目次
セロトニンが心と体に与える影響とは?
私達はコンピューターと違って生身の人間であり、
機嫌のいいときもあれば悪いときもあって脈打つ鼓動のように気分にも上がり下がりがあります。
こういった比較的長い時間の気分の変化には神経伝達物質が関わっており、その中でも幸福感やうつ症状、不安感に影響を与えるものとしてセロトニンがあります。
果たしてこのセロトニンというのは具体的にはどのように働いて私達の生活、人世にどのような影響を与えているのでしょうか。
以下にうつ症状、不安感、幸福感、虐待、攻撃行動をテーマにセロトニンの関する学術論文をいくつか紹介していきます。
うつ症状とセロトニン
歳を取るとなぜ元気がなくなるのか?
いくつになっても元気いっぱいというのは,人生の理想であり,テレビ広告でもしきりに流されるテーマでもありますが,
実際のところ年をとるに連れてだんだん元気はなくなり,若い頃のようにポジティブでい続けることは難しくなってきます.
しかしながらなぜ歳を取ると若い頃のような元気がなくなってしまうことが多いのでしょうか.
この論文は高齢者の炎症反応と抑うつ症状,ドーパミンやセロトニンの前駆物質の代謝の関係について調べたものです.
この研究では健常高齢者284名を対象に体内の炎症反応の指標としてインターロイキン6やCRPを,またドーパミンの前駆物質の代謝に関わる経路を調べる目的でチロシンの変化を,セロトニンの前駆物質の代謝に関わる経路を調べる目的でトリプトファンの変化を調べているのですが,
結果を述べると,やはり高齢者は一般的に体内の炎症反応値が高く,それに比例して抑うつ症状も高くなること,またこれらの症状と関連して体内でセロトニンやドーパミンを作る経路が十分には機能していない可能性が示されています.
年をとっても元気でいるためには体内の炎症反応をできるだけ低く抑えることが大事なのかなと思いました.
なぜ鬱々するとイライラするのか
鬱々というと元気が無い,ぐったりというイメージがありますが
実際自分のことを考えてみると,本格的な鬱々状態の前というのはその前段階として妙にイライラしたり攻撃的になったりすることがあります.
そう考えると鬱々と苛々というのは同じスペクトラム上にある同じ症状の異なる側面なのかなと思うのですが実際はどうなのでしょうか.
この論文は極端に短気な人の脳について詳しく調べたものです.
この論文によると一般に脳内のセロトニンが少なくなることで,情動をコントロールする脳の部分の活動が低下して,自分の感情を抑えられなくなるということがあるそうです.
この実験では病的に衝動的に攻撃性を爆発させるような患者にセロトニンを投与したのですが,感情のコントロールに関わる脳の部分はこのセロトニンに反応しなかったことが述べられています.
セロトニンというのは増えれば効くというわけではなく,増えても脳の中にそれを受け取る部分がないと効かないそうで
病的に攻撃的な患者というのは,脳の中にその受取部分が少ないのではないかということが述べられています.
いずれにしろセロトニンが感情を抑えるのに関わるのであれば,鬱々と苛々というのは感情の抑えが効かなくなるというところで同じ枠でくくれるのかなと思いました.
女性の気分変調と孤独とホルモン
PMSという言葉をテレビや何かで頻繁に聞くようになったのはここ最近だと思うのですが
女性というのは生理前になると情緒不安定になってしばしば攻撃的になるようですが,これはなぜなのでしょうか.
この論文は情動調整ホルモンと抗うつ薬の関係についてマウスを対象にして詳しく調べたものです.
気分を安定させる重要な神経伝達物質の一つにチョコレート商品でも有名なGABAというものがあります.
脳内のGABAを増やしたり減らしたり関わっているホルモンにアロプレグナノロンという物質があるのですが,女性の場合生理前にはこのアロプレグナノロンが減り,GABAが減り,気分の調整が難しくなるという流れがあるようです.
アロプレグナノロン減少
↓
GABA減少
↓
気分変調
今日取り上げる論文ではマウスを4週間孤独にさせることで人為的にアロプレグナノロンを減少させて気分の変調を引き起こしているのですが
抗うつ物質の一種である(S)-ノルフルオキセチンを投与することでアロプレグナノロンが大いに増えて気分も安定したことが報告されています.
抗うつ薬
↓
アロプレグナノロン増大
↓
GABA増大
↓
気分改善
この論文を読んで思ったのは生理前の女性というのは一人ぼっちにしないほうがいいかなということと
また同じく生理前に甘いものを食べたがるのは脳内の報酬系を頑張って回して脳の機嫌を取ろうとするためなのかなと思いました.
女性というのは男性以上に自己コントロールが大変なんだろうなと思いました.
遺伝子、文化、自殺
一般に儒教文化圏である東アジアは欧米諸国に比べて自殺者が多いそうですが
同じ現代に生きるにかかわらずこういった違いがあるのはどういうわけでしょうか。
この論文は社会性遺伝子と助けを求める行動の関係について調べたものです。
一般にアメリカ人は大変なときに「助けて」といえる文化のようですが、今回研究の対象になった韓国は「助けて」といえない文化であることが述べられており
これと遺伝子(社会性が高いタイプと低いタイプ)の関係性について調べています。
結果を述べるとアメリカ人は社会性が高い遺伝子を持っているヒトは大変なときに「助けて」と言えるのに対し韓国人では遺伝子の種類にかかわらず「助けて」と言えない傾向があることが示されています。
こういったことから
特定の遺伝子→特定の行動
というわけではなく
特定の遺伝子→遺伝子のon/off→特定の行動
↑
文化・社会・環境
というような形で文化と社会性遺伝子、行動というのは密接にリンクしているのではないかということが述べられています。
ちなみに社会的環境の影響を受けやすい遺伝子としては鬱病の発症に関わるセロトニン系の遺伝子があり
ストレス度合いでセロトニン遺伝子のオンとオフが切り替わるようで
メンタル脆弱な私自身はストレスフルなときに「助けて」といえる文化のほうがいいなと思いました。
歳を取ると風邪が心に響きやすいのはなぜか?
若い頃からその傾向はあったのですが,40前後を境にして風邪をひくと鬱々しやすい傾向が強くなってきたような気がします.
自分の子供は風邪をひこうが熱を出そうが気持ちだけは元気なのを見ていると羨ましいなと思うのですが,こういった感染症状と気分の関係というのはどのような仕組みになっているのでしょうか.
この論文は脳の中の免疫細胞,ミクログリアの働きと気分の関係について調べたものです.
ミクログリアというのは脳の中にあって様々な働きをする脳内免疫細胞ですが,これは場合のよっては過剰な免疫反応を引き起こし,神経活動に様々な影響を与えることが知られています.
このミクログリアの活動に影響を与える物質として,この研究で取り上げられているフラクタルカインと呼ばれる物質があるのですが,
これは何らかのストレスによって血管内皮細胞などから産生されます.
ミクログリアはこのフラクタルカインに反応し,炎症誘発物質を作り,この炎症誘発物質はセロトニンやドーパミンの原料となるトリプトファンを分解する酵素を活性化させます.
結果セロトニンやドーパミンが作られづらくなり,抑うつ的な気分が引き起こされるという仮説があるのですが,この研究ではこの仮説をフラクタルカリン受容体ノックアウトマウスを使って調べています.
実験ではこのノックアウトマウスに感染症状を引き起こす物質を注射し,その後の各物質の変化や抑うつ行動について調べているのですが,やはりフラクタルカインの代謝に以上が生じると抑うつ行動が長引くことが示されています.
歳を取るとこの脳内免疫細胞のフラクラルカインへの反応がうまく行かなくなってくるそうですが,歳をとって風邪をひくと気分がへこみやすくなるのはこの辺も関係しているのかなと思いました.
「5-HTTLPR遺伝子多型はヒトの帯状皮質-扁桃体の相互作用に影響を与える:鬱における遺伝的な感受敏感性のメカニズム」
ストレス耐性という言葉がありますが、その名の通り、生きることは日々降り掛かってくるストレスとの戦いともいえるのではないかと思います。
人によって打たれ弱かったり打たれ強かったりしますが、この打たれ強さ、打たれ弱さというのは具体的にはどういったところで決まるのでしょうか。
これは言葉を変えれば感受性とも言えるのではないかと思います。
打たれ弱いヒトというのはおそらく感受性が強い。
同じ刺激を受けても机の上を叩くのとシンバルを叩くのでは、響いてくる音が違う。
大きなシンバルというのは刺激を拡張再生産してグワングワン響き続けるように、感受性の強い人というのは同じ刺激を受けても脳内の反響がとりわけ強いのかもしれません。
この論文は遺伝と鬱・不安傾向の関連について調べたものです。
ある種の遺伝子(セロトニン・ポーター遺伝子(5-HTTLPR)多型)を持つ個体は情動の調整の関わる帯状皮質の前方部分と扁桃体において灰白質が減少している傾向があること、
また帯状皮質の前方部と扁桃体は不安を抑制するような回路を作っているのだけれども、この特定の遺伝子を持つ個体はこの回路が解剖学的にも機能的にも不十分であること、
それゆえこの遺伝子を持つ個体は鬱傾向となる可能性が高くなるのではないかということが述べられています。
セロトニンと不安感
なぜテンションが上りすぎるとかえって不安になるのか?
私達のカラダは自然に適応するようにできています.危ない時には戦ったり逃げたりできるように,カラダの神経伝達物質が増えたり減ったりします.
適度なストレスを感じて適度に緊張する分にはパフォーマンスも上がりますが,これが度を過ぎると緊張して不安感が専攻してしまい,パフォーマンスが下ってしまうことがありますが,これはどのような仕組みになっているのでしょうか.
この論文は,気分を上げる作用があるドーパミンやノルアドレナリンの働きと抗うつ薬の一種であるSNRIの作用機序について論じたものです.
参考URL: The noradrenergic symptom cluster: clinical expression and neuropharmacology
様々なことが書かれているのですが,いくつか大事なところをピックアップすると
・ドーパミンやノルアドレナリンの作用は逆U字型である.
・すなわち少なければ抑うつ症状や疲労感が生じるが,多すぎると不安感やイライラ感を生じる
・ドーパミンやノルアドレナリンは二つの機序があり,一つは常に高いか低いかというベースになる状態であり,もう一つは何らかの刺激により一時的に高くなるという反応的な振る舞いである.
・SNRIはこの二つの機序に適切に働きかけることにより気分安定作用をもたらす
ということが書かれています.
私の場合はテンションを上げすぎると,その後帰って不安感が高まることがありますが,その原因はこの辺なのかなと思いました.
不安だから動けないのか,動けないから不安なのか
リハビリの学校に通っていると,世にも恐ろしい臨床実習というものがあります.
これは直接臨床施設に出向いてそこで数ヶ月スーパーバイザーの下で臨床に関する様々なことや社会人の振る舞いについてみっちり修行するものなのですが
やはりそこでは学生が不安のあまりスーパーバイザーとコミュニケーションが取れず,それがこじれて心を病んでしまうことも少なからずあるようです.
こういった状況では不安だから話しかけられないのか,話しかけないから不安なのか,鶏と卵のどっちが先かというような話になると思うのですが,これははたしてどっちが先なのでしょうか.
この論文は孤独と不安感の治療についてネズミを対象に抗うつ薬を投与して調べたものです.
実験ではネズミを一定期間隔離して精神的に不安定にさせ,一種の社会行動障害にしてから抗うつ薬を投与してその後の経過を調べているのですが
結論を述べると,抗うつ薬の効果は,興奮-鎮静作用ではなく,社会行動そのものを変化させていたことが示されています.
ネズミのことなのでヒトについてそのまま当てはまるとは思いませんが
実習中も精神論だけで乗り切るのではなく,薬だけでなく実習先以外とのコミュニケーションや何らかの手段で社会行動そのものにアプローチすることで
不安とコミュニケーションの低下の悪循環が外れるということもあるのかなと思いました.
幸福感とセロトニン
幸福の半分は遺伝で決まる?生理学的に幸福とはどのような物質により説明できるか?
世の中にはいろんな性格の人がいて、結構きつい環境にいるにもかかわらずいつもニコニコしている人もいれば、客観的には幸せな環境に恵まれているにもかかわらず鬱々している人もいます。
こういった現象を見ていると幸福というのは主観的な要因が強いような気がするのですが、この主観的要因というのは生理学的にはどのように説明できるのでしょうか。
この論文は、幸福感に栄養する生理学的因子について調べた研究に関するレビュー論文になります。
参考URL: Happiness & Health: The Biological Factors- Systematic Review Article.
この論文によると、幸福感に栄養する生理学的因子としてドーパミンやセロトニン、アドレナリンやエンドルフィン、メラトニン、オキシトシンなどがあり、またこれらの代謝を制御するそれぞれの遺伝子があること、
またこういった遺伝的要因が幸福感の35%から50%に影響することが述べられています。
遺伝子で全てが決まるわけではないのですが、やはり幸せ体質や不幸体質というものがあるのかなと思いました。
女性を幸せにする遺伝子はあるのか?
様々な研究から私達の幸せは遺伝によって影響される部分が大きいこと、具体的には35%から50%が遺伝的要因で決まってしまうことが報告されています。
つまり生まれつき幸せになるハードルが低い人や高い人がいるということになると思うのですが、こういったハードルの高さを決める遺伝子というのはあるのでしょうか。
この論文はMAOA(モノアミン酸化酵素A)に関係する遺伝子と女性の幸せの関係性について30年間の追跡調査を行って調べたものです。
参考URL: The MAOA gene predicts happiness in women.
このMAOAはヒトを興奮系の神経伝達物質であるノルアドレナリンとヒトの鎮静系の神経伝達物質であるセロトニンのバランスを司っているのですが、
このMAOA遺伝子には、MAOAをより強く活性化させるタイプ(MAOA-H)とより弱く活性化させるタイプ(MAOA-L)の2タイプがあるそうです。
この研究では345名の男女(内女性193名)を対象にMAOA-L2つ(より弱く活性化させるタイプの遺伝子)、1つ、なしの3群にわけ、それぞれの幸福度について調べているのですが、
女性についてはMAOA-Lを一つ持っていると幸福度を0.261標準偏差(SD)、また2つ持っていると0.522標準偏差(SD)引き上げることが示されています。
またこういった傾向は女性だけに限られていて男性には見られなかったことが示されています。
幸せになるハードルというのはヒトそれぞれなのだなあと思いました。
虐待経験とセロトニン
虐待経験が脳の発達に及ぼす影響は遺伝子によって違う
ヒトの脳の発達は生まれと育ちの両方が大事であるといわれています.
どんな遺伝子を持ってきたかという生まれだけですべてが決まるわけではなく,またどんな環境で育ってきたかという育ちだけで決まるわけではありません.
同じ素材で同じレシピで料理を作ったとしても,どんな料理人が関わるかで出来上がりの味が変わってくるように,生まれと育ちの両方が交互作用を起こして様々な変化が生じるようです.
セロトニントランスポーター遺伝子というのは,セロトニンの代謝に関係するものなのですが,一般にセロトニントランスポーター遺伝子多型と呼ばれる通常のものとは異なったタイプの遺伝子を持つものはうつ病になりやすいことが知られています.
この論文は,このセロトニントランスポーター遺伝子多型が脳の発達にどのような影響を及ぼすかについて調べたものです.
参考URL: Childhood Stress, Serotonin Transporter Gene and Brain Structures in Major Depression
この研究ではうつ病患者を対象に脳構造と虐待履歴,セロトニントランスポーター遺伝子多型か否かを調べ,どのような関係があるかについて調べています.
結果を述べるとセロトニントランスポーター遺伝子多型を有しており,虐待を受けたものは有意に海馬の体積が小さくなりやすいこと,しかしながら通常のセロトニントランスポーター遺伝子を有するものは,虐待を受けることでかえって前頭前野の体積が増大していることが示されています.
今回の研究では被験者はうつ病患者ではあるものの,過酷な環境で強くなる人もいれば弱くなる人もいるのかなと思いました.
どの酵素が家庭内暴力に耐えるのか
家庭というのは小さく閉じた組織であり
これがうまくいっていれば皆幸せということもあるかもしれませんが
これがうまく機能していなければ、とてもとてもつらい容れ物になるのではないかと思います。
親から虐待を受けることで感情情緒的な発達が阻害され、時に自らも虐待の側に回るような不幸の連鎖も見られますが
必ずしもそうではなく、不幸な家庭環境に育ってもぐれずに育つ子どももいます。
同じ家庭環境に育つにもかかわらずこういった違いが生まれるのはなぜなのでしょうか。
この論文は虐待の影響とある酵素についての関係について調べたものです。
参考URL: Role of genotype in the cycle of violence in maltreated children.
酵素というのは体内にあっていろんな物質の代謝に関わっているものだそうですが
そのなかでもモノアミン酸化酵素A(MAOA)と呼ばれるものがノルアドレナリンやセロトニンの代謝に関わっているそうで
この酵素の発現率が高い子どもというのは虐待の影響を受けづらい(虐待を受けても反社会的な性格になりづらい)ことが述べられています。
人の変化発達というのは生まれと育ちの両輪で回っていくのかなと思いました。
結局のところ生まれなのか育ちなのか
生まれが大事だとか教育が大事だとかいろいろ言われることがありますが,はたして最終的に大事なのはどちらなのでしょうか.
生物学の中にはエピジェネティクスと呼ばれる分野があるそうです.
これは遺伝子の働きが後天的な影響で様々に左右されることについてのもののようで,その意味では生まれも育ちも大事なのかなという気がしますが
この論文は”育ち(環境)”が大きく心身ともに大変化してしまうイナゴについて詳しく調べたものです.
参考URL: Epigenetic remodelling of brain, body and behaviour during phase change in locusts
このイナゴは普段は人付き合いを避けるおとなしめの小型の生き物なのですが,食べるものがなくなって,否応なしに他のイナゴがわさわさいるような環境に放り込まれると,遺伝子の働きが大きく変化してイケイケドンドンの巨体の集団イナゴに変身してしまうそうです.
こういった変身は行動レベルでは数時間,神経系や筋骨格系は数世代かかるそうですが
決定的なのは行動レベルの変容が起こる数時間で
この数時間でイナゴの体内のセロトニンが増えることで遺伝子発現の変化スイッチが大きく切り替わることが述べられています.
動物の遺伝子発現は環境で大きく変わり
かつ自然環境以上に彼らが過ごす社会環境(個体間の相互作用)が大事だということで
イナゴの話をヒトに簡単には拡張できないのは承知ですが
家庭や学校,地域というのはヒトが密集して過ごす社会環境というのは遺伝子の発現に何かしら影響を与えうるのかなと妄想したりしました.
遺伝子・虐待・性別はどのように相互作用するか?
その人の性格は生まれか育ちかということはよくいわれますが,この二つというのは別々のものではなく,互いに影響し合うことが近年の研究から報告されています.
人の性格にも打たれ弱くてクヨクヨしやすいものや,そうでないヒトもいますが,こういった傾向は脳の中の神経伝達物質であるセロトニンの代謝システムに違いが影響するそうです.
このセロトニンの代謝に影響を与えるものとしてセロトニントランスポーター遺伝子というものがあり,この遺伝子の変異したもの(セロトニントランスポーター遺伝子多型)を持っている人というのはうつ病を発症しやすいこと,また脳の中の海馬と呼ばれる部分の体積が減少しやすいことが報告されています.
これらのことに加えて小児期に虐待を受けたものは海馬の体積が減少して成人になってうつ病を発症しやすいことも報告されていますが,こういった一連の生まれと育ちの関係において男女の性別というのは何らかの違いを生み出すものなのでしょうか.
この論文は,セロトニントランスポーター遺伝子多型の有無,小児期のストレスフルイベント(身近の人の死や自分の大きな病気,親の離婚や虐待経験など)経験の有無,男女の性別の3要因と海馬の体積の関係について調べたものです.
結果を述べると
・セロトニントランスポーター遺伝子多型を有する女児は小児期の逆境経験の有無にかかわらずに海馬の体積が減少している
・セロトニントランスポーター遺伝子多型を有する男児は小児期の逆境経験により海馬の体積減少を有意に引き起こしやすい
ということが述べられています.
いろいろな解釈ができると思うのですが,男児のほうがセロトニントランスポーター遺伝子多型という生まれがあるものは,逆境経験という育ちに影響されやすいのかなと思いました.
私達は小児期の脳とどのように向かい合うべきか?小児期の脳の敏感性
人の性格は生まれで決まるのか、それとも育ちで決まるのかというのはずいぶん長い間議論されてきたテーマなのですが、
様々な研究の集積もあり、生まれ(遺伝的要因)と育ち(環境)というのは交互作用的に人の性格の形成につながっていくのではないかと言われています。
これは具体的には遺伝的に繊細に生まれついた子供に大きなストレスを加えると良くない影響が現れるけれど、遺伝的にタフな子供であれば場合によっては逆の効果が現れたり、
あるいは音楽センスのある子供に豊かな音楽環境を与えれば才能が開花するけれど、センスのない子供に同じことをしても同じようにはならないというようなことだと思うのですが、
私達はこの小児期の脳の敏感性にどのように向かい合うべきなのでしょうか。
この論文は、小児期の脳の敏感性と成人期への影響について述べた総説論文になります。
参考URL: Trajectories of brain development: point of vulnerability or window of opportunity?
この論文によるとストレスや薬物に対する小児期の脳の反応は成人の脳と異なること、
具体的には思春期を境にして成人とは反対の経過を示すのではないかということが述べられています。
これはコカインのような神経覚醒物質を例に取ると、ADHDの治療で投与されるリタリンが思春期前に投与された児童は、思春期後に投与されたものと比べて成人になって薬物依存になりにくかったり、
あるいはコカインを生後間もない時期に与えられたラットと成長してから与えられたラットを比べると前者はコカインに対しての拒否傾向が現れたり、
あるいは小児期に過度のストレスに晒されるとセロトニンが過剰分泌されますが、これは成人になってから逆にセロトニンが効きづらい体質となり、うつ病の発症リスクを高めたりというように、
小児期の脳は良くも悪くも敏感であり、思春期以降の脳のあり方に大きな影響を与えうることが述べられています。
子供というのはそれぞれ個性があり、それに見合った対応の仕方というのがあるのかなと思いました。
攻撃行動とセロトニン
なぜあのヒトはすぐにキレるのか?
「キレる」という言葉は日本語としてすっかり定着していますが,このキレるという現象はどう説明できるのでしょうか.
突発的な怒り,後先考えない怒り,そういった括りで説明できそうですが,果たしてキレやすいヒトとキレにくいヒトの違いというのは生理学的にどのように説明できるのでしょうか.
この論文は戦士の遺伝子とも言われるモノアミン酸化酵素A遺伝子(MAOA-gene)とキレやすさについて調べたものです.
参考URL: Monoamine oxidase A gene (MAOA) predicts behavioral aggression following provocation.
このモノアミン酸化酵素Aはセロトニン,アドレナリン,ドーパミンといったなんだか元気や活力と関係しそうな神経伝達物質の代謝に関係する酵素なのですが
このモノアミン酸化酵素Aの働きが弱いとこういった神経伝達物質をうまくコントロールできず,怒りやすかったり攻撃的になりやすかったりするそうです.
実験の結果を述べると,MAOAの活動性が低い被験者はいつもキレやすいというわけではなく,挑発行動が強くなると環境依存的にキレやすくなることが示されています.
キレやすいヒトはいつでもどこでも攻撃的なわけではなく,穏やかな環境に置かれている限り普通の人とあんまり変わりないというのが,個人的な経験と絡めてもなるほどなあと思いました.
あなたは有罪か?無罪か?遺伝子法廷
煙草や酒の健康に対する影響というのは大分市民権を得てきたようですが
果たして遺伝子というのはヒトの生活にどの程度影響をおよぼすものなのでしょうか。
あなたが今朝幸せを感じてるとしたらそれはあなたの持って生まれた遺伝子のせいなのでしょうか。
あなたが今不幸を感じているとしたらそれはあなたの持って生まれた遺伝子のせいなのでしょうか。
この記事は”暴力”遺伝子を持っているという理由で刑期が短縮されたことに対する科学者の意見になります。
問題になっている遺伝子はMAOA(モノアミンオキシダーゼA)と呼ばれるもので
これはセロトニンやドーパミンなどのホルモンの分泌調整に関わるもののようですが、
このMAOAの活動が弱いものは暴力的になりやすいとも言われているものです。
しかしながらこの遺伝子単独の影響で暴力事件を起こす影響は、煙草や酒ががんの発生に与える影響程度であり絶対的ではないことから、この判決は十分な科学的根拠に基づいていないのではないかということが述べられています。
人を裁くにあたっては意図に加えて因果関係が重要だそうですが
この因果関係というのは論理上どのようにも捉えることができ
人が人をさばくというのは難しいなと思いました。
不機嫌な脳と遺伝子
一説によると世の中の人間の3分の1がキレやすく起こりやすく不機嫌になりやすい遺伝子を持っているそうですが,こういった遺伝子を持っている脳というのはどういった特徴があるのでしょうか.
この論文は暴力関連遺伝子ともいわれるMAOA(モノアミン酸化酵素)関連遺伝子と脳の関係について調べたものです.
参考URL: Neural mechanisms of genetic risk for impulsivity and violence in humans.
MAOA(モノアミン酸化酵素)というのはセロトニンやアドレナリンなどの情動に関連するホルモンの代謝を調整する役割があるそうですが
これが十分に機能しないような遺伝子を持っているヒトは脳構造や脳活動が異なり,感情的な刺激に対して過敏に反応し,知性の座とも言われる前頭前野の抑えが十分に効かないことが示されています.
遺伝子故に脳の構造が違うのか,それとも遺伝子故に発達過程で脳の構造が変化していっったのか,果たしてどっちなのかなと思いました.
なぜあのヒトは潔癖症なのか
世の中にはすべからく相性というものがありますが
私は基本的に大雑把でがさつなところがあるので、あんまり潔癖な人と仕事をするとしんどいなと思うことがあります(逆もまたしかりですが)。
ガサツで自由闊達だけでもよくないし、潔癖で完璧主義でもよくないとは思うのですが、不安で潔癖、完全主義、時に攻撃的にもなるような人というのは生理学的にどのような違いがあるのでしょうか。
この論文はCOMTと呼ばれる酵素と社会行動の関係についてネズミを対象に調べたものです。
このCOMTというのはパーキンソン病の治療薬でCOMT阻害薬というのがあってどこかで聞いたことはあったのですが
ドーパミンやアドレナリン、セロトニンなどを分解するような役割がある酵素で
これが足りないと不安になったり攻撃的になったりすることがあり、遺伝子座の問題で強迫性障害といって手を何度も洗わなければ気がすまなかったり、何度も確認行動を取らないと落ち着かなかったりすることがあるそうです。
実験では遺伝子操作によってこのCOMTが生成されなくなったネズミの行動観察をしているのですが、メスの場合には不安行動が強くなったり、オスの場合は攻撃行動が強くなったりという変化があったそうです。
遺伝子一つで説明できることは殆ど無いとは言われますが、やはりなにかしら人間行動に影響を与えてはいるのかなと思いました。
その他セロトニンに関するトピック
なぜ感染症状で眠りが浅くなるのか?
体の調子が良いときというのは比較的短時間でもぐっすりネタという感じがありますが,調子が悪いときというのは眠りが浅くなってしまうのか,寝覚めもスッキリしません.
しかしながら眠りの質と体調の間にはどのような関係があるのでしょうか.
この論文は睡眠の質の変化と免疫反応の関係についてなされた研究についてまとめたものです.述べられていることは多岐にわたるのですが,いくつかのポイントをまとめると
・感染症状によって睡眠の質が変化する
・具体的には深い眠りであるノンレム睡眠が断片化するが,ノンレム睡眠時間の総量は増える.
・ノンレム睡眠は身震いを誘発する.このことで体温が効率的に上がり,感染症状を改善する.
・これらの変化にはセロトニンとインターロイキン1の相互作用が関与すると考えられる
ということが述べられています.
感染症状で眠りの質が変わるのも,それなりの理由があるのだなあと思いました.
参考URL: How (and why) the immune system makes us sleep?
売り手と買い手の生化学
経済学の本をパラパラとめくるとお金がうまく回るためには需要と供給がうまく回っていなければいけないというようなことが書いてあります.
経済を活性化させようと思って工場をバンバン立てても,作ったものを買ってくれる人がいなければ在庫の山が出来るだけでしょうし
あるいは消費意欲を煽って何かをバンバン買わせようとしても,市場に買いたいものが供給されなければお金はうまくまわりません.
こういったように何かがうまく回るためには需要と供給のバランスがよいことが大事だと思うのですが,こういったことはヒトの体でも同じようです.
これは例えば元気が出るホルモンとしてセロトニンが知られていますが
セロトニンをいくら取り込んでも,それを受け取ってくれる買い手(受容体)がなければ,セロトニンもカラダの中で宝の持ち腐れになってしまうでしょう.
つまりあなたが元気になるためには,体内に取り入れるセロトニンを増やすだけでなく,セロトニンを受け取る側の受容体というものを増やす必要があるかと思います.
この論文は運動が認知機能をなぜ上げるのかについて詳しく説明したものですが,
その中で運動することで海馬周囲のBDNF受容体を作るための遺伝子(BDNFメッセンジャーRNA)のスイッチがオンになることが述べられています.
参考URL: Exercise, cognition, and the aging brain.
このBDNFというのは脳由来神経栄養因子といい,
神経細胞同士のつながりを増やしたり,神経細胞が新しくできるのを助ける役割があるタンパク質ですが
この運動をすることでタンパク質の受け手のタンパク質(BDNF受容体)が増えるような遺伝子のスイッチが入るそうです.
無論ヒトの体の中にはトップダウン的にホルモンの代謝を決める中央銀行や日銀総裁のような人がいるわけではなく
外部や内部のいろんな要因で複雑怪奇なシーソーゲームのように絶妙なバランスでホルモンの代謝システムが回っているようで,なんだか面白いなと思いました.
「社会認知の神経基盤における遺伝的影響」
チーム医療ということが言われてずいぶん久しいと思います。
いろんな職場にいろんなチームがあると思うのですが、チームの強さというのは果たしてどのへんで決まるものなのでしょうか。
ひとつは個々のプレイヤーの技量ということもあるでしょう。
あるいは単純にスタッフの頭数というのもあるような気がします。それなりのスタッフがいたほうがそれなりの仕事が出来るということもあるからです。
ならば高い技量を持ったスタッフを十分量かき集めればそれで優れたチームが出来るのでしょうか。
野球やサッカーでは大物選手を引きぬいてチームの強化を図るという話がよく聞かれますが、不思議なことにスター選手で固めたチームが必ずしもそれに比例して強くなるということは少ないような気がします。
個々のスタッフの技量でもなく、頭数でもないとしたら、はたしてチームの強さを決定づけるものは何でしょう。
おそらくはチームのスタッフ間の関係性ではないかと思います。
きちんとしたリーダーがいて、リーダーが独走しないようにおさめるナンバー2がいて、実務家がいて、戦略家がいて、そのおのおのがしかるべき役割を果たしながら密接に連携して動けるようなチームというのは、個々の技量の合算以上のパフォーマンスを挙げることができるのではないかと思います。
ひるがえって、これを脳の話におきかえてみると同じようなことが言えるのではないかと思います。
頭の良さというのはよく前頭前野に結びつけて話されることが多いと思うのですが、では前頭前野が大きければ必ずしも賢いというわけでもない。
前頭前野がうまく働くためには、それを実行させるような運動に関わるいろんな領域や、空気や感情を読み取る扁桃体などの皮質下領域との連携がとれていなければ本来の働きをすることができない。
つまりプレイヤーの質や頭数以上に、プレイヤー間の連携がどれだけうまく取れているかという点が大事になるのではないかと思います。
それゆえ扁桃体が大きければ、危機感知能力が高いと言い切れるわけでもなく、側頭葉の顔認識領域が大きければ、表情を読み取る能力に優れているというわけでもない。
これを端的に述べると、大きい側頭葉と大きい扁桃体があれば顔色を読むのが得意というふうになるわけではない。
そこそこの大きさの側頭葉とそこそこの大きさの扁桃体であっても、そのつながりがしっかりしている人のほうがおそらく顔色を読む能力に優れているということもあるのではないかと思います。
今日取り上げる論文は社会認知に関わる神経基盤とその遺伝的要因についての総論ですが、やはり社会認知の肝は脳内のネットワークにあるのではないかということが述べられています。
例として、おっかない人が目に入った時、人は冷や汗をかくことがあると思いますが、こういった場合には
網膜→扁桃体→側頭葉(紡錘状回顔領域)→自律神経系(冷や汗)
という流れがあるそうですが、
ある種の遺伝子異常のある疾患ではこの冷や汗がでないということがあるそうです。
この原因として扁桃体や側頭葉の大きさではなく
網膜→扁桃体→セロトニン経路→側頭葉(紡錘状回顔領域)→自律神経系(冷や汗)
というように扁桃体と側頭葉の流れが阻害されているために自律神経系の反応が機能しないというものが取り上げられています。
脳であってもチームであっても、要になるのはやはり適切なつながりということになるのかなあと思いました。
参考URL: Genetic influences on the neural basis of social cognition.