幸せの科学:仕事、結婚、文化、知能、遺伝子、社会資本まで
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はじめに

形のないものを考えるのが趣味である。特に幸せや倫理と言ったテーマは大好物で、暇さえあれば、息子相手に議論をふっかけている。しかし幸せとは一体何なのだろうか。幸福論は数多くあるが納得できる答えに当たったことはない。今回の記事では、様々な幸福研究を取り上げる。具体的には、仕事や結婚、文化、知能、遺伝子、社会資本をテーマにした幸福研究である。これを読めば幸せになれるとはいえないが、考えるヒントにはなるはずである。興味のある人はこのまま読み進めてほしい。

幸せの因子構造分析

まず最初に大きな枠組みの話から始めたい。そもそも幸福にはどのような種類があるかという話である。古代ギリシアの哲学者、アリストテレスに習えば幸福には二種類あるという。一つは快楽追求型の主観的幸福であり、もう一つは生きがい追求型の心理的幸福である。一般に心理学的には、主観的幸福は自分の欲望を満たすことで得られ、心理的幸福は自己実現から得られるものだとされている。ポジティブ心理学を研究するリンリー博士は、主観的幸福と心理的幸福がどのような関係にあるのか、またこれらの幸福に関係する因子について研究を行っている。研究対象となったのは、2,593名の英国人で、結果としては、民族や性別、年令を問わず以下の図のような因果関係が示されている(Linley et al, 2009)。

 

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Linley et al, 2009 Figure 3を参考に筆者作成

 

ざっとみてみると主観的幸福と心理的幸福の相関関係は大分高いことがわかる。また心理的幸福と関連する因子としては、自律性、環境の制御、個人的な成長、ポジティブな人間関係、人生の目的、自己受容がある。主観的幸福と関連する因子としてはネガティブな感情、ポジティブな感情、人生への満足感があり、思いの外ポジティブな感情の寄与が大分少ないのがわかる。この図を見る限り、ポジティブ感情を追いかけるよりはネガティブ感情を減らしたほうが幸福達成のコスパは高いのかもしれない。

仕事と幸福感

仕事で過ごす時間は長い。時間が長い分、仕事は幸福感に大きく影響しそうだが、実際のところはどうなのだろうか。ある研究では仕事の満足感と幸福度の関係について調べている。この研究では、仕事の満足度と人生の幸福度の関係について調べた研究のメタアナリシス(いくつかの研究のデータを合わせて総合的に効果の程度を調べる方法)を行っているが、仕事の満足感は、幸福度への寄与が大きい順に

・仕事それ自体への満足

・上司への満足

・同僚への満足

・給与への満足

・出世への満足

となっており、とりわけ仕事それ自体への満足が人生の幸せへ寄与する割合が飛び抜けて大きいことが示されている(Bowling et al., 2020)。そう考えれば、やはりやってて楽しい仕事が満足感の高い仕事なのかもしれない。また別の研究では従業員のうつ病発症に影響する因子としては、

・給料が見合っていない

・仕事と家庭のバランスがよろしくない

・仕事の自己裁量権が低い

があげられている(Wulsin et al., 2014)。従業員の心理的健康を確保するためには、一定の給料と裁量権が必要なのかもしれない。

結婚と幸福感

人生の幸せは仕事と結婚で決まるということも聞く。イギリスの社会学者、サイモン博士は、ドイツ、イギリス、アメリカのデータを用いて結婚と幸せの関係について詳しく調べている。その結果、以下のことが示されている(Simon, 2002)。

・結婚生活の質が高いと人生の幸せを2割ほど押し上げ、最も結婚生活の質が高いと、3割から4割押し上げる。
・独身時代のある時点で幸福であることは結婚する確率に影響しない。
・しかし幸福な独身者は不幸な結婚をする確率が低い。
・結婚の質が高い人は健康状態や対人信頼度が高い。

質の高い結婚生活は2割は幸福感を引き上げるという。なにを結婚生活の質とするのかというのは個人差があるので難しいかもしれないが、少なくとも自分が求めるもの(生活の質)が何かを分かっていることは幸せな結婚をするために大事なのかもしれない。

社会資本と幸福感

幸せになるためにはお金や仕事に加えて人とのつながりも大事である。いざという時助けてくれる人がいれば、人間は安心して生きていけるからだ。東京工業大学の田中らの研究グループは、デンマーク、スウェーデン、フィンランド、スイス、ブータン、シンガポール、インドネシア、日本の社会資本(社会的なつながり)と幸福度の関係について調べている(Tanaka and Tokimatsu, 2020)。

社会資本というのは、人とのつながりであって、困ったときに助けてくれる人がどれくらいいるかの指標になるもの。

この研究で用いた尺度の項目は以下の通り

1  おいしいお店をよく知っている人がいる
2  家具、車、バイク、パソコン、電気機器など、壊れたものを修理できる人がいる
3  電気、ガス、家の一部、インターネットが使えないなどのトラブルを解決できる人がいる
4  病気のとき、買い物の手伝いをしてくれる人がいる。
5  運転免許がないなど、自分で運転できないときに、目的地まで迎えに来てくれる人がいる
6  お互いの家族のことをよく知っている人がいる
7  プライベートな情報を共有し合っている人がいる
8 災害、感染症、不倫、事故(テロ、殺人、火災)などのリスク情報を共有している人がいる
9  長期出張の際、家を預かってくれる人がいる
10  火事や事故などの災害時に駆けつけてくれる人がいる
11  地域の歴史や文化に詳しい人がいる
12  一緒に趣味や運動を楽しんでくれる人がいる
13  議員や自治体の職員を紹介してくれる人がいる。
(または知っている知人を紹介してくれる人)
14  地域のイベント情報を教えてくれる人がいる
15  地元のメディア(テレビ局、ラジオ局、新聞社、出版社など)を紹介してくれる人がいる
16  高級品や安価な商品を扱っている店を教えてくれる人がいる
17  就職活動や転職活動で推薦状を書いてくれる人がいる
18  困ったときに少額でも貸してくれる人がいる
19  お金を借りるときに保証人や連絡人になってくれる人がいる
20  本人または家族の就職活動(アルバイトを含む)を支援してくれる人がいる
21  育児について相談できる人がいる
22  自分や家族の健康や精神的な病気について相談できる人がいる
23  子どもや親を一時的に預かってくれる人がいるがいる
24  病院やその他の施設について教えてくれる人がいる
25  病気や障害で身体的なサポート(長期療養など)をお願いできる人がいる
26  経済的な相談にのってくれる人がいる
27  大学や研究機関に所属している人がいる
28  法律や公共機関などに関する専門的な知識を持っている(またはそれらを知っている知人を紹介する)人 がいる
29  専門的な知識や医療技術を持っている人がいる
30  仕事で困ったときに相談できる人がいる

これらをもとに上記の国々の幸福度との関係を示したのが以下の図。なんだか日本だけが際立っている。

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Tanaka and Tokimatsu, 2020, Figure 1を参考に筆者作成

ちなみに幸福度と社会資本の間に相関関係が見られたのは、日本、デンマーク、シンガポールで、これらの国々は、人とのつながり(コネ)がキャリアアップに大事であるという特徴があるとのこと。また逆U字型になっているインドネシアなどは、社会的地位が高くなるに連れて、閉じたネットワークになるためではないかと論じられている。

文化と幸福感

土地との相性という言葉がある。たとえば東京のドライな人間関係が過ごしやすい人もいれば、地方のウェットな人間関係が好ましい人もいる。自己主張が許されるアメリカが気楽な人もいれば、空気を読んで動く日本でその本領を発揮する人もいる。その意味で土地との相性は幸福感にも影響する可能性がある。ある研究では、スイス人を対象に、土地による気質の違いと、土地と性格の一致度が幸福に与える影響について調べている(Götz et al., 2018)。この研究では、それぞれの連邦州の平均的な気質(開放性、協調性、誠実性、外向性、神経症的傾向をビッグファイブで測定)を求め、個人の気質と居住地の平均的な気質との合致度が個人の主観的幸福度にどの程度影響を与えているかについて調べている。結果を示すと、言語圏によって比較的明瞭な土地柄(気質の違い)があり、個人の幸福度もどの程度土地柄と合致しているかに影響されることが示されている。どこで人生を過ごすかは幸せになるためには案外大事なのかもしれない。

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Götz et al., 2018. FIGURE 1を参考に筆者作成

知能と幸福感

幸せになるためには、一体どの程度の知能があったほうがいいのだろうか。不幸を避けるためには、ある程度の知能はあったほうがいいような気がするが、頭のいい人が幸せに生きているかというと、これもまた難しい。オランダのエラスムス大学で幸福学を研究するフェーンホーフェン博士らの研究によると、個人レベルでは知能は幸福と相関しないが、国家レベルでは相関するという。確かに下の図を見ると、平均知能が高い国家は平均幸福度も高い。ちなみに東アジアの国々は知能が高い割に幸福度が低いが、その理由としては、集団主義的な文化も影響してるのではないかと論じられている。

Veenhoven and Choi, 2012, SCHEMA 3を参考に筆者作成

遺伝と幸福感

人間の気質が遺伝で決まるのか、それとも環境で決まるのかを調べる方法として双子のデータを用いた研究方法がある。この方法で幸福感を調査したある研究では、遺伝によって強く影響される気質的要素が幸福感に大きな影響を及ぼすことが報告されている(Weiss et al., 2008)。

人間の気質を測る方法としてよく使われるものにビッグファイブ尺度と呼ばれるものがある。これは人間の性格を、神経症的性格、誠実性、外向性、協調性、開放性の5つの因子で捉えようとするもの。この研究ではビッグファイブ尺度を使って幸福感に影響する因子を調べているのだが、神経症的性格(の低さ)、開放性、誠実性が幸福感に大きく影響し、またこれらの因子は遺伝的要因が大きいとのこと。世の中には幸せになりやすい人もいれば、なりにくい人もいるが、その辺はある程度遺伝で決まっているのかもしれない。

まとめ

このように幸せにはいろんな要因が関わっている。仕事や結婚、人との繋がり、住む場所や知能、遺伝的性格などなどである。人生、幸せに生きていくコツは、変えられないものは無理せず諦め、変えられるものはしっかりと変えていくことなのかなと思うこともある。知能や性格は変えがたいが、住む場所や仕事は比較的変えやすい。結婚については一概には言えないが、知能や性格を変えるよりは、変えやすいのかもしれない。一度きりの人生である。死ぬ時に悔いが残らぬよう、生きていきたい。

 

【参考文献】

Linley, P. A., Maltby, J., Wood, A. M., Osborne, G., & Hurling, R. (2009). Measuring happiness: The higher order factor structure of subjective and psychological well-being measures. Personality and individual differences47(8), 878-884. https://doi.org/10.1016/j.paid.2009.07.010

Bowling, N. A., Eschleman, K. J., & Wang, Q. (2010). A meta-analytic examination of the relationship between job satisfaction and subjective well-being. Journal of Occupational and Organizational Psychology, 83(4), 915–934. https://doi.org/10.1348/096317909X478557

Götz, F. M., Ebert, T., & Rentfrow, P. J. (2018). Regional cultures and the psychological geography of Switzerland: Person–environment–fit in personality predicts subjective wellbeing. Frontiers in Psychology, 9, Article 517. https://doi.org/10.3389/fpsyg.2018.00517

Wulsin, L., Alterman, T., Timothy Bushnell, P., Li, J., & Shen, R. (2014). Prevalence rates for depression by industry: a claims database analysis. Social psychiatry and psychiatric epidemiology49(11), 1805–1821. https://doi.org/10.1007/s00127-014-0891-3

Simon, R. W. (2002). Revisiting the Relationships among Gender, Marital Status, and Mental Health. American Journal of Sociology, 107(4), 1065–1096. https://doi.org/10.1086/339225

Tanaka, S., & Tokimatsu, K. (2020). Social capital, subjective well-being, and happiness: Evidence from a survey in various European and Asian countries to address the Stiglitz report. Modern Economy11(02), 322. https://doi.org/10.4236/me.2020.112026

Veenhoven, R, & Choi, Y.W. (2012). Does intelligence boost happiness? Smartness of all pays more than being smarter. International Journal of Happiness and Development1(1), 5–27. https://doi:10.1504/IJHD.2012.050808

Weiss, A., Bates, T. C., & Luciano, M. (2008). Happiness is a personal(ity) thing: the genetics of personality and well-being in a representative sample. Psychological science19(3), 205–210. https://doi.org/10.1111/j.1467-9280.2008.02068.x

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