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はじめに
人生は車の運転と似ています。何の道を走るのか、どれくらい気をつけて走るかは自分で選ぶことはできますが、それでも事故に巻き込まれてしまうことがあります。それが故意の事故であったとしても偶然の事故であったとしても、やりきれない思いは恨みや怒りとなり、心の深い部分に澱となってなって積み重なり、心や身体を傷つけることがあります。今回の記事では自分を傷つけた相手を許すためのカウンセリングにおける方法論をご紹介します。
赦しのプロセスモデル
今回取り上げるものは、カトリックの神学者で心理学者でもあるエンライトによって開発された赦しのプロセスモデルと呼ばれるものになります。人を赦すのは一気になされるわけではありません。それは時間をかけ段階を踏んでなされるもので、その段階を適切に踏んでいくことで怒りや恨みを手放せるようになるというのがこのモデルの核になる考え方になります。
具体的には、許しのプロセスには以下の4つの段階があると述べています。
- 掘り下げの段階: 加害行為とその結果が自分の人生にどのように影響したかを理解する。
- 決意の段階: 許しの本質を正しく理解し、許そうと決意する。
- 作業の段階: 加害者を新しい視点から見るようになり、加害者に対する感情が肯定的に変化する。
- 深化の段階: 苦しみに新しい意味を見出し、他者との繋がりを感じ、ネガティブな感情が減少する。
このそれぞれの段階はより小さなフェイズに分けられ、合計20のステップがあるのですが、以下にそれぞれの内容をご紹介します。
掘り下げのフェーズ
これは赦しを行う前に、今現在の自分の感情的な立ち位置を把握し、掘り下げる作業になります。以下の8つの内容についてカウンセリングを行い、自分が何を感じているのかを把握していきます。
- 心理的防衛機制の検討:これは被害の事実を忘れたり否定したりしていないかを考える。
- 怒りの表出:怒りや苦しみの感情から逃避していることはないかを検討する。
- 恥の自覚(必要な場合):どの程度恥や罪悪感を感じ、それを隠そうとしているかを話し合う。
- 被害への執着の自覚:どの程度被害について執着しているのか、強迫的な考えに囚われているのかを把握する。
- 被害の反芻の自覚:実際に自分がどれだけその被害を繰り返し思い出しているのかを自覚する。
- 加害者との比較:加害者の人生状況と自分の人生状況をどの程度比較しているかを自覚する。
- 被害による永続的変化の自覚:被害が自分の人生を全く変えてしまったかについて話し合う。
- 正義観の変化の自覚:被害によって自分の世界観をどのように変わったか、正義や愛の観念が揺らいだかについて話し合う。
決意のフェーズ
- これまでの解決策の再考:これまで許そうとして失敗したのはなぜか、許そうとしているが許せていないことにどの程度気づいているか、今、許そうとする意思がないのはなぜかについて考える。
- 許しを選択肢として考える用意:加害者を許すことを考える用意があるかを話し合う。
- 加害者を許すことへの決意:許す決意をどの程度しているかについて話し合う。
作業のフェーズ
- 加害者の再評価・再枠組み化:加害者の生い立ちや加害行為時の状況について考え、加害者を人間として見られるかを話し合う。
- 加害者への共感:加害者の気持ちになって、その時の混乱を想像したり、加害者がもつ脆弱性について考える。
- 加害者への慈悲の自覚:加害者のために何かできることはあるのか、加害者への思いやりの気持ちは芽生えたかを話し合う。
- 痛みの受容:被害の痛みを受け入れ、前向きに生きる覚悟はできたか、怒りや苦しみを乗り越える勇気が湧いてきたかを考える。
深化のフェーズ
- 苦しみからの意味発見:苦しみを通して、何を学び取ることができたか、この経験から自分にとっての意味とは何かを話し合う。
- 他者の許しの必要性の自覚:過去に自分が他者を傷つけたことはあったか、自分もまた許しを必要とする側面があることについて話し合う。
- 共通の人間性の自覚:自分と同じように苦しむ人がいることを実感できたか、人は誰しも弱さを持っていることを理解できるようになったかを考える。
- 新しい人生の目的発見:今後どのように生きるべきだと思うか、この経験を活かす新しい目的を見出したかを話し合う。
- ネガティブな感情の減少、ポジティブな感情の芽生えの自覚:怒りや苦しみの感情は以前より軽減されたか、許すことで得た解放感に気づくことができたか、希望や充実感が生まれてきた部分があるかを話し合う。
赦しのプロセスモデルの効果
では、こういった段階を踏んだ赦しのプロセスは実際のどの程度の効果があるのでしょうか。ある研究では赦しのプロセスモデルを用いた介入が精神疾患にどれほど効果があったかについてメタアナリシスを行っています。対象となった研究は全部で12本ですが、結果として以下の効果量が示されました。
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うつ病: 小さいが有意な効果量(-0.37)
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不安: 有意な効果なし
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怒り/敵意: 中程度の効果量(-0.49)
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ストレス/苦痛: 大きな効果量(-0.66)
様々なケースがあり、一般化は難しいかもしれませんが、うつ病や怒り、ストレス、苦痛に十分な効果があることが示されています。
まとめ
このように赦しのプロセスモデルによるカウンセリング介入は多くのステップを踏んでいくことで、着実な効果があることが報告されています。慢性的にネガティブな感情を抱えることは、心身に大きな負担を与えることになります。自分自身を大事にするという意味でも、赦しに取り組む価値はあるのかな、と思いました。
【参考文献】
Akhtar, S., & Barlow, J. (2018). Forgiveness therapy for the promotion of mental well-being: A systematic review and meta-analysis. Trauma, Violence, & Abuse, 19(1), 107-122. https://doi.org/10.1177/152483801663707
Baskin, T. W., & Enright, R. D. (2004). Intervention studies on forgiveness: A meta‐analysis. Journal of counseling & Development, 82(1), 79-90. https://doi.org/10.1002/j.1556-6678.2004.tb00288.x