半側空間無視はどの領域の損傷から生じるのか?
脳は広範なネットワークとして構成されており、それゆえ脳の異なる場所が同じ症状を引き起こすことがしばしばあります。
臨床場面でも遭遇することが多い半側空間無視は、頭頂葉や前頭葉といった視覚とは直接的な関わりがなさそうな領域の損傷で生じることがありますが、これは果たしてどのようなメカニズムになっているのでしょうか。
今日取り上げる論文は、マカクザルの脳を人工的に損傷させ、どのような場合に半側空間無視症状が出るのかについて調べたものです。
実験では
・視索切開(視交叉から外側膝状体までの間の視神経繊維)
・前交連切開(両側の記憶関連領域を結ぶ神経線維)
・頭頂葉神経線維切開(頭頂間溝の基部と側脳室の間にある白質繊維の切断)
・後部頭頂葉切除
・前頭部切除
のいずれかを様々な組み合わせ、もしくは単独で切開・切除してマカクザルの視覚認知が損傷の前後でどのように変化するかを視覚認知課題を用いて調べています。
結果を述べると明らかに半側空間無視症状を示したのは視索と前交連の切開を同時に行ったものと頭頂葉の神経線維切開であり、
その他単独で行ったケースについては明らかな半側空間無視症状は見られなかったことが示されています。
これらの結果から、筆者らは仮説として空間認知には記憶が関係しているのではないかということを述べています。
視索の切断によってたとえ左右いずれかの視野が見えなくなったとしても眼球を動かせば左右いずれの視界も得ることはできます。
私達が視覚認知しているときはオンラインのその時の視覚情報だけを使っているわけではなく、直前の視覚情報の記憶を使って広い視野を脳内で再構成しており、
それゆえ視覚経路のいずれかに損傷があっても損傷がない側から得られた視覚情報の記憶を使って代償的に失われた視野を構成することができるのではないか、
また視索と前交連の切開でこれらの記憶による構成ができなくなって半側空間無視症状が生じるのではないかということが述べられています。
半側空間無視というのは単に注意機能だけの問題ではなく、場合によってはワーキングメモリの問題も関係しているのかなと思いました。
参考URL:Visual neglect in the monkey. Representation and disconnection.
【要旨】
マカクザルを対象に術前の視覚探索課題の訓練を行った。無視症状は片側の損傷領域と同側での課題のエラー頻度で測定を行った。無視症状は視索切開と前交連切開との組み合わせ(6例)および頭頂葉の切断(頭頂間溝の基部と側脳室の間にある白質繊維の切断)(3例)において認められた。無視症状は視索切開のみ、または前交連切開のみ、後部頭頂葉の切除、前頭部の切除と前頭部の交連切開の組み合わせ(いずれの群も3例)では見られなかった。これらの結果からいずれの大脳半球もマカクザルの現在見ている視点の反対側にあたる半分の視野を保持していること、またこの表象は現在の網膜からの入力情報の解析だけによるものではなく、以前見た情報の記憶に基づくものであるという仮説が考えられる。視覚的無視はこの表象を反映していると考える。この仮説からは、視索の損傷のみからは生じないという事実は、盲状態となった片側の半球が現在の視点の固定点の反対側の視野を記憶に基づき作り上げることが考えられる。しかしながら無視は皮質が無傷であっても視索の切断と前交連切開の組み合わせで生じるという事実からは、盲状態の脳が反対側の視野からの情報を得られていないだけでなく、同側の視野からの情報も削減され、それゆえ記憶に基づいた反対側の視野を構成できないためで絵あることが考えられた。