社交不安障害:その神経基盤と治療法
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はじめに

不安や恐怖というのは自然がくれた大きな能力である。私達生物の至上命題は生き残ることである。不安や恐怖があるおかげで余計なリスクを背負うことなく生き延びることが出来る。しかしである。この不安や恐怖が強すぎると人間社会で生きていくのが難しくなる。不安感や恐怖感が強くなる病気は色々あるが、特に社会的な場面で不安感や恐怖感が強くなるものに社交不安障害(Social Anxiety Disorder(SAD))というものがある。私自身も20代の頃にこの症状に悩まされた。今現在は症状も消失し、セミナー、テレアポ、対面営業など、何の苦労もなくなったが、当時を振り返る意味でも、一度学術的な情報をまとめてみたい。

社交不安障害の疫学

症状

人前で話をする時や注目をあびるような時には緊張するのが人の常だが、社交不安障害ではその緊張が社会生活を妨げるくらい強くなってしまう。社交不安障害を評価するに代表的な評価尺度にLSAS(Liebowitz Social Anxiety Scale)がある。以下はその日本語版だが、30点が境界域、50-70点が中等度の症状、70-90点が顕著な症状、90点以上が重度の症状であるとされている。ちなみに今現在の私は18点。恐怖感や不安感がないわけでもないが、回避行動が殆どない。歳を重ねることで不安や恐怖と共存できるようになったのかもしれない。

 

引用:医療法人永朋会 和光医院の公式ブログ|社交不安障害のスクリーニング検査  LSAS-J

有病率および経過

精神疾患診断マニュアルであるDSM‐IV‐TRによると、社交不安障害の生涯有病率は、3-13%であり、結構な割合の人が人生に一度は経験するようである。経過は比較的長く、ドイツに住む4,174名を対象に行われた研究では、その症状は16年から18年ほど持続することが報告されている(Fehm et al., 2008)。また症状の改善を、寛解/回復、部分寛解、症状改善の三段階に分けた場合、8年間で寛解/回復レベルに達する人はおよそ三分の一程度であることも報告されている(Keller, 2003)。こういったデータを見ると、社交不安障害は、大分息の長い付き合いが必要な疾患なのかもしれない。

画像

Keller, 2003 figure 1を参照に筆者作成

社交不安障害の神経基盤

社交不安障害は心の病である。ではこの時、脳や体ではどのような変化が起こっているのだろうか。アムステルダム大学の精神病理学者、クレメルス博士によると、社交不安障害では脳と体に以下のような変化が生じていると述べている。

・ストレスホルモンであるコルチゾールに対する反応が強くなっている。

・男性ホルモンの一種であるテストステロンが低下している。

・恐怖や不安の中枢である扁桃体の活動が高くなっている。

・扁桃体と他の高次脳領域とのつながりが弱くなっている。

ちなみに扁桃体は、脳の内奥にある領域で恐怖や不安に関連して活動する。社会生活では不安や恐怖を適度なレベルに抑えるために、扁桃体の活動は前頭前野によってコントロールされているが、社交不安障害ではその繋がりが弱いとのこと。分かっているのにコントロールできないというのは、この辺の仕組みにあるのかもしれない。

治療法

社交不安障害に対する臨床介入効果

社交不安障害は経過が長い疾患であるが、ではその治療法にはどのようなものがあるのだろうか。ノースカロライナ大学チャペルヒル校のウィルソン准教授は社交不安障害の臨床介入研究データを取りまとめ、各種治療法の効果を示している。効果としては、認知行動療法が最も高く、ついで薬物療法、運動療法が続いている(Mayo-Wilson et al., 2014)。個人的には筋トレや走り込みを行った後、2時間位は調子が良かった思い出もある。認知行動療法はやったことはないが、日々の生活の中での小さな成功経験が何かしらの症状の改善に影響したことはあるのかもしれない。

不安障害に対する運動の効果

運動が精神疾患全般に効果的だというエビデンスは確立している。オーストラリアのニュー・サウス・ウェールズ大学でPTSDを研究するローゼンバウム博士らの研究によると、39本の臨床介入研究データを解析した結果、運動療法は、

・大うつ病への効果量は0.8
・統合失調症への効果量は1.0
・QOLへの効果は0.64

と、薬物療法と負けず劣らずの大きな効果を示すことが示されている(Rosenbaum et al., 2014)。ちなみに効果量で1はおよそワンランクの変化ということで、感覚的には、ランチであれば800円ランチと1500円ランチ程度の違いになる。

ちなみに有酸素運動と筋力トレーニングが不安感に及ぼす効果を検討した研究もある。ある研究では34名の不安障害患者を無作為に、筋トレ群、有酸素運動群、待機群に振り分け、運動の種類で不安感や抑うつ感が変わるかについて調べている。ちなみに筋トレはマシントレーニングを各部位に付き10~12回を2,3セット、有酸素運動は約40分間の運動を最大心拍数60~80%の負荷で行っている。いずれも週3回を4週間実施。

結果を示すと

・いずれの運動も不安感や抑うつ感を軽減する

・有酸素運動は一般的な心理的苦痛や不安を軽減する

・筋トレは、障害特異的な不安(昆虫不安や社会不安など)、不安感受性、苦痛耐性、不確実性に対する不耐性を改善する

とのこと(LeBouthillier & Asmundson, 2017)。これだけ見ると、なんだか週に3回走って筋トレすれば大概のことはどうにかなるんじゃないかというような気がしてくる。

アルコールと不安障害

どんな仕組みかは分からないが、個人的にはお酒をやめてから2週間くらいで社交不安障害が急速に軽減した経験がある。そのような文献があるのかを調べてみたが、ヒトを対象にした臨床実験は見当たらない。ただし魚やラットを対象にした研究はいくつかあるので紹介しよう。

カナダのマクユアン大学の心理学者、クルーク博士らの研究によると、ゼブラフィッシュに21日間に渡って繰り返しエタノールを与えた後、エタノール断ちさせると不安様行動が増えることが報告されている(Krook et al., 2019)。その機序としては、脳活動の抑制に関わるGABA-A受容体がアルコール投与で活性化するが、お酒が切れた時にそのリバウンドが起き、脳が過度の興奮状態になるのではないかということが論じられている。

またラットを対象にした研究では、ラットに10週間に渡って飲酒させ、不安や恐怖の中枢である扁桃体がどのように変化するかを調べたものもある。結果としては、扁桃体の活動を抑制する機能が低下したことが示されている(Klenowski et al., 2021)。このように動物実験ではいずれにしても習慣的な飲酒は不安感に関わる脳の機能に影響しうることが示されている。

まとめ

では、ここまでの内容を簡単にまとめてみよう。

・社交不安障害は社会的な場面で著しい不安や恐怖が引き起こされる。

・有病率は10%前後で経過は長い。

・認知行動療法や薬物療法、運動療法が有効である。

調べてみると、案外全国のあちらこちらに社交不安障害の自助グループもあるようである。不安障害から回復する道は楽なものではないが、一人よりは誰かと一緒に歩いた方が気は楽である。気になる人は一度メールで連絡を取ってみるのもよいのではないだろうか。

 

【参考文献】

Mayo-Wilson, E., Dias, S., Mavranezouli, I., Kew, K., Clark, D. M., Ades, A. E., & Pilling, S. (2014). Psychological and pharmacological interventions for social anxiety disorder in adults: a systematic review and network meta-analysis. The Lancet Psychiatry, 1(5), 368-376. https://doi.org/10.1016/S2215-0366(14)70329-3

Fehm, L., Beesdo, K., Jacobi, F., & Fiedler, A. (2008). Social anxiety disorder above and below the diagnostic threshold: prevalence, comorbidity and impairment in the general population. Social psychiatry and psychiatric epidemiology43(4), 257–265. https://doi.org/10.1007/s00127-007-0299-4

Keller M. B. (2003). The lifelong course of social anxiety disorder: a clinical perspective. Acta psychiatrica Scandinavica. Supplementum, (417), 85–94. https://doi.org/10.1034/j.1600-0447.108.s417.6.x

Cremers, H. R., & Roelofs, K. (2016). Social anxiety disorder: a critical overview of neurocognitive research. Wiley interdisciplinary reviews. Cognitive science7(4), 218–232. https://doi.org/10.1002/wcs.1390

Mayo-Wilson, E., Dias, S., Mavranezouli, I., Kew, K., Clark, D. M., Ades, A. E., & Pilling, S. (2014). Psychological and pharmacological interventions for social anxiety disorder in adults: a systematic review and network meta-analysis. The Lancet Psychiatry1(5), 368-376.

Rosenbaum, S., Tiedemann, A., Sherrington, C., Curtis, J., & Ward, P. B. (2014). Physical activity interventions for people with mental illness: a systematic review and meta-analysis. The Journal of clinical psychiatry75(9), 964–974. https://doi.org/10.4088/JCP.13r08765

LeBouthillier, D. M., & Asmundson, G. J. G. (2017). The efficacy of aerobic exercise and resistance training as transdiagnostic interventions for anxiety-related disorders and constructs: A randomized controlled trial. Journal of anxiety disorders52, 43–52. https://doi.org/10.1016/j.janxdis.2017.09.005

Krook, J. T., Duperreault, E., Newton, D., Ross, M. S., & Hamilton, T. J. (2019). Repeated ethanol exposure increases anxiety-like behaviour in zebrafish during withdrawal. PeerJ7, e6551. https://doi.org/10.7717/peerj.6551

Klenowski, P. M., Fogarty, M. J., Drieberg-Thompson, J. R., Bellingham, M. C., & Bartlett, S. E. (2021). Reduced Inhibitory Inputs On Basolateral Amygdala Principal Neurons Following Long-Term Alcohol Consumption. Neuroscience452, 219–227. https://doi.org/10.1016/j.neuroscience.2020.10.039

 

 

 

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