目次
はじめに
コミュニケーション能力は高いに越したことがありませんが、その程度には個人差があるのも事実です。
では、この個人差は脳科学の観点からどのように説明できるのでしょうか。また、コミュニケーション能力を向上させるためには何ができるのでしょうか。
本記事では、コミュニケーション能力に関わる脳の働きやその改善方法について、詳しく解説していきます。
コミュニケーション脳の3層モデル
コミュニケーションは自分ひとりで完結するものではありません。自分と相手が互いにやり取りする中で生じるものになります。
そう考えれば、コミュニケーションに関わる脳活動とは、相手の脳とうまくやり取りできるものとして捉えることもできるのでしょう。
脳活動の測定については長らく一人の脳(単独脳)の活動を対象にしたものがほとんどでしたが、近年測定技術の進歩により、2者間、3者間の脳活動を同時に測定できるようになりました。
この計測技術はハイパースキャニングと呼ばれており、この方法を使えばコミュニケーションを行っている2者間の脳の関係を調べることができるのです。
ある総説論文では、コミュニケーション中の脳活動を3層構造としてモデル化しています(Jiang et al., 2021)。
このモデルは、コミュニケーション中に2人の間で起こる「脳の同期現象」を基盤としており、その同期が低次から高次へと3段階で進むことを示しています。
脳の同期活動とは、簡単に言えば、2つの脳が同じタイミングやリズムで活動している状態を指し、まるで「脳同士がハモっている」ような状態をイメージできます。
このモデルでは、コミュニケーションのプロセスを3つの段階に分類して説明しています。
最初の段階は「相手の言葉を理解するレベル」で、この段階では聴覚や言語処理に関与する脳領域(一次聴覚野や下前頭回)が同期します。
次に進むと、「相手の意図を理解するレベル」となり、ここでは、心の理論に関連する高次認知領域(右側頭頭頂接合部や内側前頭前野など)が同期します。
そして最も高次な段階である「相手そのものを理解するレベル」では、同じく心の理論と関わる脳領域(左側頭頭頂接合部)が同期して、相手との関係性が深まっていきます。
このように、コミュニケーションは単なる音声理解から意図の把握、さらには相手そのものへの深い理解へと深まっていきますが、それぞれの段階で異なる脳領域の同期が重要な役割を果たしています。
そして、このモデルの大事になってくるのが「予測的符号化」という概念です。
実は、私達の脳は常に一歩先を予測しながら動いています。
例えば、ベートーベンの第九交響曲を聞いて「ジャジャジャ…」ときたら自動的に脳の中で「ジャーン」という音が響きますが、脳はそれまでの経験を元に、半ば決め打ち的に情報を取りに行きます(その意味では私達の意識は、実際には事前予測の答え合わせとも言えるでしょう)。
これは他者とコミュニケーションしているときも同じで、私達の無意識のうちに、相手の発言や行動を予測しながら会話を進めます。
そして、コミュニケーションがうまく行っているときは、音声レベルでも意図理解のレベルでも、互いに互いを予測して、同じリズムで脳活動が引き起こされているのです。
コミュニケーション能力を改善する方法
いくつかの研究では、コミュニケーション能力を改善する働きかけが脳活動に変化をもたらすことが報告されています。
自閉症スペクトラム障害に対する治療法の一つとして、「機軸反応訓練(PRT; Pivotal Response Treatment)」と呼ばれるプログラムがあります。このプログラムは、コミュニケーション能力の基軸となる機能(やる気を引き出すこと、自発的に他者へ働きかけること、様々な手がかりに反応すること、自分を管理すること)を高めることを目的としています。
ある研究では、5歳の自閉症スペクトラム障害児を対象にPRTを実施し、その前後で脳活動の変化を調べた結果、介入後に右側頭頭頂接合部の活動が増加したことが報告されています(Voos et al., 2013)。
また別の研究では、同じく自閉症スペクトラム障害児を対象にPRTを行った際、脳活動の変化には大きく2つのパターンがあることが示されました。1つ目は、もともと右側頭頭頂接合部の活動が低いタイプです。このタイプでは、介入後に右側頭頭頂接合部の活動が高まり、さらにやる気に関わる脳領域(報酬系;腹側線条体や被殻)の活動も増加しました。2つ目は、右側頭頭頂接合部が過剰に活動しているタイプです。このタイプでは、介入後に右側頭頭頂接合部の活動が低下し、感情的な情報処理に関わる脳領域(扁桃体や海馬、視床など)の活動も低下しました。
これらの結果から、自閉症スペクトラム障害児といっても脳の状態には個人差があり、右側頭頭頂接合部が働きにくいケースもあれば過剰に働くケースも存在することが明らかになりました。そして、どちらの場合でもPRTを行うことで定型発達に近い脳活動へと変化する可能性が示唆されています(Ventola et al., 2014)。
さらに、コミュニケーション能力のネックとなる右側頭頭頂接合部を直接刺激することで能力を変える可能性についても研究されています。
一般成人や自閉症スペクトラム障害児を対象とした研究では、この部位に磁気刺激を加えることで、相手と自分を区別する力や相手の心を推測する能力に変化が見られたことが報告されています(Nobusako et al., 2017; Salehinejad et al., 2021; Duffy et al., 2019)。
まとめ
このように人間のコミュニケーション能力はいくつかの脳領域によって担われています。
これらの領域は、相手のリアクションを先読みしつつ、その先読みリズムを相手と合わせることで、心とこ心を通じあわせているようです。
心を通じ合わせるのが得意な人もいれば苦手な人もいますが、その持ちうる力を十分に活かして、味わい深い人生を送りたいものです。
【参考文献】
Czeszumski, A., Eustergerling, S., Lang, A., Menrath, D., Gerstenberger, M., Schuberth, S., … & König, P. (2020). Hyperscanning: a valid method to study neural inter-brain underpinnings of social interaction. Frontiers in Human Neuroscience, 14, 39. https://doi.org/10.3389/fnhum.2020.00039
Duffy, K. A., Luber, B., Adcock, R. A., & Chartrand, T. L. (2019). Enhancing activation in the right temporoparietal junction using theta-burst stimulation: Disambiguating between two hypotheses of top-down control of behavioral mimicry. PloS one, 14(1), e0211279. https://doi.org/10.1371/journal.pone.0211279
Jiang, J., Zheng, L., & Lu, C. (2021). A hierarchical model for interpersonal verbal communication. Social Cognitive and Affective Neuroscience, 16(1-2), 246–255. https://doi.org/10.1093/scan/nsaa151
Nobusako, S., Nishi, Y., Nishi, Y., Shuto, T., Asano, D., Osumi, M., & Morioka, S. (2017). Transcranial Direct Current Stimulation of the Temporoparietal Junction and Inferior Frontal Cortex Improves Imitation-Inhibition and Perspective-Taking with no Effect on the Autism-Spectrum Quotient Score. Frontiers in behavioral neuroscience, 11, 84. https://doi.org/10.3389/fnbeh.2017.00084
Salehinejad, M. A., Paknia, N., Hosseinpour, A. H., Yavari, F., Vicario, C. M., Nitsche, M. A., & Nejati, V. (2021). Contribution of the right temporoparietal junction and ventromedial prefrontal cortex to theory of mind in autism: A randomized, sham-controlled tDCS study. Autism research : official journal of the International Society for Autism Research, 14(8), 1572–1584. https://doi.org/10.1002/aur.2538
Ventola, P., Yang, D. Y., Friedman, H. E., Oosting, D., Wolf, J., Sukhodolsky, D. G., & Pelphrey, K. A. (2015). Heterogeneity of neural mechanisms of response to pivotal response treatment. Brain imaging and behavior, 9(1), 74–88. https://doi.org/10.1007/s11682-014-9331-y
Voos, A. C., Pelphrey, K. A., Tirrell, J., Bolling, D. Z., Vander Wyk, B., Kaiser, M. D., McPartland, J. C., Volkmar, F. R., & Ventola, P. (2013). Neural mechanisms of improvements in social motivation after pivotal response treatment: two case studies. Journal of autism and developmental disorders, 43(1), 1–10. https://doi.org/10.1007/s10803-012-1683-9