目次
はじめに
その昔、リハビリの現場で働いていた頃、特に気を使っていたのは患者さんとの関係構築でした。限られた時間で患者さんの回復を促すためには、患者さんにもそれなりの努力して貰う必要があります。そういったとき、信頼関係ができていないと、やるべきことをやってもらえないので、特に最初の数回は治療以上に関係構築に気を配っていた覚えがあります。
この関係構築は心理学用語ではラポール(rapport:フランス語で「橋を架ける」を意味)と呼ばれていますが、今回の記事ではこのラポールとはどのようなものなのか、またどうすれば同僚や顧客との間にラポールを築けるのかについてお話したいと思います。
ラポールに関わる3つの要素
ラポールとは一言で言えば信頼関係ですが、これには大きく3つの要素が関係しています。
1.互いに十分な注意を向けあうこと
例えば、スマホを片手に話を聞いているような人とはなかなか信頼関係を築けません。信頼関係を築くには、会話に集中して相手の話の心から耳を傾け、互いに興味と関心を持つことが大事になります。
2.互いに相手に対して肯定的であること
攻撃的で否定的な人と仲良くしたいと思いっている人はいないはずです。話すときには笑顔を見せて、優しい口調で話し、相槌を打ったりと相手に対して有効的な態度をとることが重要です。
3.互いに相手に対して協調的であること
これは端的にいえば相手に合わせてコミュニケーションできるかということになります。声のトーンや話す速さ、姿勢を真似るなどすることで、良い関係性を築けるようになります。
さらに、ラポール形成に有効な具体的な行動についても研究で明らかになっています。中でも、笑顔、うなずき、体を相手に向ける、前傾姿勢などが特に重要であり、次いで、アイコンタクトや姿勢の模倣も効果的であることが、大規模な調査により示されています(Tickle-Degnen et al., 1990)。
ラポールと性格傾向
ラポール構築には性格傾向も影響します。性格傾向を調べるものにビッグファイブ理論というものがあります。これは人間の性格傾向を、外向性、協調性、誠実性、開放性、神経症的傾向に分けて捉えるものになります。どの要素がどの程度高いかでその人の性格を捉えることができるのです。
ある研究では、このビッグファイブで捉えた性格傾向とラポール構築の関係について調べています。結果として外向性や協調性が高い人は相手の性格にかかわらずラポールを構築しやすいことが示されています。また同じ性格傾向の者同士(外向的な人同士、内向的な人同士)はよりラポール構築がしやすいそうです。とはいえ、一つだけ例外があり、協調性が低いもの同士の組み合わせはラポール構築が格段に難しくなることも報告されています。(Cuperman & Ickes, 2009)
オフィスでのラポール構築方法
オフィスではとりわけラポール構築が重要になってきます。上司と部下のラポールによって部下のパフォーマンスが変わってくるということもあるのではないでしょうか。
ある研究では大学生を対象にラポール構築が業務パフォーマンスにどの程度影響するかを調べています。実験では被験者を二人一組のペアにさせて2つの条件で対話をさせています。一つはラポール構築条件で、相手の人間性について知るようなオープンクエスチョンが行われます。またこのとき質問者は、笑顔を見せたり、相槌を打ったり、身を乗り出したりといった態度で会話をします。もう一つの対象条件では、相手の身元についてのイエス・ノーで答えるようなクローズドクエスチョンが行われます。このとき質問者はそっけない態度で会話をするように示されます。結果として、ラポール構築条件で対話をしたものは対照条件で対話をしたものに比べ、その後に行われた業務課題(40分間の小切手処理課題)で高いパフォーマンスとなることが示されています(Curry et al., 2004)。
実際どのようなオープンクエスチョンが行われたかは、実務の場で参考になるかもしれません。参考までに以下に貼り付けておきますが、気になる方は目を通してみてください。
【ラポール構築条件での質問】
1. これまで大学で一番良かった授業と嫌だった授業は何ですか?その理由は?
2. 卒業後は何がしたいですか?その理由は?
3. お金の心配がなければ、理想の仕事は何ですか?その理由は?
4. 今の(または前の)仕事で一番好きな点は何ですか?その理由は?
5. あなたの最も大切な思い出は何ですか?それはなぜですか?
6. 明日目覚めたら、どんな新しい能力や性質を身につけていたいですか?その理由は?
7. 最近面白い旅行の予定はありますか?または面白い場所へ行きましたか?
8. あなたの趣味は何ですか?その理由は?
9. その趣味に興味を持ったきっかけは?
10. 世界中の誰でも過去現在問わず晩餐に招待できるとしたら、誰を呼びますか?その理由は?
11. 住むなら理想の場所や都市はどこですか?その理由は?
12. 一番好きなアルバム/アーティスト/バンドは?その理由は?
13. 一番好きな映画は?その理由は?
14. 一番好きな料理やレストランは?その理由は?
15. 家が火事になって3つだけ持ち出せるとしたら何を持ち出しますか?その理由は?
小売業でのラポール構築方法
見知った店員さんがいる店では、ついつい財布の紐がゆるくなりがちですが、顧客とラポールを構築するにはどのような方法が有効なのでしょうか。ある研究では、以下の5つの要素が重要であることが述べられています(Gremler & Gwinner, 2008)。
1.特別に気を配る行動(uncommonly attentive behavior)
- 通常と異なる行動をとる:従業員が通常の業務の範囲を超えて、顧客のために特別な努力をする行動。例えば、在庫切れの商品を他店から取り寄せるなど。
- 顧客を個人的に認識する:従業員が顧客の名前を覚えていたり、過去の来店時の情報を覚えていたりすること。例えば、美容師が顧客の子供の名前を覚えていて尋ねるなど。
- 強い個人的関心を示す:従業員が単に売上のためではなく、顧客の人となりに深い関心を示すこと。例えば、顧客の趣味や仕事について深く聞くなど。
2.共通基盤づくり行動(common grounding behavior)
- 共通の興味を見出す:従業員が顧客と共通の興味や関心事を見つけ出し、それについて会話をすること。例えば、同じ趣味のスポーツチームについて話をするなど。
- 他の類似点を見つける:興味以外にも、従業員と顧客の間の類似点を見出すこと。例えば、同じ出身地であったり、同い年であったりすること。
3.丁寧な行動(courteous behavior)
- 予想外の正直さ:従業員が自社の利益よりも顧客の利益を優先して、正直に情報提供や助言をすること。例えば、他店の方が安いと伝えるなど。
- 礼儀正しさ:従業員が親切で礼儀正しい態度で接客をすること。挨拶をしっかりする、丁寧な言葉遣いをするなど。
- 共感を示す:顧客の立場に立って、その気持ちを理解し、寄り添う姿勢を示すこと。例えば、顧客の不満や問題にしっかり耳を傾けるなど。
4.結びつき行動(connecting behavior)
- ユーモアを使う:従業員がユーモアを交えて顧客とコミュニケーションをとり、親しみやすい雰囲気を作ること。例えば、軽い冗談を言うなど。
- 楽しい会話をする:接客に直接関係のない雑談なども交えて、顧客と楽しく会話をすること。その場を和ませ、リラックスさせる効果がある。
- フレンドリーな対応をする:従業員が単に丁寧な対応をするだけでなく、よりフレンドリーで親しみやすい態度で接すること。笑顔を絶やさない、温かい口調で話すなど。
5.情報共有行動(information sharing behavior)
- アドバイスを与える:従業員が顧客に対して、商品やサービスの選び方や使い方について的確なアドバイスをすること。顧客の状況や要望をよく聞いた上で、最適な提案をする。
- 知識を伝える:従業員が商品やサービスについての専門知識を、顧客にわかりやすく説明すること。顧客の理解を助け、信頼感を高める効果がある。
- 顧客のニーズを理解するための質問をする:従業員が顧客に質問をして、そのニーズや要望を的確に把握しようとすること。そのことで、顧客は自分のことを理解してもらえていると感じ、安心感や信頼感が増す。
セラピストにしても美容師にしても、あるいは講師にしても、リピーターがつきやすい人というのは、こういったことができている人たちなのかもしれません。
新規営業でのラポール構築方法
営業はノーと言われてから始まるとも言われますが、新規営業で仕事ができる人はいったいどのような方法を使って顧客の心を捉えているのでしょうか。新規営業でのラポール構築では、相手の面子と社交性に対する配慮が必要だと言われています(Campbell et al., 2006)。
面子には個人の面子と社会的面子(社会的アイデンティティ;所属企業、業界、エスニシティなど)があり、社交性は相手が自由に物を言いやすいことを指します。購入を勧めて相手がノーといった場合、営業担当者はそれなりのリアクションをしなければいけませんが、そのリアクション次第では相手の気分を害してしまい、ラポール構築が難しくなってしまいます。
顧客の「ノー」に対しては、以下の反論方法がありますが、いずれにしてもそのリスクを踏まえて行うべきだと論じられています。
- 直接的否定:顧客の主張を真っ向から否定する方法。面子への脅威が高い。 例:「価格を考慮すれば、あなたの言うことは当てはまりません」
- 先送り:主張には触れずに話題を先に進める方法。社交性への脅威が高い。 例:「新製品の機能についてお話ししましょう。コストメリットがおわかりいただけるはずです」
- ブーメラン:主張を逆手に取って説得する方法。面子への脅威が中~高程度。 例:「品質と価値あるものにはそれ相応の値段がつくものです」
- 補償:別の利点を示して主張を補償する方法。面子への脅威は中程度。 例:「確かに値段は高いですが、効率の良さでコストを十分に回収できます」
- 第三者法:他社の事例を引き合いに出す方法。面子への脅威が低い。 例:「A社も最初は高いと感じていましたが、導入後は大きな収益アップを実現しています」
- 間接的否定:一旦は同意した上で別の観点から否定する方法。面子への脅威は低~中程度。 例:「その通りですね。ただ、弊社製品は業界でもっとも高い効率を誇っているんです」
具体的なノーの理由とそれに対するそれぞれのテクニックに詳細は以下の表として示しています。無論、マニュアル通りに行けば苦労はないのですが、興味のある方は参考程度に覗いてみてください。
反論対処テクニック | 面子に対する脅威 | 社会的権利に対する脅威 | 「私はABC社の製品に満足している」 | 「御社の製品は故障しやすい」 | 「御社の製品は高すぎる」 |
直接的否定 | 高 | 中 | 「そうお思いになるのは分かりますが、一度私が当社製品の詳細をご説明させていただけば、もっと満足していただけると思います」 | 「そんなことはありません。不具合品をお渡ししたに違いありません」 | 「当社の製品が提供する価値を考えれば、そんなに高価なものではありません」 |
先送り | 低~中 | 高 | 「20%のコスト削減の仕方をお見せしたら、さらにご満足いただけるでしょう」 | 「新モデルの高い効率性についてお話ししましょう。そうすれば故障の心配は払拭できるはずです」 | 「一度私が当社製品のコスト削減効果についてお話しさせていただけば、価格に対するお考えが変わるかもしれません」 |
ブーメランまたは言い換え | 中~高 | 中 | 「現状に甘んじているということは、将来に備えていないということです。これから最新の技術がどうなるかお見せしましょう」 | 「その程度の大きな機器を頻繁に使えば、故障するのは当然です。業務用モデルにグレードアップされることをお勧めします」 | 「価値と質を考えれば、それなりの価格は当然のことです」 |
補償 | 中~高 | 中 | 「ABC社を離れることの寂しさや後悔は、当社製品による効率化と節約で払拭されるでしょう」 | 「当社機器の作業速度の高さを考えれば、多少のメンテナンスコストは考慮に入れる必要はありません」 | 「当社の機器は効率性と人件費削減で、その価格以上の価値をお客様にもたらします」 |
後回し | 低~中 | 中~高 | 「現状に満足されている、と言われる前に、最新技術がどのようなものか、一度お見せしましょう」 | 「まずは当社の新しい業務用モデルについてお話しましょう。そうすればご心配は払拭できるはずです」 | 「価格については後にして、まずはこの機器がどのようにユニットコストを下げられるかをご覧ください」 |
第三者法 | 低~中 | 低 | 「Z社も当初は同じように感じていましたが、当社製品に切り替えて6ヶ月後には投資へのリターンを実感できたそうです」 | 「Z社も当初は同じように感じていましたが、当社製品を購入して6ヶ月後には投資への恩恵を実感できたそうです」 | 「Z社も当初は同じように感じていましたが、当社製品を購入して6ヶ月後には投資への恩恵を実感できたそうです」 |
間接的否定 | 低~中 | 状況による | 「そうですね。ただし、当社の製品のほうがより幸せを感じられるかもしれません」 | 「確かに、ですが当社製品は業界でも最高の効率性を誇っています」 | 「はい、ですが当社製品は昨年XYZ誌で”ベストバイ”と評価されています」 |
(Campbell et al., 2006, Table1を参考に筆者作成)
おわりに
このようにラポール構築には様々な要素があり、ビジネスの様々な場面で重要な役割を果たしています。様々な知見があるものの、これを一言で言えば、哲学者カントが述べた倫理に対するある言葉に集約されるのかなとも思います。
それは「相手を手段ではなく目的として扱いなさい」というものになります。恋人を金づるだと思って付き合う人はどこかでアラが出てきますし、子供を自分の欲望を達成するための手段として育てる人もいないのでないでしょうか。無論ビジネスの場面では綺麗事だけで通らないことは十分承知はしていますが、どんなときであっても、人を人としてみる態度が大事なのかな、と思いました。
【参考文献】
Tickle-Degnen, L., & Rosenthal, R. (1990). The nature of rapport and its nonverbal correlates. Psychological Inquiry, 1(4), 285–293. https://doi.org/10.1207/s15327965pli0104_1
Cuperman, R., & Ickes, W. (2009). Big Five predictors of behavior and perceptions in initial dyadic interactions: personality similarity helps extraverts and introverts, but hurts “disagreeables”. Journal of personality and social psychology, 97(4), 667–684. https://doi.org/10.1037/a0015741
Curry, S. M., Gravina, N. E., Sleiman, A. A., & Richard, E. (2019). The effects of engaging in rapport-building behaviors on productivity and discretionary effort. Journal of Organizational Behavior Management, 39(3-4), 213-226. https://doi.org/10.1080/01608061.2019.1667940
Gremler, D. D., & Gwinner, K. P. (2008). Rapport-building behaviors used by retail employees. Journal of Retailing, 84(3), 308-324. https://doi.org/10.1016/j.jretai.2008.07.001
Campbell, K. S., Davis, L., & Skinner, L. (2006). Rapport management during the exploration phase of the salesperson–customer relationship. Journal of Personal Selling & Sales Management, 26(4), 359-370. https://doi.org/10.2753/PSS0885-3134260403