賢く生きる方法:遅延割引率を減らすには?
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はじめに

「待つ」というのは、人間特有の能力なのかなと思うことがある。「待つ」ためには、頭を色々と働かす必要がある。それは、先のことを見通す力だったり、今すぐ欲しい気持ちをなだめる理性だったり様々だ。

とはいえ、待つことは容易なことではない。実際、人間は目先の利益に目がくらみやすい。

人間の脳は目先のご褒美を高く評価し、後からもらえるご褒美を割り引いて感じる性質があり、これは心理学分野で遅延割引と呼ばれている。この遅延割引には個人差があり、遅延割引率が低いもの(すなわち、未来を見据えて待てるもの)は、人生においても成功しやすいこと、そして遅延割引率が高いもの(すなわち、目先の利益を取りがちなもの)は、薬物依存やギャンブル依存になりやすいことも分かっている。

しかし、この遅延割引率はなにかの方法で変えることができるのだろうか。今回の記事では、遅延割引率を低くする方法について紹介したい。

遅延割引とは?

あなたにとって、今すぐもらえる100万円と3年後にもらえる100万円は、どちらが魅力的だろうか。言わずもがな、今すぐもらえる100万円だろう。

このように私達の脳は後からもらえるご褒美を割り引いて感じる仕組みがある。そして、この割引は時間が先になればなるほど高くなり、ある種の関数で示すことができる。

 

 

 

 

 

 

 

このような心の仕組みは一見理不尽なようにも思えるが、進化心理学的には理にかなっている。現代であれば、今日手に入るものは、明日も手に入れられることが多い。しかし太古の昔はそうではなかった。今、そこにある果物は明日にはなくなってしまうかもしれないし、美味しそうな獲物も、今日を逃せば二度と出会ううことがないかもしれない。つまり、太古の昔は「いつやるの?今でしょ!」が正しいことが多かったのである。このような環境では、未来のご褒美をチープに感じやすいものほど、「今」を優先することになり、生存が有利になる。このような背景があって、未来のご褒美が割り引かれて感じる仕組みができあがったのではないかと考えられている。

遅延割引に関係する脳領域

では、遅延割引にはどのような脳の仕組みが関係しているのだろうか。いくつかの研究から知能の高さは、遅延割引率の低さに関係していることが報告されている。つまり頭が良いほど、「待てる」ことになる。これを裏付けるように、知性に関わる脳領域が遅延割引と関連することも明らかになっている。

例えば脳の中にはテキパキとことをこなすことに関わる仕組みがある。これは実行系と呼ばれていて、頭頂葉と前頭前野がつながってできている仕組みである。この実行系システムの働きが強いほど、遅延割引率が低くなる。

 

 

 

 

 

 

 

 

これとは逆に「待てない」ことに関わる脳領域もある。これは、報酬系と呼ばれる、欲望と衝動性を司る脳領域である。これらの領域の活動が高い時には、遅延割引率が高くなり、今すぐ手に入れる方を取りがちになってしまうのだ。

報酬系

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

実際、薬物依存症者やギャンブル依存症者はこの領域の活動が高く、遅延割引率も高いこと、さらにはそこには遺伝的要因も関係していることが報告されている。

遅延割引率を引き下げる方法

太古の昔であれば、遅延割引率が高いほうが生き残るうえで有利だったかもしれないが、現代では逆になる。つまり、「待つ」能力が高いほど、より社会で成功しやすくなるなる。では、遅延割引率を低くする方法があるのだろうか。遅延割引率は生まれつき決まっている部分も大きいが、いくつかの方法でこれを引き下げられることも報告されている。

EFT

EFTというのは聞き慣れない言葉だとは思うが、これはEpisodic Future Thinking (エピソード的未来志向)と呼ばれるものである。これは、未来の出来事を想像することになる。例えば夏にはスリムになって、海辺を闊歩する、10年後には大金持ちになってリッチな生活を送る、などである。そしてこのイメージトレーニングを何度も行わせることで、遅延割引率が低下させることができる。

このEFTの効果は、薬物依存症者や肥満のもの、少年犯罪者などを対象にした実験で効果が確認されており、とりわけ、詳細にイメージすることでその効果が高まることも分かっている(Peters & Büchel, 2010, Scholten et al., 2019 )。もし「待つ」力を高めたかったら、将来の希望が叶えられている場面を繰り返し、詳細にイメージすることが有効になるだろう。

マインドフルネス瞑想

もう一つはマインドフルネス瞑想である。マインドフルネス瞑想は一種の脳トレにあたり、脳の中の実行系を鍛え、衝動性を抑える働きがある。実際、マインドフルネス瞑想に取り組むことで、遅延割引率が低下し、嫌なことに取り組む能力が高まることやゲーム依存症を改善しうることなどが報告されている(Rung & Madden, 2018, Schacter et al., 2018 )。

運動

心と体は密接につながっているが、運動によって遅延割引率が高まる。青少年を対象にしたある研究では、週3回、30分の運動を行うことで遅延割引率が低下することが報告されている。その仕組としては、運動を繰り返し行うことで、脳の中の実行系のはたらきが改善することが関係しているのではないかと考えられている。

ある薬物依存症改善施設では、風の日も雨の日も、毎日5kmのジョギングが義務付けられているとも聞くが、確かに運動は脳の働きを変え、遅延割引率を低下させる働きがあるのかもしれない。また、エグゼクティブが毎朝ジムで汗を流すのも、ある意味「待つ」能力を高めるためと取ることもできるだろう。

まとめ

このように「待つ」能力には遅延割引という仕組みが関わっている。遅延割引率は生まれつき低い人も高い人もいるが、いくつかの方法で低くすることもできる。無論、何が何でも「待つ」のが正解だとは限らない。「幸運の女神には前髪しかない(チャンスを逃したら、二度と掴むことはできない)」ということわざもある。生き馬の目を抜くような世界では、待たないことが正解であることもあるのだろう。

意味深い人生を送るためには、未来を信じる愚鈍さと、今を生き切る蛮勇さの2つが必要なのかもしれない。今、どちらのカードを切るべきかの賢慮さを持って、悔いのない人生を送りたい。

 

【参考文献】

Peters, J., & Büchel, C. (2010). Episodic future thinking reduces reward delay discounting through an enhancement of prefrontal-mediotemporal interactions. Neuron66(1), 138–148. https://doi.org/10.1016/j.neuron.2010.03.026

Rung, J. M., & Madden, G. J. (2018). Experimental reductions of delay discounting and impulsive choice: A systematic review and meta-analysis. Journal of Experimental Psychology: General, 147(9), 1349–1381. https://doi.org/10.1037/xge0000462

Schacter, D. L., Benoit, R. G., & Szpunar, K. K. (2017). Episodic Future Thinking: Mechanisms and Functions. Current opinion in behavioral sciences17, 41–50. https://doi.org/10.1016/j.cobeha.2017.06.002

Scholten, H., Scheres, A., de Water, E., Graf, U., Granic, I., & Luijten, M. (2019). Behavioral trainings and manipulations to reduce delay discounting: A systematic review. Psychonomic bulletin & review26(6), 1803–1849. https://doi.org/10.3758/s13423-019-01629-2

Sofis, M. J., Carrillo, A., & Jarmolowicz, D. P. (2017). Maintained Physical Activity Induced Changes in Delay Discounting. Behavior modification41(4), 499–528. https://doi.org/10.1177/0145445516685047

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