目次
1.はじめに
一見すると魅力的で説得力ある話し方をしながら、時折、他者への共感がほとんど感じられない瞬間がある――これがサイコパスという存在に対する多くの人の印象です。短い会話だけなら「気さくで親しみやすい」と思える一方、ふと見え隠れする冷たさにどうしようもない違和感を抱くことがあります。しかも、その特性は場合によっては極端な反社会的行為に向かう一方で、組織のトップとして「リーダーシップ」を発揮する場合にも見られるという、何とも厄介な二面性を持ち合わせているのです。本稿では、その二面性が垣間見える背景を「心の理論」や共感性、自閉症スペクトラム障害(ASD)との比較、さらに失感情症(アレキシサイミア)との関連、そしてリーダーシップ行動に関するメタ分析を踏まえつつ考察します。
2.サイコパスとは?――巧みさと共感欠如の接点
心理学的には、サイコパスはPCL-R(Psychopathy Checklist-Revised)によって測定される特性で、大きく(1)対人的・感情的特徴(Factor 1)と (2)衝動性・反社会的行動(Factor 2)の二つの側面に分けられることが多いとされます。前者は「感じのよい話しぶりで相手を惹きつけるが、心からの共感や罪悪感は薄い」といった愛想・魅力と冷たさの同居を示し、後者は衝動性や反社会性が強く、しばしば犯罪的行動にも至りやすい性質を指します。
こうしたサイコパス的特性をもつ人と対峙すると、「相手が何を考えているかはよく分かっているらしいのに、他者の苦痛に気持ちを動かされることが少ない」といういわゆる情動的共感の不足が際立ちます。結果として、ほんの短時間のやりとりであっても、「妙に魅力的なのに、ぞっとするような共感のなさが見えてしまう」という不気味な違和感を与えやすいのです。
3.自閉症スペクトラム障害(ASD)との比較――「わからない」対「わかるけど感じない」
コミュニケーション困難さという観点からしばしば取り上げられるのが自閉症スペクトラム障害(ASD)との比較です。ASDでは、相手の心情や意図を推測する認知的共感(いわゆる心の理論: ToM)の面で困難を抱えることが多く、他者の反応を適切に読み取りづらいのが主な特徴の一つとされています。
一方、サイコパスはその点がほぼ逆で、「相手が何を考えているか」は鋭く読み取れ、むしろ対人的操作や説得に利用することができるにもかかわらず、情動的共感――すなわち相手の苦痛や悲しみに寄り添う感情的な部分――が希薄です。ASDが「相手を理解する認知能力が脆弱」なのとは異なり、サイコパスは「認知能力はあるのに心が痛まない」ため、ときに冷淡さを伴う言動で周囲を驚かせます。この差異が、同じように「コミュニケーションの難しさ」を抱える存在であっても、受ける印象を大きく分けると言えるでしょう。
4.失感情症(アレキシサイミア)との関連――自分の感情に疎い?
サイコパスの情動的共感の欠如は、失感情症(アレキシサイミア)との関連も指摘されています。失感情症とは、自分の感情を自覚・言語化することがうまくできない状態を指します。サイコパスのなかには、自他の痛みや恐怖に対して鈍感で、「自分が何を感じているか」も把握しづらい場合があります。自閉症スペクトラム障害ほど認知的には困っていないが、感情処理においては自分自身への意識が薄い——そうした特徴が、他者の苦境や痛みにたいしても配慮や慮りを抱きにくくする一因となっている可能性があるのです。
ただし、失感情症がそのままサイコパスのすべてを説明するわけではありません。サイコパスの場合は「そもそも他者の苦痛そのものに価値を置かない」という強力な自己中心性や冷淡さが根底にあるため、単なる感情認識力の問題以上に、道徳的ブレーキの弱さが危険とされます。
5.リーダーシップ――「闇のリーダー」になりうる二面性
5.1 リーダーとして昇進しやすいのか?
サイコパスを含む「ダークパーソナリティ」が経営者層に多いのでは、という議論がありますが、近年のメタ分析(Landay, Harms, & Credé, 2019)によれば、サイコパス傾向を持つ人はリーダーの座に就く(emergence)確率がわずかに高いとされました。その背景には、恐怖を感じにくく大胆かつ外交的に振る舞う要素が一部に作用しているのかもしれません。ただし、実際に高い地位に着く確率が上がるとはいえ、その相関はあくまで小さめだということもデータは示しています。
5.2 リーダーとして優秀かどうか
同メタ分析では、リーダーとしての有能さについては、サイコパス傾向とわずかながら負の相関が報告されました。つまり、サイコパスはリーダーの座を射止める確率は少し上がる一方、実際にチームを成長させたり、人望を得たりする点ではむしろ足かせになる恐れがあるのです。さらに変革型リーダーシップに関しては中程度の負の相関が認められ、彼らの本質的な共感性の低さが「部下を鼓舞し、個々の成長を促す」という要素と合わないことが示唆されます。
5.3 犯罪者にもトップにもなり得る“二面性”
こうしてみると、サイコパスは「犯罪をも辞さない冷酷な攻撃性」という要素を内包しつつも、「スピード出世」を遂げるだけの対人スキルも兼ね備えています。結局は、社会的ルールや倫理観による抑止力がどこまで働くかによって、凶悪犯罪へと向かうか、それとも組織のリーダーシップを握るかが分岐する可能性があるのです。特に男性のサイコパス傾向は周囲から「大胆でリーダーらしい」と見られやすいという性差も指摘される一方、女性だと「怖い」「傲慢だ」などと強く不利に評価されるケースがあり、まさしくダブルスタンダードが作用するとの報告もあります。
6.どう向き合うべきか
サイコパスは認知的共感能力によって魅力的に振る舞いつつ、情動的な共感を欠くことで利害を問わず突き進む危険もはらんでおり、犯罪者にもなるし、「闇のリーダー」として君臨することもできる――この二面性を社会はどう扱えばいいのでしょうか。
結論からいえば、サイコパスの「感じの良さ」に惑わされないこと、そして彼らの「失感情症的特徴」や「性差による評価の偏り」を十分理解したうえで、組織内での権力乱用やコンプライアンス違反を早期に察知する体制を整えることが重要です。周囲が単に「魅力的だ」と賞賛しすぎると、長期的には部下や顧客に悪影響を及ぼす恐れがあるからです。一方で、限られた局面では彼らの大胆さや決断力がプラスに作用する可能性もあり、そのバランスを慎重に見極める視点が求められます。いずれにしても、サイコパスの二面性を心理学的に把握し、やみくもに恐れたり崇めたりするのではなく、適切な視点から向き合うことが私たちの課題となるでしょう。
【参考文献】
- Burghart, M., Sahm, A. H. J., Schmidt, S., Bulla, J., & Mier, D. (2024). Understanding empathy deficits and emotion dysregulation in psychopathy: The mediating role of alexithymia. PLOS ONE, 19(5), e0301085. https://doi.org/10.1371/journal.pone.0301085
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- Landay, K., Harms, P. D., & Credé, M. (2018). Shall we serve the dark lords? A meta-analytic review of psychopathy and leadership. Journal of Applied Psychology, 104(1), 183–196. https://doi.org/10.1037/apl0000357
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