サイコパスの脳で起きていること:なぜ”共感ゼロ”なのに空気を読むのが上手いのか?
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はじめに

前回の記事(サイコパスか?)では、サイコパスの人格的特徴や行動様式、さらには社会的なインパクトについて概観しました。今回は、「サイコパスのコミュニケーション能力」を脳科学的側面から眺めつつ、その裏付けを示す最新の研究知見を紹介したいと思います。特に「ミラーニューロンシステム」に焦点を当てながら、サイコパスが示す“冷酷さ”と一見矛盾するような「他者の心を読む巧みさ」の関係性を明らかにします。参考文献として取り上げるのは、Fecteauら(2008年)の研究です。

サイコパスと「共感」の問題

まず押さえておきたいのは、サイコパスにおける共感の欠如は「感情的な思いやり」が乏しいことを指すケースが多い、という点です。しかし一方で、「相手の考えや感情を推測する能力」自体はむしろ非常に高いという現象がしばしば報告されています。ここで役立つのが、「共感」をいくつかの要素に分ける考え方です。神経科学の分野では、認知的共感(相手の状況や考えを理解する)情動的共感(相手の苦しみを情緒面で共有する)、そして運動的共感(他者の行動や痛みを、自分がなぞるように脳活動で再現する)などが区別されることがあります。サイコパスは、認知的共感や運動的共感の面では比較的優位に働く一方、情動的共感や良心に結びつく回路が働きにくいとも言われています。

ミラーニューロンシステム(MNS)の役割

脳科学で注目されるミラーニューロンシステムは、「他者の行動を見るだけで、自分が同じ行動をしているかのように脳が活動する」という性質を持つ細胞群を指します。サルの運動皮質から最初に見つかり、ヒトでも下前頭回や頭頂葉などで同様の機能が確認されています。
とりわけ痛みの観察時には、実際に痛みを受けたときと似たパターンで脳内が反応するケースがあり、これを「感覚運動的共感」と呼ぶことがあります。つまり、他者に起きている痛みがあたかも自分のことのように一部再現されるのです。

Fecteauら(2008年)の研究概要

1. 目的と対象

Fecteauらは、精神疾患の診断を受けていない一般成人の男性を対象に、サイコパス的傾向とMNSの活動を関連づけて調べました。具体的には、Psychopathic Personality Inventory(PPI)という自己評価式の質問紙を用い、参加者が持つサイコパス的特性を数値化しています。

2. 実験手法

参加者に「他者の手に針が刺さる動画」などを見せている最中にTMS(経頭蓋磁気刺激)を与え、指の筋肉がどの程度反応するかを測定しました。脳の運動野に刺激を加えると、反応が強いほど“活動が高い”ことを示し、抑制されていれば“活動が低い”と推定できます。これを用いて、「他人の痛みを見たとき、観察者の運動野がどう変化するか」を捉えようとしたのです。

3. 主な結果

  • ほぼ全参加者で、痛みのシーン(針が刺さる様子)を見た際に運動野の活動(MEP振幅)が下がる傾向が認められました。これは「痛みに対する感覚運動的共感」が自動的に働く現象だと解釈できます。
  • 一方、PPIの「冷酷さ」スコアが高い人ほど、運動野の反応がより大きく下がる(つまり痛み刺激に対して強く反応する)傾向がありました。冷酷なはずが、むしろ痛みに敏感に“なぞる”という逆説的な結果となったのです。

「冷酷さ」と運動的共感の逆説

この結果は、サイコパス的な冷酷さを持つ人が「他者の痛みをまったく理解できない」のではなく、「より鮮明に痛みをなぞることができるのに、そこに情動的な苦痛や良心の呵責が伴わない」可能性を示します。すなわち、「相手がどれだけ痛んでいるか」を高精度で読み取れる一方で、それを他者への思いやりに活かさず、むしろ操作や利用に向けてしまうことが考えられます。

サイコパスのコミュニケーション能力は、この「運動的あるいは認知的な共感は高いが、情動的な共感や罪悪感が希薄」というアンバランスさから成り立っているのでしょう。結果として、「他者の苦痛や感情を巧みに把握・言語化できる」にもかかわらず、「相手をいたわる心を感じさせない」という矛盾した印象を与えるのです。

サイコパスのコミュニケーション能力と脳科学的考察

サイコパスが示す「相手の心を読む力」と「罪悪感の希薄さ」は、脳内ネットワークのアンバランスとも言えます。たとえば、運動野や感覚野を含むMNSが他者の行動や痛みに鋭く反応する一方、これを情動面で統合して「哀れみ」や「苦悩」といった感情を喚起するはずの回路(扁桃体や前帯状皮質など)が十分に働かない――そんなメカニズムが背景にあるかもしれません。

この観点から言えば、サイコパスを単に「共感がない」と片づけるのではなく、「共感をどのように使っているか」が常人と異なると理解したほうが正確です。他者の痛みを認識しても、それを相手への配慮に繋げるより、むしろ優位に立つための情報として利用するという捉え方です。

まとめ:サイコパスと共感の複雑性

前回と今回の記事を通して見てきたように、サイコパスは共感が機能不全を起こしているわけでは必ずしもありません。認知的あるいは運動的共感の回路はむしろ強く働き得るのに、それが他者に寄り添う形ではなく、自分を有利にする方向へ向かう。だからこそ「冷酷だがコミュニケーション巧者」という特異な姿が生まれるのです。

今回のFecteauら(2008年)の研究は、運動野での活動を指標とすることで、このパラドックスを実証的に示唆したものだといえます。サイコパスを「共感がない人」と切り捨てるのではなく、脳科学的には「共感の使い方が異質な人」という理解が求められるでしょう。

一方、サイコパスにも自閉症スペクトラムと同様に幅があり、誰もが少なからずそうした要素を持っている可能性があります。実際、ジェノサイドのような悲劇に手を染めるのは、一見普通の市民であることも珍しくありません。潜在的なサイコパス性は、私たち全員が抱えているかもしれないのです。

「狂気は普遍的なもの」という視点を持つことこそ、人間の特性を多面的に理解するうえで欠かせないのではないでしょうか。

参考文献

  • Fecteau, S., Pascual-Leone, A., & Théoret, H. (2008). Psychopathy and the mirror neuron system: Preliminary findings from a non-psychiatric sample. Psychiatry Research, 160(2), 137–144.
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