統合的複雑性とはなにか?
何かを決めることは難しい。例えばパンデミックの頃を思い出してみよう。マスクの着用にしても移動規制にしても喧々諤々の議論が行われた。経済はどうなるのか、予算はどうなるのか、病院の負担はどうなるのか、すべてのニーズを満たすことは出来ない中、それでも何かを決めなければいけない事態に立たされていた。こういった状態で何かを決めるためには思慮深さが必要となる。全体を見渡し、深く考え、慎重に判断する能力である。しかしこういった思慮深さはどうやって測ることが出来るのだろうか。この記事では思慮深さを図る指標である統合的複雑性という概念について考えてみたい。
統合的複雑性の測り方
統合的複雑性というのは、一言でいえばどれだけ物事を複雑に捉えられるかの指標である。ではこれをどうやって測るかと言うと、その人が話している内容で持って測ることが出来る。例えば、「マスクをしないと(あるいはすると)死ぬ」というのは統合的複雑性は非常に低く(1点)、「感染症が流行しているときにはマスクをしないと感染する」というのは、それよりはまだ少し高い(3点)。そして「感染症に感染するリスクはあるが、ウイルスが弱毒化してきたので、マスク着用規制を緩和し、経済の活性化を促す。また感染症が広がることで集団免疫を獲得し、感染症を抑制できる可能性もある。」というのは、統合的複雑性は大分高い(7点)。統合的複雑性は、ある人物が述べている言葉を分析して、以下の図のようにどれほど複雑に世界を捉えているかを7点満点で評価するようなものである(Baker-Brownら、1990年)。
統合的複雑性と政治的判断
政治家には高い統合的複雑性が求められるが、いくつかの研究ではこれを実証的に調査している。たとえばアメリカの歴代大統領の統合的複雑性を調査した研究では以下のことが分かっている(Thoemmesと Conway, 2007)
・大統領の統合的複雑性は選挙前には低く、当選後高くなる。
・保守性が高い大統領は統合的複雑性が低い。
・性格的には、外交的、親和欲求(他の人に認められ仲良くなりたいという欲求)、友好性、機知(ウィット)の要因が高いほど、統合的複雑性が高い。
・統合的複雑性が高い大統領は必ずしも「偉大な大統領」ではない。
さらに国際危機における意思決定を調査した研究では、有事が回避できたケースでは、政治家の統合的複雑性が高く、戦争に至ったケースでは統合的複雑性が低いことが示されている。例えば、米ソ冷戦時代では、有事に至った朝鮮戦争では統合的複雑性は1点台であったが、有事を回避できたキューバ危機では4点台であったことが示されている(SuedfeldとTetlock、1977年)。果たして近年のロシア‐ウクライナ紛争ではいったい各国の統合的複雑性はどの程度だったのだろうか。
(SuedfeldとTetlock、1977年、TABLE 2.を参考に筆者作成)
統合的複雑性と経営判断
さて何かを決めるのは政治家だけではない。経営者も日々何かを決めていかなければいけないが、経営能力と統合的複雑性はどのように関係しているのだろうか。カリフォルニア大学リバーサイド校の経営学者、ウォン博士らは、フォーチュン500社に含まれる企業61社の経営者の言動と起業パフォーマンス、および各社の集権度合いの関係について調査している(Wongら、2011年)。
結果としては、
・分権的な企業であれば、トップの統合的複雑性によってパフォーマンスは変化しない。
・集権的な企業であれば、トップの統合的複雑性が高いときにはパフォーマンスが高くなるが、トップの統合的複雑性が低いときにはパフォーマンスが低下する。
とのこと。企業の最大の目的が存続することであれば、多少のパフォーマンス低下を犠牲にしても、分権的な体制にしておくほうがよいのかもしれない。代替わりや老化、何らかの強いストレスでトップの統合的複雑性が低くなることがあるからだ。このような場合に生じる被害は得られるメリットを遥かに凌ぐ。そう考えれば、分権的な体制を敷くことが出来るトップは統合的複雑性が案外高いのもかもしれない。
(Wongら、2011年、FIGURE 1.を参考に筆者作成)
まとめ
このように統合的複雑性は政治にしても経営にしても大きな影響を及ぼす。統合的複雑性は、ある意味、負けない勝負を打つ能力なのかもしれない。ある伝説的な雀士は、相手が自滅していくのを待っていれば、必然的に勝てるとも言っている。風が吹けば散ってしまうような商売をしている身であるが、統合的複雑性はどうにか高いところに持っていきたいと思う。
【参考文献】
Thoemmes, F. J., & Conway, L. G. III. (2007). Integrative Complexity of 41 U.S. Presidents. Political Psychology, 28(2), 193–226.