目次
創造性とはなにか?
創造性とはなんだろうか?
近年よく聞く言葉であるが、これを定義しようとすれば難しい。
世の中には創造的な人もいれば、そうでもない人もいて、これらの違いは生物学的に
どう説明できるのだろうか。
今回の記事では創造性に関する心理学的知見と脳科学的知見についていくつか紹介する。
創造性の定義
創造性に関する論文は数多く発表されているが、その代表的な論文を読んでみると、随分シンプルに定義してある。
The standard definition of creativity.
この論文の筆者、RuncoとJaegerによると、創造性とは独創性と有用性を兼ね備えていることだという。
独創的であるのは実はそれほど難しいことではない。めったにない組み合わせを提示できれば独創的なものはすぐにも出来上がる。
しかしその組み合わせが真に有用的であるのは難しい。
進化の歴史でも日々様々な突然変異が生じているが、たまたま有用性を兼ね備えた突然変異が進化につながっていくが、その頻度はごくごく僅かである。
そう考えるとやはり独創性と有用性を兼ね備えるのは難しいような気がする。では創造的であるためにはどんな才覚が必要なのだろうか。
創造性に必要な能力とは?
Sternbergは創造性に必要な才覚には6つあると論じている。
それは知的能力、知識、思考スタイル、パーソナリティ、モチベーション、環境である。一つ一つ説明していこう。
まず最初に知的能力だが、これは大きくは3つに分けられるという。
一つは従来の枠組みに縛られず考える力、二つ目が何が今求められているかを分析できる力、三つ目が自分が創造したものを他人に高値で売りつける交渉能力ということになる。
さて、次に来るのが知識である。
ゼロイチという言葉はあるが、実際のところ本当にゼロからイチを作り出すのは困難である。どんな画期的なものであっても、そのほとんどは従来あったものをアレンジしたか、組み合わせたか、使い方を変えたかのいずれかである。それゆえ創造的であるには知識の量が物を言う。
また思考スタイルも創造性に関係する。
この論文によると創造性と相性が良いのは法曹的な思考スタイルだという。
法曹的思考スタイルというのは新しく法を作ったり、法解釈をしたりするような能力である。
これは「バナナはおやつに含まれるのですか」のような状況を考えてみればいい。
法解釈というのは従来の枠組みを多面的に見て、その上で異なる解釈ができないかを考える作業である。
新聞を見ても「ウルトラC」の法解釈というような言葉を聞くが、法解釈というのは実はダイナミックで創造的な営みとも捉えることができる。その意味で法曹的思考スタイルは創造性と相性が良いのだろう。
さらにはパーソナリティであるが、これはリスクを取れるチャレンジングな性格が創造性に関係しているという。
創造的であるということは誰も手を出していない分野に足を突っ込むということであり、失敗するリスクも高い。それゆえリスクを取れる胆力があることが創造的である上で重要ということになる。
5つ目に取り上げられる要素はモチベーションである。
モチベーションにもパブロフの犬のような条件付による外発的モチベーションや、自分がやりたいからやるという内発的モチベーションがあるが、後者の内発的モチベーションに基づく活動であるほうがより創造的でありえることが述べられている。
最期に取り上げられ要素は環境である。
創造性というのはただ作ればよいというわけではない。きちんと評価されて市場に出回ることで初めて価値を持つものである。そのため創造的であるためには、評価されたり、吟味されたり、商品化につながる場所に身を置く必要がある。
以上、6つを振り返ると、知能が高く、知識が豊富で、法曹的思考スタイルを身に着けており、リスクを取る胆力があり、好きなことにエネルギーを注ぎ込む事ができ、さらに自分の能力を開花できる場所にいることが重要ということになる。近年大学発のベンチャーがもてはやされるのもなるほどという感じでもある。
以上、創造性の性質とそれに必要な資質について説明したが、創造性というのはこれらとは別の次元でも捉えることができるという。それはどのようなものなのだろうか。
発散的思考と収束的思考
創造性の論文を読んでいるとよく当たるのが発散的思考と収束的思考というものである。さてこの2つはどのようなものなのだろうか。
発散的思考とは一つのことを広げて考えるような思考スタイルである。
小説家であれば、紅茶に浸したマドレーヌから長大な小説を書くことができるかもしれないが、こういった思考を広げて考えられる能力が発散的思考ということになる。
それに対して収束的思考とは、数多くの情報を一つにまとめ上げていくような思考スタイルである。
科学者であれば膨大なデータから一つの法則を見出すように研究を進めていくが、思考を緻密化して閉じていくような能力が収束的思考ということになる。
Thysらは、発散的思考と収束的思考の違いを説明した論文の中で、以下の図を提示して向き不向きを説明している。
図に示してある通り、発散的思考は躁症状や統合失調的傾向、芸術的創造性と関連し、
収束的創造性は抑うつ症状や自閉性、科学的創造性に関係しており
収束的思考にしろ発散的思考にしろ創造性というのは精神疾患的傾向と何かしら関係しているのではないかという仮説である。
確かに古今の芸術家や発明家には精神疾患で苦しんだ人が多いようだが、この精神疾患でしばしば取り上げられるものとしてドーパミンがある。
人を高揚させ、ときに統合失調症の症状を悪化させることもあるこの神経伝達物質であるが、ドーパミンは創造性とどのように関連しているのだろうか。
ドーパミンと創造性の関係とは?
ドーパミンの体内濃度と関係する指標として瞬きの頻度というものがある。つまり瞬きの頻度が高い人ほどドーパミンの体内濃度が高いというものである。
ChermahiniとHommelは、自発的な瞬きの頻度と創造性の関係について調べている。
実験では被験者に35名の学生を対象に、自発的な瞬きの頻度と、発散的思考や収束的思考、思考の流動性(頭の柔らかさ)について、その関係に調べているが、下の図がその結果を示したものである。
図を見てもらればわかるように、瞬きの頻度と創造性の関係は逆U字型(発散的思考・思考の流動性)、もしくはU字型(収束的思考)の関係になっている。
すなわちドーパミンの体内濃度が適度に高い人は、発散的思考能力が高いが収束的思考は低く
ドーパミンの体内濃度が低すぎるか、または高すぎる人は、発散的な思考能力は低いが収束的思考は高いということになる。
このように創造性にはドーパミンが関与し、それゆえ精神疾患との関係性も出てくるようだが、発達障害と呼ばれる症状、例えばADHDと創造性にはどのような関係があるのだろうか。
ADHDと創造性、メチルフェニデートの影響とは?
ADHDで使用される治療薬については、児童の創造性を低下させるとの議論もあるが、Hoogmanら は、ADHDと創造性の関係、またADHDにメチルフェニデートを投与した場合に創造性がどう変化するかについて、信頼性の高い論文をもとにレビューを行っている。
この論文の中でHoogmanら は、比較的軽度のADHD児であれば創造性が高いが、比較的重度のADHDでは創造性が低くなること、
またメチルフェニデートとADHD児の創造性の関係について調査したいくつかの研究の結果からはメチルフェニデートがADHD児の創造性を低下させることはないと述べている。
ただ個々の研究について見てみると、もともと創造性が低い児童についてはメチルフェニデートの投与で創造性が高くなるが、もともと創造性が高い児童については創造性を低下させる傾向があることも記されている。このことから考えると重度のADHD児については創造性を低下させるリスクは少ないが、軽度のADHD児で比較的創造性が高い児童については創造性を低下させるリスクがあるとも考えることができる。
ADHDについてはその範囲が広く、中には研究者になって成功するタイプもあるが、果たして知能と創造性にはどのような関係があるのだろうか。
知能とADHDの関係
創造性に必要な能力として知能が重要であるということを紹介したが、実際のところ、知能というのはどの程度創造性と関係してくるのだろうか。
Frithらは、知能と創造性の関係について調査を行っているが、下の図はその結果を示したものである。
Intelligence and creativity share a common cognitive and neural basis
あまりにあからさまであるが、やはり知能が高くなるほど創造性が高くなるという結果が出ている。では神経生理学的には頭の良さと創造性の関係というのはどのように説明できるのだろうか。
Beatyらは、創造性と脳のネットワーク構造の関係について調べている。
脳というのは現在ネットワークの集合体として考えられており、その代表的なものには主観的感覚に関わるデフォルトモードネットワーク、身体感覚に関わる感覚ネットワーク、脳全体を統括指揮するエグゼクティブネットワークなどの存在が知られている。
Beatyらは163名を対象にした創造性と脳内ネットワークの関係について調べた研究を消化しているが、以下がその結果を示したものになる。
これは左の図が創造性が高い人の脳内ネットワークの特徴を示したもので、右の図が創造性が低い人の脳内ネットワークを示したものになる。
図を見てもらればわかるように、創造性の高い人のネットワークはデフォルトモードネットワークとエグゼクティブネットワークをつないだものが強いという結果になっており、
創造性の低い人というのはデフォルトモードネットワークと感覚ネットワークをつないだものが強いという結果になっている。
実行機能ネットワークは知能と強い関連があることが知られており、やはり創造性というのは知能と強い関連性があるのかもしれない。
まとめ
このように創造性というのは、独創性と有用性が兼ね備えた能力であり、そのためには頭の良さや度胸、テンションの高さという資質が重要ということになる。
おそらく世の中にはこうすればあなたや子供の創造性が高まりますよという商品やサービスも色々あるとは思うが、知能や脳の構造によって規定される要因が大きいようなので、本当のところはどうなんだろうというのが正直な感想でもある。
時代時代によってもてはやされる能力は変わってくる。
二昔前はリーダーシップ、一昔前であれば生産性、直近では創造性が流行している。もてはやされる能力が流行りものであれば安易にお金や時間を投じるのはリスキーだと思うのだがどうだろう。
ちなみに私の予想だと、おそらく次にもてはやされるのは道徳性だと考えている。
価値は常に希少性を目指すものである。人間の能力は等しくコモディティ化し、今後は人間的信頼性が資産になる評価経済へ移行するとも言われている。
今後大事になってくるのは、道徳性、倫理性ではないだろうか。
現に世界の富豪がその子弟を通わせるある名門校では、答えが困難な道徳的な問について考えるカリキュラムが組まれているという(ここまで読んで子供の道徳教育を考えたあなたはカモられます(^^))
未来を占うほどの無謀なことはないが、古くから言い伝えられてきた教えというのは信頼性が高いと思う。
「好きこそものの上手なれ」という言葉もある。
この古から伝わる教えは、神経生理学的にも強化学習という形で証明され、それを実装した人工知能もうまく動いている非常に信頼性が高い教えである。温故知新でもないが私や世間の未来予測よりもずっと信頼が置ける言葉であろう。
学ぶことは楽しい。
それが役に立つかたたないかは別として、自分の能力が高まることを実感できるほどの幸せはないと思う。自分が打ち込める好きなことをさせるのが、もっとも幸福のコスパが高い教育法だと思うが、どうなんだろう。
【参考文献】
Beaty, R. E., Seli, P., & Schacter, D. L. (2019). Network Neuroscience of Creative Cognition: Mapping Cognitive Mechanisms and Individual Differences in the Creative Brain. Current opinion in behavioral sciences, 27, 22–30. https://doi.org/10.1016/j.cobeha.2018.08.013
Chermahini, S. A., & Hommel, B. (2010). The (b)link between creativity and dopamine: spontaneous eye blink rates predict and dissociate divergent and convergent thinking.Cognition,115(3), 458–465. https://doi.org/10.1016/j.cognition.2010.03.007
Frith, E., Elbich, D. B., Christensen, A. P., Rosenberg, M. D., Chen, Q., Kane, M. J., Silvia, P. J., Seli, P., & Beaty, R. E. (2020). Intelligence and creativity share a common cognitive and neural basis. Journal of experimental psychology. General, 10.1037/xge0000958. Advance online publication. https://doi.org/10.1037/xge0000958
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Runco, M. A., & Jaeger, G. J. (2012). The standard definition of creativity. Creativity Research Journal, 24(1), 92–96. https://doi.org/10.1080/10400419.2012.650092
Sternberg, R. J. (2006). The Nature of Creativity. Creativity Research Journal, 18(1), 87–98.
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