怒りの脳科学:その仕組と抑え方
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はじめに

喜怒哀楽のない人生はつまらないかもしれないが、不快な感情は避けて生きていきたい。とりわけ怒りは厄介で、外に向かえば誰かを傷つけてしまうし、内に向かえば自分を傷つけることになる。しかし、この怒りとは脳科学的にはどのようなものなのだろうか。今回の記事では、ある総説論文(Sorella et al., 2022)をもとに、怒りに関わる脳の仕組みについて考えてみたい。

怒りに関わる脳領域

怒りに関わる脳領域は多岐にわたる。そもそも怒りというのは複雑な現象である。怒りに先立つ心のざわめきや、我を忘れる怒りの感覚、そこから怒りを自覚する段階や、更には怒りを抑えようとする心の働きなど、怒りには様々な側面がある。以下にそれぞれの側面に関連する脳領域の解説を行う。

刺激の知覚

Sorella et al., 2022 Fig. 1

当たり前だが、人間何もないところで怒ることはない。怒る時には何かしらきっかけがある。ひょっとしたらそれは中指を突き立てられることかもしれないし、いつまでたってもお着替えをしてくれない小さな子供の振る舞いかもしれない。いずれにしても怒りのトリガーを知覚することで怒りが立ち上がる。こういった怒りのきっかけ刺激の知覚に関わっているのは、右紡錘状回と右上側頭回、両側扁桃体、右側下前頭回である。

紡錘状回と上側頭回は意味の理解に関係している領域である。何かを見た時、視覚情報は2つの経路で処理される。一つは後頭葉から頭頂葉に抜ける背側視覚経路で、これは視覚対象が「どこ」にあるかを認識するような仕組みである。もう一つの経路は後頭葉から側頭葉に抜ける腹側視覚経路で、これは視覚対象が「なに」であるかを認識するような仕組みである。紡錘状回も上側頭回も「なに」を認識する経路の一部であり、対象の意味を理解する上で働く領域である。つまり目に見えたものの意味を理解する領域である。この領域が怒りのきっかけになるような情報を知覚する時に働いている。

ちなみに扁桃体は不安や恐怖を引き起こすネガティブな刺激に対して反応する領域であり、下前頭回は対象が持つ深い意味を認識する時に働く領域である。怒りのトリガーとなる対象を知覚する段階ではこれらの領域が活動している。

怒りの経験

Sorella et al., 2022 Fig. 2

怒りのトリガーとなるものを見た後には、本格的な怒りがやってくる。この時活動しているのは、両側の前部島皮質と腹外側前頭前野と呼ばれる領域である。

前部島皮質は主観的感覚に関わっている。前部島皮質は脳の様々な領域と繋がって、喜びや苦しみ、痛みなどの主観的な感覚を立ち上げるのに一役買っている。

腹外側前頭前野は文脈的判断に関係する領域である。例えばお酒を飲んでいることを考えてみよう。家で飲むお酒は味気ないが、お店で飲むお酒は味わい深い。これは何かを感じる時には、内にある情報(味覚)と外にある情報(飲んでいる場所)を統合しているからである。腹外側前頭前野は、この内と外の情報を統合するような役割がある。何かに怒りを感じている時には、そこに必ず文脈がある。外で飲むお酒がうまいのも、子供が歯磨きをしなくて怒ってしまうのも、何かしらの文脈があるからであり、腹外側前頭前野はそのような文脈の理解に関わっている。

怒りの外在化と内在化

Sorella et al., 2022 Fig. 5

また怒りというのは外に向かうもの(外在化)と内に向かうもの(内在化)がある。外に向かうものは攻撃行動であり、内に向かうものは怒りの抑圧である。いくつかの研究から、怒りの外在化には左前頭前野が関係していて、怒りの内在化には右前頭前野が活動していることが報告されている。

人間に限らず、動物の行動は大きく分ければ2つである。つまり何かに接近するか、あるいは何かから撤退するかである。目の前に美味しそうなものがあれば、多くの人たちは接近していくだろうし、目の前に強烈な臭いを発するものがあったら、多くの人は退いていくだろう。興味深いことに、接近行動を行う時には左前頭前野の活動が高くなり、撤退行動を行う時には右前頭前野の活動が高くなることが分かっている。怒りから生じる攻撃行動は決して気持ちのいいものではないが、それでも相手に接近する行動でもある。こういった理由もあり、攻撃行動、すなわち怒りの外在化では左前頭前野の活動が高くなるのではないかと考えられている。また同じ理由で、怒りを抑えること、すなわち怒りの内在化には右前頭前野の活動が高くなるのではないかとも言われている。

性格的な怒りやすさ

Sorella et al., 2022 Fig. 3

Sorella et al., 2022 Fig. 4

残念ながら、世の中には生まれつき怒りやすい性格の人がいる。性格的な怒りやすさに関連する領域としては、後帯状皮質や腹内側側頭葉、小脳からなるネットワークや、補足運動野と前頭極からなるネットワークが関わっていると考えられている。日本語で口より先に手が出やすい、といった表現があるが、補足運動野は運動の準備や開始に関わる領域である。怒りやすい人はこの領域がもともと活発に活動して、攻撃行動を取りやすいのではないかとも論じられている。

怒りの概念化とコントロール

Sorella et al., 2022 Fig. 6

何かの本で、怒りを鎮めるためには「私は怒っている、私は怒っている、・・・」というフレーズを5回呟けばいいというものを読んだことがある。たしかに自分の気持ちを自覚することで、怒りが納まりやすくなる印象はある。こういった怒りの自覚には右の下前頭回と呼ばれる領域が関わっている。また怒りのコントロールには左右の前頭葉の広い領域が関わっているが、前頭葉の内側の部分は無意識的な怒りのコントロールに関わり、外側の部分は意識的なコントロールに関わっている。

また脳の内側、とりわけ前頭葉と頭頂葉の内側の部分はデフォルトモードネットワークと呼ばれるネットワークを構成している。このネットワークは心の理解に関わる領域でもあり、この領域が活動することで怒りをコントロール出来るのではないかとも論じられている。

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まとめ

このように怒りと言っても様々な側面がある。怒りの対象を見てカチンと来る心や、怒りで燃え盛る心、怒りを自覚する心、怒りを抑える心など様々である。また、怒りを自覚することで怒りを抑えられるとの報告もある。怒りを意識することは気持ちの良いことではないが、怒りに人生を振り回されるよりはマシかも知れない。自分がどんなことに怒りやすいのか、どんな時に怒りやすいのかを意識することで、いくらか怒りと仲良くやっていける可能性もある。人生を燃え尽くさないよう、気張って生きていきたい。

 

【参考文献】

Sorella, S., Grecucci, A., Martin, C., Preedy, V. R., & Patel, V. B. (2022). The neural bases of anger. In Handbook of Anger, Aggression, and Violence.

 

 

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