見えないはずの半側空間無視を反転させるとどうなるか?
半側空間無視というのは右半球の脳卒中で頻繁に見られる症状ですが、
視界の半分(多くの場合左側)が十分に認知できず、食事を食べ残したり左側へぶつかってしまったりという症状を示すものです。
この半側空間無視を説明する代表的な考え方として、症状の根幹に注意障害があるためというものがあります。
というのも注意機能、とりわけ何かの刺激に気づく機能というのは右半球に偏っており、
左側の視野に現れる情報に注意を向けられない→認知できない
というものです。
それゆえ半側空間無視では、見慣れた風景を思い出すときでも左側半分を構成できないということが報告されていますが、
しかしながら本当に注意機能仮説ですべてが説明できるのでしょうか?
今日取り上げる論文は、この半側空間無視症状について、果たして予め患者に画像を反転させるように支持した場合患者は左側を思い出せるかどうかについて調べたものです。
実験では患者に、一枚4種類の画像から構成されたA4サイズの絵を見せられます。
その画像は上下左右に四等分されており、それぞれ同じカテゴリからなる4つの画像(リンゴ、バナナ、オレンジ、パインまたは机、箪笥、本棚、椅子など)が示されています。
患者はこれを普通に前から見て思い出す課題と、
さらに今自分がいる場所の反対側(画像の裏側)から見た時どう見えるかについて思い出す課題を行わせます。
また視覚を介さずことばで(リンゴの上にはバナナがあり、バナナの右側にはオレンジがあり、オレンジの下にはパインがあります)場所の配置を伝え、それを同じように前から見たときと、裏側から見た時にどのように見えるかについて思い出させ、それぞれについて正答率がどの程度なのかを調査しています。
結果を述べると、前から見た画像を思い出させている時は、やはり左側の画像を思い出すことは難しくなっていたのですが、
画像の裏側から見た時を想像させて答えさせたときには左側もほぼ正確に思い出すことができていることが示されています。
このようなことから筆者らは、
半側空間無視症状の中核にあるのは注意症状ではなく、一度視界に入ったものを短期間記憶にとどめておく視空間ワーキングメモリの障害にあるのではないかということが述べられています。
なにかが見える、分かるというのは当たり前のような気がしますが、ずいぶん複雑な仕組みに支えられているんだろうなと思いました。
参考URL:Preserved visuo-spatial transformations in representational neglect.
【要旨】
定型的な半側空間無視では患者は、初めて示される対象(それが視覚的なものであったり言語的な説明による描写であったり)の無視側の半分を即座に思い出すことが困難であり、またそれを頭の中で回転させることも困難である。患者は(しかしながら)左の無視される側を右の無視されない側に変換することによっては視覚経験の欠落は見られない。患者はメンタルローテーションを行うことで無視された側に注意を向けることができるようになる。これらの知見は現在広く受け入れられている半側空間無視における注意障害仮説によっては説明できない。半側空間無視は視空間ワーキングメモリの一時的な貯蔵機能の障害から生じることが示唆された。
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