「強い互恵性」の心理学:支援行動における暗い側面
【脳科学専門ネット図書館】会員募集〜ワンコインで世界中の脳科学文献を日本語要約〜

はじめに

人間には助け合う心がある。困っている人がいれば手を貸し、余っているものがあれば分け与えることもある。この助け合いの心は心理学では「互恵性」と呼ばれるが、人間の互恵性は他の動物と比べて一線を画している。なぜならヒトは自分に余裕がないときでも仲間を大事にしようとするからだ。

例えば、ヒトは身銭を切って人助けをすることもあれば、その逆に、身銭を切ってでも裏切り者をやっつけようとする気持ちもある。この心理的傾向は「強い互恵性」と呼ばれている。本稿ではこの心理的特性について掘り下げて考えてみたい・

「強い互恵性」の定義と特徴

「強い互恵性」とは、身銭を切ってまで仲間のために尽くそうとする傾向である。戦いが起これば自分の身を犠牲にしても仲間を守り、会社のためにはサービス残業をしてでも努力をしてしまう心意気である。

また、「強い互恵性」を持つヒトは、「裏切り者」に対しても、人一倍エネルギーを費やして攻撃する。誰かを攻撃するのは手間隙がかかり容易ではないが、「強い互恵性」を持つ人はそのようなことを気にしない。サービス残業をしない同僚や、協力を拒む仲間がいれば、自分の時間や体力を削ってでも攻撃するのである。

「強い互恵性」の合理性と社会的意義

冷静に考えれば、身銭を切ってまで仲間のために尽くす行動は必ずしも合理的ではない。もらえる分だけ受け取り、他人を助けたり攻撃する時間を副業に充てるほうが、生活は楽になるかもしれない。

しかし、このような人間ばかりであれば、社会はうまく機能しないだろう。特に戦争や天災が発生した際には、その影響は強くなる。

また、性悪説に基づいて人間を捉えれば、ヒトは罰がなければ不正を働く生き物と見ることもできる。そう考えれば、身銭を切ってでも不正を罰する人がいるほうが、全体的な生産性も向上する可能性がある。

「強い互恵性」を調べるための方法とは?

「強い互恵性」を調べるための方法はいくつかあるが、心理学実験では最後通牒ゲームや公共財ゲームが使われる。

最後通牒ゲームは、お金の配分に対する不公平感への反応を測るものである。このゲームでは、配分役と受取役が設定される。配分役は一定額(例えば10ドル)を自分の裁量で受取役に渡すことができる。

受取役は配分額に納得すればそのまま受け取り、納得しなければ拒否することができる。拒否した場合は両者とも何も受け取れなくなるため、自己利益だけを考えれば提示額をそのまま受け取るのが合理的である。しかし、あまりに不公平な配分(例えば9ドル対1ドル)に対しては拒否を選ぶことが多い。拒否を選ぶ配分の閾値から、その人の「強い互恵性」の程度を推測できる。

公共財ゲームは、共同体に対する寛容さを測るものである。複数の参加者にお金(例えば10ドル)が渡され、そのうちいくらかを共同体への寄付として投じることができる。10回行った後、寄付された総額の1.5倍が参加者に平等に分配される。

理論上は何も寄付せずに分配分だけを受け取るのが最も利得が大きくなるが、実際には多くの人が寄付をする。この寄付行動から「強い互恵性」を予測することができる。

さらに興味深いのは、罰則ルールを加えた場合である。通常の公共財ゲームでは回を重ねるごとに寄付額が減少していくが、罰則ルール(例:1ドル払えば他の参加者から3ドル失わせる)を導入すると寄付行動が維持されることが示されている。このように公共財ゲームでの寄付額や罰行為の頻度から、参加者の「強い互恵性」の程度を調べることができるのだ1)

「強い互恵性」が広まるためには?

「強い互恵性」が広まるためには、いくつかの条件が必要だったことがシミュレーション研究から示唆されている。

第一に、懲罰コストが低いことである。集団内の不正行為者を罰するには懲罰行動が必要だが、そのコストが高すぎると「強い互恵性」は定着しない2)。人間の場合、チンパンジーと比べて懲罰コストが低い。これは、遠距離から石を投げられることや、共謀して罰を与えられるためである。二足歩行による上肢の自由や言語の使用は、懲罰コストを引き下げ、「強い互恵性」を発揮しやすくしたと言えるだろう。

第二に、集団が幾度も絶滅の危機に直面することである。「強い互恵性」があれば危機を乗り越えられるが、利他的な個体のいない集団は消滅してしまう2)。氷河期以降の天変地異によって、ヒト社会で「強い互恵性」の遺伝子が広まった可能性がある。

第三に、仲間のために自己犠牲を払う傾向と、不正行為者を自己犠牲を払ってでも罰する傾向がセットになっていることである3)。シミュレーション研究によると、この2つの傾向がセットで伝わることで、社会内で「強い互恵性」が安定的に広がっていくことが示されている。

「強い互恵性」と関連するホルモンとは?

しかし、実際のところ、何が「強い互恵性」を作り出しているのだろうか。生理学的には「オキシトシン」と呼ばれるホルモンが「強い互恵性」を生み出しているのではないかと考えられている。

オキシトシンとは女性ホルモンの一種で別名愛情ホルモンとも呼ばれている。このホルモンが増えることで、男女問わずヒトは社交的になり、親切になり、絆を結びやすくなるのだ。

ある研究では、「強い互恵性」を調べる課題を行わせて、オキシトシンが「強い互恵性」の定着にどのように影響しているかを調べている。実験ではグループの中心となる参加者に鼻腔からオキシトシンを投与し、その行動傾向の変化と集団行動への波及を調べた。結果としてはオキシトシンを投与されることで「強い互恵性」が発揮されやすくなり、集団内にもその傾向が波及したことが示されている4)

経験的にも仲間のために犠牲を厭わないヒトは、誰かを「敵認定」すると、その攻撃行動もきついように思える。シミュレーション研究や実証研究から示されたように、仲間への支援と敵への攻撃は、2つで1つのセットであり、それはオキシトシンによって影響されるものかもしれない。

まとめ

このようにヒトには抜け駆けを許さない心、ズルを許さない心、自分が損をしてでも全体を優先しようとする心がある。この心があったからこそ、幾多の天変地異や疾病による全滅の危機をくぐり抜けてこられたのだろう。

とはいえ、この「強い互恵性」も行き過ぎた場合には閉塞的な社会になってしまうだろう。どの社会でも「強い互恵性」を持っているヒトは人口の半分前後とも言われているが、ある程度、エゴがある人間がいたほうが、社会の生成発展にはいいのかもしれない。

本能自体に良いも悪いもないが、その特性を十分に理解しつつ、住みよい社会を作っていきたい。

 

【参考文献】

  1. Gintis, H. (2000). Strong reciprocity and human sociality. Journal of theoretical biology, 206(2), 169-179. https://doi.org/10.1006/jtbi.2000.2111
  2. Fehr, E., Fischbacher, U., & Gächter, S. (2002). Strong reciprocity, human cooperation, and the enforcement of social norms. Human nature13, 1-25. https://doi.org/10.1007/s12110-002-1012-7
  3. Lehmann, L., Rousset, F., Roze, D., & Keller, L. (2007). Strong reciprocity or strong ferocity? A population genetic view of the evolution of altruistic punishment. The American naturalist170(1), 21–36. https://doi.org/10.1086/518568
  4. Li, S., Ma, S., Wang, D., Zhang, H., Li, Y., Wang, J., Li, J., Zhang, B., Gross, J., De Dreu, C. K. W., Wang, W. X., & Ma, Y. (2022). Oxytocin and the Punitive Hub-Dynamic Spread of Cooperation in Human Social Networks. The Journal of neuroscience : the official journal of the Society for Neuroscience42(30), 5930–5943. https://doi.org/10.1523/JNEUROSCI.2303-21.2022
最新の学術情報をあなたへ!

脳科学コンサルティング・文献調査・レポート作成・研究相談を行います。マーケティング、製品開発、研究支援の経験豊富。納得のいくまでご相談に応じます。ご相談はこちらからどうぞ!

 

脳科学専門コンサルティング オフィスワンダリングマインド

脳科学コンサルティング・リサーチはこちら!

脳科学を中心に、ライフサイエンス全般についてのコンサルティング・リサーチ業務を行っております。信頼性の高い学術論文を厳選し、分かりやすいレポートを作成、対面でのご説明も致します。ご希望の方にはサンプル資料もお渡ししますので、お問い合わせからご連絡くださいませ!