目次
虐待が心と体に及ぼす影響とは?
私たちの体は固い部分と柔軟な部分からできています。
固い部分というのは生まれつき遺伝的に決まっているような部分で、
手の長さや足の長さ、顔の形といったところは育った環境で大きくは変わりません。
遺伝子を楽譜に例えるならば音符記号のようなものは頑強で、育った環境に大きく左右されないのですが、
音をどの程度大きく出すのか、弱く出すのかといった補助記号のようなものは環境によってだいぶ左右されます。
とはいえ、これもそう簡単に変わるわけでなく、生命が危機にさらされるような過酷な環境において変化のスイッチが入るのですが、
幼少時の過酷な環境、虐待経験といったものが引き金になり精神疾患や内科疾患が引き起こされることが様々に報告されています。
この記事では虐待経験が心と体にどのような影響を与えていくのかについて、精神疾患、依存症、内科疾患に焦点を当てた研究を23本紹介します。
虐待と精神疾患
幼少期のトラウマと報酬系,うつ病の関係
すべての人に言えるわけではありませんが,幼少期の強いストレスというのはその後のうつ病の発症につながることが様様な研究から示されています.
またこういったうつ症状は小児期には現れにくく,思春期を回ってから顕著になることも知られていますが,脳科学的にはこのような現象はどのように説明できるのでしょうか.
この論文は小児期のストレスとうつ症状,側坐核の体積について調べたものです.
Reduced Nucleus Accumbens Reactivity and Adolescent Depression following Early-life Stress
この側坐核というのは報酬系の中枢であり,モチベーションを高め元気を高めるドーパミンの代謝に大きく関係する部位になります.
この研究では施設入所の幼少期のトラウマを持つ小児および青少年について調べているのですが,
幼少期のトラウマを持たないものと比べて,やはり全般的に鬱になりやすく,その傾向は青少年になって顕著になること,
また側坐核の体積を見てみると,小児から青少年になる時に,通常であれば増大するはずの側坐核の体積が,適正な増大が見られないことが示されています.
幼少期のストレスがその後のうつ症状につながるのは,側坐核の発達が障害されることと何かしら関係があるのかなと思いました.
境界性人格障害患者の脳構造の変化には小児期の虐待経験が影響している
人には多かれ少なかれ性格の偏りがあるのですが,
他人と安定した関係を築けず,情緒不安定で,他者へ対する評価が全面的な肯定と全面的な否定の間で極端に揺れ動くような性格については境界性人格障害という名前が当てられることがあります.
おそらくいちばん苦しんでいるのは当人だと思うのですが,境界性人格障害の患者の脳というのは通常の脳と異なるところがあるのでしょうか.
この論文は,境界性人格障害についてその脳構造の違いについて調べたものです.
Anatomical MRI study of borderline personality disorder patients.
実験では未治療の境界性人格障害者10名と健常者20名の脳構造について比較しているのですが,
境界性人格障害では海馬の体積が減少していたこと,またこの傾向は小児期の虐待経験があるもので顕著であったことが示されています.
以下については個人的見解ですが
海馬というのは単に記憶に関係するだけでなく,価値判断や感情や行動の抑制に関わる前頭前野と神経線維を介して密接につながっており,
こういったことも背景にあって境界性人格障害の様々な特徴が現れるのかなと思いました.
境界性人格障害(borderline personality disorder) と被虐待経験,脳構造
境界性人格障害というのは,他者と安定した関係性を築けないという症状を示しますが,しばしばうつ病を発症することが知られています.
また様々な研究から境界性人格障害においては人生初期に虐待経験があることが報告されていますが,境界性人格障害とうつ病,虐待経験の間にはどのような関係性があるのでしょうか.
この論文は,上記の関係性について,脳の中でもうつ病との関連性が強い海馬と扁桃体に焦点を当てて調べたものです.
この研究では重度の境界性人格障害を有する女性患者と健常者を対象に,小児期の虐待経験やうつ症状,海馬や扁桃体の容積について調べているのですが
結果を述べると,境界性人格障害では海馬と扁桃体の容積が減少しており,この傾向はうつ症状が強いほど顕著であること,
また虐待期間が長いほど海馬の容積が小さくなる傾向があることが示されています.
小児期の経験というのはその後の人生に大きな影響を与えるのかなと思いました.
小児期のトラウマは大脳白質線維の発達を阻害し,躁鬱病の発症を早める
小児期の虐待経験などは,様々な精神疾患の発症と関連していることが報告されていますが,
これは躁鬱病の発症時期とはどのように関係するのでしょうか.また解剖学的には躁鬱病の発症とどのように関係しているのでしょうか.
この論文は,躁鬱病の発症時期と小児期のトラウマ,大脳白質線維との関係について調べたものです.
この研究では躁鬱病を発症した80名を対象に小児期のトラウマ経験がどの程度であったかについて調べ,躁鬱病の発症時期と大脳白質線維がどのように異なるかについて調べているのですが,
小児期のトラウマ経験が重いほど,躁鬱病の発症時期が早まること,
また脳の様々な領域を結ぶ,脳の中の情報ハイウェイのような働きをする大脳白質線維の発達が阻害されていることが示されています.
様々な精神症状は脳の様々な領域の結びつきの変調から生じることを考えると,大脳白質線維の働きをしっかり考える必要があるんだろうなと思いました.
なぜある種の人達はうつ病になると他人の顔色に過剰に反応してしまうのか?
うつ病というのは気分が落ち込むだけでなく,頭の回転が遅くなったり,記憶力が著しく減退したりと様々な症状を伴うものですが,ヒトによっては他人の表情に過敏に反応してしまうということがあります.
こういった他者の感情的な表情の認知には,脳の中の不安・恐怖中枢である扁桃体が関係すると言われていますが,
果たしてうつ病になって表情認知が過敏になってしまうヒトはどのような特徴があるのでしょうか.
この論文は,幼少期の虐待の有無がうつ病になったときの表情認知に関わる脳活動にどのような影響を与えるかについて調べたものです.
Childhood Trauma History Differentiates Amygdala Response to Sad Faces within MDD
この研究ではうつ病患者を虐待歴のあるものとないものに分け,悲しい表情の写真を見せたときの扁桃体の活動について機能的MRIを使って調べています.
結果を述べると,同じうつ病患者であっても虐待歴のあるものは悲しい表情の写真を見たときに扁桃体が強く反応すること,また虐待の種類で調べてみると,身体的な虐待を受けた群でのその傾向が強いことが示されています.
うつ病の中には対人不安症状を含むものも多数ありますが,こういった背景には生育歴も何かしら関係しているのかなと思いました.
虐待経験 うつ病 脳構造変化
小児期というのは脳の構造が良くも悪くも変化しやすい時期であり,この時期に大きなストレスを受けることで,脳の構造が様様に変化することが様様な研究から示されています.
うつ病というのは,その多くは直近の大きなストレスを引き金として起こるものではありますが,その背景としてその人が持つ精神的な脆弱性があったり,その脆弱性と関係するような脳の特性のようなものがあると思うのですが,
果たして小児期の虐待経験はうつ病の発症や脳構造の変化に何らかの影響を与えているのでしょうか.
この論文は,小児期に虐待を受けたものはどのような脳構造の特徴があるかについて調べたものです.
この研究ではうつ病患者37名(内,小児期虐待経験あり20名),健常成人46名(内,小児期虐待経験あり10名)の脳構造の違いをMRIを使って調べているのですが,
結果を述べると,うつ病の有無を問わず,小児期に虐待経験を受けたものは,海馬の体積が減少し,
かつ相手の心を読み取ったり,その場の空気を読み取ったりする社会性に関わる脳領域である背内側前頭前野や前頭眼窩野が増大していることが示されています.
このような構造的変化は,小児期のシビアな生活環境に対応するためではないかということも述べられており,ヒトの脳というのは生き残るために様々に形を変えるのかなと思いました.
PTSDの発症には海馬の体積の少なさが関係する
事故や災害,戦争でうけた精神的ショックが引き金となって,その後慢性的に精神的に不安定な症状に襲われることがあります.
こういった症状はPTSDと呼ばれますが,このPTSDは同じ体験をすれば必ずなるというものではなく,
ひどい目にあっても症状が出ない人もいれば,客観的には重度のストレスでなくても症状が出る人がいますが,こういった違いというのは何が原因になっているのでしょうか.
この論文は,PTSDと海馬の体積の関係について調べられた論文を取りまとめて,再度厳密に調べたものです.
PTSDと海馬の体積の関係については様々な研究がなされているのですが,その結果については一致していないようです.
というのもこのような研究は比較的被験者数が少なく,それゆえ統計学的にもブレやすいという問題点があるようです.
この研究では,過去に行われたPTSDと海馬の体積の関係についての研究データを取りまとめ,母数を大きくして再度統計学的に調べています.
結果を述べると,やはりPTSDの発症と海馬の体積というのは関係があるということが示されています.
しかしながらPTSDを発症して海馬が小さくなったのか,あるいは海馬が小さい人がPTSDを発症するかという前後関係までは明らかではないそうです.
ただし過去に行われた双子を対象にした研究からは,海馬が小さいことが引き金になってPTSDを発症する可能性が高い事や
また別の研究では幼児期の虐待によって海馬が縮小することが示されており
幼児期の虐待→海馬の縮小→成人してからのPTSD発症率の上昇というのは可能性としてはあるのかなと思いました.
ネグレクトにPTSDを合併することで認知機能はさらに低下する
一般に虐待経験を受けることで,その後の発達において認知機能の低下が引き起こされうることが知られていますが,
虐待の中でもネグレクトに焦点を当てた場合,それはどういったものになるのでしょうか.
また幼少時に虐待を受けた子供はその後,精神的なストレスに脆弱になってしまうことも報告されていますが,
ネグレクト経験にPTSDが加わると,認知機能はどのように変化してしまうのでしょうか.
この論文は,ネグレクトが認知機能に与える影響について調べたものです.
Neuropsychological Findings in Childhood Neglect and their Relationships to Pediatric PTSD
この研究では身体機能的には問題のないネグレクト経験児(PTSD合併22名,PTSDなし39名)と非ネグレクト経験児(45名)を対象に様々な認知機能検査やIQ,学業成績などについて調査し比較検討しています.
結果を示すと,やはりネグレクト経験児では様々な点での認知機能の低下を引き起こし,一部項目ではネグレクト経験児の中でも,PTSD合併児においてさらに低下していること,
またネグレクト児においてPTSDの重症度が上がると,認知機能やIQ,学業成績も低下する傾向にあることが示されています.
小さい頃の親との関係性は大事なんだなと思いました.
機能不全家庭とその後の精神疾患発症の関係
霊長類の一族である私達人間の家族というのは,大人と子供でできていて,
大人は子供を守り,育て,大事にし,子供は大人に守られ,育てられ,大事にされるものです.
こういったことでいわゆる社会性や生存機能や文化が次世代へ伝達されていくのですが,こういった家族の機能がしばしばうまく行っていない家庭もあり,こういった過程は機能不全家族と呼ばれることがあります.
親が重篤な精神疾患を持っていたり,虐待傾向が強かったり,あるいは子供が親の面倒を見なければならなかった場合,つまり家族システムが適切に機能していなかった場合,子供の心はどのように変化してしまうものなのでしょうか.
この論文は,機能不全家族で育った経験と精神疾患の発症について調べたものです.
結果を述べると機能不全家族である傾向が強いもの(親が薬物中毒,精神疾患,家庭内暴力,ネグレクトなどの多数の項目が該当すること)では,より若い時期に不安障害やうつ病などの精神疾患を発症するリスクが高くなる傾向があることが示されています.
また家族背景だけで一般化出来ず,遺伝子と環境の相互作用を含めた今後の研究が必要があることも述べられています.
同じ家庭であっても,悪影響が出やすかったり出にくかったりというのは遺伝子の影響もあるのかなと思いました.
虐待と依存症
なぜ性的虐待が薬物濫用につながるのか?
ヒトは何かに依存する生き物です.
それはタバコやお酒や家族や仕事,あるいは恋愛かもしれませんが,何かに偏りすぎたり,あるいは体に害を与えるようなものに依存しすぎて,生活全般に支障がでてくるようになると
いわゆる「依存症」と診断されることがあると思うのですが,
こういった依存症のなりやすさと生活歴というのは何かしら家計しているのでしょうか.
この論文は,性的虐待が小脳の発達にどのような影響を与えるかについて調べたものです.
この研究では,性的虐待を受けた記憶が少なくとも3回ある大学生(男性1名,女性7名,精神科受診歴や薬物濫用歴(タバコを除く)なし)と,性的虐待歴のない大学生16名を対象に,機能的MRIを使用して,安静時の小脳虫部の血流動態について調べています.
過去の研究から
薬物濫用者は小脳虫部の体積が小さいことや
また小脳虫部はドーパミンの代謝に関わる重要な領域であることが示されているのですが
性的虐待歴がある大学生は精神科受診歴がないにも関わらず,やはり小脳虫部の活動が低下していることが示されています.
薬物濫用や何らかの依存症に至るには,本人がコントロールできない様々な事情があるのかなあと思いました.
生後間もないころの母子分離は薬物依存の可能性を高める可能性がある
人間は大なり小なり何かに依存しなければ生きていけない生き物だと思うのですが,
コカインや覚醒剤といった薬物は依存するにはあまりに危険で人生を狂わしかねないものです.
こういった薬物依存は中でもハマりやすい人とそうでない人がいるようですが,こういった違いは生育環境に影響されるものなのでしょうか.
この論文は,生後間もない頃の生育環境の違いによって嗜癖行動にどのような違いが出るかラットを使用して実験したものです.
実験では生後間もないラットを出生直後から2週間の間,
1 一日一回母親から引き離す
2 一日一回ラットを何らかの方法で手で触る(handling)
3 何もしない
という条件で飼育し,成長した時の覚醒剤(アンフェタミン)に対する感受性を調べているのですが
母子分離条件で有意に感受性が高くなっていること,
またそれを裏付けるように脳の中の報酬システムでのドーパミン代謝に関わる領域に解剖学的変化が生じていたことが示されています.
興味深いことにラットを何らかの方法で手で触る条件では,母親が心配するかのように子供への世話が増えるのに対し
母親から引き離す条件では,母親は戻ってきた子供の世話を焼かなくなる傾向があるそうです.
いずれにしろ生まれて間もない時期の母子分離は脳の中の報酬系に何らかの変化を来し,薬物に対する反応性を変えるということもあるのかなと思いました.
小児期の虐待経験と青年期の薬物依存、抑うつ症状、神経線維ネットワークの変化
小児期に受けた虐待の影響は思春期から青年期にかけて様々な行動上の問題として顕在化することが様々な研究から示されていますが、これらは神経解剖学的にはどのような変化として示されるのでしょうか。
この論文は、小児期の虐待経験が青年期の抑うつ傾向や薬物使用にどのような影響を与えるのか、また神経線維にどのような変化が生じているかについて調べたものです。
この研究では、ともに精神疾患の既往のない青年19名(虐待経験あり)と13名(虐待経験なし)を対象に、最長5年に渡る追跡調査を行い、脳の中の神経線維の構造がどのように変化したか、また抑うつ症状や物質使用障害(アルコールや大麻、コカインなど)を発症したかについて調べています。
結果を述べると、やはり小児期の虐待経験があるものは抑うつ症状や物質使用障害を生じる頻度が高く、
脳の中の神経線維の変化を見ると、上縦束と呼ばれる脳の一大幹線経路の様々な部分で神経線維の変性が起こっていることが示されています。
小児期の虐待経験というのは、時間をかけて脳の変性を促し、行動や情動の変化を引き起こすのかなと思いました。
虐待と健康問題
小児虐待の100年と健康問題
昔,ある患者さんがふと「煙草をやめられない人というのは,人と比べてちょっとさみしがり屋な所があるよね」といっていたのですが,
煙草に限らず,酒や仕事や恋愛依存,分かっていてもやめられないものを持っている人というのは,どこかしら人生の影を感じさせる(ill-fated)ことが多いと思うのですが,
小児期の虐待経験というのはこういった依存症傾向や抑うつ傾向,自殺企図などにどの程度影響を与えるものなのでしょうか.
この論文は小児期の虐待経験と健康状態について1900年生まれの世代まで遡ってしらべたものです.
この研究では大規模健康調査のデータを用いて,小児期の虐待経験と6つの健康状態(喫煙,アルコール依存,うつ病,自殺企図,性的交渉過多,性病)の関係性について1900年から1978年までに生まれた17337名を対象に調査を行っているのですが,
虐待経験が高いほど,上記の喫煙,アルコール依存,性関係の症状は強くなり,自殺企図でみると全く小児期の虐待がなかった群と最も虐待が顕著だったぐんとの間ではおよそ10倍近く跳ね上がることが示されています.
小児期の精神的経験というのは,人生全般の心身の健康に大きな影響を及ぼすのかなと思いました.
虐待経験のある子どもは肺がんリスクが3倍高くなる
がんというのは先進国において死亡原因の第一位を占めることが多く,またその中でも肺がんというのはがんの中でも第一位を占めることが多いそうですが
この肺がん発症の原因にはなんらかの生育歴が影響しているのでしょうか.
この論文は,虐待経験と肺がん発症の関係について調べたものです.
この研究では過去の病院受診データを用いて小児期の虐待経験を点数化し,その後の肺がん発症率と比較したのですが,
小児期に虐待された経験が多いほど,最大3倍肺がんの発症率が増大し,
また虐待された経験が多いほど,最大13歳早く肺がんを発症することが示されています.
ただこの虐待と発症率の関係を
虐待→喫煙経験→肺がん発症
という因果関係を含めて解析すると,明らかな有意差は示されないこと,
この背景として虐待経験児は早い時期に喫煙を開始しやすい傾向があることがあるのではないかということが述べられています.
しかし喫煙経験だけでは虐待を経験した人の肺がん発症のリスク増加を完全に説明することができず,
虐待によって免疫系などに何らかの変化を引き起こしたことも否定できないとしています.
近年先進国では健康格差というものが言及されることもありますが,
幼少期の経験もいろいろと関係するのかなと思いました.
小児期の虐待は成人の虚血性心疾患(ischemic heart disease)にどの程度影響を与えるか?
心臓というのは働き者で,一日に10万回も収縮・拡張を繰り返しているのですが,これを支えるのが心臓を栄養している冠動脈と呼ばれている心臓の周りに張り付いた血管になります.
この血管が細くなったり詰まったりすると狭心症や心筋梗塞といった虚血性心疾患と呼ばれる病気を引き起こすのですが,こういった病気は小児期の虐待とどの程度関係しているのでしょうか.
この論文は,小児期の虐待と虚血性心疾患の関係について調べたものです.
Insights into causal pathways for ischemic heart disease: adverse childhood experiences study.
この研究では17,337人の成人を対象として虚血性心疾患の症状,小児期の虐待経験,うつや怒りなどの心理的症状について調査しているのですが,結果を述べると小児期の虐待経験が高いほど虚血性心疾患のリスクが上昇し,最も高い群では3.6倍になること,
また小児期の虐待経験が高いほど,うつ状態や怒りの感情が強くなること,
さらにそれらの関係性を調べると
小児期の虐待経験→抑うつ感情・怒りの感情→虚血性心疾患
といった関係が見られることが示されています.
こういった小児期の虐待による悪影響は肥満や喫煙と同じくらい強いもののようで
親というのは,時に毒になることもあるのかなと思いました.
過敏性腸症候群( irritable bowel syndrome)と虐待経験、免疫関連遺伝子の関係
過敏性腸症候群というのは腹部の痛みを主症状とするもので、この痛みに伴って下痢や便秘などの排便異常を数カ月に渡って示す症状ですが、これは全人口の約10%に存在するとされている非確定一般的な疾患です。
この疾患の発生機序についてははっきりしていないのですが、脳の構造や遺伝子、虐待などは何かしら関係しているのでしょうか。
この論文は人生早期の逆境的な経験が過敏性腸症候群の発症に影響するかどうか、またそれに特定の遺伝子が関与するかどうかについて調べたものです。
この研究では、過敏性腸症候群を示す女性73名と健常対照群として女性137名の免疫関連遺伝子と人生早期の逆境的体験、さらに痛みとの関連が深いとされる帯状皮質膝前部( subgenual cingulate cortex )の体積との関連について調べているのですが、
ある免疫関連遺伝子が異型であるものを持っている女性は人生早期の逆境的体験が強いほど、帯状皮質膝前部の体積が減少しており、過敏性腸症候群を発症しやすいことが示されています。
やはり病気というのは遺伝子と環境の相互作用によって生じてくるのかなと思いました。
不適切な生育環境は加齢性疾患(age-related disease)のリスクを高める
若い時は元気でいても,年を取ってくると無理が効かなくなって来ることが多いのではないかと思います.
こういったカラダの元気さ,若さというのは血管の若さによるものが多いそうで,健康管理というのはつきつめて考えると血管管理なのかなと思うことがよくあります.
この血管を健康に保つためには,血圧の管理が大事であり,また血圧の管理のためには,食事やストレスの管理が大事になってきますが,人によっては血管を悪くしやすいヒトやそうでないヒトがいると思うのですが,こういった原因には食事やストレス管理以外の要因というのはあるのでしょうか.
この論文は,幼少期の辛い経験が,成人期の健康状態にどのような影響を与えるかについて調べたものです.
Adverse Childhood Experiences and Adult Risk Factors for Age-Related Disease
この研究では出生時から32年間に渡る追跡調査を行っているのですが,
10歳児に幼少期の辛い経験が多ければ多いほど,32才になった時に,うつ状態になりやすく,体内の炎症値も高く,高コレステロール血症や過体重,高血圧といった血管を痛めやすい要因を持っている確率が高まることが示されています.
なぜこういった事が起こるかというと,幼少期の辛い状態に対処するために,カラダが様々なストレスに対して敏感に反応するように変化したためではないかということが仮説的に述べられており,
カラダというのは生き延びるために,カラダのOSのようなののを変えることがあるのかなと思いました.
その他虐待関連
どの酵素が家庭内暴力に耐えるのか
家庭というのは小さく閉じた組織であり
これがうまくいっていれば皆幸せということもあるかもしれませんが
これがうまく機能していなければ、とてもとてもつらい容れ物になるのではないかと思います。
親から虐待を受けることで感情情緒的な発達が阻害され、時に自らも虐待の側に回るような不幸の連鎖も見られますが
必ずしもそうではなく、不幸な家庭環境に育ってもぐれずに育つ子どももいます。
同じ家庭環境に育つにもかかわらずこういった違いが生まれるのはなぜなのでしょうか。
この論文は虐待の影響とある酵素についての関係について調べたものです。
Role of genotype in the cycle of violence in maltreated children.
酵素というのは体内にあっていろんな物質の代謝に関わっているものだそうですが
そのなかでもモノアミン酸化酵素A(MAOA)と呼ばれるものがノルアドレナリンやセロトニンの代謝に関わっているそうで
この酵素の発現率が高い子どもというのは虐待の影響を受けづらい(虐待を受けても反社会的な性格になりづらい)ことが述べられています。
人の変化発達というのは生まれと育ちの両輪で回っていくのかなと思いました。
子育てでどこまで遺伝子が変わるか
子育てってどうすればいいんだろうというのは洋の東西を問わず太古の昔から続いている人類の普遍的なテーマだと思うのですが
実際子育てで子どもの性格や性質というのはどこまで変わりうるのでしょうか.
この論文は,出産育児が子どもの遺伝子に与える影響について説明したものです.
Epigenetic effects of early developmental experiences.
過去に行われたいろんな研究からネグレクトや虐待を受けた子どもというのは発達が遅れたり,免役が弱かったり,さらには中年期以降で肥満や心臓病になりやすかったり,心身ともにストレスに弱くなってしまったりということが報告されているようです.
こういったことが起こる背景として,出産前の妊婦ストレスも含め,人生早期に母体の内外で強いストレスにさらされることで,糖代謝に関わる遺伝子にロックが掛かり,
このことが引き金になって様々な問題が時間の経過にともなって連鎖反応的にカスケード状に大きく広がって様々な症状が発生していくことが述べられています.
これとは反対にネズミを使った研究では生後間もないころに舐めたり触ったりという身体的接触刺激を数多く与えることで免疫機能が強化され情緒も安定したネズミに成長するということで
出産前も含め物心がつく前の時期の子育ては大事なんだろうなあと思いました.
小児期の感情虐待と「わたし」の感覚
デカルトの有名な言葉に、「我思う、故に我あり」というものがありますが、私達人間は皆「わたし」という心をもっています。
しかしながら脳科学的にはこの「わたし」というのは脳のどの部分によって作られているのでしょうか。
脳というのは一つの巨大なネットワークなのですが、そのネットワークを構成するサブネットワークの一つにデフォルト・モード・ネットワーク(Default Mode Network)というものがあります。
このネットワークは様々な実験から「わたし」という感覚全般に関わることが示されているのですが、小児期に精神的な虐待を受けた人というのはこのデフォルト・モード・ネットワークの働きはどのように変化するのでしょうか。
この論文は、単語の記憶・再生課題とデフォルト・モード・ネットワークの一部である内側前頭前野の活動の関係について調べたものです。
Hypoactive medial prefrontal cortex functioning in adults reporting childhood emotional maltreatment
実験では小児期に精神的な虐待を経験した人と健常者に感情的なニュアンスを含む様々な単語を見せて記憶・再生させているときの脳活動について調べています。
結果を述べると、小児期虐待を受けた被験者は単語課題を行っているとき全般において内側前頭前野の活動が低下していることが示されています。
また、このような傾向はうつ病の程度や投薬量、不安感や遺伝的要因では説明がつかず、小児期虐待の有無のみによって影響されることが示されています。
「わたし」という感覚は、外界の様々な刺激を受けて成立するものだと思うのですが、小児期虐待でこのような機能が損なわれることもあるのかなと思いました。
小児性愛者の脳とは?
性的虐待というのは,脳に大きな影響を与えて、その後の情緒的・感情的発達に障害をもたらすといいますが,
この影響は年齢が小さいほど大きく,
特に小児期ではその後の海馬の発達に大きな影響をおよぼすことが知られています.
小児性愛者は、場合によっては小児へ対する性的虐待の加害者になりうることがあると思うのですが,彼らの脳は何か特別なものなのでしょうか?
この論文は,小児性愛者の脳活動について調べたものです.
Functional brain correlates of heterosexual paedophilia.
実験では小児に対する性的犯罪で入院措置となっている男性8名と,年齢,学歴,知能などがほぼ同じである健康な男性12名を対象に行い,
小児愛者には女児の性的画像を,健康な男性には成人女性の性的画像を見せ,その時の脳活動を機能的MRIを使用して調べています.
結果を述べると,小児性愛者と健康な男性は,共に性的画像に対しては同じような脳活動を示したものの,
性的画像を見ている時,小児性愛者では行動制御に関わる脳領域の活動(前頭眼窩野と右背外側前頭前野)が健康な男性とは異なっており
小児性愛者は刺激に対しての行動抑制がうまくできていないのではないかということが述べられています.
とはいえ,この実験の対象者は収監中の小児性愛者であり,
この行動抑制に問題がありそうな脳活動というのは,性的嗜好というよりは,実際に性犯罪を犯してしまうという,性犯罪者特有のものなのかなと思いました.
虐待された男子児童は十代での妊娠をさせやすい?
何が正しいのか正しくないかというのは時代によって変わるので,十代の妊娠が是か非かと論じるのは難しいことだと思うのですが,
21世紀初頭現在,安定した所得を得るためには,専門教育や高等教育を受けておいたほうが有利であり
やはり十代での妊娠は生活を不安定にさせる要因になるかと思うのですが,これに関連する要因としてはどのようなものがあるのでしょうか.
この論文は,虐待が十代の妊娠にどのような影響を及ぼすかについて調べたものです.
Adverse childhood experiences and risk of paternity in teen pregnancy.
この研究ではカリフォルニア州で一次医療機関を受診した19歳から94歳の成人男性7399人(平均年齢57±1.4歳)を対象にアンケート調査を行い
1 今まで十代の女性を妊娠させたことがあるかどうか
2 子供時代の感情的虐待歴
3 子供時代の身体的虐待歴
4 子供時代の性的虐待歴
5 暴行した母親の有無
6 親の別離または離婚
7 精神的に病気の人や犯罪者であった世帯員がいること
について調べ,虐待歴と十代の妊娠に関わる関係について調べています.
結果を述べると生まれた世代を問わず,男子児童の虐待歴はパートナーの十代の妊娠確率を促す因子となっており
すべての世代を通じて見た場合,全く虐待を受けない人と5項目以上の虐待を受けた人では,後者が2.6倍十代の妊娠に関わりやすいことが示されています.
十代の妊娠が貧困につながりやすいのであれば,虐待というのは貧困の連鎖の一つの要因なのかなと思いました.
小児期虐待と十代の妊娠、胎児死亡率の関係について
貧困の連鎖というのは昨今に始まった問題ではないのですが、その一因として十代の妊娠というものが挙げられます。
就学経験や就業経験が十分でなく生活基盤が未熟な十代で妊娠・出産し、そのことで貧困が繰り返されるというものです。
十代で妊娠するケースでは生まれ育った家庭環境が劣悪であるケースが往々にしてあるそうですが、果たして小児期のストレスと十代の妊娠、それに加えて胎児死亡率というのは関係があるのでしょうか。
この論文は、この3つの関係について調べたものです。
この研究ではカリフォルニア州サンディエゴに住む女性9159名を対象に、小児期の逆境的経験(ACEスコア)、十代の妊娠経験の有無、胎児死亡の有無について調べているのですが、
結果を述べると、やはり小児期の逆境的経験(感情的、身体的、性的虐待;家庭内暴力、薬物乱用、精神病、家庭内犯罪、または離別/離婚した親への曝露)が増えるほど、十代に妊娠する確率が上昇すること、また十代の妊娠そのものは虐待を受けていない場合では胎児死亡率の増加と関連しないものの、虐待を受けている場合には胎児死亡率が増えることが示されています。
これらの原因として虐待を受けて妊娠した十代の女性の喫煙や薬物、ストレスなどが関係しているのではないかということが述べられています。
十代の妊娠が必ずしも問題だとは思わないのですが、その背後には貧困や精神病理、所得格差や社会保障、社会構造など様々な要因があるのかなと思いました。
まとめ
このように虐待は心と体に様々な影響を及ぼします。
病気に限らず、世におこることというのは一つの原因で語られるものではありません。
とはいえ、すべての人のすべての行動はおそらくはその個体がなしうる最善の行動であり、
意識的にしろ無意識的にしろ、彼や彼女がどうにか生き延びようとする営みです。
弱者も強者も、虐げるものも虐げられるものも、連綿と命をつないでいくために、わが命を生かすために日々を営みます。
何が良いことで何が悪いことかというのは日々迷うことなのですが、
より少なく悪いことが行えるよう、よく観て、よく立ち止まり、よく考えたいものです。
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