目次
オキシトシンと精神病理
オキシトシンというのは哺乳類全般に認められるようなホルモンで、
もともとは母親の子育て能力を高めるような働きのあるものとして生まれたものです。
しかしながらこのオキシトシンは母子関係を超えて、他者とのコミュニケーション全般に関わるようになり
不安感や基本的認知機能全般に影響を及ぼすことが知られています。
それゆえ他者とのコミュニケーション能力が阻害される精神疾患でもオキシトシンの分泌・代謝に何らかの変化が現れますが
今回、オキシトシンと精神疾患との関わりや、
オキシトシンの知られざるダークサイドについての研究を紹介していきます。
オキシトシン:不安編
愛は恐怖を救う:オキシトシンと扁桃体
「衣食足りて礼節を知る」という言葉がありますが
私たちは聖人君子でない以上、いつでもどこでも心穏やかというわけにはいきません。
お腹が満たされ、安全な場所にいて、愛する人と共にいる時初めて優しくなれるような気がするのですが、こういった仕組みは脳科学的にはどのように考えられるのでしょうか。
この論文はオキシトシンと言われる脳内ホルモンの総説になります。
このオキシトシンという物質は母性行動・愛着行動全般に関わるものものなのですが
このホルモンが増えることで脳の中で恐怖・不安・攻撃行動に関わる扁桃体の活動が抑制されることが述べられています。
いわば恐怖・不安・攻撃をなだめられるのは愛ということで
私自身はクリスチャンではないのですが
「右の頬を打たれたら左の頬を差し出しなさい」というのは
生理学的に考えても道理にあっているのかなと思いました。
シャイロックは悪者か:不安と利己主義の生理学
ユダヤ人というとベニスの商人で描かれたシャイロックようにあたかも利己的・強欲というイメージがありますが、これは本当なのでしょうか。
この論文は愛情ホルモンの名前で知られるオキシトシンと利己主義の関係について調べたものです。
結論を述べると利己主義的なヒトほど愛情ホルモンのオキシトシンの効果が出やすいこと
というのもこの実験の結果、利己主義的なヒトほど不安や恐怖を司る脳活動が強く
オキシトシンの摂取でこの不安や恐怖の脳活動が抑えられるためではないかということが述べられています。
こういった結果から利己的なヒトというのは、従来言われていたように合理的で冷たいヒトというよりは、人一倍不安感や恐怖感が強い人なのではないか(全部ではないにしても)ということが述べられています。
シェークスピアに強欲に描かれたシャイロックというのは、ひょっとしたら民族の歴史を背負って不安に苛まされる独りの悲劇的個人なのかなと思いました。
皆が怒って見える時
ヒトはナマモノなのでどうしても気分の良い時とすぐれない時があると思うのですが、
時に気分がすぐれない時、とりわけ鬱々している時なんかは、ひどくまわりに怯えてしまうことがあります。
別に叱られているわけでもないのになんだか上司が怒っているように見えたり、まわりの人間のいろんな表情を自分に対するネガティブな意味合いとして捉えてしまうということは、年に何回はあったりするのですが、なぜ脳はこんなふうにネガティブなものの見方をしてしまうのでしょうか。
この論文はオキシトシンと表情認知の関係について調べたものです。
結論を述べるとオキシトシンを摂取することで、ネガティブな表情へは感度が鈍くなり、ポジティブな表情への感度が上がることが示されています。
同様の効果は様々な抗うつ薬でもあるそうですが、オキシトシンは感情・情緒そのものには変化しないにもかかわらず、こういった表情認知への反応の仕方だけが変わる点で他の薬と異なるそうです。
脳の中でも不安や恐怖に関係した情報をキャッチする部分として扁桃体と呼ばれる場所があるのですが
オキシトシンを摂取することでこの扁桃体の働きに何か変化が起こるからかなあと思いました。
ビビリを直すにはどうすればよいか?
私はどうにもこうにもビビリなので
ちょっと苦手な人やおっかない人にはビクッとして過剰に反応してしまう気があるのですが、こういったビビリな反応というのはどのようにすればよくなるものなのでしょうか。
この論文は愛情ホルモンオキシトシンが上司と対面するような、いわゆる社会的刺激に対する感情反応にどのように影響をあたえるのかについて調べたものです。
参考URL: Oxytocin attenuates affective evaluations of conditioned faces and amygdala activity.
このオキシトシンというのは出産や養育に関わって人を優しく愛情深く社会的にさせる働きがあるのですが、
これを摂取することで不快な顔を見ても、あんまり感情が動揺しなくなることが示されています。
とりわけオキシトシンを取ることで脳の中の恐怖と顔情報を司る部分が弱くなり
その結果、不快な顔を見ても気持ちがあんまり動かなくなったのではないかということが述べられています。
苦手な人に話しかけるときはイメージの中でその人をギュッと抱きしめてから話しかければ良いというのを聞いたことがありますが、
このようなイメージ(妄想)で脳内にオキシトシンを放出することで苦手意識やビビリリアクションが変わってくるのかなあと思いました。
なぜあの人はキョドるのか:社会不安障害とオキシトシン
世の中には見ていて羨ましいくらい外交的な人もいれば
昔の私のように何をするにも消極的で何に対してもビクビクしてコミュニケーションを取るのが針のむしろのようなヒトまで様々います。
ひょっとしたらこれをよんでいるあなたがそうかもしれないし、あなたの職場の後輩や実習生なんかがそうかもしれないのですが
こういった人たちの中には少なからず社会不安障害とよばれる人達がいるようです。
私の場合は二十歳を過ぎたくらいにストレスから急性発症したのですが
恐怖を司る扁桃体が過剰に働き、社会的な不安(怖い上司や公衆の場)が何十倍にも拡大されるような感じが起こってコミュニケーションを取るのが死ぬほど大変な状態になってしまいます。
この論文は愛情ホルモンオキシトシンと社会不安障害の関係について調べたものです。
参考URL: Oxytocin attenuates amygdala reactivity to fear in generalized social anxiety disorder.
結果を述べるとオキシトシンを取ることで扁桃体の活動が減弱することが示されており、このホルモンが社会不安障害者の脳活動に影響をあたえることが示されています。
人を突き動かすのは何か
ヒトのやることは実にいろいろなのですが、これを突き詰めて考えると二つしかないように思えます。
これはつまり近づくか逃げるかであって
ものであってもひとであっても、そこに向かって近づくか、離れるかで世の中のいろんな現象が立ち上がってくるのかなと思います。
しかしながら脳の中の何が私たちを何かに向かって近づけさせたり、遠ざけたりしているのでしょうか。
この論文は脳の中の恐怖中枢である扁桃体と愛情ホルモンオキシトシンの関係について調べたものです。
参考URL: Oxytocin modulates neural circuitry for social cognition and fear in humans.
愛情ホルモンオキシトシンはヒトを社会性に富む生き物へギアチェンジする働きがあるのですが
このオキシトシンの摂取によって恐怖反応の中枢である扁桃体の働きが弱くなるようです。
人とつながるためには自分の中の恐怖の垣根を越えなければならず
オキシトシンがそのお手伝いをするのかなと思いました。
オキシトシン:自閉症スペクトラム障害との関わり
あなたはなぜ人の顔を覚えられないのか
脳卒中になると相貌失認と言ってヒトの顔を認識できなくなる症状が出ることがあるのですが、これは何も脳卒中に限ったことではなく、普通の人でも顔を認識できないヒトというのが結構な割合でいることが知られています。
かくいう私も人の顔や名前が覚えられなくて苦労している質なのですが(相撲取りとアイドルはすべて同じ顔にしか認識できません(:_;))
こういったことは脳科学的にはどのように考えられるのでしょうか。
この論文は愛情ホルモンと呼ばれるオキシトシンと社会的認識機能について調べたものです。
参考URL: Oxytocin in the medial amygdala is essential for social recognition in the mouse.
実験では遺伝子操作でオキシトシンが働かなくなるようにしたネズミと普通のネズミを比べてるのですが
普通のネズミと違って感情の起伏に関わる脳活動が低く、どちらかというと理詰めの理解に関わる脳活動が高いことが報告されています。
また感情の起伏に関わる脳部位にオキシトシンを注入することで社会的認識機能にも変化が起こることから
社会的認識機能が働くためにはオキシトシンが感情の起伏に関わる脳領域に関わることが大事なのではないかということが述べられています。
この研究はマウスを対象にしたものなのでなんともいえないのですが
私が人の顔や名前を覚えられないのは感情脳とオキシトシンの関係になにかあるのかなと思いました。
アスペルガーを「治療」できるか?
私が小さい頃にはなかったことばに「発達障害」というものがあります。
この「発達障害」の範疇の一つにアスペルガー症候群というのがあり、
これは上手にヒトとコミュニケーションを取れなかったり、場の空気を読めなかったり自閉症的な傾向を示す状態を指すそうですが、こういった症状は「改善」できるのでしょうか。
この論文は愛情ホルモンの名前で知られるオキシトシンをアスペルガー症候群を示すヒトに与えるとどうなるかについて調べたものです。
参考URL: Promoting social behavior with oxytocin in high-functioning autism spectrum disorders
このオキシトシンは出産や養育に関わるホルモンでヒトを優しく親切にする働きがあります。
このオキシトシンを摂取したところ、やはり自閉症者においてコミュニケーションスキルが向上し、他者への信頼感も増したことが示されています。
しかし添付の図のようにすべての子どもを「普通」にするのは、果たしてどうなのかなと思いました。
上図参考URL: https://www.google.com/url?sa=i&source=images&cd=&cad=rja&uact=8&ved=2ahUKEwibsMCerb3lAhWwHqYKHSWwDh4QjRx6BAgBEAQ&url=https%3A%2F%2Fwww.rosario3.com%2Ftags%2FAsperger&psig=AOvVaw34ECJ3LcR_1Azb3i3CFEW8&ust=1572297074661180
愛情ホルモンが効きやすいのは誰か?
近年注目されている脳内ホルモンにオキシトシンというものがあります。
このオキシトシンは別名愛情ホルモンと呼ばれ
基本的には出産、育児に関わって個体を”お母さん”化するような働きがあるのですが
それ以外にも、ヒトを愛情深くしたり、信頼感を高めたり、安心感を高めたり、さらには心の読み取り能力を高めたりするということが報告されています。
しかしながらこの報告にはどうも一定したところがなく、ある研究では効果がある、ある研究では効果が無いというふうな塩梅なのですが、どうやら実験方法や被験者によって大分結果にばらつきがあるようです。
この論文はオキシトシンがどのようなタイプのヒトに効果が出やすいかを調べたものですが
参考URL: Oxytocin selectively improves empathic accuracy.
結果を述べると自閉症的な傾向がある人ほどオキシトシンの効果が出やすかったということで
オキシトシンはだれにでも同じように効くわけではなく、自閉的傾向がある人ほど与える変化幅が多いのではないかということが述べられています。
自閉症者の愛情ホルモン
時にロビンソン・クルーソーのように無人島で自由に暮らすことを夢見たりすのですが
現実世界では独りで生きていくことは難しく、いろんな人とつながったりやりとりする必要があります。
こういった人とつながったりやりとりしたりする能力は「社会性」という言葉でくくられるのですが、自閉症者ではこの能力が非常に限られていることが知られています。
ヒトの身体には、ヒトを社会的にさせる特殊なホルモンがあるそうですが、果たして自閉症者ではこの特殊ホルモンはどのようになっているのでしょうか。
この論文は自閉症者とこの特殊ホルモン、オキシトシンの関係について調べたものです。
参考URL: Plasma oxytocin levels in autistic children.
結論を述べるとやはり自閉症者ではオキシトシンレベルが低く、発達段階や社会性とも強い関連を示していたそうです。
こういったことから近年ではオキシトシンを経鼻投与する方法もあるそうですが、若干なにかモヤモヤするのはなんでだろうなと思いました。
自閉症の遺伝子治療
私が初めて自閉症のことをしったのはもう何十年も前のレインマンという映画だったのですが
自閉症というのはその名の通り、他者とのコミュニケーションがうまくいかない状態になるようですが
こういった状態は生理学的に、脳科学的にどのようなものとして考えられているのでしょうか。
ヒトにかぎらず哺乳類全般にはコミュニケーションに関わるホルモンというものがあるそうです。
これは時に愛情ホルモンの名前でも呼ばれるオキシトシンというもので
これはコミュニケーションに関わる他のホルモンの代謝を調整したり
あるいは直接脳に働きかけてコミュニケーションを促す役割があるそうです。
動物実験でこのオキシトシンに関わる遺伝子を働かなくしてしまうと
やはり母子関係やオスメスのつがい形成がうまくいかなくなりコミュニケーション失調を起こすことが様々な研究から示されており
自閉症においてもこのオキシトシンに関わる遺伝子に何かしらの問題があるのではないかということ、
また遺伝子治療によりこの遺伝子が働くようにすればオキシトシンの産生・代謝もうまくいきコミュニケーション失調が改善されるのではないかということが述べられています。
自閉症の遺伝子治療に関しては当事者ではないのでなんともいえませんが
いろいろと考えさせられる論文でした。
参考URL: Neuropeptidergic regulation of affiliative behavior and social bonding in animals.
社会性遺伝子
同じ兄弟であっても社交的な子もいればそうでない子もいて、遺伝というのは不思議なものだと思うのですが果たして社会性に関わるような遺伝子というのはあるのでしょうか。
この論文は特定の遺伝子のタイプと社会性について調べたものです。
結論を述べるとオキシトシンという社会性に関わる遺伝子があって、その遺伝子のある特定のタイプは社会性が高く、そうでないタイプはやや低めという結果が出たそうです。
参考URL: Oxytocin receptor genetic variation relates to empathy and stress reactivity in humans.
遺伝子だけで全部が決まるとは思いませんが、性格も遺伝子で変えられる時代が来るのかなと思いました。
自閉症はなぜ男性に多いのか
自閉症というのはどうも男性に多いようなのですが、これが女性に少ないのはどういうわけなのでしょうか。
この論文は愛情ホルモンオキシトシンに関わる遺伝子と性格、脳の形について調べたものです。
結果を述べるとオキシトシンの代謝に関係する遺伝子のタイプによって
①社会性が異なること
②脳が形が異なること
③社会性については男性の方が影響を受けやすいこと
が述べられています。
③については遺伝的要素によってオキシトシンの代謝がうまくいかないようなケースでも女性ホルモン(プロラクチン)がその代謝をうまく助けるからではないかということが述べられています。
ホルモンというのは脳機能を考える上で大事だなあと思いました。
社会的知能とオキシトシン
「あの人、クレバーだよね」という日本語表現があります。
人の頭の良さというのはなにも勉強ができれば良いというわけではなく、
状況状況に応じて空気を読んで適切に行動する頭の良さというのもあると思うのですが
こういった知能は時に社会的知能とも呼ばれるかと思います。
この論文はこの社会的知能と脳内ホルモンの関係についてネズミを対象に調べたものです。
参考URL: Social amnesia in mice lacking the oxytocin gene.
脳内ホルモンの中でも、ヒトを愛情深くし、心の理解を深め、他者と仲良くさせる、いわば愛情ホルモンのようなものがあるのですが、これはオキシトシンと呼ばれています。
実験では遺伝子操作でオキシトシンが働かなくしたマウスを調べたのですが、これらのマウスは迷路課題などの一般的な知能が試されるテストでは他の普通のマウスと変わりがなかったのですが、
社会的な行動を図るテストでは普通のマウスと異なる振る舞いを見せたそうです。
このようなことからオキシトシンは知能の中でも社会的知能にあたる機能の発達に影響を与えているのではないかということが述べられています。
マウスが対象なのでなんとも言えませんが、ヒトでも社会的知能とオキシトシンというのは関係があるのかなと思いました。
眼を見る勇気とオキシトシン
「目は口ほどに物を言い」ということわざがありますが
確かに目というのは多量な情報を含んでおりヒトの気持ちを理解する上でとても大事なものなのかなと思います。
コミュニケーションが上手な人というのはこの目でもって相手の心を捉えると思うのですが、他人の目をしっかりと見るためには一体何が必要なのでしょうか。
この論文は愛情ホルモンオキシトシンと視線を合わせる能力について調べたものです。
参考URL: Oxytocin increases gaze to the eye region of human faces.
この愛情ホルモンオキシトシンは出産や養育に関わってヒトを愛情深く、コミュニケーション能力を上げる役割があるそうですが
このオキシトシンを取ることで相手の目に視線を合わせやすくなることが報告されています。
自閉症者や不安障害者は他人と目を合わせることが難しく、それゆえコミュニケーションが更に難しくなるということがあるそうですが
こういったヒトへのオキシトシンを使った介入が有効なのではないかということが述べられています。
自閉症者の顔認知とは?
アスペルガー症候群を始め自閉的傾向のある人というのは顔の認知も苦手なようですが、こういった人たちはどのようにして他人の顔を認知しているのでしょうか。
この論文は自閉症と関係のあるホルモンであるオキシトシンと社会性についての総説になります。
参考URL: The neuroendocrine basis of social recognition.
このオキシトシンというのは愛情ホルモンの別名もあるのですが、このホルモンはヒトの社会性に大きく関係していると言われています。
つまり顔色を読んだり、他人と仲良くしたり、そういったこと全般に絡んでくるようなホルモンなのですが自閉症者ではこのホルモンの代謝に関わる遺伝子が通常と異なることが報告されています。
総説自体は主にラットやマウスを対象にした研究が取り上げられているのですが、実験でオキシトシンがうまく働かなくしたラットの脳を調べてみると
仲間を識別する課題を行っている時の自閉症ラットでは脳の異なる部分を使って仲間認識を行っていることが報告されています。
何かができなければ別の経路で済ませるということで脳というのは柔軟にできているなあと思いました。
オキシトシン:ダークサイド編
愛国生理学
ナポレオンが残したものはいろいろあります。
近代法典に勲章精度、国民兵に国民国家などなどいわゆる「近代国家」の一式をプロデュースした人だと思うのですが、この時代に初めて起こったものにショービニズムというものがあります。
このショービニズムというのは架空の人物ショービンさんがモチーフになっているそうですが
彼はフランスが最高で近隣諸国は全く劣っている、他国討つべしヾ(*`Д´*)ノ”というスタンスを強くとった人だそうですが、このような傾向はなぜ現れ出るのでしょうか。
この論文は愛情ホルモンオキシトシンとエスノセントリズム(自国民中心主義)の関係について調べたものです。
参考URL: Psychological and Cognitive Sciences, Psychological and Cognitive Sciences
この愛情ホルモンオキシトシンは、出産や養育に関わって社会性を高めヒトを愛情深くすることが知られているのですが
この実験の結果では、同じ民族には優しくなるけど他の民族には排外的・攻撃的行動を促すことが示されています。
こういった生理学的な事実を考えると、あるコミュニティへの愛情というのは、ほどほどが良いのかなと思いました。
攻撃と防衛の間にあるもの
海外ドラマを見ても、昼の三文ニュースを見ても、あるいは中東や極東の国際ニュースを見ても
なにかしらの暴力行為が攻撃か防衛かというのは線引が難しい物なのかなとおもうのですが、脳科学的に何がヒトを攻撃させ、何がヒトを防衛させるのでしょうか。
この論文は愛情ホルモンの名で知られるオキシトシンと攻撃/防衛行動について調べたものです。
参考URL: The neuropeptide oxytocin regulates parochial altruism in intergroup conflict among humans.
このオキシトシンと呼ばれるホルモンは主に出産や養育に関わり、ヒトを愛情深く優しく振る舞わせる作用があります。
この研究によるとオキシトシンを摂取することで、いわゆる「敵」に対して攻撃的に振る舞う(奪う)のではなく、防衛的に振る舞う(奪わないけど損はしないように振る舞う)ことが示されています。
愛が全てを解決するといえば理想的ですが、
狭いところにいろんなヒトが住んでいる以上、軋轢が起こるのはやはり仕方がなく
私たちができる現実的に振る舞えるのは愛することよりも防衛なのかなと思ったり
あるいは近代の戦争の大部分が防衛の旗印で始まった史実を眺める時
ともすれば防衛で歯止めが効かなくなるこのヒトの脳とどうやってつきあっていけばいいのかななどと考えました。
愛情深い人は嫉妬深い?嫉妬と悪意の生理学
人の感情というのはいろいろあるのですが、その中でも嫉妬という感情はなかなか厄介です。
この嫉妬という感情は私が見ている限りでは、普段面倒見のよさそうな人のいいヒトほどやっかいだなと思うことがあるのですが、これはいったいどういうわけでしょうか。
この論文は嫉妬と愛情ホルモンオキシトシンの関係についてのものです。
参考URL: Intranasal administration of oxytocin increases envy and schadenfreude (gloating).
この愛情ホルモンオキシトシンというのは出産や養育に関わって、ひとを優しく愛情深くさせる役割があるのですが、
興味深いことにこのオキシトシンを摂取することで嫉妬の感情も大きく高まることが報告されています(さらには他人の失敗をざまあみろという感情も)。
愛情と嫉妬というのは、社会性というの名の機能の両面、裏表なのかなと思いました。
オキシトシンと認知機能
脳はどのようにして世界を見るか
「見る」というと、身も蓋もなくそれだけかと思われるかもしれませんが、
なぜ私たちの脳は世界を「見る」ことができるのでしょうか。
そもそも「見る」とはなんでしょう?
なぜあなたの脳はこの画面上の白と黒のコントラストを意味のある文字だと認識できるのでしょうか。
なぜあなたの脳は妻が不機嫌なのを見て取ることができるのでしょうか。
脳がこういったことができるのも
単に外界情報を眼から取り込むだけでなく、それを色付けて、解釈する過程があるからではないかと言われています。
つまり
視覚処理①(取り込み)
↓
視覚処理②(色付け)
↓
視覚処理③(解釈)
のような流れがあって、
こういったいくつかの過程を経ることで目に入った情報がいろんな意味を持った情報として「見える」のではないかと考えられています。
この論文は愛情ホルモンで知られるオキシトシンと視覚処理の関係について調べたものです。
参考URL: Does oxytocin influence the early detection of angry and happy faces?
従来の研究では愛情ホルモンオキシトシンを取ることで、ポジティブな情報がネガティブな情報を抑えて優先して認知されることが報告されていたのですが
この研究ではそういったことはみられなかったこと、
というのもオキシトシンは視覚処理③の(解釈)の過程に関わってポジティブな情報をしっかりと認識するからではないか
この実験では視覚処理②の(色付け)の反応までしか見られなかったからではないかということが述べられています。
「見る」といってもなかなかに難しいなあと思いました。
オキシトシンと記憶のあれこれ
ヒトの記憶容量というのは我が子を見ても膨大なものだと思うのですが
この記憶というのは果たしてどんな種類に分けることができるのでしょうか。
この分け方というのは実に様々なものがあるようなのですが、一つのざっくりとしたわけかたに顕在記憶と潜在記憶というのがあります。
顕在記憶というのは文字通りはっきり思い出そうとして思い出すような記憶で
これは定期試験の穴埋め記述問題のような記憶になります。
関ヶ原の戦いは( )年に・・・
というようなものを思い出すのが顕在記憶で
これに対して潜在記憶というのは、思い出そうというよりは刺激に対してホヤっと反応するような記憶で
定期試験で言えば、◯✕問題で
関ヶ原の戦いは1822年に行われた (◯ ✕)
という時に、思い出そうとする意識が立ち上がる以前に、これなんだか違うと気持ちが反応してしまうようなそんな感じの記憶が潜在記憶と呼ばれるもののようです。
この論文は出産や養育行動を促し、ヒトを愛情深くするオキシトシンと呼ばれるホルモンと記憶機能の関係について調べたものです。
参考URL: Selective amnesic effects of oxytocin on human memory.
結論を述べるとこのオキシトシンを摂取することで記憶の中でも顕在記憶のほうを低下させてしまう傾向があることが示されています。
オキシトシンの効果については記憶を向上させるといったものや低下させるといったものがいろいろあり、ややこしいなあと思いました。
オキシトシン:その他
脳卒中と愛情ホルモン
女性というのは子どもができると急にキャラが変わることがありますが,これはいったいどういうわけでしょうか.
一般に哺乳類では周産期に女性をお母さんにしてしまうようなホルモンが増えることが知られています.
このホルモンはオキシトシンと呼ばれているのですが,これには様々な機能があり
・気持ちを優しくする
・人の気持ちがわかるようになる
・社会的になる
・体が丈夫になる
・仲間には優しくなり,仲間でないものにはシビアになる
などなど心身両面にわたっていろんな変化を引き起こすようです.
このオキシトシンが出るのはなにも女性の専売特許というわけでもなく男性でも子どもでも老人でも出そうと思えば出るわけで
それは
・手を握ったりハグしたりする
・一緒にご飯を食べる
・ボランティア活動を行う(損得抜きで何かを提供する)
・一緒に誰かの悪口をいう
などという行為でオキシトシンを増やすことができるそうです.
この論文は,このオキシトシンと脳卒中の回復改善の関係について調べたものです.
参考URL: Oxytocin mediates social neuroprotection after cerebral ischemia.
一般に脳卒中の前後で身体接触が多い環境で飼育した実験動物では,単独で飼育した動物と比べて脳卒中の予後が良いことが知られています.
なぜこういうことが起こるかというと,身体接触が多い環境では,体が触れ合うことでオキシトシンがよく出て,これが炎症反応を抑えるので脳卒中の予後が良くなるのではないかということで
実験では単独で飼育したり,つがいで飼育したり,オキシトシンを注入したり,オキシトシン阻害薬を注入したりして脳卒中の帰結を比べているのですが,
やはりオキシトシンの濃度によって脳卒中の予後が大分変わってくることが示されています.
ボディタッチングを含む愛情というのはある種の薬理効果がしっかりとあるのかなと思いました.
愛情ホルモンを悪用するには?
脳に作用するホルモンは色いろあるのですが近年注目されているものにオキシトシンというものがあります。
これは別名愛情ホルモンと呼ばれ、これが増えることでヒトは他人を信頼しやすくなり、愛情深くなり、寛容になって気前が良くなることが知られています。
こういったホルモンの問題点はこれを悪用するヒトがいないかということで
これをハンバーガーの中に練り込んだり、ティッシュに匂いを染み込ませたり、そんなことで商売や政治で悪用するするヒトが出てこないとも限らない。
はたしてこのオキシトシンというのはこういった悪用可能なものなのでしょうか。
この論文はオキシトシンの作用について詳しく調べたものです。
参考URL: The neural bases of empathic accuracy
結論を述べるとオキシトシンがしっかりと効くには文脈が重要で
もともと信頼できるようなヒト相手には、より信頼するようになるけれど(実験では哲学者やボランティア関係者)、
なんだか胡散臭いと思い込んでいるヒト相手では(マーケティング担当者や危険なスポーツを行う人)オキシトシンの効果が出ないことが報告されています。
こういったことからオキシトシンの作用というのは無分別なものではなく事前の情報や文脈が重要ということであり
簡単には悪用できないのかなと思いました。
文脈依存ホルモン オキシトシン
ヒトは感情の動物です。
何かを愛したり、何かを憎んだりすることなしに、ヒトは一日たりとも過ごすことができないと思うのですが
わたしたちヒトを愛に向かわせるのは一体何なのでしょうか。
この論文はヒトの慈愛行動と関連するホルモンとも言われるオキシトシンについての総説になります。
参考URL: Social effects of oxytocin in humans: context and person matter.
いわくこのホルモンを取り入れるだけで
母性を増したり
不安感が減少したり、
自閉症の症状が軽減したり、
他者に寛容になったり、
いわば「愛情ホルモン」のような役割があるのではないかと言われています。
ただ研究結果については一貫しているわけでなく
こういった背景にはこのオキシトシンがいつでもどこでも同じ働き方をするのではなく
その個体が置かれている状況や背景にだいぶ左右されるようで
コーヒーを取ればいつでもどこでも目がシャキリというような働き方はしないからではないかということが述べられています。
ヒトの有り様というのは生物標本のように環境から切り分けて理解できるわけではなく
状況に大きく依存する生き物なのかなと思いました。
ハウツーテクニックはなぜ役に立たないか
ネットをめくれば「あなたも~できる10の方法」というのは頻繁に見かけますが、私に限ればこういったことが役立つことはほとんどありません。
こういったハウツーテクニックは、バブル時代のマニュアル本から現在のネット情報まで繰り返し出てきている何かだと思うのですが、なぜこのマニュアル本的テクニックというのは役に立たないのでしょうか。
この論文はオキシトシンの効果について述べたものです。
参考URL: Social effects of oxytocin in humans: context and person matter.
繰り返し述べてきたようにこのオキシトシンというのはヒトを優しくしたり社会的にさせたりという効果があるのですが
残念なことに研究結果は一定していなかったり、効果がハッキリ浮かび上がってこなかったりというものが多いようです。
なぜこのようなことが起こるのかというと、オキシトシンはコーヒーに含まれるようなカフェインと違って飲めば効くというものではないようで
その機能が働くためには文脈と個体差というのが大事なようです。
つまりオキシトシンが効きやすい状況というのもあるしオキシトシンが効きにくい状況というのもある。
そしてオキシトシンが効きやすいヒトもいれば効きにくいヒトもいる。
こんな風に文脈と個体差でオキシトシンの効果というのは効き方が違ってくるのではないかということです。
これを「上司を説得する10の方法」に当てはめて考えれば
これが効くのは、然るべき状況とあるタイプの上司がいいタイミングで揃っている時であって、いつでもどこでも効くわけではない。ハウツーものが効果が出るとしたらそれを運用出来るだけの経験とセンスが必要なわけで、簡単に効果が出るわけではない。
オキシトシンも同じように状況と対象を考える必要があるのではないかということが述べられています。
愛は文脈:セクシャルハラスメントの生理学
良かれと思ってやっていることが著しく相手の気分を害することはよくあると思うのですが、これはいったい生理学的にはどういうふうに考えられるのでしょうか。
この論文は愛情ホルモンオキシトシンの総説になります。
参考URL: Oxytocin and human social behavior.
このオキシトシンは出産や育児に関わって、ヒトを優しく愛情深く、互いの絆を深める役割がある社会性ホルモンなのですが
これを分泌するためには一緒にご飯を食べたり柔らかいボディタッチングをしたりということが有効ということが知られています。
ではただ一緒にごはんを食べたり触ったりすれば、愛情を深めるオキシトシンが出てくるかというとそういうわけではなく
日頃から嫌だと思っている相手に同じようなことをされても出てこないそうです。
つまり機械的に何かをすればオキシトシンが出て仲良くなれるというわけではなく
オキシトシンが出るためには何かしらの文脈が必要なようで
文脈を外れたコミュニケーションがハラスメントになってしまうのかなあと思いました。
遺伝子、文化、自殺
一般に儒教文化圏である東アジアは欧米諸国に比べて自殺者が多いそうですが
同じ現代に生きるにかかわらずこういった違いがあるのはどういうわけでしょうか。
この論文は社会性遺伝子と助けを求める行動の関係について調べたものです。
一般にアメリカ人は大変なときに「助けて」といえる文化のようですが、今回研究の対象になった韓国は「助けて」といえない文化であることが述べられており
これと遺伝子(社会性が高いタイプと低いタイプ)の関係性について調べています。
結果を述べるとアメリカ人は社会性が高い遺伝子を持っているヒトは大変なときに「助けて」と言えるのに対し韓国人では遺伝子の種類にかかわらず「助けて」と言えない傾向があることが示されています。
こういったことから
特定の遺伝子→特定の行動
というわけではなく
特定の遺伝子→遺伝子のon/off→特定の行動
↑
文化・社会・環境
というような形で文化と社会性遺伝子、行動というのは密接にリンクしているのではないかということが述べられています。
ちなみに社会的環境の影響を受けやすい遺伝子としては鬱病の発症に関わるセロトニン系の遺伝子があり
ストレス度合いでセロトニン遺伝子のオンとオフが切り替わるようで
メンタル脆弱な私自身はストレスフルなときに「助けて」といえる文化のほうがいいなと思いました。
あなたを突き動かすのは何か?ゲームで分かる3つの欲望
世の中にはいろんなタイプのヒトがいます。
何かを分け合うのが好きな人もいれば、誰かに打ち勝つのが好きな人もいるし、何かを貯めこむのが好きな人もいます。
こういったのはヒトの好き好きで良いも悪いもいうことができないとおもうのですが、あなたの行動を支配しているのは果たしてどのような欲求なのでしょうか。
こういったヒトの好みをしるためのゲームとして社会志向性課題というものがあるようです。
これは3つの選択肢から1つを選ぶ課題なのですが
1.あなたは50万円、他人も50万円受け取る
2.あなたは50万円、他人は10万円受け取る
3.あなた55万円、他人は30万円受け取る
というものを他人に顔を合わすことなく行う課題なのですが
1を選ぶ人は平等であることを求める向社会的タイプ
2を選ぶ人は実利的に多くを得ることを求める個人主義者タイプ
3を選ぶ人は他者と比べてすぐれることを求める競争者タイプ
になるそうです。
こういった傾向は遺伝子とも直接的な関係があるようで
この論文ではオキシトシンに関わるある遺伝子がこの課題結果と相当高い関連性を持っていることが示されています。
何をよしとするわけではないのですが、いろんなタイプの人間がいて世の中がうまく回っているのかなあと思いました。
オキシトシンの精神病理:まとめ
以上、オキシトシンに関わる比較的ネガティブな側面についての研究を取り上げてきましたがいかがでしたでしょうか。
進化の歴史を振り返ると、他者とつながる、子を育てる、群れを作るというのは哺乳類の大躍進とも言える変化だったと思うのですが、
この大きな変化にオキシトシンが決定的な影響を与えています。
これが足りなければ他者と上手につながることが出来ず、
これが過剰になることで見知らぬ他人に対して不寛容になり、いらぬ争いが生まれるもととなります。
中庸という言葉がありますが、バランスをとって上手に生きていきたいものです。
オキシトシンのポジティブな側面、とりわけ母性愛や夫婦愛に関わる研究は以下にまとめてあります。
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