心の理論の脳科学:なぜあなたは相手の気持がわかるのか?
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はじめに

人間、生きていくためには相手の心を読む必要がある。

無論、相手の心は、その顔にデカデカと書いてあるわけではない。ちょっとした仕草や、性格、状況、様々なものを考えて探り出すものである。

このように相手の心を割り出す能力は心理学分野では「心の理論」と呼ばれている。この記事では、この「心の理論」の基盤となる脳の仕組みについて、掘り下げて考えてみたい。

心の理論

人間はテレパシーのように相手の心を察する能力があるが、これは大きくは2つの力に支えられている。

一つは共感能力で、無意識のうちに相手の心とシンクロするような機能である。例えば泣いている人を見れば自分も悲しくなり、笑っている姿を見ると、こちらまで楽しくなってしまう。この共感能力は、いわば反射的なものであり、意図的に努力する必要はない。

もう一つは、意識的に相手の心を探る「心の理論」と呼ばれるものである。相手が置かれた立場を想像し、理詰めで相手の心を探る力である。この能力は、4,5歳位から発達し始めるが、その基盤となるのはメタ表象能力と抑制能力である。

メタ表象能力というのは「考え」についての「考え」である。例えば、「お母さんは戸棚にお菓子があると考えている」と「考える」ことがこれに当たる。

抑制能力とは自然に生じる自分の考えを抑える力である。人間の心は自分の視点が中心になりがちだが、他人の立場になって考えるためには、自分の視点を抑える必要がある。この抑制能力が発達することで、相手の心の読み取り能力が高くなっていくことになる。

心の理論の神経基盤:下前頭回

では、この「心の理論」はどのような神経基盤によって支えられているのだろうか。

その有力候補の一つが、下前頭回と呼ばれる場所である。この領域は言語能力に関わるブローカ野が含まれる場所であるが、それだけではない。様々な動作を行うことにも関わっている。そして、言葉と動作には一つの共通点がある。

下前頭回

 

 

 

 

 

 

 

 

それは「再帰構造」と呼ばれる形式である。

例えば言葉であれば、多くの入れ子構造からなっている。英語であれば、”This is a book which I bought yesterday” のような文章では「私が買った」という言葉が、「本」の中にくりこまれている。

あるいはコップに手を伸ばすような動作も同様である。肘を伸ばす動作は前方にリーチするという運動に内包されるし、さらにはそのリーチ運動も「コップを取る」

 

 

 

 

 

 

これは相手の心を推測する場合も一緒で、例えば、相手はこう思っているだろうな、というように、相手の「考え」を「考え」ているようなときには、上記のような再帰構造が成り立つし、さらに人間は相手の「考え」を「考え」ていることを「考え」ることまでできる。

 

 

 

 

 

 

 

実際、言語課題にしても、運動課題にしても、あるいは相手の心を読む課題にしても、同じく下前頭回が活動することも報告されている。そのため課題は違えども、やっている事の本質は情報の再帰的処理であり、その中核が下前頭回なのではないかと考えられている1)

しかし、下前頭回を損傷した失語症患者を対象にした研究からは、彼らが再帰的な文章を理解したり話たりする能力が低下するものの、再帰的な心の理解能力(相手はこう思っているだろうな、と思う能力)が保たれていることも報告されている。さらにはアルツハイマー病患者は、再帰的な文章は理解できるが、再帰的な心の理解能力が下がっていることも報告されている。これらのことから、再帰処理メカニズムは下前頭回だけで処理されるのではなく、より分散的なネットワークによって支えられているのではないかとも考えられている2)

心の理論の神経基盤:デフォルトモードネットワーク

デフォルトモードネットワークは「こころ」に関わるネットワークである。お腹が痛い、昨日は楽しかった、自分はアメリカ人だぞ、などと感じたり考えたりすることに関わっている。そしてこのデフォルトモードネットワークが「心の理論」の中枢ではないかと目されている。

ある研究では、過去に行われた、共感能力、もしくは心の理論に関する神経生理学的研究206本のデータを対象に、どの領域がどの能力に関わっているかを調べている。また注目すべき点は、「共感」と「心の理論」の両方を使うような複雑な課題(相手の心を理解するために、表情等だけでなく背景情報の理解が必要とされる課題)での脳活動を調べている点である。

ちなみに脳は大きく分けるといくつかのネットワークの集合体として示されるが、7つに分けた場合、以下の図のものがあることが想定されている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この研究によると、「共感」に関わる脳領域は主に腹側注意ネットワーク(ボトムアップ的注意:相手の表情などに自動的に気づくことに関わる機能)がかかわってり、「心の理論」はデフォルトモードネットワークに関わっていることが示されている。

さらには日常生活で頻繁に起こるような「共感」と「心の理論」を併せ持つような課題では、腹側注意ネットワークとデフォルトモードネットワークの両方が活動し、さらには腹側注意ネットワークの島皮質や、デフォルトモードネットワークの側頭頭頂接合部が、これら2つのネットワークの繋いで統合する役割を担っていることも示されている3)

 

 

 

 

 

 

まとめ

このように「心の理論」を使うためには、デフォルトモードネットワークをはじめとする様々な領域が関わっているようである。

相手の心を読む能力は社会で生きていく上では大事かもしれない。しかし、生きるべきは他人の人生ではなく、あなた自身の人生である。あえて「空気を読まない」力を使って、自分の意志を通したほうが良い場面もあるだろう。

抑制能力は自分の視点を抑えて、他者の視点に立つために大事な能力であるが、時には、他者の視点を取り込むことを抑えるときに役立つこともあるだろう。

人生は永遠には続かない。いつか必ず終りが来る。抑制能力を使い倒して、意義深い人生を送りたい。

 

【参考文献】

1)Siegal, M., & Varley, R. (2002). Neural systems involved in “theory of mind”. Nature reviews. Neuroscience3(6), 463–471. https://doi.org/10.1038/nrn844

2)Hauser, M. D., & Watumull, J. (2017). The Universal Generative Faculty: The source of our expressive power in language, mathematics, morality, and music. Journal of Neurolinguistics, 43(Part B), 78–94. https://doi.org/10.1016/j.jneuroling.2016.10.005

3)Maliske, L. Z., Schurz, M., & Kanske, P. (2023). Interactions within the social brain: Co-activation and connectivity among networks enabling empathy and Theory of Mind. Neuroscience and biobehavioral reviews147, 105080. https://doi.org/10.1016/j.neubiorev.2023.105080

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