アイデンティティの心理学:どうすれば幸せになれるのか?
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はじめに

「アイデンティティ」という言葉は、どこか掴み所がない。

漢字で書けば「自我同一性」であるし、わかり易い言葉で書けば「自分が自分である感じ」である。これでは当たり前過ぎてなんのことだか分からない。

とはいえ、アイデンティティは人間を理解するうえで中核的な概念で、これを確立することが充実した人生や幸福へとつながるという。ならば理解しておいた方が良い。

今回の記事では、このアイデンティティがどのようなものかについて深堀りしていみたい。

アイデンティティとは?

アイデンティティという言葉は意外と新しく、学術的な概念として打ち出されたのは1950年代、心理学者エリクソンによってである。その後、アイデンティティという概念は、心理学という分野を超えて、社会学や哲学方面へも波及し、意味も多様化していった。

そのような経緯もあり、アイデンティティという言葉の定義はぼんやりとしていて、学問領域や研究者によってはその意味合いも変わってくる。

そのため、今回の記事では基本的にはエリクソンの考え方に沿ったものとしてアイデンティティを定義したい。

エリクソンは、人間を、生まれた瞬間から死ぬ間際まで一生かけて成長していく存在として捉えている。幼年期には幼年期の、老年期には老年期の発達課題があるが、主に成人期の課題となるのがアイデンティティの確立である。

これはざっくりと言ってしまえば、自分が思う自分と社会が思う自分が一致していることである。

例えば、自分のことを、性自認が女性寄りで、ポップな曲を謳うのが好きだと認識している人がいるとしよう。ところが社会の側がその人のことをイケメンの演歌歌手だと認識していた場合、「自分」の認識が解離する。このような場合は他人からの評価はいくら高くても、アイデンティティは確立されないことになる。

多くの人たちはこれほど自己認識の解離が大きくないかも知れないが、それでも大なり小なりズレはある。そのズレを自覚しながらやり過ごしていくと、人生のどこかで、自分の人生、これで良かったのだろうかと思う時が来る。よく聞く中年の危機などと呼ばれるものである。

そういった意味で、若いうちに自分のアイデンティティを確立できる人は幸せであろう。教えることが好きで、小さな子が好きな人が先生になれれば、自分と社会の認識が一致する。リーダーシップを取るのが好きで、自ら道を切り開くことが好きな人が経営者になれば、これも自分と社会の認識が一致する。そのような人生はおそらく幸せなものになるのではないだろうか。

幸せになれるプロジェクトとは?

ではアイデンティティに沿った生き方をすれば本当に幸福な人生を送れるのだろうか。

この質問に対する答えは半分が正しいといえる。

ある研究では人生のプロジェクトと幸福感、人生の意味深さの関係について調べているのだが、その結果は興味深いものとなっている。

その研究では被験者に目下のところ取り組んでいるプロジェクトを10個書き出してもらい、そのプロジェクトの楽しさや難しさ、重要性などについて10点満点で回答させている。さらに、その結果を下に、その人のアイデンティティ傾向を「達成志向」「自己主張的」「共同的」「快楽主義的」の4つに分類した。これに加えて今現在感じている幸福感や人生の意味についても回答させている。

結果としては、以下の3つが示された。

1)達成しやすいと感じているプロジェクトが多いほど幸福度が高い。

2)自分のアイデンティティに合致するようなプロジェクトを行っている人ほど人生の意味を感じている。

3)自分のアイデンティティと異なるプロジェクトに関わっているほど、幸福度高い。

1)については、直感的にもわかりやすい。人生には婚活から子育てまで様々なプロジェクトがあるが、達成しやすいプロジェクトであれば幸福度が高く、困難なプロジェクトであればストレスも高く幸福度は下がりそうである。

2)の結果はなかなか興味深い。人生の意味というと抽象的すぎて理解しにくいが、「人生の意味」についての具体的な質問項目例は以下のものになる。

a) 個人的成長

「自分は成長し続けていると感じる」

「新しい経験に対してオープンである」

b) 人生の目的

「人生に目標と方向性がある」

「現在と過去の人生に意味があると感じる」

c) 積極的な他者関係

「暖かく、信頼できる人間関係がある」

「他者の幸福に関心がある」

d) 自律性

「自己決定的で独立している」

「社会的圧力に抵抗し、自分の基準で自己評価できる」

e) 創造性

「多くの人に影響を与えたと感じる」

「自分の貢献は死後も存在し続けると感じる」

f) 目的性

「人生に明確な目標と目的がある」

「人生に意味、目的、使命を見出している」

 

これらの質問項目は、確かに人生の手応えを反映するものである。わたしたちが関わるプロジェクトは必ずしも容易なものではなく、ストレスフルなものがあるが、それでも自分らしさに合致したものに関われれば、意味深い人生として感じられるのだろう。

ちなみに私は10点満点で計算して、各項目を平均した場合、個人的成長が9点、人生の目的性が6点、積極的な他者関係が7点、自律性が9点、創造性が5点、目的性が4点であった。こうして見てみると結構エッジが立っているようにも見える。総合平均点が10点満点で6.7点であれば、まずまず意味がある生き方をしているのかもしれない。

また3)の結果も興味深い。これは自分らしくないプロジェクトに関わると幸福度が上がるというものだ。アスリートや経営者のような自己達成志向が強い人が、コミュニティの運営に関わったり、あるいは皆で仲良くやるのが好きな共同主義的な人が、コスプレイベントに参加したりすると幸福度が高くなるということになるのだろうか。その意味では、自分らしくないプロジェクトにいくらか関わることも幸せになるためには大事なのだろう。

まとめ

このようにアイデンティティと幸福は大分関わりが深いようである。自分のアイデンティティと合致した役割を社会の中で持つことで、その人生は意味の深いものになり。また、自分らしくないプロジェクトに関わることでも幸福度は高くなる。要は自分のアイデンティティに合致したものに関わりつつも、バランスよく様々なプロジェクトに関わることで豊かな人生を送れるということになるのだろう。

しかし、そのためにはやはり自分のことを知ることが大事である。あなたは何が好きなのだろうか。何が得意なのだろうか。そしてあなたは自分のことを社会的にどのようなものとしてみなしているのだろうか。「汝自身を知れ」という言葉もある。プロジェクトを前に進める前に、一度立ち止まって汝自身を考えてみたい。

 

【参考文献】

Brubaker, R., & Cooper, F. (2000). Beyond” identity”. Theory and society, 29(1), 1-47.

McGregor, I., & Little, B. R. (1998). Personal projects, happiness, and meaning: on doing well and being yourself. Journal of personality and social psychology74(2), 494–512. https://doi.org/10.1037//0022-3514.74.2.494

 

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