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私達の脳はどうやって言葉を聞いているのか?
私達の脳というのは汎用コンピュータに似て、ありとあらゆる情報を処理することができます。
それは空飛ぶ鳥を見分けたり、紅茶の香りを嗅ぎ分けたり様々ですが、社会で生活する上で重要な情報に言葉というものがあります。
言葉というのは翌々考えてみると、これは単なる音響であり、シンバルの音や笛の音、風が吹く音と本質的には一緒であるはずなのですが、私達の脳はどのようにしてこの言葉を意味のあるものとして聞き分けているのでしょうか。
シニフィアンとシニフィエ:ことば=形+意味?
言語がなにものかということを深く掘り下げて考えたのが言語学と呼ばれる分野ですが、この言語学の本を読んでいるとしばしば当たる言葉にシニフィエとシニフィアンというものがあります。
このシニフィエとシニフィアンという概念は近代言語学の父、ソシュールが示したものですが、言葉というものは本質的に2つの要素からできているというもので、
一つは「イヌ」という言葉の「い・ぬ(i-nu)」という音の並びや形(シニフィアン)であり、
もう一つは「イヌ」という言葉が持つ意味そのもの(シニフィエ)です。
当たり前といえば当たり前なのですが、言葉というのはこの形と意味が一緒になって初めて機能するのであって、
仮に私達が外国語の音を完璧に拾えたとしても(ihhikanyapahnisshushupureffen)
その外国語に関する知識がなければ何を言っているのかわかりません(Ich kann Japanisch sprechen./I can speak Japanese.).
つまり言葉を理解するためには脳の中で音が持つ形(シニフィアン)と意味(シニフィエ)の両方を処理する仕組みが必要となってきます。
それでは脳の中では形と意味というのはどのように処理されるのでしょうか。
視覚と聴覚における腹側経路と背側経路
先に言葉が持つ形と意味の話をしましたが、こういった仕組みは何も言葉だけに限りません。
目で見る情報、視覚情報もまた大きくは2つの種類の情報から構成されていることが考えられます。
例えば向こうから野球のボールが飛んでくるのを想像してみましょう。
この野球のボールに対して私達が適切に対応するためには
・そのボールが今どこにあるのか?
・眼の前に飛んでくるあの物体はなんなのか?
という2つの情報を処理できなければいけません。
ボールがどこからどこに向かって来ているかわからなければボールを取ることはできませんし、
もし飛んでくるのがボールではなくてガラスの破片だったら、それを取ってしまったら大怪我してしまうことになります。
つまり視覚情報においては、その視覚対象と関わる時には空間情報(どこにあるのか)と意味情報(それはなにか)という2つの情報を処理する必要があり、
またそれぞれに対応して視覚野から頭頂葉へ抜ける背側経路(空間情報処理)と視覚野から側頭葉へ抜ける腹側経路(意味情報処理)というものがあります。
聴覚においてもこの背側経路と腹側経路に当たるものが存在し、背側経路(dorsal stream)は音の形、腹側経路(ventral stream)は音の意味の処理に当たると考えられています。
しかしながら音の意味といっても対象となるのは様々です。やかんのお湯が沸く音や救急車の音というのは比較的シンプルですが、ヒトが話す言葉・音響というのは、その情報量や取りうるパターンから言っても莫大です。
果たして脳の中には言葉の意味の処理に特化したような仕組みはあるのでしょうか。
左上側頭溝前部領域と音声処理
今日取り上げる論文は、このヒトの音声認識処理について詳しく調べたものです。
実験では被験者に
・普通の音声
・ノイズによって乱れた音声(普通の音声を聞き取りづらい、かすれた囁き声のようにしたもの)
・無意味音声(テンポやイントネーションは普通の音声と同一)
・ノイズによって乱された無意味音声(無意味音声をかすれた囁き声のようにしたもの)
の4種類の音声を聞かせ、その時の脳活動についてPETを使用して調べています。
結果を述べると、音声処理については左上側頭溝の関わりが強く、その中でも言語音声の処理については左上側頭溝の前方領域の関わりが強いことが示されています。
この論文の中で言及されているわけではありませんが、自閉症スペクトラム障害では時に電話での対応が非常に苦手な人がおり、こういった特徴は脳の中の言語音声処理の仕組みが通常の人と異なるためなのかなと思いました。
参考URL:Identification of a pathway for intelligible speech in the left temporal lobe