目次
はじめに
人間固有の欲求として承認欲求がある。子供であれば脚が速いこと、大人であれば仕事ができることが承認欲求を満たす上で重要な要素になる。仕事のできる人は与えられたタスクをスマートにやり遂げるが、そこに関わるのが実行機能である。では、この実行機能とは脳科学的にはどのようなものなのだろうか。今回の記事では実行機能に関わる脳機能、さらには実行機能の強化方法について考えてみたい。
実行機能とは?
実行機能とは何かをやってのける能力である。例えば、小さな子供の食事を考えてみよう。食事は実は難易度が高い。まず目の前にあるおかずを見て、何を食べるのかを選び、箸を伸ばして、口に持っていき、咀嚼する。途中テレビで気を取られるとうまくいかなくなるし、食欲が満たさてくる食事後半には、食べ飽きて箸が進まなくなる。さらには注意が他の食器に向かず、コップや茶碗をひっくり返すこともある。しかし、子供も大きくなってくるとしっかりしてくる。途中で食べ飽きることもないし、コップやお茶碗をひっくり返すこともない。淡々と箸を運び、卒なく食事を終わらせる。実行機能とは、このしっかりものの小学生のように、十分に注意をしながら、適切に事を運ぶ能力である。言い換えれば、ある目標を達成するために、運動機能や感覚機能、注意機能を適切に運用する能力である。この実行機能は食事だけでなく、仕事やスポーツなど様々なパフォーマンスに影響する。
実行機能を支える脳の仕組み
では、この実行機能は脳の中ではどのように働いているのだろうか。脳はいくつかの大きなネットワークで構成されているが、その中でも大きなものに、エグゼクティブネットワークとデフォルトモードネットワーク、セイリエンスネットワークというものがある。
エグゼクティブネットワークは実行機能に関連している。これを構成するのは、知性に関わる前頭前野と感覚に関わる頭頂葉である。それに対して、デフォルトモードネットワークはぼんやりとした思考や創造性に関連する。自己意識に関わる前頭前野と頭頂葉の内側の部分が繋がってできている。さらにセイリエンスネットワークはこれらのネットワークの切り替えに関わるもので、帯状皮質や島皮質といった注意や気付きに関連した領域で構成される。ちなみにデフォルトモードネットワークとエグゼクティブネットワークは、シーソーのように、片方の活動が強くなれば、もう片方が弱くなる形で活動している。集中しながらぼんやりすることは難しいが、それはこの2つのネットワーク間でシーソーのような関係があるためである。
実行機能の鍛え方
目標達成のために脳全体を適切に運用する機能が実行機能だが、これを強化する方法がいくつかある。瞑想、睡眠、運動である。これについて以下具体的に示したい。
瞑想
瞑想が実行機能を高めることを報告した研究は多い。グラナダ大学のセーダス博士らは、実際どの程度の効果があるかについて調べている(Ludyga et al., 2016)。この研究では、瞑想と実行機能の関係について調査した研究16本のデータを取りまとめ、その効果を調査しgている。結果として、瞑想は実行機能の改善に対して小~中等度の効果があることが示されている。私も最近瞑想を行っているが、たしかに論文を読む速さは2割増しになるような感覚はある。
睡眠
睡眠と実行機能の関係には遺伝的要素も影響することが考えられている。スウェーデンの236名の青少年を対象にした研究では、養育者の学歴が低い場合には、日中の眠気が実行機能の低下に影響することが報告されている(Anderson et al., 2009)。
運動
運動については有酸素運動が実行機能を高めることが分かっている。スイスのバーゼル大学、ルディガ博士らの研究によると、有酸素運動は実行機能の改善に効果があり、とりわけ高齢者と小児で高い効果が望めることが報告されている。その理由としては、運動をすることでアドレナリンやドーパミン、エンドルフィンが放出され、覚醒レベルが高まるためではないかと論じられている(Cásedas et al., 2020)。
まとめ
実行機能があれば仕事がバリバリできるようになって一目置かれることもあるかもしれない。しかし仕事ができるようなれば人は幸せになれるのだろうか。私の場合、年をとるに連れて実行機能も高くなり、生きることは楽にはなったが、創造性は低下してきた感じもある。幸せは、自分が他人になるプロセスではなく、自分が自分になるプロセスなのかなと考えることもある。教育は剪定作業のようなものかもしれない。我が子が我が子になれるよう、慎重に、慎重に、ハサミを入れていきたい。
【参考文献】