報酬系の進化と変化:なぜ高齢者は騙されやすいのか?
【脳科学専門ネット図書館】会員募集〜ワンコインで世界中の脳科学文献を日本語要約〜

はじめに

私達は欲望の生き物である。食欲がなければ餓死してしまうし、性欲がなければ子孫を残すことができない。欲望なくしては私達は生き延びることも命をつなぐこともできないのだ。人間の脳にはこれらの欲望を支える「報酬系」と呼ばれる仕組みがある。しかし、これは進化的に考えた場合、どのようなものなのだろうか。また一生の間にどのように変化していくものなのだろうか。今回の記事では報酬系について、進化と発達の観点から考えてみたい。

報酬系の系統的進化

報酬系は私達の欲望をコントロールするシステムである。これは脳の中の様々な部分がつながってできており、食べたい、飲みたい、手に入れたいという欲求を引き起こし、わたしたちを行動に駆り立てる。

Arias-Carrión, 2010, figure 1を参考に筆者作成

O’Connell & Hofmann, 2011, figure1を参考に筆者作成

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

このように、一見複雑に見えるこの仕組みだが、実は進化的にはその成り立ちは古く、その基本的な仕組みは魚類の頃には出来上がっていたことがわかっている(O’Connell & Hofmann, 2011)。その意味で報酬系は動物の生存に根ざした強固なシステムと考えることができる。

O’Connell & Hofmann, 2011, figure3を参考に筆者作成

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そしてこの報酬系はヒトに至って独自の変化を遂げたことも報告されている。

報酬系の一部に側坐核と腹側淡蒼球があるが、ヒトは他の霊長類と比べてこの部分の働きが強くなっている(Hirter et al., 2021)。これらの領域の活動は、共感性や利他性、パートナーへの愛情などに関連している。ヒトは食料や睡眠など生存に必要不可欠な欲望以外に、他者とのつながりなどの社会的な報酬も求めるが、この傾向には、報酬系のヒト独特の進化が関連しているのではないかというのだ。

またこれらの領域は脂肪分への喜びとも関連しており、ヒトにおいては他の霊長類よりも高カロリーな食べ物を好んで食べる傾向があることにつながっているのではないかと考えられている(Raghanti et al., 2023)。

このように魚類から続く報酬系は、ヒトにおいては社会的報酬や高カロリーな食べ物に反応するように進化してきたが、これがヒト特有の依存症のなりやすさとも関連しているのではないかと論じられている(Raghanti et al., 2023)。

報酬系の個体変化

人間の報酬系は生まれてから死ぬまでに変化することもわかっている。例えば思春期にはその働きが強くなり、高齢になるとその働きが不安定になることが報告されている。

ヒトに限らず、様々な動物で思春期には報酬系の活動が活発になる。例えばラットでも思春期には新奇性の高い刺激に反応しやすくなったり、仲間との社会的相互作用が高まる。このような変化の背景には、報酬系の一部を構成する腹側被蓋野が、報酬刺激に対して反応しやすくなり、その後の反応を変化させることが関わっていると考えられている(Telzer, 2016)。

O’Connell & Hofmann, 2011, figure1を参考に筆者作成

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

このような思春期における報酬系の変化はしばしば、思春期の問題行動と関係するものとして捉えられてきた。例えば、思春期では薬物依存のリスクが高まり、リスクの高い性交渉を行ったり、非行集団に加わりやすくなったりするなどである。

しかし、近年では思春期における報酬系の変化は良い面もあるのではないかとも考えられている。例えば趣味への没頭や、学習成績への意欲が高まり、ボランティア活動への参加など、適応的な社会行動もふえる時期である。報酬系の感受性が高まること自体には、良い悪いはなく、置かれた環境で振る舞いが大きく変わるのではないかと論じられている(Telzer, 2016)。

高齢者となる段階でも報酬系はそのあり方を変える。近年、高齢者を対象とした詐欺事件が多発しているが、実際、高齢者では報酬系の働きが変わって、いわば騙されやすい脳になっている。

報酬系の中枢に側坐核と呼ばれるものがある。この側坐核は報酬の予測(どれくらい得をするのか、損をするのか)に関わっているのだが、高齢者では損の予測に対する反応が弱くなっている(Samanez-Larkin & Knutson, 2015)。その一方、得の予測に対する反応は保たれており、物事を判断するさいに、良い方だけに目が向きやすいような活動を取りやすくなる。

O’Connell & Hofmann, 2011, figure1を参考に筆者作成

 

 

 

 

 

 

 

 

 

また報酬系は学習にも関わっている。例えば良いことを経験すれば、またやろうというように意欲が高まるが、ひどい目に合えばもうやるまいというように学習する。このような学習は報酬学習と呼ばれており、側坐核が大きく関わっている。高齢者では側坐核の働きが弱くなり、負の学習能力が低下している(Samanez-Larkin & Knutson, 2015)。つまりひどい目にあっても中々学習できなくなっているのだ。こうした変化を考えてみれば、確かに高齢者の脳というのは騙されやすくなっていると捉えることもできる。

まとめ

私達は欲望に突き動かされる生き物だが、その根幹には報酬系と呼ばれる脳の仕組みがあり、その歴史は数億年に遡ることができる。また報酬系のありかたも一生を通じて変化していき、思春期と老年期では報酬に対する反応も変わってくる。しばしばビジネスでは40代が最も脂が乗った時期とも言われるが、これには報酬系が適正に機能しており、正しい判断が下しやすい時期であることも関係しているかもしれない。

正しい判断は難しいものだが、自分の脳がどのような状態にあるのかを知れば、自分の判断を客観視できるかもしれない。報酬系を上手に使いこなして味わい深い人生を送りたいものである。

【参考文献】

O’Connell, L. A., & Hofmann, H. A. (2011). The vertebrate mesolimbic reward system and social behavior network: a comparative synthesis. The Journal of comparative neurology519(18), 3599–3639. https://doi.org/10.1002/cne.22735

Samanez-Larkin, G. R., & Knutson, B. (2015). Decision making in the ageing brain: changes in affective and motivational circuits. Nature reviews. Neuroscience16(5), 278–289. https://doi.org/10.1038/nrn3917

Telzer E. H. (2016). Dopaminergic reward sensitivity can promote adolescent health: A new perspective on the mechanism of ventral striatum activation. Developmental cognitive neuroscience17, 57–67. https://doi.org/10.1016/j.dcn.2015.10.010

 

最新の学術情報をあなたへ!

脳科学コンサルティング・文献調査・レポート作成・研究相談を行います。マーケティング、製品開発、研究支援の経験豊富。納得のいくまでご相談に応じます。ご相談はこちらからどうぞ!

 

脳科学専門コンサルティング オフィスワンダリングマインド

脳科学コンサルティング・リサーチはこちら!

脳科学を中心に、ライフサイエンス全般についてのコンサルティング・リサーチ業務を行っております。信頼性の高い学術論文を厳選し、分かりやすいレポートを作成、対面でのご説明も致します。ご希望の方にはサンプル資料もお渡ししますので、お問い合わせからご連絡くださいませ!