聞くこと、読むことと脳波の関係
私達の人生は生まれた瞬間から死ぬその時まで言葉に囲まれています。
この言葉というのは読んだり話したり聞いたり、様々な使われ方をされるのですが、この言葉を操る神経基盤というのはどのようなものになっているのでしょうか。
今回取り上げる論文は、言葉の理解に関わる脳活動について脳波を使った研究からわかっていることを取りまとめた総説論文になります。
そもそも脳波とは何なのか?
脳の本を開くとアルファ派だとかベータ波だとかという言葉に当たりますが、これらはそもそもどういったものなのでしょうか。
脳というのはこれをスライスすると表面の方の色の濃い部分と奥の方の薄い部分からできていて、これらはそれぞれ灰白質、白質と呼ばれています(いきなりきつい画像でごめんなさい)。
引用元:Wikipedia日本語版 ”大脳皮質”より
表面に在るこの色の濃い灰白質部分ですが、これは神経細胞本体になっており、白い部分は神経細胞からの情報が伝えられる神経線維になっています。
この神経細胞本体なのですが、これを顕微鏡で見ると典型的なものでは6層構造になっており、
引用元:Wikipedia英語版 ”Neocortex”より
形や働きが異なる神経細胞が6階建てのビルのように6層縦に連なった形になっており、
脳表面で見ると、この6階建てのビルが敷き詰められたような形になっています。
引用元:Wikipedia日本語版 ”視覚野”より
そして、このそれぞれの縦に並んだ神経細胞ですが、それぞれ固有の周波数で信号を発しており、
一秒間に一回波打つようなゆっくりしたものから一秒間に数十回波打つ早いものまで様々で、
引用元:Wikipedia日本語版 上より”デルタ波”、”アルファ波”、”ベータ波”、”ガンマ波”
いろんな周波数を発する神経細胞が縦に並んで、これらがそれぞれ横につながったり、あるいは同じビル同士で縦につながったりしています。
ではなぜこのようにいろんな周波数が在るかというと、これは色んな種類の情報をやり取りするからではないかと考えられています。
あなたもおそらくいろんな方法で他人と情報のやり取りをしているかと思います。
近くにいる人には口頭で話しかけてコミュニケーションを取るでしょうし、
メールや電話、手書きの手紙に動画通信、状況に応じて色んな方法で連絡をとっていると思います。
脳も同じように同じ場所にある神経細胞でも状況や用途に応じて様々な周波数で情報のやり取りをしていると考えられています。
脳波というのは、このように神経細胞が様々な周波数で発している電気信号を脳の表面につけた電極から耳をそばだてるようにして拾い上げた情報になります。
上に記したように同じ場所からいろんな場所へ向けていろんな周波数で電気信号が伝えられているため、頭の表面から拾った情報はいろんな周波数が混ざったものになっていますし、いろんな場所の神経活動が混ざったものになっています。
引用元:Wikipedia日本語版 ”脳波”
これをそれぞれの周波数別にするには特別な計算が必要ですし、どこから来た情報なのかを調べるにはこれまた別の計算が必要です。
いずれにしても頭の表面につけた電極から拾える脳波はいろんな神経活動の合算であって、脳の局所的な活動そのものではないということを理解していただけたらと思います。
イメージとしては宴会会場の片隅に取り付けられたマイクから録音された生の音響情報のようなものだと思ってもらえたらと思います(マイクの近くに座っている人の音声も遠くに座っている人の音声もごっちゃになってノイズのように聞こえますよね)。
聞くことの周波数:なぜ言葉を理解できるのか
この論文は聞くことと読むことに焦点を当てて、それぞれどのような周波数の活動が見られるかについて調べられた研究をまとめたものです。
普段私達は耳から音声を聞き取りますが、よくよく考えてみると、これは断続的な特殊な呼吸音の連続であってそれ自体に意味があるわけではありません。
ことばを細かく分けて考えてみると、
まず話されている意味を作っている文節があって、
文節を作っている単語があって、
単語を作っている音節があって・・
というように様々なレベルの情報から成り立っていることがわかります。
先に上げたように脳波にはゆっくりとしたものから速いものまで様々なのですが、
下の階層からたどっていくと
音素情報:ガンマ波
音節情報:シータ波
語句情報:デルタ波
というようにゆっくりとした波が大きな情報を処理し、速い波が細かい情報を処理しています。
さらにこの脳波には異なる脳波同士がタイミングよく活動する現象があるのですが、
このように異なる脳波同士がリズムを合わせて活動する現象はクロスカップリングと呼ばれ、
音素→音節統合:シータ波とガンマ波のカップリング
音節→語句統合:デルタ波とシータ波のカップリング
が起こります。
さてこのように耳から入った音響情報はこのように脳の中に整理されて取り入れられるのですが、
この取り入れられた情報はどのように”ことば”として展開されていくのでしょうか?
脳の中の音響解読:どのようにして音を言葉に直すのか?
さて耳から入った生の音響情報は、脳の中で加工されて語句レベルの音のかたまりに編集されましたが、
今度はこれを脳の中の意味情報と照らし合わせて、その音が何を意味しているのか、またその音の連なりが何を意味しているのかを理解しなければいけません。
私たちが耳から入った言葉を聞くにしても、目から入った文章を読むにしても、出てくる単語の意味を読み取り(意味処理)、それらの単語をつないで、意味のある文として頭の中で展開する必要があります(統語処理)。
こういった処理は果たしてどのような脳波が関係してくるのでしょうか。
まとめる とどめる 検索する
耳や目から入った言葉が何を意味しているのかを理解するためには、
・語の連なりが句(2語以上で構成される意味のある語の連結)としてまとめられる
・句が頭の中にワーキングメモリとしてとどめられる
・頭の中にとどめられた句が何を意味しているのが検索をかける
という3ステップを踏む必要があります。
これに対応した脳波としては
・デルタ波:言葉の連なりを意味のある句にまとめる
・アルファ波:意味のある句をワーキングメモリにとどめる
・シータ波:ワーキングメモリにとどめられた句が何を意味するか検索をかける
という役割分担があります。
とはいえ、これは耳から上がってきた情報をボトムアップ的に処理しているだけであり、これだけでは脳の処理として片手落ちです。
耳から入ってくる情報は膨大なので、ある程度前もって当て推量で何が入ってくるか予想を立てながら聞かなければなりません。
こういった予想を立てた上で情報に立ち向かうような処理の仕方は予測的符号化とも呼ばれるのですが、この予測的符号化で言葉を理解しているときの神経活動はどのような脳波として観測されるのでしょうか。
予測的符号化による言語処理と脳波の関係
予測的符号化というのは何度か説明したように
予測する→予測と実際の誤差を測定する→予測を修正する
という流れでなされており、主観的意識は実際の入力よりもむしろ予測された状態にあるのではないかという考え方なのですが、
言葉の理解に際しては
・次にくる言葉を今までの経験や今置かれている文脈から予測する(そもそも君は・・・→次の言葉は「いつも」?)
・予測があっているかをチェックする(そもそも君は「生まれつき」・・・→予測が違った!)
・予測モデルの修正(話している相手がテンションが高くパワハラモードになっているので、言葉の並びの中に、きつめの言葉が多くなるだろう(泣))
というような流れが考えられるのですが、
・ベータ波:言葉の予測
・ガンマ波:予測があっていたかのチェック
という役割分担がなされており、
言葉をうまく理解できているときには、この二つの脳波がリズムよくかみ合っている(カップリング)がことが報告されています。
ちなみに先の神経細胞の6層構造の話に戻ると
ベータ波を発する神経細胞は6層構造の上のほうにあり、ガンマ波を発する神経細胞は6層構造の下のほうにあり、
引用元:Wikipedia英語版 ”Neocortex”より
動物実験からはこの上下の神経細胞のつながりが弱いものはベータ波とガンマ波のリズムがかみ合いにくいことも報告されており、
言葉の理解能力には先天的な要素と後天的な学習要素の両方が関係してくるのではないかということが述べられています。
ベータ波というのは基本的に運動出力に関わるものですが、小学生のころ音読をさせるのは予測的符号化能力を高めるためなのかなと思ったり、
言葉を聞いたり読んだりというのは、頭の中で先回って話して文を作っているのを追認的に聞いて見たりしているようなものなのかなと思ったり、
相手の口を見ると聞き取りやすいのは、この予測的符号化に関わるシステムが関係しているからかななどといろいろと考えました。
興味深いです。
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