自閉症スペクトラム障害者はなぜこだわりが強く、なぜ混乱しやすいのか?
世の中にはいろんなタイプの人間がいて、昔は変わり者、最近では発達障害という名前で呼ばれている人たちがいます。
人に比べてとりわけこだわりが強く、不器用で、空気を読むことが苦手な人たちはしばしば自閉症スペクトラム障害という名前でラベリングされますが、彼らはどのような脳の特性を持っているのでしょうか。
この記事では予測的符号化の観点から自閉症スペクトラム障害の認知特性について解説した以下の論文について説明します。
Weak priors versus overfitting of predictions in autism: Reply to Pellicano and Burr (TICS, 2012).
予測的符号化と驚きの関係
まず最初に予測的符号化が何かという話ですが、これは端的に言うと私たちは来るべき一瞬先の未来を予測しながら知覚しているということです。
歩行介助をしているときは重心動揺の軌跡をたどる形で次の瞬間どこに重心が移動するかを無意識のうちに推測しますし、
この文章を読んでいるときにも一瞬先の文章を確率論的に予測しながら読んでいましたす(”した”に違和感を感じたとしたら、それは予測モデルが覆されたからです)。
このように私たちは一瞬先の世界を今までの経験をもとに予測して、ある程度見込みを立てて情報を取り込んでいるのですが、この取り込んだ情報が予測と違っていたら、この予測は書き換えられて、より使い勝手のよい予測になります。
つまり
予測する→誤差を検出する→予測を立て直す
というサイクルで、どんどん使い勝手の良い予測を立てることができるようになります。
この誤差の大きさというのは驚きという形で体験されます。
つまり結果が想定外であればあるほど、驚きが大きくなり迅速に予測を立て直すことができます。
このように
予測する→誤差を検出する(驚く≒覚醒度が上がる)→予測を立て直す
という流れなのですが、ここで押さえておきたいのは生き物というのは総じてできるだけ驚かないように(感じることや起こることができるだけ想定内の範囲に収まるように)行動するということです。
つまり私たちは絶えず予測を修正しますが、これはできるだけ驚かなくて済むようにするためだということです。
ところがこの誤差検出があまりに鋭敏だったらどうでしょうか。
感覚の鈍い人だったら、コーヒーを飲んで「ああ、コーヒーだ」とそのまま誤差を認識することなくスルーするかもしれません。
しかしあまりに感覚が鋭敏だと、「これはコロンビアの浅炒りだ!」「これは焙煎して10日もたった豆だ!」といちいち驚くかもしれません。
こういった場合は驚きフィードバックを受けて改訂された予測もより詳細なものになるはずです(この香りは焙煎して10日たったコロンビアだろう・・)。
こういった感覚の鋭敏さは趣味で生きる分には問題がなさそうですが、実生活ではいろいろと不都合なことが生じます。
ではどんな不都合が生じるのでしょうか。
予測的符号化と過学習の問題
上に述べたように私たちはいろんな予測を立てては経験して、より使い勝手の良い予測モデルを作っていきます。
例えば身長と体重の関係というものを考えてみましょう。
経験的にも身長が高くなればなるほど体重も大きくなるので、直感的には身長と体重の関係は図1のようになっていることが考えられます。
ところが現実には例外やばらつきもあるので、実際の関係を取ると図1をすこしランダムにした図2や図3のような感じでプロットされるかもしれません。
図2というのは、この関係性を一次関数でとらえたもので概ね図1と同じです。
ところが一つ一つの点をあまりに細かくとらえすぎると図3のようなグラフ(5次関数)になってしまい、現実に即した適切なモデルを組むことが出来なくなってしまいます。
引用元:柴田 翔平 『予測符号化の哲学的含意と過学習の問題』
他の例として顔を覚えるということを考えてみましょう。
自閉症スペクトラム障害では顔を覚えるのが苦手という人が多いのですが、顔というのは刻々と変化します。
普通顔を覚える時にはそういった変化をすっ飛ばして、ざっくりその人の顔をとらえるのですが、
いちいち変化する顔をとらえていたら表情の数だけ顔があることになり、いつまでたっても、その人の顔をうまい具合にとらえることが出来ません。
認知の仕方が細かすぎてうまく使い勝手の良いモデルが作れないのです。
食事をするためには箸やフォークが必要ですが、ピンセットのような細かな道具はかえって手間取ってしまいます。
このように細かすぎるモデル(ピンセット)を作って不都合を起こしてしまう(状況に対応できなくなる)ことは過学習と呼ばれているのですが、自閉症スペクトラム障害でみられる認知特性はこの過学習で説明できるのではないかということが述べられています。
予測的符号化と自閉症スペクトラム障害の行動特性
このように自閉症スペクトラム障害では認知の仕方に癖があり、日常生活に困ってしまうことが多いのですが、生きていくことからは逃げられません。では彼らはどのようにして独特の脳を使って生活するのでしょうか
先に述べたように、生物というのはできるだけ驚かないように生きていきます。
そのため予測と現実が違った時には、その都度予測モデルを立て直して、より驚かないで済むように調整していきます。
とはいえ自閉症スペクトラム障害が立て直す予測というのはあまりに細かすぎて結局不確実性の高い世界ではいちいち驚くことになってしまいます。
では彼らがこの世界で驚かないで済むにはどのようにすればよいでしょうか。
一番手っ取り早いのは行動パターンを変えること、具体的には毎日同じ生活パターンで生きていくことでしょう。
同じことを同じようにやれば、予測が細かすぎるとしてもその通りになるので決して驚きは生じません。自閉症スペクトラム障害では常同的な行動パターンが多いことが知られていますが、これは彼らなりの不確実性が高い世界で驚かないで生きていくための工夫なのではないか、また彼らが予定外のことが起こるとパニックになりやすいのも同じ理由で説明できるのではないか、ということが述べられています。
このように自閉症スペクトラム障害ではその認知特性により、日常生活に苦戦を強いられますが、彼らの特性は統合失調症とも関連があるといわれています。ではそれはどのようなものなのでしょうか。
統合失調症と自閉症スペクトラム障害の関連性
統合失調症では幻聴や幻覚、妄想がみられるのですが、自閉症スペクトラム障害では過度の思い込み、過度の信念がみられます。
遺伝子的にも脳の構造的にも統合失調症と自閉症スペクトラム障害は近いものがあるといわれているのですが、予測的符号化理論からは彼らの適切ではない世界の把握の仕方はどのように説明できるのでしょうか。
この論文は、自閉症スペクトラム障害と統合失調症を予測的符号化の枠組みで説明しようとしたものです。
A Predictive Coding Account of Psychotic Symptoms in Autism Spectrum Disorder
何度か説明してきたように私たちは予測を立て、誤差を検出し、モデルを立て直すということを繰り返し行っています。
引用元:大平英樹(2017).予測的符号化・内受容感覚・感情.エモーション・スタディーズ,3, 2–12.
図のa(左側)でみると黒色が事前分布(予測)で、右側のオレンジ色が実際の感覚信号で、間にある青色が修正された予測になります。
もし暗闇の中には何もいないと思っていて(事前予測)、割とリアルな顔(精度高)が暗闇の中に見えてしまったら(感覚)、間を取って「暗闇の中に顔に似た何かがある(事後予測a)」というように予測が修正されますが、
もしぼんやりとした顔(精度低)が暗闇の中に見えたら、bの図にみられるようにその後の予測は精度の高い事前予測のほうに引っ張られる形で「やはり暗闇か(事後予測b)」と認識されるかもしれません。
では今度はこの図を見てみましょう。
Adams, R. A., Stephan, K. E., Brown, H. R., Frith, C. D., & Friston, K. J. (2013). The computational anatomy of psychosis. Frontiers in psychiatry, 4, 47. https://doi.org/10.3389/fpsyt.2013.00047
一番上の図は、いわゆる健常者のモデルで先に挙げた図のbに対応しているのですが、
中段は自閉症スペクトラム障害のものなのですが、ここでは感覚が過敏にとらえられ、その分、見えないはずのお化けの顔のほうに事後予測モデルが引っ張られてしまいます。
統合失調症では、もともとの予測がだいぶ緩めにできているので、健常者と同じようにぼんやり暗闇の中に顔の形を知覚しても、やはり事後予測は「暗闇に顔が見える」というように引っ張られてしまいます。
つまり自閉症スペクトラム障害でも統合失調症でも幻覚や過度の思い込み、誤信念は彼ら特有の予測的符号化のあり方によって引き起こされており、
自閉症スペクトラム障害では過度に対象を過敏にとらえること、
統合失調症では予測があまりに緩いことで、
結果として適切な認知モデルを構築できなくなるのではないかということが述べられています。
統合失調症的なパーソナリティは、陰謀論を信じる傾向が高くなるといわれていますが、認知特性や予測的符号化と絡めて何かしら関係があるのかなと思いました。
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