ラポールの脳科学:ミラーミューロンシステムとメンタライジングシステム
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はじめに

理学療法士として臨床現場に携わっていた時、しばしば課題となったのが患者さんとのラポール形成でした。ラポールとは一般的に互いの信頼関係を指します。リハビリテーションは決して簡単なものではなく、ある程度の努力を患者さんに求める場面があります。しかし、ラポールが構築されていないと、患者さんは治療に協力的になれません。場合によっては、リハビリを拒否されることさえあります。

セラピストによってはラポール形成に長けた者もいれば、そうでない者もいました。しかし、脳科学的観点からラポールはどのように説明できるのでしょうか。本記事では、ラポール形成に関わる脳のメカニズムについて解説したいと思います。

ラポールの神経生理学的基盤

ラポールとは、言うなれば信頼関係のことです。そしてこの信頼関係が成立するためには、「相手は自分のことを理解してくれている」という確信を双方が持つ必要があります。それでは、脳はどのようにして相手の心を理解するのでしょうか。

相手の心を理解する仕組みとして、脳には2つのシステムがあります。一つはミラーミューロンシステムと呼ばれるもので、もう一つはメンタライジングシステムと呼ばれるものです。

脳には、相手の心を理解する2つのシステムがあります(Vogeley et al., 2017)。1つ目はミラーニューロンシステムと呼ばれるものです。これは「模倣」に関わる脳の仕組みです。私たちは無意識のうちに相手の動作や表情を真似ます。脳の中で物を見る領域と身体を動かす領域がつながっているため、これが可能になります。そしてこの仕組みは単なる模倣だけでなく、相手の動きを自分の身体で体感することで、相手の気持ちを推し量ることができるのです。例えば、相手がうなだれた様子を見ると、無意識のうちにその動作を再現し、疲れを感じ取ることができます。泣き顔を見れば、その表情をトレースしようとして自然と悲しみを感じ取るのです。心理学者は「悲しいから泣くのではなく、泣くから悲しくなる」と説明しました。つまり、身体の動きによって感情が引き起こされる傾向があるのです。このようにミラーニューロンシステムによって、無意識的かつ自動的に相手の心が理解できるのです。

 

 

 

 

 

 

 

相手の心を理解する2つ目の仕組みが、メンタライジングシステムです。これは意識的に相手の心を推論する仕組みです。例えば、上司がイライラしている様子から、様々な情報を総合してその原因を推測するときなどに働いています。脳の右側頭頭頂接合部がこの機能の中心と考えられています。

 

 

 

 

 

 

 

ラポール形成には、感情的に相手の心を理解すること(ミラーニューロンシステム)と認知的に相手の心を推論すること(メンタライジングシステム)の両方が重要だと考えられています。

ラポールが取れている時の脳活動とは?

従来の脳科学研究は、ある課題を行っている時の個人の脳活動を取るというものが主流だったのですが、近年では二者間、三者間の脳活動を同時に測定し、その関係性を調べる研究が開発されています。

「三人よれば文殊の知恵」という言葉にあるように、私達の脳は一つの脳は繋がり合って活動しています。そして心が通じ合っているときには、2つの脳は同じリズムで活動することが分かってきたのです。

ある研究では一緒に体を動かすことがラポールと脳活動にどのような影響を与えるかについて調べています。実験では被験者にお互いに向かい合って同じ動きをさせ、その後、お互いに教え合う課題を行わせています。するとお互いに一緒に体を動かすことでラポールが高まり、互いの脳活動が同じリズムで働き出すことが示されたのです(Shamay-Tsoory et al., 2024)。具体的にはミラーミューロンシステムの一部である右下前頭回の活動が二人の間で揃いやすくなったことが示されています。

Shamay-Tsoory et al., 2024 Figure 5 (B)

 

 

 

 

 

 

 

 

また別の研究では、お互いに意図を共有することがラポールと脳活動にどのような影響を与えるかについて調べています。わたしたちがラポールを取るには同じ意図(ゴール・目標)を持つことが大事です。この研究では被験者に全くの手探りで記号を使ったコミュニケーションを取らせる課題(意図非共有条件)と、ゲームのルールを伝えたうえでコミュニケーションを取らせる課題(意図共有条件)を行わせました。結果として、ゲームのルールが分かっている意図共有条件のほうがラポールを構築しやすく、脳活動も同期しやすいことが示されました(Liu et al., 2023)。具体的にはメンタライジングシステムの一部である右側頭頭頂接合部周囲の活動が高まることが示されています。更に興味深いことには、この領域に電気刺激を加えることで、よりラポールが深まり、課題成績も上がることが示されています。

まとめ

このようにラポールを取るときには、感情を直感的に理解するミラーニューロンシステム、相手の意図を意識的に理解するメンタライジングが働いています。さらに互いにラポールが取れているときには、二人の間でこれらのシステムが同調して働いているようです。流石に電気刺激でラポールを高めるようなことまではしたくはないのですが、互いに心を組み合って上図に事を運びたいものです。

 

【参考文献】

Liu, J., Zhang, R., Xie, E., Lin, Y., Chen, D., Liu, Y., Li, K., Chen, M., Li, Y., Wang, G., & Li, X. (2023). Shared intentionality modulates interpersonal neural synchronization at the establishment of communication system. Communications biology6(1), 832. https://doi.org/10.1038/s42003-023-05197-z

Shamay-Tsoory, S. G., Marton-Alper, I. Z., & Markus, A. (2024). Post-interaction neuroplasticity of inter-brain networks underlies the development of social relationship. iScience27(2), 108796. https://doi.org/10.1016/j.isci.2024.108796

Vogeley K. (2017). Two social brains: neural mechanisms of intersubjectivity. Philosophical transactions of the Royal Society of London. Series B, Biological sciences372(1727), 20160245. https://doi.org/10.1098/rstb.2016.0245

 

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