目次
はじめに
人間、生きていると色んな感情を経験することになりますが、その中でも扱いに難しいものに憎しみがあります。憎しみは炭火のように心の奥深くで燃え続け、時に自分や他人の人生を燃やし尽くしてしまうこともあります。しかしこの憎しみとは脳科学的にはどのようなものとして考えられるのでしょうか。今回の記事では、この憎しみと関連する脳の仕組みについて考えてみます。
憎悪回路
憎悪回路というと、ものいいが直接的すぎるような気がしますが、ある研究では、憎悪に関連する一群の脳領域があることが報告されています。この研究について簡単にご紹介します。
方法
この研究では、17名の男女(平均年齢34.8歳)を対象に実験を行っています。実験では被験者に強い憎しみを抱く個人の顔写真と中立的な感情を抱く個人の顔写真を見せ、その時の脳活動をfMRIで測定しています。またどの程度の憎しみを抱いているかについてもアンケートで回答させています。
結果
憎しみと関連を示す領域として、島皮質、運動前野、内側前頭回、被殻が示されました。
島皮質は情動的知覚(喜びや悲しみ、美味しさ)、運動前野や内側前頭回は運動計画(攻撃行動など)、被殻は嫌悪感と運動制御に関わっており、総じて憎しみを抱く相手への嫌悪感と攻撃衝動を反映しているのではないかと論じられています。
大うつ病での憎悪回路の消失
このように憎しみには島皮質や運動前野、被殻などの脳領域が関連していますが、大うつ病ではこれらの「憎悪回路」の接続が絶たれることも報告されています。その研究について簡単にご紹介します。
方法
この実験の被験者は、薬物未治療の初発うつ病患者15人、治療抵抗性うつ病患者24人、正常対照者37人になります。何もしていない時の脳活動をfMRIを使用して測定し、脳内ネットワークの特徴を解析しています。
結果
初発うつ病患者や治療抵抗うつ病患者では、憎悪回路のつながりが大きく低下しました。具体的には上前頭回-右島皮質間、左島皮質-左被殻間、右島皮質-右被殻間の接続性が低下したことが示されています。
まとめ
このように私達の脳の中には憎悪と関連するネットワークがあるようです。またうつ病ではこれらのネットワークのつながりが低下するようです。気持ちが落ち込んでいるときには、たしかに憎む気も失せてしまうことを考えると、誰かを憎むにはエネルギーがいるのかな、と思ったり、あるいは憎むことで生きるエネルギーを得られることもあるのかな、と思いました。生きられる時間も使えるエネルギーも有限なので、より意義のある人生を歩みたいものです。
【参考文献】
Tao, H., Guo, S., Ge, T., Kendrick, K. M., Xue, Z., Liu, Z., & Feng, J. (2013). Depression uncouples brain hate circuit. Molecular Psychiatry, 18(1), 101–111. https://doi.org/10.1038/mp.2011.127
Zeki, S., & Romaya, J. P. (2008). Neural correlates of hate. PloS one, 3(10), e3556. https://doi.org/10.1371/journal.pone.0003556