所属欲求と社会的排除の生理学
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はじめに

人は社会的な動物である。

社会を離れ、独りで生きていくのは難しい。

確かに、インターネットの発展により、他人に頼らずに生活することは可能になった。しかし、人の心は孤独に耐えられるようには作られていない。心理学の観点から見ると、人間には「所属欲求」があることが知られている。この欲求は、社会のどこかとつながっていたいというものである。この欲求が満たされないと、まるで栄養不足で体調を崩すように、心身のバランスを崩してしまう。

この記事では、この所属欲求と、それが満たされない状態が引き起こす身体の変化についての知見を整理してみたい。

所属欲求とは?

所属欲求とは、簡単に言えば「誰かとつながりたい」という欲求である。

この考え方は1995年に心理学者のバウマイスターたちによって提唱されたが、彼らだけのアイデアではない。実際、多くの心理学者がこの欲求について研究してきた。

例えば、心理学者のボウルビィは、親子の愛着関係が本能的なものであり、心と体の発達に欠かせないと主張した。また、マズローの欲求5段階説も有名である。この理論では、人間の欲求を低いものから高いものへと順に並べ、その真ん中に「愛と所属の欲求」として所属欲求を位置づけている。

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バウマイスターたちが新たに示したのは、所属欲求が親子関係だけでなく、広く社会的な関係にも及ぶこと、そしてこの欲求を「want(あれば良いもの)」ではなく「need(生きるために必要なもの)」と捉えた点である。つまり、食欲や睡眠欲と同じように、所属欲求がなければ生きていくことが難しいと考えたのである。

実際、離婚や死別、社会的に孤立すると、免疫機能や認知機能が低下することがわかっている。これには、脳内で働くオピオイドという物質が関係していると考えられている。オピオイドは、不安を和らげたり、幸せな気分を引き起こすだけでなく、免疫系や自律神経を整える役割も持っている。そして、オピオイドは愛する人と過ごすことで分泌が促される。社会から孤立すると、オピオイドが十分に分泌されず、免疫系や自律神経の調整に不具合が生じるのだ。

このように、「誰かとつながりたい」という欲求は、生きる上でとても大切なものであるとバウマイスターたちは考えている。

所属欲求とホルモンの変化

所属欲求、つまり「誰かとつながっていたい」という気持ちが満たされないとき、私たちの体の中でホルモンの変化が起こる。

例えば、出産年齢の女性を対象にした研究では、仲間はずれにされることで女性ホルモンのバランスが崩れることがわかっている。女性ホルモンには、エストラジオールとプロゲステロンという重要なホルモンがあり、これらのバランスが崩れると妊娠しにくくなることがある。

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研究によれば、友達や家族からの支えが少ない女性が実験で仲間はずれにされると、このホルモンバランスが崩れることが示された。逆に、周囲から受け入れられる経験をすると、ホルモンバランスが整う(Dinh et al., 2022)。

研究者たちは、この現象が人類の進化の過程で生まれた仕組みではないかと考えている。昔から、赤ちゃんを産んで育てるには周りの助けが必要だったため、孤立した状況では赤ちゃんを育てるのが難しくなる。そのため、仲間はずれにされると体が自動的に「今は赤ちゃんを産むのは難しい」と判断し、ホルモンのバランスを変えるのかもしれない。

さらに、オキシトシンと呼ばれるホルモンも所属欲求と密接に関係している。オキシトシンは「愛情ホルモン」とも呼ばれ、人と仲良くなったり、他人の面倒を見ることに関与するホルモンである。このオキシトシンには受容体がいくつかの種類あり、特定のタイプの受容体遺伝子を持つ人は、他の人よりも社会性が高いとされている。

しかし、この特性が必ずしも良いことばかりではない。社会性が高いオキシトシン受容体遺伝子を持つ人は、仲間はずれにされたときに受けるダメージも大きくなるからだ。ある研究によれば、実験で仲間外れの状況を作り出すと、これらの人たちは自尊心が大きく傷つき、ストレスホルモンであるコルチゾールもより多く分泌されることが示されている(McQuaid et al., 2015)。

また、所属欲求と関係するホルモンにオピオイドがあるが、このホルモンの働きを弱める薬を飲むと、友達からの手紙を読んでも、心と心がつながっているという感覚が少なくなることがわかった(Inagaki et al., 2016)。

Inagaki et al., 2016, figure 3を参考に筆者作成

 

 

 

 

 

 

 

 

つまり、誰かとつながっていたいという気持ちは、単に心の問題だけでなく、体の中のホルモンや脳の物質とも深く関係しているのだ。

社会的排斥で引き起こされる脳活動

所属欲求が満たされないと、ホルモンバランスが変わるだけでなく、脳の活動にも影響が出る。社会的に孤立した状況を作り出す方法として、サイバーボール課題というものがある。これはコンピュータ画面上でキャッチボールをするゲームで、参加者が仲間はずれにされる感覚を体験するように設計されている。

ある研究では、サイバーボール課題を使って脳の活動を調べた多くの研究をまとめたメタアナリシスが行われた。メタアナリシスとは、同じテーマで行われた複数の研究結果を統合して分析する手法である。

この分析では、53の研究に参加した合計1,817名のデータをもとに、脳のデフォルト・モード・ネットワークと呼ばれる領域が活性化されることがわかった(Mwilambwe-Tshilobo et al., 2021)。このネットワークは、他人の感情を理解したり、自分の気持ちを考えたり、過去や未来を想像するなど、心に関わるさまざまな機能を持っている。

Mwilambwe-Tshilobo et al., 2021, figure 3

 

 

 

 

 

 

 

 

 

このように、社会的に排除される状況では、心に深く関わる脳の領域が活発に働くことが示されている。これは、社会的つながりが生きていくうえで大事なを、脳の活動レベルでも裏付けている。

まとめ

所属欲求は心と体に深く影響を与えるものである。

もちろん、この所属欲求には個人差がある。食欲や性欲と同じように、人によってその強さは異なる。所属欲求が強い人は、仲間と一緒に過ごす能力が高いが、逆に一人でやっていく力が弱いとも考えられる。一人でいることを好む人もいれば、みんなと一緒に過ごすことを好む人もいる。それぞれにとってちょうど良いつながりの程度が存在するのだ。

自分の所属欲求の強さを理解し、それに応じて上手に人生を歩んでいきたい。

 

【参考文献】

Allen, K. A., Gray, D. L., Baumeister, R. F., & Leary, M. R. (2022). The need to belong: A deep dive into the origins, implications, and future of a foundational construct. Educational psychology review34(2), 1133-1156.

Allen, K. A., Kern, M. L., Rozek, C. S., McInerney, D. M., & Slavich, G. M. (2021). Belonging: A review of conceptual issues, an integrative framework, and directions for future research. Australian journal of psychology73(1), 87-102.

Baumeister, R. F., & Leary, M. R. (2017). The need to belong: Desire for interpersonal attachments as a fundamental human motivation. Interpersonal development, 57-89.

Dinh, T., Gangestad, S. W., Thompson, M. E., Tomiyama, A. J., Fessler, D. M., Robertson, T. E., & Haselton, M. G. (2021). Endocrinological effects of social exclusion and inclusion: Experimental evidence for adaptive regulation of female fecundity. Hormones and Behavior130, 104934.

Inagaki, T. K., Ray, L. A., Irwin, M. R., Way, B. M., & Eisenberger, N. I. (2016). Opioids and social bonding: naltrexone reduces feelings of social connection. Social cognitive and affective neuroscience11(5), 728–735. 

McQuaid, R. J., McInnis, O. A., Matheson, K., & Anisman, H. (2015). Distress of ostracism: oxytocin receptor gene polymorphism confers sensitivity to social exclusion. Social cognitive and affective neuroscience10(8), 1153–1159. 

Mwilambwe-Tshilobo, L., & Spreng, R. N. (2021). Social exclusion reliably engages the default network: A meta-analysis of Cyberball. NeuroImage227, 117666. 

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