目次
なぜあなたは疲れているのか?生理学からみる疲労のメカニズム
世の中は進歩し続けます。
10年前に比べても生産性はどんどん上がっているはずなのに日々の生活は楽になるどころかどんどん忙しくなっています。
気がついたら疲れがちっとも抜けないというひとも多いと思うのですが、
この疲労感というのは果たしてなにものなのでしょうか?
なぜあなたの疲れはいつまで立っても抜けないのでしょうか。
この記事では疲労に関わる生理学的研究をまとめて取り上げ紹介します。
慢性疲労症候群とは?
あなたの疲労は大丈夫か?慢性疲労症候群の有病率
疲れというのは古くて新しいテーマだと思うのですが,この疲れの中でも病的なものがあり,これは慢性疲労症候群という名前で呼ばれることがあります.
これは単に疲れやすいというだけでなく,記憶力や集中力が減退したり,筋肉や関節,リンパ節の慢性的な痛みを伴っていたり,抑うつ感が強くなったりなどといろいろな症状を伴い,就労や日常生活に困難をきたすことも多い疾患なのですが
これは人口のどれ位の割合に存在するものでしょうか.
この論文は,この慢性疲労症候群の人口割合についてオランダに住む一般市民を広く対象にして調べたものです.
参考URL: Fatigue and chronic fatigue syndrome-like complaints in the general population.
慢性疲労症候群の該当基準として
記憶や集中の問題,喉の痛み,頚部または腋窩リンパ節の痛み,筋肉痛,関節痛,新規発症の頭痛,睡眠後の倦怠感,活動後の沈滞感
の症状の内,4つに当てはまることとしてあるのですが
この基準で判断すると,人口の約1%が慢性疲労症候群に相当することが示されています.
これらの人たちが実際に診断されていない背景として一般開業医に慢性疲労症候群の知識が十分に行き渡っていないことがあることが述べられています.
発症原因にはストレスが引き金となることが多く,また症状の緩和にも数年を要するとのことですが
他の疾患名で診断されたりして,適切な治療介入が行われていないことも多いのかなと思いました.
筋痛性脳脊髄炎/慢性疲労症候群(ME/CFS)とは何か?
あまり聞き慣れない言葉ですが,慢性疲労症候群もしくは筋痛性脳脊髄炎という病気があります.
この病気では日常生活で頭や体を使ったあとに激しく長引く全身疲労感を伴うもので,微熱や筋肉痛,認知機能の低下など様々な症状を示すもので
ある研究によると日本の有病率は1%とも言われているのですが,その多くは明確な診断がなされていないのが現状だそうです.
この病気は病態が複雑で発症機序も十分明らかになっていないため診断が難しいということもあるそうですが,
果たして診断基準として有効なものは存在するのでしょうか.
この論文は,筋痛性脳脊髄炎/慢性疲労症候群の数ある診断基準の中で,どの診断基準が有効について調べたものです.
この研究では今まで発表された数ある診断基準の比較研究の結果をまとめているのですが,
結論を述べると,サンプル数が少なく明確な統計結果としては示せなかったものの,米国疾病予防管理センターが1994年に定義したFukudaによる基準(CDC-1994 / Fukudaが最も診断基準として有効性が高いのではないかということが述べられています.
http://www.cfids-me.org/cdcdefine.html
筋痛性脳脊髄炎/慢性疲労症候群は病態が複雑であり,診断基準を狭くしすぎると対象から漏れてしまう可能性が高まってしまうのですが,
この基準をゆるくしてしまうと単なるうつ病までも含んでしまう危険性もあること,
またこの病気は精神症状と身体症状が密接に絡んでおり,両方の症状に対しての評価が必要なことなどから上記の診断基準が最も有効ではないかということが述べられています.
今まで接した患者さんのことを思い出しては,この疾患に該当する人は大分多かったのではと思いました.
炎症反応と疲労の関係
パーキンソン病の疲労感と炎症症状の関係
普段意識することはないのですが,私達の頭やカラダというのは,あたかも一つの楽曲のようにスムーズに進行します.
頭を働かせるにしろ,カラダを働かせるにしろ,その働き方というのは,リズミカルかつメロディアスであり,緩急自在でスムーズなものですが
こういったスムーズさの後ろには脳の中の緩急を調整するようなシステムが働いているおかげであり,
パーキンソン病になると,このシステムの中枢が障害されて,頭やカラダをスムーズに働かせることが難しくなってしまいます.
臨床場面でパーキンソン病の患者さんを見ていると,熱発を境にして急に症状が進むことがあるなと思うのですが,果たして炎症症状とパーキンソン病の間には何かしら関係があるのでしょうか.
この論文は,パーキンソン病と脳内免疫反応の関連についての総説論文になります.
参考URL: Cellular and Molecular Mediators of Neuroinflammation in the Pathogenesis of Parkinson’s Disease
様々な分子的機構について詳しく述べられているのですが,主だった点をピックアップすると
・従来,脳血流関門は様々な物質をシャットアウトし,病原体の影響を受けないような仕組みになっていると考えられてきた
・しかし近年の研究から病原性T細胞が状況に応じ脳血流関門を越えて侵入しうることが示されている.
・侵入した病原性T細胞は,脳内の免疫反応の主役であるミクログリアを活性化する
・活性化されたミクログリアは様々な免疫反応物質を放出し,神経損傷を促す
・パーキンソン病患者の剖検では大脳基底核に上記の反応が著明に見られることが示されており,ミクログリアを中心とした過剰な免疫反応がパーキンソン病の発生・進行に関わっている可能性が強く示唆される
ということが述べられています.
免疫反応がパーキンソン病に何らかの影響を与えうるのであれば,睡眠や栄養,休養,ストレス管理というのもそのマネジメントで大事になってくるのかなと思いました.
多発性硬化症の疲労感には炎症性サイトカインの増加が関係している
多発性硬化症というのは神経細胞を包んでいる髄膜と呼ばれる部分が損傷し,神経線維がむき出しになってしまい,
知覚や運動が様々に障害される疾患なのですが,
この多発性硬化症の患者さんは往々にして疲れやすいことが知られています.
この多発性硬化症に付随する疲れやすさというのは,いったいどのような仕組みが背景としてあるのでしょうか.
この論文は,多発性硬化症患者の疲労感と免疫や炎症に関連した血中タンパク質の関係について調べたものです.
参考URL: Fatigue in multiple sclerosis: an example of cytokine mediated sickness behaviour?
この研究では疲労感の著明な多発性硬化症患者15名とそうではない多発性硬化症患者15名の血中タンパク質(TNFα、IFNγ、IL-10)と自律神経調整に関わるHPA軸の機能の関連性について調べているのですが,
結果を述べると多発性硬化症の疲労感は,日中の眠気との関連性が強く,またこの日中の眠気は炎症性サイトカインの一種であるTNFαとの関連性が強いこと,
また睡眠時無呼吸症候群における疲労感の改善にこのTNFαを抑えるような治療が有効であったであったことから
TNFα増大
⇅
睡眠
⇅
疲労
のような関係性があり,TNFαなどの炎症性サイトカインに対するアプローチの可能性について述べられています.
様々な病気の疲労感には体内の炎症性反応が関わっているのかなと思いました.
歳を取るとなぜ元気がなくなるのか?
いくつになっても元気いっぱいというのは,人生の理想であり,テレビ広告でもしきりに流されるテーマでもありますが,
実際のところ年をとるに連れてだんだん元気はなくなり,若い頃のようにポジティブでい続けることは難しくなってきます.
しかしながらなぜ歳を取ると若い頃のような元気がなくなってしまうことが多いのでしょうか.
この論文は高齢者の炎症反応と抑うつ症状,ドーパミンやセロトニンの前駆物質の代謝の関係について調べたものです.
この研究では健常高齢者284名を対象に体内の炎症反応の指標としてインターロイキン6やCRPを,またドーパミンの前駆物質の代謝に関わる経路を調べる目的でチロシンの変化を,セロトニンの前駆物質の代謝に関わる経路を調べる目的でトリプトファンの変化を調べているのですが,
結果を述べると,やはり高齢者は一般的に体内の炎症反応値が高く,それに比例して抑うつ症状も高くなること,またこれらの症状と関連して体内でセロトニンやドーパミンを作る経路が十分には機能していない可能性が示されています.
年をとっても元気でいるためには体内の炎症反応をできるだけ低く抑えることが大事なのかなと思いました.
なぜがん治療終了後も疲労感が残ってしまうのか?
疲労感というのは目に見えないだけに,なかなか他人に理解してもらえない辛さというものがあると思うのですが,
がん治療では強い疲労感を伴うことが多く,また治療後も結構な割合で慢性的な疲労感が残ることが知られています.
しかしながらがん治療に伴う疲労感はなぜ起こり,また持続するのでしょうか.
この論文は,がん治療に伴う疲労感と治療後の長く残存する疲労感について様々な研究をもとに説明したものになります.
参考URL: Cancer-related fatigue: Links with inflammation in cancer patients and survivors
様々なことが説明されているのですが,いくつか重要なトピックを取り上げると
1 乳がん治療後に疲労感が残っているものと残っていないものを比べると,疲労感が残っているものは血漿中のコルチゾール値が低く,またその高い値は日中下がりにくい傾向を示した.
2 一般にコルチゾール低下は疲労感と関連しており,乳がん治療後の疲労感はコルチゾール調整の問題に関連している可能性がある
3 コルチゾールの調整はHPA軸(視床下部-下垂体-副腎系:体内のホルモン調整に関わるシステム)になされているが,放射線治療などで,このシステムに何らかの変化を生じ,治療後もその変化が残っている可能性がある
ということが述べられています.
HPA軸の働きというのはデリケートにできているのだなと思いました.
免疫反応がどのように疲労感につながるのか?
風邪をひくと体の調子だけでなく気分の調子もおかしくなり,普段楽しいことが楽しくなくなったり,どこかへ出かけようとするような行動もなくなったりします.
熱が出ることと様々なモチベーションが下がることは直接的な関係がないような気がしますが,こういった連鎖的な反応は脳の中のどのような部分でなされているのでしょうか.
この論文は,ラットを対象にこの仕組について詳しく調べたものです.
やる気,モチベーションの調整に関わる領域としては視床下部があるのですが,この視床下部には脳幹からのカテコールアミン経路によって調整されています.
この研究では脳幹から視床下部へ至る二つの経路を較べて,どちらが免疫反応がラットのモチベーションの低下を招いているかについて調べているのですが,脳幹の迷走神経背側核からの経路がより強くモチベーションの低下を招いているのではないかということが述べられています.
難しいなと思いました.
疲労とその治療方略
風邪薬はなぜ疲労感をブロックできるのか?
気候が不安定な時期には体調を崩しやすく,風邪もまた引きやすくなるのですが,風邪というのはいろんな症状を含んでいます.
咳や鼻水といった症状だけでなく,発熱,疲労感,食欲不振,眠気,痛覚過敏といったいわゆる風邪の諸症状と呼ばれる物も出てきます.
世に出回っている総合感冒薬ではこれらの様々な症状をまとめて抑えることができるのですが,なぜ一種類の薬で様々に異なる症状を抑えることができるのでしょうか.
この論文は感染症や炎症症状と関連する様々な随伴症状の発生機序について,ある生理活性物質を中心に解説したものになります.
参考URL: Neural Circuitry Engaged by Prostaglandins during the Sickness Syndrome
私たちの体は様々なシステムにより調整されているのですが,その中にはごく僅かな量で働く生理活性物質と呼ばれるものがあります.
それはホルモンだったりミネラルだったり,ビタミンだったりするのですが,その中にプロスタグランジンと呼ばれる物質があります.
このプロスタグランジンは感染症状に伴い体内で合成され,様々な経路で脳に影響を与え,発熱,疲労感,食欲不振,眠気,痛覚過敏といった症状を引き起こす窓口にあたるような働きをするそうです.
総合感冒薬で用いられるアスピリンやインドメタシンと呼ばれる物質は,この感染症の諸症状の窓口になるプロスタグランジンの合成を抑える働きがあるそうで,それゆえ様々な症状を一度で抑えることができるそうです.
風邪の症状に限らず,何らかの問題に対処するには,原因になっているところへアプローチするのがよいのかなと思いました.
なぜテンションが上りすぎるとかえって不安になるのか?
私達のカラダは自然に適応するようにできています.危ない時には戦ったり逃げたりできるように,カラダの神経伝達物質が増えたり減ったりします.
適度なストレスを感じて適度に緊張する分にはパフォーマンスも上がりますが,これが度を過ぎると緊張して不安感が専攻してしまい,パフォーマンスが下ってしまうことがありますが,これはどのような仕組みになっているのでしょうか.
この論文は,気分を上げる作用があるドーパミンやノルアドレナリンの働きと抗うつ薬の一種であるSNRIの作用機序について論じたものです.
参考URL: The noradrenergic symptom cluster: clinical expression and neuropharmacology
様々なことが書かれているのですが,いくつか大事なところをピックアップすると
・ドーパミンやノルアドレナリンの作用は逆U字型である.
・すなわち少なければ抑うつ症状や疲労感が生じるが,多すぎると不安感やイライラ感を生じる
・ドーパミンやノルアドレナリンは二つの機序があり,一つは常に高いか低いかというベースになる状態であり,もう一つは何らかの刺激により一時的に高くなるという反応的な振る舞いである.
・SNRIはこの二つの機序に適切に働きかけることにより気分安定作用をもたらす
ということが書かれています.
私の場合はテンションを上げすぎると,その後帰って不安感が高まることがありますが,その原因はこの辺なのかなと思いました.
瞑想・線維筋痛症・脳構造の変化
脳の可塑性(plasticity)ということばがあります.
これは脳というのは柔軟に変化する性質があるということで,色んな経験や学習を通してその構造を変えていくことを指すのですが,果たして瞑想によって脳の構造が変わるということはあるのでしょうか.
この論文は,瞑想を通じ,脳の構造を変え,線維筋痛症の症状を軽減しうるかについての研究の紹介になります.
この研究は現段階ではまだ計画段階であり,実施はされていないのですが,
この研究計画では瞑想の一種であるマインドフルネス瞑想をベースにしたストレス低減法がどの程度線維筋痛症に効果的か
スペインに住む180人を対象に
1 通常治療(薬物療法+運動療法)
2 通常治療+心理療法
3 通常治療+瞑想
を1年間行い,その間の線維筋痛症の諸症状や心理状態,さらには脳構造の変化,治療コストにどのような違いがあるかについて調べようとするものです.
現段階では準備段階であり,2018年の12月にその結果を論文として発表するそうです.
検査内容も非常に細かく,被験者数も多く,調査期間も長く,おそらく研究費用も結構な額になると思うのですが,
これだけの研究を思い切って行うということは,それなりに違いが出るという見込みもあるのかな思いました.
乳がん患者と多発性硬化症患者の疲労感改善に有効なのは何か?
疲労感というのは体内の炎症症状を主な原因として様々な年代,状態で見られるものですが,
乳がん患者や多発性硬化症患者では疲労感が非常に強まることが知られていて
特に乳がん患者ではその治療中に9割以上の患者が強い疲労感を訴え,治療終了後も半数以上が疲労感の継続を訴えるそうですが,こういった疲労感を減少するためにはどういった取り組みが必要になるのでしょうか.
この論文は,乳がん患者と多発性硬化症患者の臨床データを元に,何が疲労感の改善につながっていたか,因果関係について調べたものです.
参考URL: Physical Activity and Fatigue in Breast Cancer and Multiple Sclerosis: Psychosocial Mechanisms
研究では乳がん患者192名,多発性硬化症患者292名のデータを対象に,一日の運動量,自己効力感,抑うつ感,疲労感の関係について因果関係の解析を行い,
結果として
運動量→自己効力感→抑うつ感→疲労感
↓ ↑
→→→→→→→→→→↑
という因果関係があり,この関係は病状やその他の変数を調整した上でも同様に示されていたことが述べられています.
つまり
運動する
↓
やればできる!(自己効力感)
↓
疲労感減少!
ということで、運動することで自信が生じ疲れも減るという図式になります。
運動量もさることながら,仕事や役割から得られる自己効力感というのは疲労感を改善する上で大事なものなのかなと思いました.
癌の治療前後におけるうつ病,疲労,睡眠障害の原因とその対策
癌の発症率というのは全体的に高く,ある統計では先進国では2-3人に1人は癌に罹患するそうですが,
この癌には様々な合併症があり,その中でもうつ病,疲労,睡眠障害,認知機能障害があるそうです.
こういった合併症は時に治療が一段落したあともしばらく続くことがあるそうですが,これはいったいなぜなのでしょうか.またこの合併症に対してどのような対処方法があるのでしょうか.
この論文は,癌に合併する上記の症状の発生機序とその対策についての知見についてまとめたものです.
参考URL: Neuroendocrine-Immune Mechanisms of Behavioral Comorbidities in Patients With Cancer
この論文によると,これらの合併症を引き起こす主な原因として炎症症状があり,
炎症症状(炎症性サイトカイン等の増加)
↓
睡眠-覚醒リズムの変調
↓
神経内分泌システムの変化(コルチゾールや糖質コルチコイドなどのストレス関連神経伝達物資)
↓
さらなる炎症症状の増悪
↓
中枢神経系における神経伝達物質の変化
↓
抑うつ,疲労,睡眠障害,認知機能障害
といった仕組みになっているのではないかということが述べられており,
これに対しては
・有酸素運動
・マインドフルネス瞑想
・規則正しい生活リズム
・ストレス・コーピング(ストレスの原因に対してのアプローチや気晴らしなどによるストレスそのものの減弱)
・ソーシャル・サポート
などによって,癌に関連する上述の症状の軽減が可能なことが述べられています.
炎症症状から疲労・抑うつまでは様々なメカニズムが関わっており,そのどこかへ介入することで症状の緩和も可能なのかなと思いました.
ウツとセロトニンとキヌレニン:トリプトファンが気分を悪くする?
健康の基本は普段の食生活が一番だと思うのですが,幸せホルモンともいわれるセロトニンが不足するとうつ症状を生じるともいわれています.
このセロトニンの原料になるのがトリプトファンと呼ばれるもので,牛乳やチーズ,豆腐やバナナに納豆などに含まれているのですが,これらを食べれば必ずうつ症状が改善するものなのでしょうか.
実はトリプトファンは全てがセロトニンになるわけではなく,セロトニン以外の代謝経路,キヌレニン経路というものがあります.
このキヌレニン経路はトリプトファンを最終的にビタミンB3の活性型であるNADとよばれる物質を変えていく経路なのですが,その途中経過で神経毒性を持つ物質も作り出します.またこの途中経過で作られる神経毒性を持つ物質は鬱や統合失調症とも関係があるのではないかといわれています.
このキヌレニン経路は体内に感染などにより炎症症状がある場合増強され,結果うつ症状を強めることもあるのですが,このうつ症状を弱めるためにはどのような方法があるのでしょうか.
この論文は,このキヌレニン経路の非活性化について調べたものです.
実験ではラットに感染症状を引き起こす物質を投与し,同時にキヌレニン経路の一部を抑えるNMDA受容体拮抗薬を投与します.
結果を述べるとこのNMDA受容体拮抗薬を投与することでラットの抑うつ行動が減少し,神経毒性を持つ生成物も減少することが示されています.
トリプトファンの大部分は実はキヌレニン経路を介して代謝されるそうですが,
これは鬱がきつい時に食欲が減るのと何かしら関係があるのかなあと思いました.
不眠症やうつ症状とキヌレニン仮説
私達の気分には調子の良いときや悪いときといった波がありますが,こういった気分の波に関係するものとして神経伝達物質の一つであるセロトニンというものがあります.
このセロトニンは大豆製品や牛乳,穀類に含まれているトリプトファンを原料にして出来上がりますが,
このトリプトファンを同じく原料にしてナイアシン(ビタミンB3)の活性型であるNADに変換する経路としてキヌレニン経路というものがあります.
このキヌレニン経路ではトリプトファンがNADになるまでに様々な中間代謝物が作られるのですが,これらの中間代謝物は多すぎると神経毒として働くことが知られており,うつ病やアルツハイマー病,統合失調症との関与も様々な研究から示唆されているようです.
うつ症状との関連では,様々な実験や臨床研究から感染症状などによって引き起こされる体内の炎症症状がうつ症状を引き起こすことも知られていますが,果たして炎症症状とうつ症状,キヌレニン経路というのはどのような関係にあるのでしょうか.
この論文はキヌレニン経路の重要な酵素であるIDO(インドールアミン2,3-ジオキシゲナーゼ)と感染症状,うつ症状の関係について調べたものです.
実験ではラットを対象にして人為的に感染症状を引き起こし,IDOの活動を抑制した時にどのような変化が起こるかについて調べているのですが,
感染症状を引き起こすとラットではモチベーションの低下などうつ症状が出るのですが,キヌレニン経路の重要な酵素であるIDOの活動を抑えることで,これらのうつ症状が抑えられることが示されています.
セロトニンの生成にはトリプトファンが必要ですが,炎症症状がある時には必ずしもこの図式は当てはまらないのかなと思いました.
リウマチ患者の疲労感を改善する薬剤はあるか?
疲れというのは,目に見えないだけになかなかやっかいで,
他人に理解してもらうことも難しく,日常生活のあれこれを阻害してくるようなものなのですが,
こういった疲れ,疲労感はリウマチや多発性硬化症,クローン病などで慢性的に見られることが知られています.
近年関節リウマチ治療に画期的な変化をもたらした薬剤としてアダリムマブというものがあります.
これは関節リウマチ患者で過剰に分泌されるTNF-αに特異的に結合することで,関節破壊などの症状をくい止める様な働きがあるようですが,
この薬剤は関節リウマチの主要随伴症状である疲労感にはどの程度影響を与えるものなのでしょうか.
この論文は,このアダリムマブを関節リウマチ患者を対象に投与し,その後の疲労感の変化について調べたものです.
実験では関節リウマチ患者1526名を対象に
① 通常治療+プラセボ
② 通常治療+20㎎のアダリムマブを隔週に一回投与
③ 通常治療+40㎎のアダリムマブを隔週に一回投与
④ 通常治療+80㎎のアダリムマブを隔週に一回投与
を53週間に渡って投与し,疲労感の変化を見ているのですが,
やはり通常治療に加えてアダリムマブを投与することで有意に疲労感を減少させられることが示されています.
この論文では直接言及はされていないのですが,
一般に過剰な免疫反応に見られる過度のTNF-αの分泌により,睡眠と覚醒を司るサーカディアンリズムが阻害され,そのことが誘引になって疲労感が引き起こされることが知られていますが
もしアダリムマブがTNF-αの過度な影響を抑えることができるとしたら,疲労感の軽減につながるということもあるのかなと思いました.
インターフェロン治療と疲労感
なぜウイルス性肝炎の治療には疲労感が伴うのか?
ウイルス性肝炎には様々な種類のものがあり,その中でもB型肝炎やC型肝炎などが発症頻度が高いようですが,
こういったウイルス性肝炎の治療にインターフェロンαが用いられることがあるそうです.
一般にウイルスが体内に侵入してくると,これに対抗するために免疫反応が起こるのですが,
インターフェロンαは免疫反応を促進する効果があり,それゆえウイルス感染時には体内でインターフェロンαが大量に作られるそうです.
ところが肝炎ウイルスというのは随分強力なようで,体内で分泌される分だけでは十分でなく,それゆえウイルス性肝炎においては,インターフェロンαを注射して免疫力を高める治療が行われます.
経験的にこのインターフェロンα療法は,うつ症状や疲労感を伴うことが多いそうですが,
この論文は,なぜインターフェロンα治療によってこれらの副作用が引き起こされるかについて,脳活動との関連から調べたものです.
この研究ではC型肝炎患者を対象に,インターフェロンα治療を行っている行っている群と行っていない群に分け,
そのそれぞれに金銭報酬をともなったゲームを行わせている時の脳活動を機能的MRIを使って調べています.
また別の実験ではドーパミン前駆物質がどの程度,脳に取り込まれるがをPETを使用して調べています.
結果を述べると,数週間のインターフェロンα治療を行った群では,脳の中でも報酬系の中枢であり,ドーパミンの放出に関わる腹側線状体の活動が金銭報酬課題を行っている時に低下していること,
またインターフェロンα治療を行った群では,腹側線状体においてドーパミン前駆物質の取り込みが増えることが示されています.
またこのような傾向はうつ症状や疲労感と有意な相関を示したことが示されています.
つまり体内でインターフェロンαが増加することで,人のモチベーションを調整する脳領域の活動が低下し,それゆえ抑うつ感や疲労感が引き起こされるということで
肉を切らせて骨を断つという言葉がありますが,免疫反応というのは諸刃の剣なんだなと思いました.
インターフェロン治療でなぜ元気がなくなるのか?
肝炎や一部のがんの治療にインターフェロン治療を行うことがありますが,このインターフェロン治療は副作用としてうつ症状や疲労感が現れることが知られています.
こういったインターフェロン治療の副作用はどのような機序で生じるものなのでしょうか.
この論文は,インターフェロンの継続的な投与で脳にどのような変化が生じるかについて調べたものです.
実験では8匹のアカゲザルを対象に4週間に渡りインターフェロンαもしくは生理食塩水を投与し,大脳基底核のドーパミン代謝や報酬(砂糖水)を目の前にした時のアカゲザルのやる気について調べています.
このドーパミンというのはポジティブな感情に関わる神経伝達物質なのですが,インターフェロンαを継続的に投与することで
・2週間後では大脳基底核においてドーパミン受容体の減少が見られた
・4週間後には大脳基底核でのドーパミン生成が減少しアカゲザルのやる気の減退が見られた
・明らかな変化が生じた4週間目という時期はヒトにおいてもインターフェロン治療による抑うつ傾向が顕著になる時期と一致していた
ということが示されています.
この研究では明確に示すことはできなかったものの,インターフェロンαによる変化の第一段階で何らかの機序で大脳基底核のドーパミン受容体が減少し,そのことで負のフィードバックがかかり,ドーパミン生成/放出も減少していくのではないかということが述べられています.
難しいなと思いました.
疲労とモチベーションの脳科学
末梢性の炎症がなぜ疲労感やモチベーションの低下をもたらすか?
心身二元論でもないのですが、心と体というのは別物だという考えが根強くあります。
しかしながら実際に私達の体調のことを考えてみると病気や怪我のときというのは気持ちも沈みがちですし、ちょっとした急性上気道炎(風邪)であっても「元気が無いね」といわれるように末梢(身体)の不調はダイレクトに中枢(脳)に響いてくると思うのですが、これは主にどのような仕組みになっているのでしょうか。
この論文は、末梢性の炎症が疲労感やモチベーションの低下につながるかについて研究された論文を取りまとめた総説論文になります。
参考URL: The Neuroimmune Basis of Fatigue
様々な知見について述べられているのですが、末梢性の炎症は様々な免疫関連物質を介して最終的には情動的な感覚が成り立つ上で重要な領域である前部島皮質と、モチベーションを湧き上がらせるシステムである線条体ー前頭葉ネットワークの活動を変化させ、疲労感やモチベーションの低下を招くことが述べられています。
やはり心を整えるには身体からかなと思いました。
なぜあなたの体は疲れているのか?
疲れた経験がないという人は殆どいないと思うのですが,
この疲れというのは厄介で,日常生活の様々な活動を妨げ,小さな傷で体を切り刻むように,生きることの楽しみを邪魔してくるような何かだと思うのですが,
はたしてこの疲れというのは生理学的にはどのようなものなのでしょうか.
この論文は,この疲れのメカニズムについて近年の知見を取りまとめたものになります.
参考URL: The neuroimmune basis of fatigue.
この論文によると疲労感の根本には身体の様々な部分の炎症症状が関わっており
この炎症症状により,バトンリレーのように様々な仲介物質をヘて,脳にその情報が伝えられ,
さらに脳の中の免疫関連細胞であるミクログリアの活動が高まることで,線状体や島皮質,前頭前野の活動が変化し,
やる気の無さやモチベーションの低下,疲労感といった様々な疲労に関連した症状が出るのではないかということが述べられています.
慢性的な疲労の根源的な治療法についてはまだ未確立であるものの,もし疲労の原因が身体の炎症的なところであるならば,心身を整え,免疫系を適切に活動させられるような環境に身を置くことも有効なのかなと思いました.
なぜ調子の悪い時に頑張ると疲れるのか?
私たちは機械ではなく生身の生き物なので,調子の悪いときもあれば調子の良い時もあります.
社会で生活する以上,多少調子が悪くてもいつもどおりに働かなければいけないときがあるのですが,
こういった時には,どうにかこうにか頑張って普段通りの仕事をしようとすると,結構な努力が必要となってきます.
果たして私達の脳は調子が悪くとも頑張らなければいけない時にはどのように活動しているのでしょうか?
この論文は,病原体を体内へ注入した時,どのように脳活動や炎症反応が変わるのか,また認知機能はどのように変化するのかについて調べたものです.
参考URL: Neural Origins of Human Sickness in Interoceptive Responses to Inflammation
実験では,ある病原菌を微量注射し,その後の炎症反応と脳活動,主観的疲労感や認知課題成績などについて調べています.
対照群として生理食塩水を注射した群と比較しているのですが,
やはり病原菌を注射されることで体内の炎症反応の促進を示す指標が上昇し,疲労感も増し,体の調子を感受する脳領域の活動もまし,認知機能が低下すること,
さらにこの認知機能を代償するように,知性の座である前頭前野の活動が増加することが示されています.
やはり調子の悪いときにはミスが多くなったり,普段と同じように振る舞うためにはより認知機能に関わる脳領域を働かせなければいけなかったりするのかなと思いました.
仕事には多少余裕をもたせたほうが,いざという時にはよいのかなと感じました.
なぜあなたは今日の晩御飯はなんでもよいと思ってしまうのか?
人間,生きていれば調子の良い時も悪いときもあると思うのですが,
調子が悪くて疲れている時というのは気分も投げやりになりがちで,いちいち料理をする気力もわかず,「食べられればなんでもいいや・・」というような気分になってしまいます.
食欲が無いわけではないのだけど,手間をかけてまでおいしいものを食べる気がしない,洋服もいちいち考えておしゃれな格好をするのがめんどくさい,など元気が無いときには,こういったやる気の無さ,モチベーションの低さというものが出てきますが,これはいったいどういった仕組みになっているのでしょうか.
この論文は,ある薬をラットに与えることで,食事におけるモチベーションの低さを誘発したり,それを直したりという実験を行ったものです.
一般にやる気に関わる神経伝達物質としてドーパミンというものがあります.
このドーパミンは神経細胞の中で合成され,それがシナプス小胞に取り込まれて神経細胞外まで運ばれ,放出され,次の神経細胞の末端に受け渡されるという一連の流れがあるのですが,
この実験で使われた薬剤はシナプス小胞への取り込みを阻害するような薬物で,
この薬物をラットに注入することで,食欲は減らないけれども,努力してまで美味しい餌を貰おうとしなくなること,
またこのラットのやる気の無さは,抗うつ薬などで改善できることが示されています.
うつ病チェックリストのなかには「なにをやるにも億劫である」というものがあったと思うのですが,
いまいちやる気が出ないというときには,ドーパミンの代謝がうまくいっていないことを考えたほうがいいのかなと思いました.
まとめ
いろいろな論文を取り上げましたが、基調になるのは体内の炎症反応が疲労感の引き金になっていることです。
こういった炎症反応は身体内外で発生するストレスに対処するために自己防衛的に生じるものですが
やはりその副作用として疲労を引き起こすこと、
しかしながらこのような疲労感は身体がココロに「ストレスフルな環境から逃れて休みなさい」と言っているにも関わらず
当事者が置かれている社会的な環境ゆえに休めないところにも問題があるのかなと思いました。
身体の言うことはよく聞いて、できるだけ穏やかに暮らしていければと思います。
長期的なストレスや炎症症状は認知症を引き起こすこともありますが、
そのメカニズムや予防法については以下の記事をご参照ください。