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はじめに
アテンション・エコノミーという言葉があります。これは簡単に言えば、どれだけ注意を引くかを競う経済になります。情報があふれる現在、消費者にどれだけ注意してもらえるかで商品やサービスの売上も変わってきます。それゆえ、企業は手を凝らしてどうにか注意を獲得しようとしていますが、注意とは一体どのようなものなのでしょうか?今回の記事では脳科学的な観点から、これを考えてみたいと思います。
トップダウン型注意とボトムアップ型注意
私達はよほどぼんやりしていなければ、どこかに注意を向けています。ご飯を食べるときにはお茶碗に注意を向けますし、ゴキブリが出てきたときにはゴキブリに注意が向かいます。そして、この注意には大きく分けて二種類あることが知られています。一つは自分から能動的に注意を向けるトップダウン型注意です。もう一つは目に飛び込んでくるような形で受動的に注意を向けるボトムアップ型注意です。この2つの注意は別々に働いているわけではなく、協調して連続的に働いていることもわかっています。例えばカフェでぼんやりと外を眺めている時に、素敵な異性が歩いてくれば、ボトムアップ型注意によって視線がそこに向いてしまうかもしれませんし、その後はトップダウン型注意に切り替わり、その異性を目で追いかけるということもあるかもしれません。このようにトップダウン型注意とボトムアップ型注意はお互いに補い合うような形で働いています。
背側注意ネットワークと腹側注意ネットワーク
ではこれらの注意はどのような仕組みで動いているのでしょうか。私達の脳の中にある神経細胞は互いに繋がり合っていて、多くのネットワークを作っています。そのネットワークの中には、運動に関わるネットワークもあれば、聴覚に関わるネットワークもありますが、注意に関わるネットワークもあります。この注意に関わるネットワークは、主に前頭前野と頭頂葉を結ぶような形でできています。
これをもう少し細かい形で見ると、トップダウン型注意には、背側注意ネットワークと呼ばれるつながりが関わっています。これは、眼球運動のコントロールに関わる前頭眼野(FEF)と、感覚と運動の協調に関わる頭頂間溝(IPS)が繋がってできています。それに対してボトムアップ型注意には、腹側注意ネットワークと呼ばれるつながりが関わっています。これは、腹側前頭前野(VFC)と呼ばれる領域と側頭頭頂接合部(TPJ)と呼ばれる領域のつながりでできたものになります。
また少しややこしいのですが、これらのネットワークは右脳と左脳でつながりの強さが異なり、腹側注意ネットワークについては右脳のほうが繋がりがより強いことがわかっています。さらに背側注意ネットワークと腹側注意ネットワークは互いに繋がり合っているのですが、とりわけ、右腹側前頭前野(上図の赤丸部分)が2つのネットワークをつなぐハブとして重要であることも報告されています(Corbetta et al., 2008)。
注意ネットワークの損傷と高次脳機能障害
このように注意機能を支える脳内ネットワークがありますが、このネットワークが損傷することで様々な認知機能障害が生じます。代表的なものには脳卒中で生じる半側空間無視があります。半側空間無視は、視界の半側(主に左側)に注意が向きづらくなる症状で、日常生活では、左側の物にぶつかったり、食事でも左半分を食べ残したりするようなことが起こります。
半側空間無視は右半球の損傷で生じることが多いのですが、右腹側前頭前野周辺が損傷された場合、重症化しやすく、予後不良であることが報告されています(Corbetta et al., 2008)。また注意欠如多動性障害(ADHD)では、その症状が強いほど、ボトムアップ型注意に関わる腹側注意ネットワークの活動が高く、トップダウン型注意に関わる背側注意ネットワークの活動が低いことも報告されています。
注意の切り替え能力を高めるためには
トップダウン型注意もボトムアップ型注意もどちらも大事なのですが、これらのバランスが崩れてしまうと半側空間無視やADHDで見られるような注意障害が生じてしまいます。ではこれらの注意をバランスよく運用するためには、どのような介入方法があるのでしょうか。脳波を使ったニューロフィードバック訓練(1回30分、週3回、8週間)行うことで、ADHDの注意機能が改善し、注意ネットワーク間のバランスが改善したという報告(Qian et al., 2018)や、11回のfMRIニューロフィードバック訓練でADHDの青年の右腹側前頭前野の活動が高まったという報告(Rubia et al., 2019)、あるいはマインドフルネス瞑想でトップダウン型注意に関わる脳波がより強くなったという報告はあります。しかし、ニューロフィードバック訓練についての研究は未だ発展途上でもあり、今後のさらなる方法論の確立やエビデンスの蓄積が求められています(Kuznetsova et al., 2023)
まとめ
では、ここまでの内容をまとめてみましょう。
・注意には、能動的に注意を向けるトップダウン型注意と、受動的に注意が惹きつけられるボトムアップ型注意がある。
・トップダウン型注意は背側注意ネットワーク、ボトムアップ型注意は腹側注意ネットワークによって支えられている。
・これらのネットワークの損傷、もしくは機能不全によって注意障害が生じる。
・ニューロフィードバック訓練により、注意ネットワークが変化しうることが報告されている。
アテンション・エコノミーというのは、いわばボトムアップ型注意を引きつける競争ですが、顧客と継続的な関係を築くためには、その後の行動が大事になってきます。注意を競い合う世の中ではありますが、「看板に偽りなし」の精神をもって仕事をしたいものです。
【参考文献】
Corbetta, M., Patel, G., & Shulman, G. L. (2008). The reorienting system of the human brain: from environment to theory of mind. Neuron, 58(3), 306–324. https://doi.org/10.1016/j.neuron.2008.04.017
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Rubia, K., Criaud, M., Wulff, M., Alegria, A., Brinson, H., Barker, G., Stahl, D., & Giampietro, V. (2019). Functional connectivity changes associated with fMRI neurofeedback of right inferior frontal cortex in adolescents with ADHD. NeuroImage, 188, 43–58. https://doi.org/10.1016/j.neuroimage.2018.11.055
Kuznetsova, E., Veilahti, A. V. P., Akhundzadeh, R., Radev, S., Konicar, L., & Cowley, B. U. (2023). Evaluation of Neurofeedback Learning in Patients with ADHD: A Systematic Review. Applied psychophysiology and biofeedback, 48(1), 11–25. https://doi.org/10.1007/s10484-022-09562-2