アート鑑賞:見る前と見た直後の心理とは?
さて、前回まで2回にわたって、芸術鑑賞時の心理的な変化について説明をしました。
簡単に復習をすると
私達が作品を見るときには、およそ5つのパターンがあり、それらは
結果① 一瞥して足早に過ぎ去る
結果② ものめずらしさに足を止める
結果③ じんわりと感動する
結果④ 作品を否定する
結果⑤ 世界観が変わる
というもので、またこういった価値判断の根本には、
どれだけ自分自身と関係しているのか、
どれだけ自分の枠組みと一致しているのか
であり
さらにこういった価値判断やそこから捉える行動の根本にはセルフイメージの維持と更新が関わるというお話をしました。
こういったセルフイメージに関わる2軸を元に判断することで、ものめずらしさに足を止めたり、作品を否定したりという心理的ダイナミズムが生じることを簡単に説明したのが前回までですが、
今回は作品を見る前に、つまり美術館に入ったその時に、心理的にどのような状態になっているのかという点についてお話をしていきたいと思います。
アート鑑賞のデフォルトモード
私達は思い込みの生き物です。
料理にしてもお酒にしても、同じものであれば家の中よりも洒落たお店で食べたほうがずっと美味しく感じるということはよくあることですが、こういったことはなぜ起こるのでしょうか?
以下の図は、芸術作品を見る前に私達の心がどうなっているのか、また芸術作品を見た直後に私達の心がどう動いているのかについて示したものです。
この図を見る限り、私達が美術作品を見る前にどういった心持ちでいるかが大事なようです。
これは全く同じ作品を見るのであっても、置かれた状態で感じ方が大分変わってくるということになります。
たとえば、同じ作品を見るのであっても
・ここは美術館である(あるいは近所の路上である)
・時間とお金をかけて美術館にやってきた(あるいは修学旅行で無理やり連れてこられた)
・ワクワクしている(あるいはうんざりしている)
・好きな作家の作品展だ(あるいは現代アートはよくわからないので苦手)
という事前の状態で感じ方が大分変わってくるということになります。
また芸術作品のみならず、何かを観るときにはボトムアップ的な無意識的な視覚処理が関わってきます。
これは初めて出会う人の顔を見た時の第一印象だったり、洋服を買ったりする時のパットした印象だったりするのですが、
何かをうがって考える前に感じてしまうようなそういった視覚処理があります。
これとは別に、シゲシゲと考えながら、玩味しながら観るようなものもありますが、これは能動的に観るような視覚処理であり、
トップダウン的な視覚処理と言われています。
【ボトムアップ処理】
【トップダウン処理】
アート鑑賞時のボトムアップ処理
このようなボトムアップ処理は何かを見てから1秒もたたないうちから始まるのですが、
この論文によると、順序としては、まず最初に知覚的分析が来るとされています。
これは対象作品の基本的な特徴を捉えるような処理で、具体的には
・複雑性
・コントラスト
・シンメトリー
・秩序
・バランス
・明瞭性
・色の濃さ
・彩度
・全体の印象
といった情報を捉えるような処理になります。
次に、今まで見てきた経験を元に暗黙的な記憶の統合が起こるとされています。
これは具体的には、
・親和性
・原型的
・学習済の良いパターン/悪いパターン
・グルーピング
・統合
・エントロピー/動き
・充満性
・視覚的“正しさ”
・誇張性
などが対象になります。
そしてボトムアップ処理の最後の段階としては、アートに関する知識やその時の気分、好き嫌いといった感情が相まって
明示的な分類がなされるとされています。
これは具体的には、
・作品の内容
・スタイル
・文脈
・既知/未知
を軸に認知されるものになります。
また、ここまでの段階を踏まえて、無意識的に、知的で分析的な見方で作品を見るか(美学的なスタンスで観るか)
あるいは感情的で経験的で創発的な見方で作品を見るか(経験論的なスタンスで観るか)の方向づけがなされるとされています。
これらのボトムアップ処理をまとめたものが、以下の図になります。
以上、アート鑑賞におけるボトムアップ処理における分類と特徴でしたが、次回こそ、神経生理学的なところに触れて説明をしていきたいと思います。
【参考文献】
Pelowski, Matthew et al. “Move me, astonish me… delight my eyes and brain: The Vienna Integrated Model of top-down and bottom-up processes in Art Perception (VIMAP) and corresponding affective, evaluative, and neurophysiological correlates.” Physics of life reviews vol. 21 (2017): 80-125. doi:10.1016/j.plrev.2017.02.003 https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/28347673/
【要旨】
この論文は、かなり大胆な目的を持っています.人々がアートに反応する複数の方法を説明し、さらにそれを実証的に研究するための仮説を提供する包括的な理論を提示することです. アートとの相互作用は、説得力があり、時には深遠な心理的経験に基づくことができるという共通の合意にもかかわらず、これらの相互作用の性質は依然として議論されています。私たちは、視覚芸術を知覚して相互作用するときに発生する可能性のあるさまざまなプロセスを解決することを目標に、モデル、ウィーン統合芸術知覚モデル (VIMAP) を提案します。具体的には、これまでの理論的および経験的評価の大部分を形成してきた、アートワークに由来するボトムアップのプロセスを統合する必要性に焦点を当てています。これは、個人が処理経験の中でどのように適応または変化するかを説明できるトップダウンのメカニズムを備えており、したがって、個人がどのようにして特に感動的で、邪魔で、変革的であり、平凡な結果に到達するかを説明することができます。これは、最近のいくつかの理論的研究を組み合わせて、3 つの処理チェックを中心に構築された新しい統合アプローチに統合することで達成されます。これは、アート体験の可能な結果を体系的に描写するために使用できると私たちは主張しています。また、モデルの処理段階を感情的、評価的、生理学的要因の特定の仮説に結び付け、挑発的な反応 – 寒気、畏怖、スリル、崇高 – および「美的」と「日常」の感情的反応の違いを含む心理的美学の主要なトピックに取り組みます。