行為についての依存症:恋愛、宗教、ビジネス、インターネット
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はじめに

なにかに夢中になれる人生というのは意義深い。しかし、これも度がすぎると人生を台無しにしてしまうこともある。仕事や恋愛などがいい例で、最近ではSNSやオンラインゲームに夢中になりすぎて困るという話も聞く。今回の記事では、依存症の中でも行為依存と呼ばれるものを取り上げる。これは、なにかしらの行為に対して依存するもので、アルコール依存症や薬物依存症と同じように、生活に支障が生じてもやめられないという症状を示す。以下に、いくつかの代表的なものを紹介しよう。

依存症の基盤:報酬系

人参を目の前にぶら下げられた馬ではないが、人間も目標があればテンションが上り、頭もキレキレになることがある。脳の中には報酬系と呼ばれる仕組みがある。これは、私達を欲しい物に向かって駆り立てるシステムで、進化的に古い脳(腹側被蓋野、海馬、扁桃体、側坐核)と新しい脳(前頭前野)で出来ている。

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これは欲しい物を得るために心と体を調整するシステムだが、そこで主役をはるのはドーパミンと呼ばれるホルモンである。ドーパミンは報酬系を構成する側坐核から分泌されて、テンションを上げ、頭の回転を早くする。旅行の計画や買い物の予定をしているときのことを考えてほしい。元気もやる気も出て、頭も冴えていると思うが、そのような状態になるのも報酬系のおかげである。しかし、この報酬系は諸刃の剣で、依存症者では報酬系が不適切に働いていることも分かっている。

行為依存

恋愛

恋の病という言葉もあるが、恋をしているときの心は正常から大分離れている。恋する人を体にれるためなら、火の中、水の中どこへでも行く、その心持は見ようによっては、お酒や薬物を手に入れるためには手段を選ばないジャンキーと似てなくもない。実際、恋愛中の男女の脳活動を調べてみると、報酬系と呼ばれる依存症と関連した脳領域の活動が高まっており、ドーパミンレベルも高くなっている(Acevedoら, 2016年)。恋愛研究の第一人者、ヘレン・フィッシャー博士は、恋というのは交尾する確率を最大化するために、集中的に特定の相手に対して注意を向ける仕組みなのではないかと論じている(Fisherら, 2016年)。およそ440万年前に、一夫一妻制や不倫の発生と同じくらいの時期に進化してきた機能で、ナチュラルな依存症なのではないかと。この著者は生殖が成功すれば恋の病も治まるとも述べている(フィッシャー、2005年)、その意味で結婚は恋愛依存症を治すにはいい方法かもしれない。

宗教

宗教にのめり込み、財産も人間関係も全て失ってしまったというような話を聞くこともある。しかし、なぜ人はそこまで宗教にのめり込んでしまうのだろうか。ある研究によると、宗教依存症には以下の特徴があるという(Taylor, 2002年)。

・宗教依存症は、他の行為依存(ギャンブル、仕事、性)と同じプロセスを通し悪化していくこと、

・強迫神経症と類似した症状を示し(祈りの方法の厳密化など)、断食などの被虐的な行為に傾いていくこと、

・家族にも同じような宗教的行動(厳密な祈りや行動規範)を求め、そこから外れるのを見ると感情的に興奮し身体的、心理的な攻撃すること、

・白黒どちらかの二極思考になり、曖昧な状態を受け入れられなくなること、

・これらの宗教依存者の子供は、自分に自身が持てなかったり、安定した人間関係を構築できなかったり、アイデンティを適切に構築できなかったり、自分の頭で考えることができなかったり、長じて宗教以外の依存症になりやすっかたりすることがあると。

・他のアルコール依存症のように長いプロセスを経て回復可能であるとのこと。

ビジネス

自分で仕事を立ち上げて気づいたことだが、仕事は楽しいということである。自分で目標を設定して追いかけて達成するプロセスというのは、胸躍る経験でもある。しかしこれも行き過ぎると身の破滅を招くこともある。特に起業家には仕事中毒の人が多いと聞くが、ある論文では起業家の果てなき情熱は依存症として捉えることが出来るのではないかと論じている(Freemanら, 2019年)。

・起業家は一般人と比べて依存症と関連するホルモンであるドーパミンの代謝の仕組みが異なる。

・起業家が仕事に熱心なのはある種の依存症で、どんどんどんどん高いリスクを背負っていくのも、ギャンブル依存症や薬物依存症などで使用量がどんどん増えていくのと同じである。

・一度ドーパミンレベルを上げると、その後リバウンド的にドーパミンレベルが低下するので、それを避けようとして、更に事業に没頭する。

画像

経営学者、ドラッカーの名言として、「仕事の報酬は、より大きな仕事である」というものがあるが、これはある意味嗜癖の文脈でも捉えられるかもしれない。

インターネット

インターネット依存症も近年増加しており、厚生労働省が2017 年に行った調査では中高生ではおよそ93万人(14.2%)がネット依存症が疑われるという報告もされいる。台湾でインターネットゲーム障害を研究するYen博士らは、大学生2793名を対象にインターネット依存症に関連する要因を調査している。結果としてはADHD傾向(不注意、多動、衝動性)がインターネット依存症と関連しており、女性よりも男性においてその傾向が顕著であることを報告している(Yenら, 2008年)。さらにSNS依存症患者を対象にした研究では、SNS依存症患者は、不安や恐怖に関連する領域である扁桃体の体積が減少しており、他の依存症(薬物、アルコール、ギャンブル)と似ていることも報告されている(Heら, 2017年)。このようにインターネット依存症には発達学的・生理学的背景があるのではないかと考えられている。

まとめ

では、ここまでの話をまとめてみよう。

・恋愛や仕事、宗教行為、インターネットの使用などにも依存が生じるが、これらは行為依存と呼ばれる。

・依存症の基盤になるのは、報酬系と呼ばれる脳の仕組みである。

・体質的要因が依存症に影響する。

なにかに夢中になれない人生は味気ないが、欲望に弄ばれる人生もまた虚しい。ある種の欲望は自分の人生や周囲の人たちの人生を燃やし尽くしてしまうこともあるからだ。しかしである。社会がもし焚き火のようなものだとしたら、その欲望に殉じ、燃え尽きることも悪くはないかもしれない。その光はあたりを照らし、その熱は辺の人達を暖めることもあるからだ。善い人生は、案外、中庸から外れた場所にあるのかもしれない。悔いのない人生を生きたいものである。

 

 

【参考文献】

Acevedo, B. P., Aron, A., Fisher, H. E., & Brown, L. L. (2012). Neural correlates of long-term intense romantic love. Social cognitive and affective neuroscience, 7(2), 145-159. https://doi.org/10.1093/scan/nsq092

Fisher, H. E., Xu, X., Aron, A., & Brown, L. L. (2016). Intense, Passionate, Romantic Love: A Natural Addiction? How the Fields That Investigate Romance and Substance Abuse Can Inform Each Other. Frontiers in psychology7, 687. https://doi.org/10.3389/fpsyg.2016.00687

Freeman, M. A., Staudenmaier, P. J., Zisser, M. R., & Andresen, L. A. (2019). The prevalence and co-occurrence of psychiatric conditions among entrepreneurs and their families. Small Business Economics53, 323-342.

He, Q., Turel, O., & Bechara, A. (2017). Brain anatomy alterations associated with Social Networking Site (SNS) addiction. Scientific reports7, 45064. https://doi.org/10.1038/srep45064

Taylor, C. Z. (2002). Religious addiction: Obsession with spirituality. Pastoral Psychology50(4), 291-315. http://dx.doi.org/10.1023%2FA%3A1014074130084

Yen, J. Y., Yen, C. F., Chen, C. S., Tang, T. C., & Ko, C. H. (2009). The association between adult ADHD symptoms and internet addiction among college students: the gender difference. Cyberpsychology & behavior : the impact of the Internet, multimedia and virtual reality on behavior and society12(2), 187–191. https://doi.org/10.1089/cpb.2008.0113

 

ヘレン・フィッシャー、大野晶子訳(2005).人はなぜ恋に落ちるのか?恋と愛情と性欲の脳科学 ソニー・マガジンズ

橋元良明. (2018). ネット依存の現状と課題―SNS 依存を中心として. ストレス科学研究33, 10-14. https://doi.org/10.5058/stresskagakukenkyu.2018005

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