半側空間無視と注意障害
臨床場面で遭遇する頻度の高い高次脳機能障害として半側空間無視というものがあります。
この半側空間無視は右半球損傷で頻繁に見られ、多くの場合視界の左側の空間認知が障害され、左側の食べ物を食べ残してしまう、あるいは左側の障害物にぶつかってしまうという症状を示すものですが、
この半側空間無視というのは視覚認知だけでなく、大事なものに気づかない、声をかけても気づかないなど注意機能の障害を併発していることが多いのですが、これは果たしてどのような仕組みに基づくものでしょうか。
トップダウン的な注意とボトムアップ的な注意
注意といっても心理学的にはこの注意というのは2つの種類に分けられることが知られています。
一つは待ち合わせ場所で相手を探すようなトップダウン的な注意、
もう一つは蛇や蜘蛛、排泄物や魅力的な異性など、刺激に強い対象に自ずと気がついてしまうボトムアップ的な注意であり、
日常生活ではこの2つが上手に切り替えながら生活していますが、このトップダウン的な注意とボトムアップ的な注意の調整には右頭頂葉が関与していることが報告されています。
ではこの右頭頂葉の損傷を生じた半側空間無視患者では視覚認知がどのように変化してしまうのでしょうか。
半側空間無視患者の視覚認知
今日取り上げる論文は、半側空間無視患者を対象に視覚認知実験を行ったものになります。
対象となったのは右半球損傷を生じ、半側空間無視症状を生じた患者9名と健常対照群18名で、損傷領域は主に頭頂葉後部および側頭頭頂接合部(TPJ)になります。
まず一つ目の実験ではトップダウン的な注意とボトムアップ的な注意などの程度障害されているのかを確認するために被験者にそれぞれトップダウン的な注意課題とボトムアップ的な注意課題の2つを行わせ、その時の視線がどこを向いているのかについて視線追跡装置を使って調べています。
この実験の結果からは対象となった半側空間無視患者ではトップダウン的な注意とボトムアップ的な注意が同じ程度損なわれていることが示されています。
また2つ目の実験ではトップダウン的な注意とボトムアップ的な注意を競合させる課題を行っています。
具体的には画面上に標的となる刺激(Target)と、それとは別に異なる色の目立つ刺激(Probe)の両方を示し、その時の視線について調べています。また視線の基準点については以下の図に示すようにランダムに変えて提示しています。
この実験の結果としては、視線についてはそれぞれの視覚刺激が基準点から左右にどの程度離れているかに関係しており、トップダウン刺激にしろボトムアップ刺激にしろ、左側には視線が向かいづらいことが示されています。
3つ目の実験では、画面に明るさの勾配をかけることでトップダウン的な注意課題において視線がどのように変化するかについて調べています。
結果を示すと、画面の明るさに勾配をかけない状態では視線が右側に偏っているのに対し(上図右上)
右側を暗くして勾配をかけると中央に移動し(上図右中)
さらに勾配を強めることで視線が左側へ移動することが示されています(上図右下)
これらの実験の結果から、頭頂葉後部および側頭頭頂接合部を損傷した左半側空間無視患者においては
・ボトムアップ的な注意もトップダウン的な注意も共に同じように障害されうる
・視界に勾配をかけることで視線の向きやすさを調整することができる
ということが述べられています。
しばしば半側空間無視患者の環境設定として食事の時に右側を壁にすることで左側へ注意を向きやすくするなどの取り組みがされることがありますが、
視界右側の情報を少なくして、視界左側の情報を顕著にすることで、ある程度左半側空間無視患者の視線の向きというのは調整可能なのかなと思いました。