目次
はじめに
自閉症スペクトラム障害では、しばしばそのコミュニケーション能力の低さゆえ、社会で何かと苦労することも多くなります。
しかし、このコミュニケーション能力の低さは脳科学的にはどのように説明できるのでしょうか。今回の記事ではこの点について深堀りしたいと思います。
自閉症スペクトラム障害とは?
自閉症スペクトラム障害は、脳の発達に関連する障害ですが、主に2つの特徴があります。
一つは、社会的なコミュニケーションに関する特徴です。例えば、他者との関係づくりに困難を感じたり、表情やジェスチャーなどの非言語的なコミュニケーションの理解や表現が難しかったりすることがあります。
もう一つは、興味や行動のパターンに関する特徴です。特定の物事に強い興味を持ち、それに対して深く没頭する傾向があります。また、同じ行動を繰り返すことで安心感を得ることもあります。
これらの特徴は人によって現れ方が様々で、支援のニーズも個人差があります。そのため、「スペクトラム(連続体)」という言葉が使われているのです。
この自閉症スペクトラム障害の程度を測る方法は色々とあるのですが、今回は10項目で評価できるAQ-J-10(広瀬と小野, 2022)を紹介します。
評価方法ですが、各質問に対して、「確かにそうだ」、「どちらかというとそうだ」、「どちらかというと違う」、「確かに違う」で回答し、「確かにそうだ」、「どちらかというとそうだ」と答えた項目を1点とし、「どちらかというと違う」、「確かに違う」を0点とします。逆転項目についての評価はその反対となります。
AQ-J-10
- 私は、物事を一人で行うよりもほかの人と一緒に行うのを好む(逆転項目)
- 自分では丁寧に話しているつもりでも、ほかの人から失礼だと言われることがよくある
- 私には興味の偏りがあり、それを追及できないと混乱してしまう
- 物語を読んでいる時、登場人物の意図を理解するのが難しい
- 私は、博物館よりは劇場に行きたい(逆転項目)
- 私は、冗談が理解できないことがよくある
- 私は、相手の表情から、感じていることや考えていることが容易にわかる(逆転項目)
- 私は、特定の(たとえば、自動車、鳥、電車、植物の種類などの)カテゴリーについて情報を集めることが好きだ
- 私は、他者の立場を想像するのが苦手だ
- 私には、他人の意図を理解しがたい
ちなみに、ある研究ではカットオフポイント(自閉症スペクトラム障害か否かの評価基準)を7点としています。ただし、これはあくまでスクリーニング検査になりますので、正確な診断については専門医の判断を仰ぐ必要があります。
ミラーニューロンシステムとは?
ミラーニューロンシステムは、端的に言えば、脳の中にある「模倣」の仕組みです。この神経システムのおかげで、私たちは他者の行動を見て学び、理解し、共感することができるのです。
私たちが何かを真似するとき、実は脳の中で複雑な変換が行われています。目から入ってくる視覚情報(見たもの)を、実際の体の動き(運動)に変換する必要があるからです。
このシステムの中心となっているのは腹側運動前野と下頭頂小葉、上側頭溝と呼ばれる領域になります。
まず腹側運動前野は、言語を生み出したり、体の動きを計画したりする場所です。そして下頭頂小葉は、様々な感覚情報を一つにまとめる場所です。上側頭溝は高次の視覚処理を行う場所です。これらの領域が協力して働くことで、見た情報を体の動きとして理解できるようになるのです。
そして、ミラーニューロンシステムは、単なる動作の模倣以上に大事な働きをしています。他者の感情を理解する上で重要な役割を担っているのです。例えば、誰かが怒っているのを見ると、脳は無意識にその表情や姿勢を内部で再現し、その過程で相手の感情を理解します。泣いている人を見たときも同様に、その表情を内的に模倣することで、相手の悲しみを感じ取ることができます。
このように、ミラーニューロンシステムは、私たちの社会的な理解と共感の基盤となる大事な神経メカニズムなのです。他者の行動を「見る」という行為が、その行動を「理解する」「感じる」ということに直接つながっているわけです。
マインド・リーディング・ネットワークとは?
ミラーニューロンとは異なる仕組みとして、「マインド・リーディング・ネットワーク」と呼ばれるものがあります(Khalil et al., 2018)。
私たちが他人の感情を理解する際には、直感的に理解する方法と、論理的に理解する方法の両方があります。マインド・リーディング・ネットワークは、論理的に理解する際に働く脳のメカニズムです。
他人の性格や状況、言動などを分析し、その人の感情を推測するには、直感以上に理性的な判断が求められます。このプロセスで活躍するのが、マインド・リーディング・ネットワークです。
このネットワークの中心には、理性を司る前頭前野、自己意識に深く関与する側頭頭頂接合部、矛盾を検出する前帯状皮質などがあります。これらの脳領域が活動することで、論理的な理解が可能になります。
自閉症スペクトラム障害と脳の関係
自閉症スペクトラム障害ではこれまで「壊れた鏡」仮説と呼ばれるもので説明されてきました。つまり模倣や感情理解に関わるミラーニューロンネットワークが機能していないという仮説です。
しかし、近年の研究からその仮説にも疑問が抱かれています。
例えば、あるメタアナリシス研究(過去に行われた同じテーマの研究データをひとまとめにして解析したもの)では、自閉症スペクトラム障害ではミラーニューロンネットワークが働いていないのではなく、一部のサブケースでは過剰に働いていることを示しています(Chan & Han, 2022)。
また自閉症スペクトラム障害にみられるコミュニケーション能力の低下は、単にミラーニューロンシステムだけに帰せられるわけではなく、マインド・リーディング・ネットワークなども含めた広範なネットワークの問題とも捉えられるようになっています。
このようなこともあり、近年では自閉症スペクトラム障害を2段階の情報処理システムの問題として捉えるモデルも提案されています。
これはまず1段階目に、無意識的に相手の気持を察するミラーニューロンネットワークがあり、その情報をもとに推論などを行うマインド・リーディング・ネットワークがあるというものです。
自閉症スペクトラム障害は、その症状の程度や範囲が非常に広範なものになりますが、このモデルを使うことで、より理解が深まるのではないかと論じられています。
まとめ
このように自閉症スペクトラム障害ではコミュニケーション能力が問題となりますが、模倣や直感的な感情の理解に関わるミラーニューロンネットワークだけでなく、社会的推論に関わるマインド・リーディング・ネットワークなど様々な仕組みが関わっているようです。
しかしながら、実は、ミラーニューロンネットワークそのものの機能や実在性については、発表後30年経過した現在、いくつかの疑問も持たれています。次回の記事ではこの点についても深堀りしていきたいと思います。
【参考文献】
Chan, M. M. Y., & Han, Y. M. Y. (2020). Differential mirror neuron system (MNS) activation during action observation with and without social-emotional components in autism: a meta-analysis of neuroimaging studies. Molecular autism, 11(1), 72. https://doi.org/10.1186/s13229-020-00374-x
Khalil, R., Tindle, R., Boraud, T., Moustafa, A. A., & Karim, A. A. (2018). Social decision making in autism: On the impact of mirror neurons, motor control, and imitative behaviors. CNS neuroscience & therapeutics, 24(8), 669–676. https://doi.org/10.1111/cns.13001
広瀬隆, 小野日向子. (2022). 自閉症スペクトラム傾向をもつ大学生への支援について: 被援助志向性・ソーシャルサポートとの関連より. 帝塚山学院大学研究紀要= Tezukayama Gakuin University annual research report, (3), 75-88. https://cir.nii.ac.jp/crid/1520295414050022144