地位財の心理学:なぜお金がないのにブランド品を買うのか?
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はじめに

「ブランド」という言葉を聞いたのは、小学6年生の頃だった。それまで服装には無頓着だった男の子たちが、僕のはアディダス、僕のはプーマといったようにしきりに自分のシャツや靴を顕示するようになったのだ。比較的堅実だった両親は、ロゴ一つで単価が数倍になる製品を買ってくれることはなかったが、あれが「ブランド」という物に触れた初めての体験だったと思う。

しかし、人間はなぜ高いお金をはたいてブランド品を買おうとするのだろうか。経済学では自分の地位を示すような商品を「地位財」と呼ぶが、今回の記事ではこの地位財について掘り下げて考えてみたい。

地位財とは?

地位財というのは自分の社会的なポジションを知らしめるための財である。主なものには不動産や車、衣服、宝飾などがあり、実用性以上に社会的メッセージに重きをおいた財である。タワマンや高価な車は社会的地位の高さを表すシグナルになる。

それに対して非地位財というのは、実質的な生活の豊かさにつながる財である。良好な人間関係や自由な時間、心身の健康といったものだ。これらは社会的地位とは関わりなく、お金も必ずしも必要としないものである。

地位財は家計支出の中でも結構な部分を占めていて、その市場規模も大きい。日本国内で言えば、ここ数十年、景気は後退しているにも関わらず、コロナショックの頃を除き、ハイブランド品市場は右肩上がりの成長を続けている。

矢野経済研究所プレスリリース】国内インポートブランド市場に関する調査を実施(2022年)~2021年のインポートブランド市場 は前年比13.8%増と回復も、国内富裕層がマーケットを支える構図は顕著に~ | 株式会社矢野経済研究所 | プレスリリース配信代行サービス ...

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地位財消費の3つのモデル

では、なぜ私やあなたは地位財に結構なお金をはたいてしまうのか。心理学的には大きく、3つの理由が考えられている(Mason, 1992)。一つは一つはヴェブレン効果と呼ばれるもので、他者に誇示するために高いものを買うケースである。これについては、その商品がどれだけ高価という点が評価の軸になる。

もう一つはスノッブ効果と呼ばれるもので、希少性や高品質を理由に他者と差別化を図るため買うものである。この評価の軸は希少性であり、たとえ高価であっても、猫も杓子も身につけるようになると評価が下がるという特徴がある。

さらにもう一つはバンドワゴン効果と呼ばれるもので、ある社会的グループに所属することを示す目的で買うケースである。私の小学校の時の経験を思い出すと「みんな持っているから僕も欲しい」だったが、仲間はずれにされないために買い求めるとというのも地位財を買う一つの理由になるのだろう。

実際はこれらの効果が入り混じって地位財を購入すると思うのだが、総じて言えば、ある社会で優位なポジションに身を置きたいという欲求がその根底にあるともいえる。

地位財と社会的地位

そして興味深いことに、地位財を買いたいと思うのは、自分の社会的地位を低いと思っている人たちでもある。実際、アメリカの黒人は、職業や所得を問わず、白人と比べて地位財への出費が高いことが知られている。また、白人を対象にしたある実験では、自分を黒人、もしくは清掃業者とみなすことで地位財への購入欲求が高まることが示されている(Mazzocco et al., 2012)。

さらに大学生を対象にした別の研究では、認知課題を行わせ、「あなたの成績は下位10%です」とネガティブなフィードバック(実際の成績とは無関係に)を与えられると、やはり地位財への購入欲求が高まることが分かっている(Sivanathan et al., 2010)。

こういったことから、地位財をほしいと思うのは、自分の社会的地位が低いことへの不安や恐れの裏返しなのではないかと考えられている。現在、世界的に社会格差が拡大しつつあるが、地位財の性質を考えれば、ハイブランド市場は更に拡大していくのではないだろうか。

地位欲求とは?

地位が高くても低くても生活していくにはさほど問題がないだろうとも思うのだが、実は地位欲求というのは、心身の健康と密接に関わり合っている。

いくつかの研究から、社会的地位が高いほど幸福感も高くなること、また、社会的地位が低いと、不安感や抑うつ感、心疾患が引き起こされやすくなることが分かっている。このような傾向は民族、性別、文化、年齢を問わず、普遍的に見られるもののようである(Anderson et al., 2015)。

この地位欲求が脅かされることで地位財の購入や攻撃行動など幅広い行動が引き起こされる。その意味では低所得層のハイブランド品の購入も、あるいはフランス革命のような暴動も、地位欲求の保全という文脈で統一的に捉えることができるかもしれない。

地位財消費欲求を減らす方法

地位財自体に良い悪いはないかもしれないが、程度を過ぎると人生全体を狂わせかねない。では地位財欲求を減らすためには何ができるのだろうか。

比較的やりやすいものとしては、自然に触れるというものがある。ある研究では被験者に、雄大な自然の動画を見せることで利他的になり、物質的欲望が減ることが示されている(Joye et al. ,2020)。また気分をポジティブにすることでも無駄な出費を省くことができる。ある実験では被験者の心をポジティブに誘導することで、自動車(BMW)やハンドバッグ(GUCCI)への購入意欲が低下することが示されている(Pyone, 2021)。

意外なところでは死への恐怖が地位財欲求を高めるというものがある。死への恐怖が高い人ほど、地位欲求が高くなるというのだ。これは慢性的に死への恐怖が高い人であっても、心理実験で死への恐怖が高くなるよう誘導される人でも同じ結果が示されている(Cai et al., 2020)。その意味では、死への不安を和らげることで地位財欲求を減らすことができるかもしれない。宗教もいろんな物があるので安直なことは言えないが、自分を超えたなにかを信じることで、無駄な出費を減らすこともあるのだろう。

まとめ

このように地位財というのは、一見無駄なようにも見えるが、人間の本質的な欲望に基づいている。とはいえ、生きていくうえでいちばん大事なのは、心身の健康と身近な人間関係である。非地位財を大事にできる範囲で、地位財と戯れたい。

 

【参考文献】

Anderson, C., Hildreth, J. A. D., & Howland, L. (2015). Is the desire for status a fundamental human motive? A review of the empirical literature. Psychological bulletin141(3), 574–601. https://doi.org/10.1037/a0038781

Cai, W., Cai, H., & Li, H. (2022). Why do humans pursue higher social class? Death anxiety matters. Death studies46(2), 434–441. https://doi.org/10.1080/07481187.2020.1740828

Joye, Y., Bolderdijk, J. W., Köster, M. A., & Piff, P. K. (2020). A diminishment of desire: Exposure to nature relative to urban environments dampens materialism. Urban Forestry & Urban Greening54, 126783. https://doi.org/10.1016/j.ufug.2020.126783

Mason, R. (1992). Modelling the demand for status goods. ACR Special Volumes. https://www.tcrwebsite.org/volumes/12198/volumes/sv08/SV-08

Mazzocco, P. J., Rucker, D. D., Galinsky, A. D., & Anderson, E. T. (2012). Direct and vicarious conspicuous consumption: Identification with low-status groups increases the desire for high-status goods. Journal of Consumer Psychology, 22(4), 520-528. https://psycnet.apa.org/doi/10.1016/j.jcps.2012.07.002

Pyone, J. S. (2021). Dampening the warm glow of a visible brand logo: How positive affect influences the perceived value of status goods. The Journal of Positive Psychology. Advance online publication. https://doi.org/10.1080/17439760.2021.1871939

Sivanathan, N., & Pettit, N. C. (2010). Protecting the self through consumption: Status goods as affirmational commodities. Journal of experimental social psychology, 46(3), 564-570. https://psycnet.apa.org/doi/10.1016/j.jesp.2010.01.006

 

 

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