目次
はじめに
脳科学の中でも社会認知神経科学と呼ばれる学問領域があります。これは社会で生きる人間の心を脳科学の立場からた解き明かすものになります。これは例えば、仲間はずれにされた時の脳活動や、怒りを堪えている時の脳活動などを調べるものになります。前回の記事では、その大まかな仕組みについて説明しましたが、今回の記事ではより具体的な内容について説明します。
衝動の抑制
小さな子供であれば、カッとして手を上げることがありますが、大人が同じように手を上げたり怒鳴ったりしていたら大変なことになります。社会で生きていくためには衝動を抑制する必要がありますが、脳の中では前帯状皮質と外側前頭前野が衝動の抑制に関わっていると考えられています。ちなみに前帯状皮質は矛盾を検知するような働きがあります。例えば人と話していても、どことなく違和感を感じることがありますし、自分の体のことであっても違和感を感じることがあります。前帯状皮質はこのような違和感、言い換えれば情報の不一致を捉えるような働きがあります。
模倣
小さな子供は何でも大人のマネをしたがりますが、私達人間は生まれつき模倣に関わる脳の仕組みを持っています。これはいわば見たものを運動に変えてしまうような仕組みになり、ミラーニューロンシステムと呼ばれることもあります。ミラーニューロンシステムは様々な領域で出来ていますが、主なものには、外側前頭前野(LPFC)と外側頭頂葉(LPAC)があります。
偏見
偏見というと言葉の響きはよくありませんが、私達は何を見るにしても色眼鏡でものを見ています。ステレオタイプでものを見るのは良くないのかもしれませんが、あまり深く考えないで判断できるという省エネ的メリットもあります。脳の中でこの偏見に絡んでいる領域としては、扁桃体と腹内側前頭前野があります。扁桃体は不安や恐怖の中枢で、白人が黒人の写真を見た時に反応することを示した研究がいくつか報告されています。また腹内側前頭前野(VMPFC)は前頭葉の内側にある領域で、主観的な判断に関わる領域になります。この領域は好みのブランドのロゴマークを見た時にも活動することが分かっています。
社会的拒絶
仲間はずれにされるというのは身を切られるような痛みがありますが、これに関連する主なの脳領域として背側前帯状皮質があります。これは元々は体の痛みに反応する領域だったのですが、哺乳類に至っては心の痛みにも関連するようになったものになります。ちなみに社会的支援によって心の痛みが和らげられると、身体的な痛みも軽減することが報告されています(Brown et al.,2003)
道徳的判断
最後に取り上げるのは道徳的判断です。何が正しいかという判断は非常に難しいものなのですが、道徳的判断に関係する脳領域もいくつかあります。何かをルールベースで判断するような課題(未成年の飲酒は法律違反である、など)では、外側前頭前野と外側頭頂葉が活性化するのですが、個人的判断(村のみんなを守るために自分の子供を殺すことの是非、など)では内側前頭前野と内側頭頂葉が活性化することが報告されています(Greene et al., 2001)。内側前頭前野と内側頭頂葉を結ぶネットワークはデフォルトモードネットワークと呼ばれ主観的な自己感覚に関わっています。道徳的判断はそう考えると主観的な側面もあるのなのかなと思ったりもします。
まとめ
このように日々、経験するような社会的心理には脳の様々な領域が関わっています。
具体的には、以下の領域が代表的なものになります。
・衝動の抑制:前帯状皮質・外側前頭前野
・模倣:外側前頭前野・外側頭頂葉
・偏見:腹内側前頭前野・扁桃体
・社会的拒絶:背側前帯状皮質
・道徳的判断:外側前頭前野と外側前頭前野(ルールベース)、内側頭頂葉と内側前頭前野(個人的判断)
無論人心の働きは複雑ですので、個別の脳領域の働きに還元できるわけではありませんが、人の心を考える上で、脳の働きで捉えるというのも、理性的な判断を下す上で大事なのかなと思いました。
【参考文献】
Brown, J. L., Sheffield, D., Leary, M. R., & Robinson, M. E. (2003). Social support and experimental pain. Psychosomatic medicine, 65(2), 276–283. https://doi.org/10.1097/01.psy.0000030388.62434.46
Greene, J. D., Sommerville, R. B., Nystrom, L. E., Darley, J. M., & Cohen, J. D. (2001). An fMRI investigation of emotional engagement in moral judgment. Science (New York, N.Y.), 293(5537), 2105–2108. https://doi.org/10.1126/science.1062872
Lieberman M. D. (2007). Social cognitive neuroscience: a review of core processes. Annual review of psychology, 58, 259–289. https://doi.org/10.1146/annurev.psych.58.110405.085654