アップデートし続ける脳:予測誤差とシナプス可塑性が紡ぐ学習の物語
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はじめに:学習とは何か?

私たちは日常生活の中で絶えず学習をしています。自転車の乗り方を覚えたり、新しい外国語を習得したり、仕事のスキルを磨いたり――これらはすべて「学習」の成果です。学習とは、経験を通じて脳が情報を処理し、行動や知識を柔軟に変えていくプロセスです。この過程で、脳内の無数のニューロン(神経細胞)がシナプス結合をつくり直し、新たなネットワークを作ったり、既存の回路を強化したりします。これは、都市の道路網が交通量に合わせて形を変えるようなものです。

脳が担う学習の要:予測誤差とシナプス可塑性

1. 予測誤差で駆動される学習

学習を推進する鍵として注目されるのが「予測誤差」です。脳が「あらかじめ立てた予想」と「実際の結果」にズレがあるとき、その意外性が「もっと正確に予想しよう」という動機づけになるのです(Ackerman, 1992)。たとえば、コーヒーカップを持ち上げるときに「軽いはず」と思ったのに意外と重かった場合、このズレが次の行動修正を呼び起こします。また、予想よりも高い成果や報酬を得たときには、報酬予測誤差を扱うドーパミンが多く放出され、「次も同じ行動をしよう」という学習を強化します(Burke et al., 2010)。

2. シナプス可塑性:神経回路のつくり替え

予測誤差が生じると、脳はニューロン同士の結合(シナプス)を組み替えます。シナプス可塑性とは、同時に活動したニューロン同士は結びつきが強まり(長期増強)、活動タイミングの合わないもの同士は結合が弱まる(長期抑圧)現象です。こうして必要な経路が優先的に強化され、脳内ネットワークは柔軟に再編されます。

 

 

 

 

 

 

引用:リスキリングと脳科学①〜人間の脳は何才まで「学ぶ」ことができる?〜
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3. 低次元化:複雑さを整理する脳の戦略

最近の研究では、運動でも認知でも、脳内のニューロン活動が当初の「ごちゃごちゃした高次元」状態から、必要最小限の「低次元」状態へ収束することが分かってきました。これは、「多くの人が同時に話す意見を、要点だけコンパクトにまとめる」ようなイメージです。脳は少ない軸で処理を行うことで、莫大な情報を効率よく扱っていると考えられます。

脳領域:学習を支える主なプレイヤー

前頭前皮質

脳の最前部(おでこの裏側)に広がる領域で、高次の認知機能の司令塔と呼ばれます。意思決定や注意制御、抽象的なルールや概念の形成など、多彩な役割を持ちます。とくに腹内側前頭前皮質(vmPFC)は複数の記憶を統合・抽象化するのに重要とされます(Bowman & Zeithamova, 2018)。

腹内側前頭前皮質

 

 

 

 

 

 

海馬

左右の側頭葉の内側に位置し、タツノオトシゴのような形を持つ領域です。エピソード記憶(いつ・どこで・何があったか)や、新しい知識の大脳皮質への定着に不可欠なゲートウェイとして機能します(Mack et al., 2016)。

海馬

 

 

 

 

 

 

小脳と基底核

  • 小脳:後頭部の下方にあり、バランスや動作の誤差修正をつかさどる“調整の名人”です。
  • 基底核:大脳の深部にある複数の核からなり、繰り返しの練習を通じて動きを自動化したり、報酬をもとに最適な行動を学習します。

小脳

大脳基底核

 

 

 

 

 

 

頭頂連合野

頭の上寄り・後方に位置する領域で、視覚や空間認知のほか、学習したカテゴリーや記憶表象を扱う可能性があります(Kuhl & Chun, 2014)。前頭前皮質や海馬と連携しながら、学習時の情報整理や選択的な注意に関わると考えられます。

頭頂連合野

 

 

 

 

 

 

学習の具体例:運動技能と概念習得

1. 運動学習:体で覚える

自転車の乗り方や楽器演奏などの学習では、小脳が動作の誤差を修正し、基底核が繰り返しの練習を通じて運動を自動化していきます。予測誤差が繰り返し生じることでシナプス可塑性が促進され、最初は不安定だった動作がどんどんスムーズになるのです。

2. 概念学習:頭で組み立てる

抽象的な法則や考え方を学ぶ際には、前頭前皮質が情報を整理・統合し、海馬が「これは重要だ」と記憶の定着を進めます(Mack et al., 2016)。たとえば学問分野で専門用語を体系的に理解するとき、複数の事例をまとめあげて抽象化する作業にはvmPFCが貢献する可能性が高い、と報告されています(Bowman & Zeithamova, 2018)。

脳はなぜ学び続けるのか?

脳の大きな特長は可塑性(柔軟に作り変わる力)です。子どもの言語獲得だけでなく、大人になってからの新しいスキル習得にも、シナプス可塑性が働きます。このシナプス可塑性は予測誤差によって促されますが、次回の記事ではその仕組について掘り下げて考えてみたいと思います。

 

参考文献

  1. Ackerman, S. (1992). Discovering the brain. National Academies Press.
    DOI: https://doi.org/10.17226/1785
  2. Bowman, C. R., & Zeithamova, D. (2018). Abstract memory representations in the ventromedial prefrontal cortex and hippocampus support concept generalization. Journal of Neuroscience, 38, 2605–2614.
    DOI: https://doi.org/10.1523/JNEUROSCI.2811-17.2018
  3. Burke, C. J., Tobler, P. N., Baddeley, M., & Schultz, W. (2010). Neural mechanisms of observational learning. PNAS, 107(32), 14431–14436.
    DOI: https://doi.org/10.1073/pnas.1003111107
  4. Kuhl, B. A., & Chun, M. M. (2014). Successful remembering elicits event-specific activity patterns in lateral parietal cortex. Journal of Neuroscience, 34, 8051–8060.
    DOI: https://doi.org/10.1523/JNEUROSCI.4328-13.2014
  5. Mack, M. L., Love, B. C., & Preston, A. R. (2016). Dynamic updating of hippocampal object representations reflects new conceptual knowledge. PNAS, 113(46), 13203–13208.
    DOI: https://doi.org/10.1073/pnas.1614048113
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