目次
はじめに
人間が他の動物よりも優れているものはなんだろう。おそらくそれはコミュニケーション能力ではないだろうか。私達人間は向かい合って心を通い合わせることが出来る。相手の気持を理解して手を取り合うこともできれば、争いを回避することも出来る。また、その方法は、見つめ合うことから話すこと、さらには歌や踊りなど多種多様である。そして、このコミュニケーションスキルの基盤になっているのが模倣能力であり、模倣能力の基盤はミラーニューロンシステムではないかと考えられている。今回の記事では、そのミラーニューロンシステムについて考えてみたい。
ミラーニューロンシステムのメカニズム
脳は様々な仕組みが組み合わさってできている。脳の中には、視覚や聴覚、運動に特化した様々な仕組みある。そしてこれらの仕組みが繋がり合って、多くのネットワークを作っている。ではミラーニューロンシステムとはどのようなネットワークなのだろうか。ミラーニューロンシステムののコアとなる部分は、側頭葉、頭頂葉、前頭葉にあると言われている。
側頭葉では上側頭回と呼ばれる領域がミラーニューロンシステムを構成している。視覚情報は網膜で捉えられ、脳に情報が送られる。脳に送られた情報は川を流れるように、脳の様々な部分に伝えられるが、上側頭葉はその下流にあたる。工場で言えば、原料が運ばれて製品になるまでは様々な工程があるが、上側頭葉はその最終工程に当たる領域である。
頭頂葉では下頭頂小葉と呼ばれる領域がミラーニューロンシステムを構成している。この領域は様々な感覚情報を取りまとめる働きがある。例えば誰かと話しているときのことを考えてみよう。あなたの眼は相手の表情を捉え、あなたの耳は相手の言葉をとらえている。あるはあなたの鼻は相手から漂う汗の匂いを感じているかもしれない。そういった諸々の情報が統合されて、あなたの心のなかでは、「相手と話している」という一つの感覚が生じることになる。下頭頂小葉はこのように異なる種類の感覚情報を取りまとめる働きがある。
また、前頭葉では下前頭回と呼ばれる領域がコアになる。下前頭回は脳の中の様々な領域とつながり、脳全体のハブとなるようなポジションにある。そのため、この領域には様々な情報が運ばれ、複雑な機能を担うことになる。言葉を話したり、相手の気持を理解したり、ものまねをしたりなどである。
上側頭回も下頭頂小葉も下前頭回も、いずれも多くの情報が集まるネットワーク上のハブである。ミラーニューロンシステムは、これらのハブが組み合わさってできており、模倣や発話、心の理解など、コミュニケーションに関わる機能を担っている。
ミラーニューロンシステムの機能
ミラーニューロンシステムには様々な機能があるが、その中核となるのは共感機能である。共感するには大きく分けて2つの方法がある。一つは無意識的な理解でである。例えば泣いている人を見れば自然と自分も悲しくなるだろうし、怒っている人を見ればこちらまで心がざわつくことがある。もう一つは、意識的な理解である。これは、理詰めで相手の心を推測するもので、シャーロック・ホームズのように様々な情報から相手の心を推し量るものである。このように共感機能には無意識的なものと意識的なものがあるが、下の図に示すように、ミラーニューロンシステムはその両方に関わっている。
ミラーニューロンシステムへのアプローチ
自閉症スペクトラム障害ではミラーニューロンシステムの機能に障害があると考えられている。ではこのミラーニューロンシステムの働きを高める方法はあるのだろうか。試行的な段階ではあるものの、ニューロフィードバックはを用いた方法がいくつか提案されている。カリフォルニア大学の神経生理学者、ダトコ博士は、高機能自閉症児を対象にニューロフィードバック訓練を行い、その効果を調べている。ちなみにニューロフィードバック訓練とは自分の脳の働きを何らかの形で知覚させ、訓練を行う方法である。この研究ではニューロフィードバックにミュー波というものを使っている。ミュー波は模倣を行おうとするときに運動野に生じる脳波で、ミラーニューロンシステムの活動に関連している。被験者は、画面に提示される手の運動を模倣するように指示され、その時のミュー波の活動がフィードバックされる。結果としては、訓練による下頭頂小葉の活動変化が高いほど、自閉症の症状軽減効果も高まることが示されている(Datko et al., 2018)。
まとめ
では、ここまでの内容を簡単にまとめよう。
・ミラーニューロンシステムはコミュニケーションに脳内ネットワークである。
・模倣や言語、共感機能と関連して活動する。
・主な構成領域は、上側頭回、下頭頂小葉、下前頭回である。
・自閉症スペクトラム障害児に対するニューロフィードバック訓練が試みられている。
このようにミラーニューロンシステムは人間のコミュニケーション能力に関わっている。しかし、コミュニケーションスキルが高くなれば幸せになれるだろうか。それは幸せの十分条件かもしれないが必要条件ではないだろう。犬は犬のように生きられるのが幸せだし、猫は猫のように生きることで幸せになる。私は私らしく生きることで幸せになり、あなたはあなたらしく生きることで幸せになれる。私らしさ、あなたらしさとはなんだろうか。たまには目を閉じて立ち止まるのもよいのかもしれない。
【参考文献】
Bekkali, S., Youssef, G. J., Donaldson, P. H., Albein-Urios, N., Hyde, C., & Enticott, P. G. (2021). Is the Putative Mirror Neuron System Associated with Empathy? A Systematic Review and Meta-Analysis. Neuropsychology review, 31(1), 14–57. https://doi.org/10.1007/s11065-020-09452-6
Datko, M., Pineda, J. A., & Müller, R. A. (2018). Positive effects of neurofeedback on autism symptoms correlate with brain activation during imitation and observation. European Journal of Neuroscience, 47(6), 579-591. https://doi.org/10.1111/ejn.13551