目次
はじめに
暴力を振るうのは何も人間の専売特許ではない。クマもイヌも必要に応じて獲物やライバルに暴力を振るうことがる。しかし人間の暴力は時に喜びを伴うものもある。怒りから暴力を振るうわけではなく、他人が苦しむのを見て喜ぶために暴力を振るうことがる。このような心理的傾向はサディズムとも呼ばれているが、これはいったいどのようなものなのだろうか。この記事では脳とホルモンの働きから考えてみたい。
サディストの脳
サディストの脳を調べた研究はあまり多くはない。しかしながら1本、詳しくその働きを調べたものがあるので紹介しよう。
方法
この研究で被験者となったのは、アメリカの性犯罪者更生センターに収容されている男性15名(サディスト8名、非サディスト7名)である。実験では被験者に痛みが加えられた画像と加えられなかった画像を見せ、その時の痛みの程度を想像させ回答させている。またその時の脳活動をfMRIを使用して測定している。
論文 figure 1
また以下の脳領域が解析対象として、痛みの主観的評価との相関関係などが求められた。
- 感情的痛み処理と関連する領域
- 両側前部帯状回
- 両側前部島皮質
- 性的興奮と関連する領域
- 両側扁桃体
- 脳下垂体
- 腹側線条体
結果・考察
結果としては、主に以下の4点が示されている。
・サディストは痛み刺激を見ている時に扁桃体と右側頭頭頂接合部の活動が高まる。
・サディストは痛みの主観的評価が非サディストよりも高い。
・サディストは痛みの主観的評価と前部島皮質の活動の間に正の相関が見られる。
(Harenskiら, 2012年, figure 2)
一般に扁桃体は際立った刺激に対して反応する領域になる。多くの研究ではネガティブな刺激として活動するものとして取り上げられていますが、この研究では被験者の性格上、ネガティブな刺激として取った可能性は低く、際立ってポジティブな刺激として受け取られたのではないかと論じられている。また、右側頭頭頂接合部は相手の気持を読み取ったり考えたりする領域になる。サディストは痛み刺激を見ている時にこの領域の活動が高まったことから、サディストはより深く相手の気持を想像していたことを示しているのではないかと論じられている。さらに、前部島皮質は感情的な感覚に関係する領域になる。これは旨い、苦い、嬉しい、悲しい、暖かいなどの感覚になるが、サディストが痛み刺激を見た場合、より高い感情的感覚が引き起こされたのではないかと述べられている。
このようなことから、総じてサディストは他者の痛みに対する感受性が高いのではないかと考察されている(Harenskiら, 2012年)。
サディストのホルモン
また私達の心はホルモンにも影響される。ホルモンには愛情深くするホルモンから攻撃的になるホルモンなど様々なものがあるが、ある研究では、サディスティックな動画を見せている時のホルモンの変化を調べている。
方法
この研究での被験者は犯罪で刑務所に収容されている23名の男性囚人となります。いずれも性的サディズム傾向があるのですが、彼らに、サディスティックな動画(誰かが苦しみを受けているもの)を見せ、その前後で血中ホルモンの変化を調べている。ちなみに調査対象となったホルモンは、男性ホルモンの一種であるテストステロン(攻撃性と関係)、女性ホルモンの一種であるオキシトシン(愛情や社会性と関係)、ストレスホルモンの一種である副腎皮質刺激ホルモン(ストレスを感じたときに放出されるホルモン)である。
結果・考察
サディスティックな動画を見たあとに増えたホルモンはテストステロンだけであり、他のホルモンには変化が見られなかった。またテストステロンは平均で、4.36%増加し、その傾向はもともと性的サディズム傾向(SeSasスコア)が高いものほど顕著であったことが示されている。
(Cazalaら, 2022年, figure 1)
こういったことから、男性ホルモンの一種であるテストステロンが性的サディズムの基盤になっているのではないかと論じられている(Cazalaら, 2022年)。
まとめ
このようにサディズムと関連するバイオマーカーがあり、脳領域としては島皮質や扁桃体など感情関連領域、ホルモンとしてはテストステロンが関連していそうである。しかし、なぜこのような気質が進化的に残されてきたのか、その点について今後掘り下げて考えてみたい。
【参考文献】
Cazala, F., Zak, P. J., Beavin, L. E., Thornton, D. M., Kiehl, K. A., & Harenski, C. L. (2022). Hormonal response to perceived emotional distress in incarcerated men with sexual sadism. Personality and individual differences, 184, 111180. https://doi.org/10.1016/j.paid.2021.111180
Harenski, C. L., Thornton, D. M., Harenski, K. A., Decety, J., & Kiehl, K. A. (2012). Increased frontotemporal activation during pain observation in sexual sadism: preliminary findings. Archives of general psychiatry, 69(3), 283–292. https://doi.org/10.1001/archgenpsychiatry.2011.1566