オキシトシンの脳科学:愛、社会性、攻撃性
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はじめに

人間は一人では生きられないとも言いますが、たしかに人間は哺乳類の中でもとりわけ社会性が高い動物です。この社会性の根っこにあるのが絆と呼ばれる感情です。根源的なものとしては母子の絆がありますし、家族の絆、地域の絆、同期の絆などもあります。こういった絆を育むホルモンとしてオキシトシンというものがあります。今回の記事ではこのオキシトシンについて説明したいと思います。

オキシトシンとは?

オキシトシンとはギリシア語で「迅速な出産」を意味し、現在でも出産時に子宮の収縮を強め出産を促すために使用されるホルモンです。このホルモンは出産だけでなく、出産後の母子関係を築く上でも非常に重要な働きをすることになります。よく出産を機に性格が変わったというような話も聞きますが、オキシトシンが分泌されることで女性はより愛情深くなり、相手の気持ちを読み取る力も強くなり、世話焼きな性格に変化します。こうしたオキシトシンの働きによって赤ちゃんの養育能力が高まり、母子の間に安定的な絆が気づかれます。

またこのオキシトシンは女性ホルモンではありますが、男性であっても分泌され仲間との絆を高めます。具体的には同じ場所でご飯を食べたり、仲間として同じ困難に立ち向かうことでオキシトシンが分泌され、相手との絆が高まります。「同じ釜の飯を食った仲間」と言いますが、つらい新人時代を共に過ごした同期との絆が強いのは、こういった背景があるとも考えられます。

オキシトシンと社会性

オキシトシンのこのような性質を使って人間の社会性を高めようとした研究もいくつかあります。例えば自閉症者を対象にオキシトシンを鼻腔より与えることで社会性が向上することがメタアナリシス(複数の研究結果をとりまとめ総合的に解析した研究)から示されています(Huang et al.,  2021年)。また愛着障害患者にもオキシトシンが有効であるとの報告もあります。愛着障害は、幼少時に保護者との間に不適切な関係(ネグレクトや虐待、保護者の不在など)が持たれることで生じることがあります。この愛着障害患者では価値判断能力に問題が生じることがあるのですが、オキシトシンを投与することで正常化しうることが示されています(Takiguchi et al., 2023)。さらに精神疾患の一つである不安障害に対してもオキシトシンの効果があることが分かっています。例えば全般性不安障害と呼ばれるものでは、不安や恐怖の中枢である扁桃体の活動が高まりやすくなっているのですが、オキシトシンを投与することで扁桃体の活動が軽減することが報告されています(Labuschagne et al., 2010)。

画像引用:President Online | なぜ「うつ・メンタル不調」は再発するか 原因は「扁桃体」にあった

オキシトシンと攻撃性

ところがこのオキシトシンは攻撃性にも関係していることが分かっています。例えばオキシトシンを投与することで、自分と同じ社会的背景を持つもの(人種・国籍などが同じもの)に対しては行動が親和的になるものの、同時に部外者に対しては攻撃性が高まることが報告されています(de Jong et al., 2018)。また女性においてはオキシトシンレベルが高いほど攻撃性も高いこと(Bosch et al.,2005)や、オキシトシンを投与することでオキシトシンを投与することで、より嫉妬深く、より意地悪になることも報告されています(Shamay-Tsooryら, 2009年)。オキシトシンは社会性を高め、世話をする傾向も高めるが、その反面、嫉妬と攻撃性も高めうるということになります。仲間を守るという愛情は、仲間ではないものを排除する攻撃性ともいえます。子猫を守る母猫はオキシトシンレベルが高いのではないかと思ったりもします。

オキシトシンの分泌を高める方法

このようにオキシトシンは社会性を良くも悪くも高める働きがあるが、このオキシトシンの分泌を増やすにはどのような方法があるのだろうか。気軽に行いやすいものとしては、先に述べたように一緒に御飯を食べる、同じ課題に取り組むといったものがある。またスキンシップも有効であることが分かっている。無論誰でもいいというわけではない。好感が持てる相手(ペットも含む)との触れ合いでオキシトシンレベルが高まることは報告されている。

さらには親切な行為でもオキシトシンは増える。ボランティアに参加したり、あるいは寄付を行うなどの事前行動でもオキシトシンレベルが上昇する。興味深いのは孤独な環境に置かれると体内のオキシトシンレベルが増加するということである。オキシトシンは絆を築くホルモンである。自然界であれば群から離れた孤独な状態というのは非常に危険な状態である。その危険な状態を脱し、他社と絆を築けるようにオキシトシンレベルが増加するのではないかと考えられている。

まとめ

ではここまでの内容をまとめてみよう。

・オキシトシンは愛情や社会性を高め、絆を育むホルモンである。

・身内に対する社会性や愛情を高めるのと同時に、部外者に対する攻撃性や嫉妬心も高める。

・食事や仕事など、相手と共に過ごすことでオキシトシンレベルが増加する。

先に上げたようにオキシトシンレベルが高ければよいというわけではない。誰かと仲良くするということは同時に誰かと仲良くしないということである。可愛さ余って憎さ百倍でもないが、愛情と憎悪はベクトルが違うだけで根にある感情は一緒なのかもしれない。愛情も嫉妬も攻撃性も嗜む程度に人生を楽しみたい。

 

 

【参考文献】

Bosch, O. J., Meddle, S. L., Beiderbeck, D. I., Douglas, A. J., & Neumann, I. D. (2005). Brain oxytocin correlates with maternal aggression: link to anxiety. Journal of Neuroscience, 25(29), 6807-6815.

de Jong, T. R., & Neumann, I. D. (2018). Oxytocin and aggression. Behavioral pharmacology of neuropeptides: oxytocin, 175-192.

Huang, Y., Huang, X., Ebstein, R. P., & Yu, R. (2021). Intranasal oxytocin in the treatment of autism spectrum disorders: A multilevel meta-analysis. Neuroscience & Biobehavioral Reviews, 122, 18-27.

Labuschagne, I., Phan, K. L., Wood, A., Angstadt, M., Chua, P., Heinrichs, M., … & Nathan, P. J. (2010). Oxytocin attenuates amygdala reactivity to fear in generalized social anxiety disorder. Neuropsychopharmacology35(12), 2403-2413.

Takiguchi, S., Makita, K., Fujisawa, T. X., Nishitani, S., & Tomoda, A. (2023). Effects of intranasal oxytocin on neural reward processing in children and adolescents with reactive attachment disorder: a randomized controlled trial. Frontiers in Child and Adolescent Psychiatry, 1, 1056115.

 

 

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