目次
虐待と脳
ヒトは他者を虐げる生き物です。
どういった進化の過程で虐げる癖を身に付けたのかはわかりませんが、家庭や学校といった場所でこの人類の悪癖が出た場合、
虐げられたものたちは、どうにか生き残ろうと心と体のあり方を変えていきます。
こういった変化は幼少期においてとりわけ起こりやすく、心と体の中枢とも言える脳に様々な影響を及ぼします。
この記事では、虐待が脳にどのような影響を及ぼすのか、また性的虐待や男女差についてはどうなのかという研究を中心に最新の知見を紹介します。
虐待と脳の発達
人生早期の虐待は脳の発達に影響を与えるか?
子どもの虐待というのはニュースで見るたびに心が痛むのですが,虐待した親の生育歴を調べていると,情緒不安定な親もその親から虐待を受けていたり
あるいはうつ病や摂食障害の患者の多くは幼少期に何らかのトラウマを負っていることが多いそうですが
人生早期の過大な精神的ストレスというのは,はたして脳のどのような影響をあたえるのでしょうか.
この論文は,幼少時の虐待が脳の発達にどのような影響を与えるかについて,膨大な研究を集めて論じたものです.
Annual Research Review: Enduring neurobiological effects of childhood abuse and neglect
内容は多岐にわたるのですが,主要なものを幾つかピックアップすると
・幼少時の脳は虐待によるストレスの影響を受けやすい
・記憶に関わる海馬,不安や恐怖の感情処理に関わる扁桃体,認知と情動の統合に関連する島皮質の構造や,それらを結ぶ脳のネットワークが,幼少期のストレスによって変化する
・虐待の種類(言葉による(verbal)虐待,性的虐待,ネグレクト)によって影響を受ける脳領域も異なる
・脳の変化は幼少期に起こるが,精神的な変化としておこるのは思春期以降に多く,なぜこのようなタイムラグがあるのかは現状でははっきりしない
ということが述べられています.
自分の周りにいた幾人かの人を思い出して,読んでいてちょっとつらかったです.
なぜ被虐待児はメンタルが脆弱なのか?
貧困に関する様々なルポルタージュを読んでいると,社会的貧困に陥った人というのは,生育歴に問題を抱えていることが多々あり,
特に家庭環境が劣悪であった場合には成人になってから人間関係のトラブルをきっかけにして精神の不調をきたし,社会生活を営めなくなることで貧困化してしまう事例が多いそうです.
社会生活を営む上で,人間関係によるストレスというのは少なからずあり,
こういったストレスに強い人や弱い人がいますが,こういったメンタリティの強さ弱さというものは,果たして生育歴に影響を受けるものなのでしょうか.
この論文は,PTSDと生育歴,小脳の関係について調べたものです.
Reduced cerebellar left hemisphere and vermal volume in adults with PTSD from a community sample.
この研究ではブラジルのサンパウロに住む住民を対象に18歳以上になってから暴力事件に遭遇した被験者(18歳以上になってからの暴力イベントを通してPTSDを発症したもの42名,発症しなかったもの42名)の小脳の大きさについてMRIを使用して測定しています.
この小脳というのは脳のあちこちに枝を伸ばして脳全体の活動を調整するような役割があるのですが,
とくに小脳虫部と呼ばれる部分は,情動に関連する脳領域に枝を伸ばして,情動を調整する役割があることが知られています.
今回の調査の結果としては
・PTSDは左小脳の大きさが小さく,それは小脳虫部において顕著であること
・18歳以前の人生早期の段階でトラウマになるような経験が多いほど,左小脳の大きさが小さくなる傾向があること
・人生早期の段階で強いストレスに曝されることで小脳の発達が阻害され,成人になってからPTSDを発症しやすくなるのではないか
ということが述べられています.
戦争に赴かざるをえない人も,また戦地で暮らさざるをえない人も
数十年単位,あるいは数世代単位で脳に傷を負ってしまうのかなと思いました.
言語の虐待で言語発達に関わる神経線維の発達が妨げられる
脳の発達は生まれて間もないころに大きくなされ,そのためこの時期にどのような環境にさらされるかで,脳は大きな影響を受けるそうですが,
一般に小児期の虐待などによる強いストレスで脳の発達が阻害されることが知られています.
小児期の虐待としては暴力などの身体的虐待や性的虐待,ネグレクトなど様々なものが挙られますが,
はたして言語的な虐待によって脳の発達はどのような影響を受けるのでしょうか.
この論文は,言語的な虐待が脳の発達にどのような影響を与えるかについて,脳の各領域を結ぶ神経線維の発達がどのように異なるかという点で調べたものです.
この研究では数千人をスクリーニング検査を行い,言語的虐待だけを受け,かつその他の虐待を受けていない青年16名と健康被験者16名を対象に,脳の白質線維と言語的虐待の経験,言語的知能や抑うつ経験,感情的な脆弱性などの関連について調べています.
結果を述べると言語的虐待の経験がある群では,言語理解や感情処理に関わる神経線維の発達が,健常群と異なっており,
この程度が強いほど,言語能力が低くなり,感情が不安定になり,ストレスが身体化する程度も強くなることが示されています.
小さい頃の言葉の虐待というのは,強い影響を与えるのだなあと思いました.
虐待を受けた子供には精神疾患症状はないが予兆的な脳の構造変化がある
ちょっととっつきにくいのですが,複雑系という概念があります.
これは最初に与えられた条件の違いが,その後の変化に決定的な影響を与えるということで,
例えば,利率1%と3%の利子では最初の数年はそんなに資産運用に差が出ませんが,10年,20年,30年と運用していくうちに倍以上の差が出る事があるでしょうし,
毎日勉強する習慣を身につけることで最初の数年はそんなに差がなくても10年,20年つづけることで,この小さな習慣の違いが複利的に大きな違いを生むことがあるかもしれません.
脳というのは複雑系の代表格のような組織のようですが,はたして脳の構造変化と精神疾患の発症についてはどのようなことが考えられるのでしょうか.
この論文は,小児期の虐待と脳構造の変化について,子供を対象に調べたものです.
Reduced orbitofrontal and temporal grey matter in a community sample of maltreated children.
これと類似した研究は数多くあるのですが,その多くは大人を対象にしたものだったり,実際に精神疾患を発症した人を対象にしたものが多かったそうです.
しかしながらこの研究では,精神疾患を発症していない健常な子供だけを対象にして,虐待の有無による脳構造の変化について調べています.
結果を述べると虐待を受けた子供は精神疾患症状を発症していないにも関わらず,前頭眼窩皮質や中側頭回の体積減少が認められること,
またこれらの体積減少は,大人を対象にした研究からは,様々な依存症やPTSDの発症に関連すると考えられていることが述べられています.
思春期を過ぎてから問題行動が顕著になることがあるということも聞きますが,小児期のわずかな発達の違いが,時間が立って複利的に大きくなることもあるのかなと思いました.
虐待の種類と認知機能の変化は関係するか?
小さい頃の脳というのは変化の途上であり,それゆえ良くも悪くも環境の影響を受けやすいといわれていますが,
多くの研究から幼少期に虐待を受けたものはその後成人になってから認知面や情動面で問題を抱えやすくなる傾向があることが報告されています.
しかしながら虐待には性的虐待から身体的虐待,あるいはネグレクトなど様々なものがありますが,このような虐待の種類の違いというのは認知・情動の問題にどのような影響を与えるのでしょうか.
この論文は幼少期に受けた虐待の種類と成人期の認知・情動機能の関係について調べたものです.
The Effects of Child Abuse and Neglect on Cognitive Functioning in Adulthood
この研究では60名の虐待経験者を対象に,受けた虐待の種類と認知・情動機能については様々な評価スケールを用いて調べているのですが,
結果を述べると,視覚的記憶や実行機能,空間的記憶はabuse(力による虐待)とネグレクトの両方に関係しているが,わずかにabuseの影響が強いこと,
また感情の処理や抑制についてはネグレクトの影響が大きく関係していることが示されています.
虐待の種類と認知情動の影響の間には関係があるのかなと思いました.
脳を見れば育ちが分かる?虐待経験と感情脳の関係
脳というのは可塑性(plasticity)に富む組織であり,とりわけ小児期はその分化・発達が著しい分,影響を受け易いそうですが
果たして小児期の虐待経験というのは脳にどのような痕跡を残すものなのでしょうか.
この論文は,精神疾患を発症していない成人150人を対象に,小児期のトラウマ経験と脳構造・脳機能との関連について調べたものです.
この研究では被験者に質問紙で小児期のトラウマ経験について回答してもらい,機能的MRIを使ってうつ病やPTSDの発症に関連があるといわれている海馬の体積と,それに加えて恐怖表情を見ている時の扁桃体の活動について調べているのですが,
結果を述べると,小児期のトラウマ経験が高いほど海馬の体積が減少し,さらに恐怖表情に対する扁桃体の反応も強くなることが示されています.
逆は真成らずという言葉のように成人期の脳から小児期の出来事を推測できるとは限りませんが,小児期のトラウマというのは,場合によっては成人期になっても脳にその痕跡を残すこともあるのかなと思いました.
14歳という時期:思春期のトラウマは自殺念慮と関連する
一般に乳幼児期の虐待のような強いストレスは成人になってからのうつ病のリスクを高めることが知られていますが、はたしてこういった影響は児童期に限られるのでしょうか。
この論文は、児童期のみならず18歳までの強いストレスがうつ病や自殺念慮などとどのように関係しているのか、また年齢によるストレス感受性があるのかについてストレスの種類とそれを受けた年齢を考慮して調べています。
結果を述べると児童期だけでなく思春期のストレスが後の自殺念慮に結びつきやすいことが示されており、この傾向が男子では14歳の時の非言語的感情虐待、女性では仲間からの感情的虐待で顕著であることなどが示されています。
その他5歳時の親の言葉による虐待や女性の18歳の性的虐待などが自殺念慮を高めることが示されおり、
年令によって影響を被りやすいストレスというものがあり、こういったことは脳の発達段階で脳の様々な領域の感受性が違ってくるためではないかということが述べられています。
中学校時代のいじめというのは、場合によっては児童期の家庭内虐待と同じくらい深刻な影響を与えうるのだなと思いました。
脳と毒親
近年聞くことばに毒親というものがありますが,この親というのは本当に毒を出すのでしょうか.
この論文は子供の頃に虐待を受けることで脳がどう変わるかについて調べたものです.
結論を述べると,子供の頃に虐待を受け,その後犯罪を犯すようになるものは認知課題を行っている時に,右脳の活動,とりわけ側頭葉の活動が十分に機能しないことが述べられています.
なぜこういったことが起こるかというと,子供の頃に過剰なストレスを受けることで,過剰なホルモンが神経毒となって側頭葉の内側の錐体細胞を変性させるからではないかということが述べられています.
その意味で毒親というのは文字通り脳に毒を与えているようなものなのかなと思いました.
親との離別・死別は脳の発達に影響するか?
出生時の人間の脳というのは良くも悪くも未完成の状態で出荷されるため,とりわけ発達変化の程度が大きい幼少期の出来事によって様々な影響を受けるといわれています.
いじめや虐待,ネグレクトや家族との離別など,子供が感じるストレスというのは多岐にわたると思うのですが,脳に影響を与えやすい子供のストレスというのはどのようなものになるのでしょうか.
この論文は,幼少期のストレスと脳の大きさの関係について調べたものです.
Early life stress and morphometry of the adult anterior cingulate cortex and caudate nuclei.
この研究ではオーストラリアに住む健常者265名を対象に,幼少時どのようなストレスをどのくらい感じたかという評価と,脳の様々な部分の大きさについて,どのような関係性があるかについて調べたものです.
今回の評価で用いた幼少期のストレス測定はELSQ(early Life Stress Questionnaire)と呼ばれるもので,具体的な項目としては
離婚,家族のいさかい,家族との離別,家族の精神疾患,未熟児の出生,いじめ,家庭内暴力,身体的虐待,感情的虐待,家族の死別,入院/手術,自然災害,大うつ病の罹患(本人),性的虐待,ネグレクト,戦争,自宅の火災,養子体験
があげられるのですが,この項目の内2項目以上ついた被験者は感情制御に関わり,しばしばPTSDとの関連が指摘される前帯状皮質と尾状核の体積が2-5%小さいこと,
またこのような影響は,上記項目の内,家庭内暴力を目撃した場合と家族との死別を経験した場合強くなることが示されています.
幼少期の家族との死別とパニック障害の関わりについて聞いたことがありますが,なにかしら関係があるのかなと思いました.
シビアな家庭環境で育った人のコミュニケーション能力が高いのはなぜか?
一般にシビアな家庭環境で育った場合,その後の健康状態や認知機能になんらかの良くない影響が出てくることが知られていますが,
シビアな家庭環境で育った人というのは,時に空気を読む能力が高く,コミュニケーション能力や人あしらいをする能力が高いような気がするのですが,これはいったいなぜでしょうか.
この論文は,小児期の虐待経験が脳の発達にどのような影響を及ぼすかについて,うつ病患者と健康なものを対象に脳の形態を調べたものです.
結果を述べると虐待経験のあるものは,記憶に関わる海馬の大きさが小さくなり,
これと対象的に右の背内側前頭前野(DMPFC;dorsomedial prefrontal cortex)といわれる領域の大きさは大きくなっていたそうです.
この領域は様々な脳の領域から情報を受け取って,今から何が起こるかを予期したり,不安定な状況で意思決定をしたりということに関わる領域であるそうです.
シビアな家庭環境でサバイバルすることで脳に負荷がかかり,顔色や空気を読む能力が高くなることもあるのかなと思いました.
過保護とネグレクトは脳をどう変えるか?
ある作家は,幼少期の過保護は暴君か無気力な人間のどちらかを生み出すと述べていますが,
たしかに幼少期は脳の発達に重要な時期であり,この時期に身体的な虐待や精神的ネグレクトを被ることで,脳の発達に影響を被ることは知られています.
しかしながら過保護というのも脳に何かしらの影響を与えることはあるのでしょうか.
この論文は,ラットを使用して,生後間もないころの外的ストレスや母子分離ストレスが,その後の脳の発達にどのような影響を与えるかについて調べたものです.
この実験では生後まもないラットを
・毎日一定時間,母子分離ストレスを与える
・毎日,実験者がハンドリング(つまんだり,さわったり,持ち上げたり)する
・母子分離もハンドリングも行わない
という条件で生後2週間の間,刺激を与え,その後,様々な行動試験や脳の生検を行い,幼少期の環境が成長したラットの行動や脳にどのような影響を与えるかについて調べています.
結果を述べると,毎日ハンドリングによるストレスを受けていたラットが最もストレス耐性が強く,慣れない場所での不安感も少なかったことと,
それに対して,母子分離ストレスを与えられたラットや,まったくストレスを受けなかったラットは,ストレス耐性が低くなっており,慣れない場所での不安行動が見られたこと,
これを裏付けるように,母子分離ストレスを与えられたラットや,まったくストレスを受けなかったラットの脳を見てみると,不安感情の処理に関連する領域で遺伝子発現の変化が見られていたことが示されています.
これはラットを対象にした実験であり,ヒトにそのまま当てはめられないとは思いますが,
母子関係がしっかりした上で,適度なストレスがあったほうが不安耐性の強い個体になるということもあるのかなと妄想しました.
小児期のストレスの種類によって障害される脳領域は異なるか?
脳というのは可塑性に飛んだ組織であり、とりわけ小さい頃というのは良くも悪くも環境の影響を受け易いことが知られています。
こういったこともあり、小児期の強いストレスによってその後の脳の発達に大きな影響が与えられることが様々な研究から示されていますが、
小児期のストレスの種類、具体的には身体的虐待や精神的ネグレクトといったストレスの種類の違いが脳の発達に異なる影響を与えるということはあるのでしょうか。
この論文は、小児期のストレスと海馬及び扁桃体、問題行動の関係について調べたものです。
Behavior Problems After Early Life Stress: Contributions of the Hippocampus and Amygdala
この研究では身体虐待、精神的ネグレクト、低い経済社会状態といった要素と、情動中枢である扁桃体、認知や抑制機能と関連する海馬、そして児童が行っている問題行動の程度の間の関係性について調べています。
結果を述べるとストレスの種類を問わず、小児期にストレスを受けた群は扁桃体の体積が小さくなる傾向にあり、中でも身体虐待と低い経済社会状態は海馬の体積の減少に関わっていること、さらにこれらのストレスの強度と期間が長くなるほど、扁桃体と海馬の体積がより小さくなる傾向があることが示されています。
子供をレスキューするのであれば、早ければ早いに越したことはないのかなと思いました。
なぜあのヒトは大事なところでがんばれないのか?
ヒトは現在のみならず,未来に向かって生きる生き物です.
それゆえ将来何かメリットがあると考えれば現在を犠牲にしてでも努力することができますが,
中には頑張れば報われるのに頑張らない,あるいは頑張れないという人たちもいます.
シビアな家庭環境で生き延びて成人してきた人々はしばしば適切な場面で適切に頑張れないということがあるそうですが,こういった行動の背景にはどのようなものがあるのでしょうか.
この論文は,小児期の逆境経験が報酬予測に関する脳活動にどのような影響を与えるかについて調べたものです.
実験では小児期の逆境経験がある若年成人と健常成人にコンピュータ上でギャンブル課題を行ってもらい,その時の脳活動について機能的MRIを使って調べています.また心理検査を行い,抑うつ状態などについても評価しています.
結果を述べると小児期の逆境経験がある被験者は抑うつ状態が強く,快楽に対しても鈍感な傾向が見られたこと,
また報酬の予測的な合図に対する脳活動を見てみると,モチベーションに関わる領域である左の大脳基底核(淡蒼球)に反応性の低下が認められたことが示されています.
シビアな環境で育った人たちがいざという時に頑張れないのは,報酬系(reward system)の機能不全によるものなのかなと思いました.
身体的な虐待を受けた児童は右前頭眼窩野の体積が減少し、社会的能力が低くなる傾向がある
幼少期の脳というのは可塑性が高く、それゆえ環境によって様々な影響を受けやすいと言われていますが、様々な研究から幼少期の多大なストレス、とりわけ虐待行為によって脳の発達が変化させられることが様々な研究から報告されています。
また虐待を受けた児童はその後の社会的な行動にも困難を抱えることがおおいことも報告されていますが、幼少期の虐待と脳の発達、社会的機能の間にはどのような関係があるのでしょうか。
この論文は、幼少期の身体的な虐待と脳の容積、社会的機能の関係について調べたものです。
この研究では31名の身体的な虐待を受けた児童と41名の虐待を受けていない児童を対象にこれらの関係について調べているのですが
結果を述べると身体的虐待を受けた児童は右前頭眼窩野(orbito frontal cortex)の体積が減少し、またこの現象が社会的機能の低下と関連することが示されています。
前頭眼窩野というのは脳の中で感情と理性をつなぐような役割がある領域なのですが、被虐待児童ではこの領域が減少しているということで
身体的虐待というのは感情と理性をうまくつなぐ機能に障害を与えるのかなと思いました。
子供時代に虐待を受けた人はなぜ寂しがり屋なのか
寂しさという感情はなかなかに厄介で取扱に困るのですが、
私の個人的な印象では、小さい頃につらい思いをした雰囲気を漂わせているような人というのは人一倍寂しがりやな印象があります。
果たして小児期の人生経験と寂しがり屋の程度というのはなにかしら関係するのでしょうか。また関係するとしたらどのような脳活動が関わっているのでしょうか。
この論文は、小児期の情緒的虐待が寂しがり屋の程度とどの程度関連しているのか、またそれに関わる脳領域というのはどのようなものかというのを調べたものです。
実験では被験者にサイバーボール課題というものを行わせます。
このサイバーボール課題というのは、コンピュータ画面上で被験者も含めた3名でボールの受け渡しゲームをさせるのですが、被験者にボールが渡らないような設定をして、意図的に仲間外れの状態を作り出すもので、この実験ではその時の脳活動について調べています。
結果を述べると小児期の精神的虐待を受けたものは、仲間はずれにされたときのストレスも強いこと、また脳活動では自己認知に関わる背内側前頭前野(dorsal medial prefrontal cortex)の活動が高くなること、またこれらの傾向は精神的な虐待の度合いが高かった人ほど強くなることが示されています。
寂しさというのはときに恋愛依存や薬物依存にもつながることがありますが、なかなかに根が深いものなのかなと思いました。
脳を見れば育ちが分かる?虐待経験と感情脳の関係
脳というのは可塑性(plasticity)に富む組織であり,とりわけ小児期はその分化・発達が著しい分,影響を受け易いそうですが
果たして小児期の虐待経験というのは脳にどのような痕跡を残すものなのでしょうか.
この論文は,精神疾患を発症していない成人150人を対象に,小児期のトラウマ経験と脳構造・脳機能との関連について調べたものです.
この研究では被験者に質問紙で小児期のトラウマ経験について回答してもらい,機能的MRIを使ってうつ病やPTSDの発症に関連があるといわれている海馬の体積と,それに加えて恐怖表情を見ている時の扁桃体の活動について調べているのですが,
結果を述べると,小児期のトラウマ経験が高いほど海馬の体積が減少し,さらに恐怖表情に対する扁桃体の反応も強くなることが示されています.
逆は真成らずという言葉のように成人期の脳から小児期の出来事を推測できるとは限りませんが,小児期のトラウマというのは,場合によっては成人期になっても脳にその痕跡を残すこともあるのかなと思いました.
性的虐待と脳の発達
性的虐待と性機能不全、脳構造の変化
小児期に性的虐待を受けた女性はときに性的機能不全を示すそうですが、こういった臨床症状と脳の構造というのは何かしら関係があるのでしょうか。
この論文は、虐待経験の種類と脳構造の変化の関係性について調べたものです。
Decreased cortical representation of genital somatosensory field after childhood sexual abuse.
この研究では51名の成年女性を対象に虐待経験の種類(性的虐待および情緒的虐待)と大脳皮質の厚さの関係について調べています。
結果を述べると、性的虐待を受けた女性は生殖器の感覚に関わる大脳皮質が薄くなる傾向にあり、また情緒的虐待を受けた女性は自己意識に関わる領域の大脳皮質が薄くなる傾向があること、
またこういった変化は虐待から生じるストレスをより少なくするための適応的な変化であったのではないかということが述べられています。
不感症にかかわらず、自分の心がわからないというようなケースには虐待の影響もあるのかなと思いました。
性的虐待を受けた年齢で変化を受ける脳領域は異なる
成長途上である子供の脳は,変化しやすい分,環境やストレスの影響も受けやすいそうです.
性的虐待を幼いころに経験した女性は後年になって様々な精神症状を示しやすいことが様々な研究から報告されていますが,果たして性的虐待を受けた時期というのは脳の構造変化に何らかの影響をあたえるのでしょうか.
この論文は,性的虐待を受けた年齢と脳構造の変化について調べたものです.
研究では性的虐待を受けたことがある女性26名(18-22歳の大学に在籍する精神疾患の既往のない生徒)と性的虐待歴のない対照群の学生17名(control group)の女性の脳について
虐待を受けた時期と脳構造の関係について調べています.
結果を述べると,性的虐待を受けた時期と脳構造の変化の間には因果関係があり
海馬は3-5歳で最も影響を受けやすく,
右脳と左脳をつなぐ脳梁は9-10歳で最も影響を受けやすいこと,
知性の座である前頭前野は14-16歳で最も影響を受けやすいこと,
さらに3-5歳の性的虐待では抑うつ傾向が,9-10歳の性的虐待ではPTSD傾向が見られ,これは脳領域の変化と関連しているのではないかということが仮説的に述べられています.
性的虐待とは直接関係はないのですが,
戦争は時に子どもを含む市民を直接巻き込んだり,
あるいはストレスを負った大人が子供に攻撃的になりうることを考えると
戦争の影響というのは数世代に渡って響くものなのかなと考えたり,
あるいは社会にしろ,家族にしろ,今ある問題は前の世代や前々の世代を引きずっているところもあるのかなと思いました.
なぜ性的虐待が薬物濫用につながるのか?
ヒトは何かに依存する生き物です.
それはタバコやお酒や家族や仕事,あるいは恋愛かもしれませんが,何かに偏りすぎたり,あるいは体に害を与えるようなものに依存しすぎて,生活全般に支障がでてくるようになると
いわゆる「依存症」と診断されることがあると思うのですが,
こういった依存症のなりやすさと生活歴というのは何かしら家計しているのでしょうか.
この論文は,性的虐待が小脳の発達にどのような影響を与えるかについて調べたものです.
この研究では,性的虐待を受けた記憶が少なくとも3回ある大学生(男性1名,女性7名,精神科受診歴や薬物濫用歴(タバコを除く)なし)と,性的虐待歴のない大学生16名を対象に,機能的MRIを使用して,安静時の小脳虫部の血流動態について調べています.
過去の研究から、薬物濫用者は小脳虫部の体積が小さいことや
また小脳虫部はドーパミンの代謝に関わる重要な領域であることが示されているのですが
性的虐待歴がある大学生は精神科受診歴がないにも関わらず,やはり小脳虫部の活動が低下していることが示されています.
薬物濫用や何らかの依存症に至るには,本人がコントロールできない様々な事情があるのかなあと思いました.
虐待経験の男女差
虐待を受けた女児の脳はどのように適応するか
虐待を受けた少年少女は成人になって薬物や賭博などの何らかの依存症状になりやすいことが報告されています.
こういった傾向の背後には脳における抑制機能の低下が関与しているそうですが,虐待を受けた子供の全てが抑制機能の低下を示すわけではありません.
虐待を受けた抑制機能の低下は女児に比べて男児において顕著という報告もありますが,こういった性差は脳機能的にはどのように説明されうるのでしょうか.
この論文は小児期の虐待経験と抑制機能,脳活動について調べたものです.
対象としたのは精神疾患の既往のない40名の成人男女(29.6 ± 7.9歳)で,実験課題としては抑制機能を評価するStop-signal 課題,加えて実験時の脳活動について機能的MRIを用いて測定を行いました.また実験時に著明な変化を示した脳領域が互いにどのような関係になっているか,その連関性についても調査しました.
結果を述べると,
・小児期の虐待経験は抑制課題の成績に影響を与えなかった.
・しかしながら抑制課題を行っている時の脳領域の連関性(コネクティビティ)については虐待経験のあるものでは男女差が見られた.
・女性においては虐待経験が重くても抑制機能が高いものは,前頭前野(左下前頭回)が帯状皮質(背側前帯状皮質)を調整する傾向が見られた
ということが示されています.
虐待を受けても自身の衝動的な行動を抑制できる女性というのは知性の座である前頭前野の調整がしっかりしているのかなと思いました.
虐待経験による脳変化に男女差はあるか?
脳というのは変化しやすい性質があり,それゆえ変化の度合いが著しい幼少期に虐待を受けることで脳の発達に変化が生じることが知られています.
しかしながらこの虐待による脳構造の変化というのは男女差があるものなのでしょうか.
この論文は,PTSD患者を対象に虐待経験があるものとないものについて,それぞれ男女差を比べたものになります.
実験では,恐怖表情画像や穏やかな表情の画像,無意味画像を用いて視覚認識課題を行わせ,その時の脳活動について調べています.
結果を述べるとPTSD症状を有し,かつ虐待経験のある男女では脳活動に性別による違いが見られ,
男子では恐怖表情画像を見ているときには,視覚野や海馬,小脳など刺激に対して感情的な反応を示すような脳活動の増加が見られること,
またこの結果が,一般に虐待を受けた男子と女子では,男子のほうがキレやすいと行った反社会的行動をとりがちな性格になりやすいという傾向と関連があるのではないかということが仮説的に述べられています.
同じ経験を受けても性別や個体でいろいろな差がでるのかなと思いました.
小児虐待の影響が男女で異なるのはなぜか
小児期の虐待経験というのは,その後の脳の発達に影響して様々な心身の疾患につながることもあるようです.
臨床的には一般に女性は感情の制御が難しくなったり,男性においては衝動性を制御するのが難しくなったりするそうですが,こういった性差はどのような原因に由来するのでしょうか.
この論文は,小児虐待が脳の発達に与える影響について思春期の少年少女を対象に調べたものです.
この研究では精神疾患を発症したことのない12歳から17歳までの男女42名(15.33±1.37歳)を対象に自己報告式に小児期にどのような虐待をどの程度受けたかを質問表に書いてもらい,またMRIを使って脳の灰白質の容積について詳しく調べています.
結果を述べると小児期の虐待によって脳の様々な部分が小さくなっているのですが,これには男女差があり,女性においては感情制御に関連する領域の減少が見られやすく,また男性においては衝動性のコントロールに関わる領域の減少が見られやすかったこと,こういった性差には女性ホルモンの分泌による神経保護作用が関わっているのではないかということが述べられています.
こういった結果を過度に一般化することはできないとは思うのですが,様々な要因が脳の発達に影響するのだなと思いました.
遺伝子・虐待・性別はどのように相互作用するか?
その人の性格は生まれか育ちかということはよくいわれますが,この二つというのは別々のものではなく,互いに影響し合うことが近年の研究から報告されています.
人の性格にも打たれ弱くてクヨクヨしやすいものや,そうでないヒトもいますが,こういった傾向は脳の中の神経伝達物質であるセロトニンの代謝システムに違いが影響するそうです.
このセロトニンの代謝に影響を与えるものとしてセロトニントランスポーター遺伝子というものがあり,この遺伝子の変異したもの(セロトニントランスポーター遺伝子多型)を持っている人というのはうつ病を発症しやすいこと,また脳の中の海馬と呼ばれる部分の体積が減少しやすいことが報告されています.
これらのことに加えて小児期に虐待を受けたものは海馬の体積が減少して成人になってうつ病を発症しやすいことも報告されていますが,こういった一連の生まれと育ちの関係において男女の性別というのは何らかの違いを生み出すものなのでしょうか.
この論文は,セロトニントランスポーター遺伝子多型の有無,小児期のストレスフルイベント(身近の人の死や自分の大きな病気,親の離婚や虐待経験など)経験の有無,男女の性別の3要因と海馬の体積の関係について調べたものです.
結果を述べると
・セロトニントランスポーター遺伝子多型を有する女児は小児期の逆境経験の有無にかかわらずに海馬の体積が減少している
・セロトニントランスポーター遺伝子多型を有する男児は小児期の逆境経験により海馬の体積減少を有意に引き起こしやすい
ということが述べられています.
いろいろな解釈ができると思うのですが,男児のほうがセロトニントランスポーター遺伝子多型という生まれがあるものは,逆境経験という育ちに影響されやすいのかなと思いました.
まとめ
このように虐待経験というのは脳に様々な影響を及ぼしますが、これは環境だけで決まるのではなく、生まれ持った遺伝的要因も大きく関わるようです。
生きる上では多かれ少なかれ傷を負わずに生きていくことはできないのですが、
できるだけお互いに傷を与えることなく、穏やかに過ごしていきたいものです。
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