目次
はじめに
人間は独りでは生きていくことができない。
誰かと一緒にいたい、どこかとつながっていたいという欲求があり、これが満たされないと心身に不調をきたす。心理学的にはこの欲求は「所属欲求」と言われており、睡眠欲や性欲と同じように、人間の基本的な欲求の一つだと考えられている。
今回の記事では、この「所属欲求」についての心理学的な知見を整理してみたい。
マズローの欲求5段階説
心理学者、マズローによると人間の欲望は階層状になっているという。
一番下にあるのが原始的欲求で、食欲や睡眠欲などである。これが満たされるとに人間の欲望は安全の確保に向かい、さらには所属や愛、ついで承認、自己実現へ向かって進んでいく。下位の欲求が満たされることで上位の欲求が現れるというのがこのモデルの核心である。
そしてマズローのモデルでは、所属欲求は階層の中心に位置している。いわば安全以上、承認未満の欲求として所属欲求があるというのが、マズローの考え方である。
所属欲求仮説
このマズローのモデルは一見理にかなっているようにも思えるが、いくつか矛盾点もある。例えば、私達は衣食住、あるいは安全を犠牲にしても所属欲求を優先することがある。虐待する家族から離れられなかったり、ブラック企業から抜けられないなどである。
また所属欲求が満たされないと心身に不調をきたしてしまうことも、マズローのモデルと矛盾する。いくつかの研究から離婚や死別、社会的排斥によって免疫系の働きが低下することが報告されている。つまり所属欲求が満たされることは食欲や睡眠欲が満たされるのと同じくらい体の働きを保つうえで重要であることを示している。しかし、マズローのモデルでは、所属欲求は食欲や睡眠欲に紐づいたもので、重要性としてはより下位のものとして捉えられている。
このようなこともあり、所属欲求とは、生きていく上で必要不可欠なものなのではないか、want(あればうれしいもの)ではなくてneed(なくてはならないもの)なのではないかとの立場から1995年に心理学者、バウマイスターらによって示されたのが「所属欲求仮説」である。
この仮説によると、人間には安定した長期的な関係を築き、維持したいという欲求があり、これは進化の過程で身につけた適応的な能力ではないかと考えられている。適応的というのは、その資質があるために生存や生殖がより有利になるということである。例えば、所属欲求の強い個体は、仲間とともに暮らすことになるので、食べ物を得ることも子供を育てることもより簡単になる。それに対して所属欲求が低い個体は共同体から離れることがあるので生き延びていくのが難しくなる。そのため、ヒトにおいては進化の過程で所属欲求が高い個体が残されてきたのではないかと論じられている。
そして、この所属欲求を支える生理学的な仕組みとしてはオピオイドシステムが関わっているのではないかと考えられている。オピオイドは、痛みを鎮め、不安を和らげ、多幸感を引き起こす効果があるホルモンである。手術で使われるモルヒネもオピオイドの一種であるが、体内でも合成され、先に上げた精神効果に加え、自律神経系や免疫系の働きを整える効果もある。そしてオピオイドは親子や恋人、友人同士など、気の知れた人たちとの関わりによって分泌されるという特徴がある。
失恋や死別、離別では心身のバランスを崩してしまうことがあるが、これはある種のオピオイド離脱症状としても捉えられる。集団に所属することでオピオイドが分泌され、集団から離れることでオピオイド離脱症状が現れる。このような形で所属欲求は必要不可欠なニーズとしてヒトの体に組み込まれているのではないかと考えられている。
所属欲求評価表
この所属欲求には個人差があり、これが強い人もいれば弱い人もいる。そしてその強さを測る尺度もある。
以下に示す質問票は所属欲求を図るための尺度である。項目数は10項目、各項目は5段階で、「1.あてはまらない」から「5.かなりあてはまる」のいずれかで回答する。また、逆転項目(R)は、得点を逆にして計算する(例;5点であれば1点、2点であれば3点など)。
所属欲求評価尺度(邦訳版)
- もし他の人が私を受け入れてくれそうになくても、気にしないようにしている。(R)
- 他の人に避けられたり拒まれたりしないように努めている。
- 他の人が気にかけてくれるかどうか、めったに心配しない。(R)
- 困ったときに頼れる人がいると常に感じていたい。
- 他の人に受け入れてもらいたい。
- 一人でいるのが好きではない。
- 長い間友人と離れていても気にならない。(R)
- 人とのつながりを強く求めている。
- 他の人の計画に自分が含まれていないと、とても気になる。
- 他の人に受け入れられていないと感じると、すぐに傷ついてしまう。
(小林ら, 2006年)
ちなみに日本人大学生を対象に行われた研究では、1項目あたりに換算した平均点が3.2点、標準偏差が0.74点であったと報告されている。これを10項目の合算に直して考えると、およそ7割の人は24点から40点ほどの範囲になるということになる。私自身の点数は22点でありマジョリティから外れているようだが、個人事業主として生活していることを考えれば、落ち着くところに落ち着いたのかという気もする。
まとめ
人間は誰かと繋がりたい、大きなものの一部でありたいという欲求がある。これが満たされれば心身の状態が整い、そうでなければバランスを崩す。私が日がな独りで仕事をしていても大きな問題がないのは、おそらくベースになる所属欲求そのものが少ないからかもしれない。
ちなみに所属欲求はビタミンと同様に多ければ多いほどよいというわけではなく、必要最小限満たされることが大事だとされている。それでいえば、所属欲求が少ない私とて家族を失ってしまえば、どうなるかは分からない。
生きるうえでの勘所は自分のことを知ることであり、より突き詰めるなら我欲を把握することでもある。あなたの所属欲求はどれくらいのものだろうか。気になる人は、一度上記の評価表で点数をつけてみてはいかがだろうか。
【参考文献】
Allen, K. A., Gray, D. L., Baumeister, R. F., & Leary, M. R. (2022). The need to belong: A deep dive into the origins, implications, and future of a foundational construct. Educational psychology review, 34(2), 1133-1156.
Allen, K. A., Kern, M. L., Rozek, C. S., McInerney, D. M., & Slavich, G. M. (2021). Belonging: A review of conceptual issues, an integrative framework, and directions for future research. Australian journal of psychology, 73(1), 87-102.
Baumeister, R. F., & Leary, M. R. (2017). The need to belong: Desire for interpersonal attachments as a fundamental human motivation. Interpersonal development, 57-89.
小林知博, 谷口淳一, 木村昌紀. (2006, November). 所属欲求尺度 (the Need to Belong Scale) 邦訳版作成の試み. In 日本心理学会大会発表論文集 日本心理学会第 70 回大会 (pp. 2PM056-2PM056). 公益社団法人 日本心理学会.