目次
1. はじめに
人と話すこと自体は好きでも、「大人数でワイワイした場はどうも苦手」「なかなか話に入り込めない」という経験をお持ちの方は少なくありません。こうした違和感や苦手意識には、単に「慣れ」の問題だけでなく、私たちのパーソナリティや認知特性、さらには社会的環境などさまざまな要素が関係しています。本稿では、まず一対一の会話と不特定多数の会話にはどんな違いがあるのかを整理し、特に内向性の視点でどのように会話への向き合い方が変わるか、エビデンスをもとに解説します。加えて、自閉症スペクトラム障害(以下ASD)の当事者には内向・外向にかかわらず独自のハードルが生じやすい点にも触れ、最後にまとめとしてポイントを整理したいと思います。
2. 一対一の会話と不特定多数の会話:どこが違う?
まずは、一対一での会話と大人数(不特定多数)の会話を比較してみましょう。人数の違いによって、情報量やターンの取りやすさなどコミュニケーションの構造そのものが変わってきます。以下のマトリックスは、それぞれの特徴をシンプルに整理したものです。
項目 | 一対一の会話 | 不特定多数の会話 |
---|---|---|
情報量 | 相手からの情報が集中しやすく、比較的少なめ | 多方向から同時に情報が飛び交い、過剰になりがち |
ターンテイキング | 相互に言葉を交わすタイミングがつかみやすい | 誰がいつ話し始めるか不明瞭で、重複しやすい |
非言語シグナル | 相手の表情や視線を把握しやすくフィードバックを得やすい | 視線や表情が分散し、どの反応が自分宛か掴みにくい |
会話の深度 | 相手との距離が近く、深いテーマに踏み込みやすい | 話が拡散しやすく、雑談や表面的なやり取りになりがち |
心理的負担 | 相互理解が進みやすく安心感が得やすい | 多数の評価を意識しやすく、不安や緊張を覚えやすい |
このように、一対一では深い会話や落ち着いたやり取りがしやすい一方、大人数では多角的な話題が同時進行しやすく、情報処理やターンテイキングが難しいと感じる人が増える傾向にあります(Sacks et al., 1974)。特に外的刺激に敏感な人や、じっくり話をしたい人にとっては、大人数ならではの煩雑さが強い負担になりがちなのです。
3. 内向性と刺激過多
3-1. 刺激に対する感受性が高い人の特徴
内向的な人は、外向的な人よりも外部刺激を強く受けとめやすいとされます。たとえば大人数で複数の声が飛び交う場では、「どこに集中すればいいのか分からない」「情報が入りすぎて頭が回らなくなる」といった混乱が生じやすくなるのです。実際、脳の覚醒水準や快・不快の感じ方に個人差があるとする研究もあり、外向的な人より内向的な人のほうが刺激閾値が低いため、少ない刺激でも疲れやすい可能性が示唆されています(Aron & Aron, 1997; Lucas & Diener, 2001)。
3-2. HSP(Highly Sensitive Person)の視点
こうした刺激への敏感さをより強い形で持っているのが、**HSP(Highly Sensitive Person)**と呼ばれる特性をもつ人々です。彼らは「Sensory-Processing Sensitivity(感覚処理感受性)」が高いため、光や音、人の声、表情など、あらゆる刺激を細やかにキャッチしやすいのが特徴です(Aron & Aron, 1997; Greven et al., 2019)。HSPは必ずしも内向的とは限りませんが、内向性との相関があるとの報告もあり、多人数の場面で刺激を多重に受けとることで疲労感を覚えるという点では、内向性と共通する部分があります。
4. 深い対話を好むタイプ
内向的な人やHSPの傾向をもつ人の多くは、「本音でじっくり話す」コミュニケーションを好む傾向があります。単なる表面的な雑談や社交辞令ではなく、互いの考えを掘り下げるような対話にこそ価値を感じるのです(Asendorpf & Wilpers, 1998)。
一対一の場では、この「深い対話」を実践しやすく、心理的にも安心できる空間が生まれやすいというメリットがあります。逆に不特定多数の場だと会話が浅く広くなりがちで、話の核心にたどり着く前に別の人が別の話題を始める……といった展開も日常茶飯事です。こうした展開は、刺激に敏感で深い交流を求める人にとっては物足りないだけでなく、かえって疲れてしまう原因になりえます。
5. ASD当事者にもみられる社会的刺激負荷の困難
一方、ASD当事者の場合は、内向・外向とは別の軸で社会的刺激への負担が大きくなると考えられています。コミュニケーションの文脈理解や非言語サインの読み取り、感覚過敏などの特性から、大人数が集まる場で情報が過剰に流れ込むと一層混乱しやすくなるのです(Klin, Jones, Schultz, & Volkmar, 2003)。これも、HSPの人が感じる刺激過多と似通った部分はあるものの、ASD特有の認知処理の違いがさらに加わって、困難さが増幅する場合があります。
6. まとめ
一対一の会話と不特定多数の会話では、情報量やターンテイキングの難易度など、コミュニケーションの構造が根本的に異なります。特に内向的な人やHSP傾向をもつ人は、外部刺激を強く受けとめやすいため、大人数の場で疲労や混乱を起こしやすいと考えられます。さらに、深い対話を求める性格特性のある場合、表面的な雑談が主になる大人数のコミュニケーションに「物足りなさ」や「ストレス」を感じることも多いでしょう。
また、ASD当事者の方にとっては、社会的文脈や非言語シグナルを捉える負担も加わるため、大人数のやり取りが特に難しくなる場合があります。**「刺激に敏感な人は大勢が苦手なのが当たり前」**というわけではありませんが、感覚処理感受性が高い(HSP)人や内向的な人が多人数の場にストレスを感じやすいのは、一連の研究が示す通り妥当な反応ともいえます。
結局、大人数のコミュニケーションが得意な人もいれば苦手な人もいるというのは自然なこと。自分が「一対一で深い話をするのが合っている」と感じるのであれば、そうした場を意図的に増やしてみるのもひとつの方法です。逆に、どうしても避けられない大人数の場面では、席を離れて休む時間を作ったり、事前に話すポイントをメモしておくなど、自分なりの対策をとることで負担を軽減できるかもしれません。
【参考文献】
- Aron, E. N., & Aron, A. (1997). Sensory-processing sensitivity and its relation to introversion and emotionality. Journal of Personality and Social Psychology, 73(2), 345–368.
https://doi.org/10.1037//0022-3514.73.2.345 - Asendorpf, J. B., & Wilpers, S. (1998). Personality effects on social relationships. Journal of Personality and Social Psychology, 74(6), 1531–1544.
https://doi.org/10.1037/0022-3514.74.6.1531 - Greven, C. U., Lionetti, F., Booth, C., Aron, E. N., Fox, E., Schendan, H. E., … & Homberg, J. R. (2019). Sensory processing sensitivity in the context of environmental sensitivity: A critical review and development of research agenda. Neuroscience & Biobehavioral Reviews, 98, 287–305.
https://doi.org/10.1016/j.neubiorev.2019.01.009 - Klin, A., Jones, W., Schultz, R., & Volkmar, F. (2003). The enactive mind, or from actions to cognition: Lessons from autism. Philosophical Transactions of the Royal Society of London. Series B: Biological Sciences, 358(1430), 345–360.
https://doi.org/10.1098/rstb.2002.1202 - Lucas, R. E., & Diener, E. (2001). Understanding extraverts’ enjoyment of social situations: The importance of pleasantness. Journal of Personality and Social Psychology, 81(2), 343–356.
https://doi.org/10.1037/0022-3514.81.2.343 - Sacks, H., Schegloff, E. A., & Jefferson, G. (1974). A simplest systematics for the organization of turn-taking for conversation. Language, 50(4), 696–735.
https://doi.org/10.2307/412243