすい傾向にあります。
またバーチャルリアリティでは、その没入感が高いシステムほど、主体感を感じやすいことも報告されています。
つまり安手のシステムよりも、しっかりしたシステムで作り込まれたバーチャルリアリティの方が主体感を感じやすいという結果が報告されています。
こういった研究結果をもとに提案されたのが以下の図なのですが、
※Diemer J et al. The impact of perception and presence on emotional reactions: a review of research in virtual reality. Front Psychol. 2015;6:26. Published 2015 Jan 30. FIGURE 4を参考に筆者作成
バーチャルリアリティでしっかりとした自己主体感(存在感)を感じるには
・高い没入感を得られるようなシステムで外受容感覚に働きかけ、
・覚醒度を高めるようなシナリオや設定で内受容感覚に働きかけ、
・外受容感覚と内受容感覚の2つの情報から自己の存在感を強く感じられる
というモデルが提示されています。
ではこの内受容感覚に対する働きかけですが、バーチャルリアリティの設定やシナリオのの他に直接働きかける方法はないのでしょうか?
バーチャルリアリティにおける内受容感覚へのアプローチとその実装
バーチャルリアリティで自己主体感を感じるためには覚醒度を上げて、内受容感覚に働きかける必要があるというのがさっきの話でしたが、ではこれを実装するシステムとしてはどのようなものがあるのでしょうか。
これについてはまだ商品化はされていないのですが、音響技術を使って擬似的に心臓の感覚や腹部消化器の感覚を感じさせようとする技術が消化れた論文があります。
Embodied Medicine: Mens Sana in Corpore Virtuale Sano
これは心臓の感覚については胸につけた刺激装置から低周波振動を与え
腹部の感覚については超音波感覚を腹部に与え、
手首や肘の固有受容感覚は振動刺激、
平衡感覚については耳石器に対する振動刺激でバーチャルな感覚を与えるというものです。
引用:Riva G, Serino S, Di Lernia D, Pavone EF, Dakanalis A. Embodied Medicine: Mens Sana in Corpore Virtuale Sano. Front Hum Neurosci. 2017;11:120. Published 2017 Mar 16. doi:10.3389/fnhum.2017.00120
身体というのはよくできていますので、心臓や腹部の感覚がこれくらいの装置で本当に騙されるかどうかはわかりませんが、
心気症の気がある人は自分の内臓感覚(ドキドキしている、のどが渇いている、胃が重いなど)を正確に感受できないことも報告されており、
何らかの方法で本来の内臓感覚のフィードバックがかけられれば、心身の状態も整うかなと思いました。
とはいえ、このような機械に頼らずとも、最近は瞑想も含めた各種ボディワークも巷に溢れているので、いろいろ試したいものです。
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